お腹いっぱい、気分もいっぱい。
 お腹も満たされ、透子に相談もして少し気持ちが軽くなったような気がする。
 やはり来てよかった。
 そう思いながら、透子と町歩きをする。
 特に目的があるわけでもなく、ぶらぶらとしていると柚子はそれに目を奪われ足を止めた。
 目に映るそれが信じられなくて、幻覚なのではないかと思った。
 なにやら目に熱いものが込み上げてくる。
「柚子?」
 足を止めた柚子を振り返る透子に、柚子は今にも泣きそうな顔をする。
「透子ぉ」
「なに、なに!? どうしたの?」
 突然のことに透子もあたふたする。
「急にどうしたの?」
「あれぇ……」
「あれ?」
 柚子が指差す方を透子も見る。
 すぐには分からなかったようだが、一拍の後透子も気付く。
 そして驚いたように目を丸くした。
「えっ、若様?」
 そう、柚子はこの人の多い町中で玲夜を見つけた。
 どうやら宝石店の店内にいる玲夜の隣には女性の姿が。
「誰よ、あの女? っと思ったら、前に会ったことあるやつね。一龍斎の令嬢だっけ?」
「うん」
「嫌でも覚えてるわあのむかつく顔は」
 玲夜と一緒にいるミコトは楽しそうに店内の商品を選んでいるよう。
 柚子はそこから動くことができずにいると、しばらくしてふたりが出てきた。
 いつもはそばにいる高道の姿も見当たらない。
 本当にふたりだけのようだ。
「玲夜、なんで……」
 玲夜の腕に手を絡ませて身を寄せ合うふたりは、端から見たら恋人そのもので、柚子の心を傷付ける。
「若様はなんで振り払わないのよ!」
 透子が柚子の代わりに怒る。
 いつもの玲夜ならば、柚子以外が触れようものなら女性だとかかまわずに強く振り払っていただろう。
 それなのに、今の玲夜はミコトのされるまま受け入れていた。
「どういうつもりなのよ、若様は!」
 玲夜が行ってしまう。
 柚子は足が縫い止められたようにそこから動けずにいると、透子が柚子の腕を引っ張った。
 はっと我に返る柚子。
「行くわよ!」
「透子……」
「確認しなきゃ分からないでしょ」
「う、うん……」
 透子に手を引かれ、距離を置いて後を追う。
 その間もミコトは玲夜に擦り寄ったり楽しそうに笑顔を浮かべている。
 玲夜の表情は分からなかったが、ミコトを拒否するような動きはなかった。
 それがひどく胸に刺さる。
 そうして後を付けた玲夜たちが向かったのは、柚子も何度か来たことのあるホテル。
 来たと言っても、ホテル内にあるお店に食事をしに来ただけだが。
 しかし、玲夜たちはホテルのフロントへ向かうと、そこでカードキーのようなものを受け取り、エレベーターに乗って言ってしまった。
 柚子は目の前が真っ暗になった。
「透子……。玲夜はもう私はいらないのかな?」
 柚子が最も恐れていたこと。
 そらが現実のものになってしまったのではないかと、柚子を絶望が襲う。
「若様に限ってそんなことあるわけないじゃない!」
「でも、ホテルのカードキー持ってた。ふたりっきりでホテルを利用するなんて、玲夜は私じゃなくあの子を選んだってことじゃないの?」
 やはり玲夜に柚子では役不足だったのだ。
 自分はもう必要とされないのか。
 これからどうすればいい。
 どう進めばいいのか先が見えない。
「っ……」
 嗚咽が出そうになるのを必至でかみ殺す。
 そんな悲しみに暮れる柚子を前に、透子は目をつり上げる。
 そして、両手で柚子の頬を挟むように思いっ切り叩いた。
 バチンっという音と痛みが柚子を覚醒させる。
「このアホ柚子! まだ決まったわけじゃないでしょうが。悲劇のヒロインぶるのは早いわよ!」
「そんなこと言ったって、透子だってにゃん吉君が女の子と腕組んでふたりっきりでホテルの部屋に行ったら疑うでしょう?」
「あったりまえでしょ!」
 透子はそれはもう堂々と言ってのけた。
「でもね、それで完結なんて私はさせないわよ。首根っこ捕まえてふんじばって、なにがあったか白状させるわ。身を引くかどうかの判断はそれからよ」
「でも、玲夜は私になんにも話してくれないのに」
「でもでもだってじゃ、先には進めないわよ。不安なんでしょ? だったらその気持ちを若様にぶつけなさいよ。なんでそれをしないのよ」
「……怖いのよ。近付けば近付くほど。玲夜を好きになればなるほど。玲夜に役立たずだって思われたくない。やっぱりいらないなんて言われたらきっと私は立ち上がれない。だから迷惑をかけたくないし、心配をさせたくない。いい子で、役に立つ子でいなきゃって」
 そう思ったら、玲夜にはそれ以上の我が儘を伝えられない。
 感情に任せて、心の内をさらけ出すなんて怖くてできないのだ。 
「じゃあ、諦められるの? このままあの女に若様を渡してもいいのね?」
 諦められるのか?
 玲夜を?
 この気持ちを捨てるのか?
 柚子の代わりに今度はミコトが玲夜の隣にいるのか?
 そんなのは……。
「そんなのやだぁ」
 今にも泣きそうな声で、柚子は本心を口にする。
 こんなことにならなければ表に出せない自分が情けなかった。
「なら、すがりつけ! そもそも、若様が柚子の家族みたいに柚子を裏切るわけないじゃない。そんなの若様に対する侮辱もいいところよ。柚子は若様がそんな人だって思ってるの? 本気で思ってるならとっとと若様から離れなさい!」
「思ってない」
 柚子の知る玲夜いつだって柚子を最優先に考えてくれていた。
 不仲な家族から助け、柚子に惜しみない愛情を示してくれていた。
 そんな玲夜が柚子を裏切るなど考えられない。
「玲夜はそんなことしないもの」
「だったら嘆くのはまだ早いわよ」
「うん……」
 玲夜と話をしなければ。
 どんな答えが返ってくるのか怖くて仕方ないが。
 受け入れて、そして、自分の気持ちをちゃんと伝えたい。
 もっと玲夜を理解したいと柚子は強く思った。
 しかし、問題がひとつ。
「でも、玲夜が屋敷に帰ってこないんじゃ、話をしようがない」
「そこはこの透子様に任せなさい!」
 胸を張る透子に、どうするのかと柚子は首を傾げた。