六章

 玲夜が帰ってこなかった。
 それも一週間続けて。
 そんなことはここへ来てから初めてのことで、ユイは心配でならなかった。
 玲夜になにかあったのではないかと。
 雪乃に問いかけてみるも、仕事が忙しいようですという言葉が返ってくるだけ。
 それなのに、柚子にはしばらくの間バイトはお休みだと伝えられたのだ。
 自分は玲夜に避けられているのではと疑ってしまうのは仕方のないことだった。
 玲夜になにが起こっているのか、柚子が知る術がなく、ヤキモキすることしかできない。
「玲夜……。どうして私にはなにも言ってくれないの?」
 そんなに信用がないのかと柚子は悲しくなってくる。
 どうしたらいいのか先が見えない。
 不安に身を小さくする柚子に、電話を知らせる音が鳴った。
「透子?」
 画面には透子の文字。
 玲夜でないことに落胆しつつも、柚子は電話に出た。
「もしもし?」
『あっ、柚子? ランチしに行かない?』
「へ?」
 突然の透子からのお誘いに、柚子は少し悩んだ。
 自分がいない間に玲夜が帰ってくるかもしれないと。
 けれど、先日のお礼をしたいからと言う透子に、柚子は重い腰を上げた。
 透子はまだ柚子が代わりに怪我をしたことを気にしている節があるので、お礼を受けることで透子の気がすむならそれでいいと思ったのだ。
 珍しく東吉はおらず、透子とふたりっきりでランチを楽しむ。
 ふたりとは言っても、子鬼は一緒にいるし、柚子も透子も花嫁なので家から護衛が付けられていることは分かっている。
 見えないが近くから観察しているのだろう。
 そこはもう、柚子も透子も割り切っている。
「どう? ここの料理美味しいでしょ? 前ににゃん吉が見つけてきてくれたのよね」
「うん、美味しい……」
 とても食事を楽しめる心境ではなかったが、無理に笑顔を作る。
 しかし、付き合いの長い透子にはお見通しだった。
「どうしたの? 元気ないわね」
「ううん、なんでもな……ひ」
 なんでもないと言おうとして、透子にぐにっと頬をつねられる。
 加減をされているので痛くはない。
「柚子の大丈夫は聞き飽きたわよ。いいから、なにかあったか話なさい」
「……うん」
 透子にはかなわない。
 柚子が落ち込んでいたり悩んでいたりすると、目ざとく気付いてしまうのだ。
 そんな透子に柚子はいつも頼ってしまう。
「退院してから玲夜が帰ってこなかったの」
「若様が? 別に数日ぐらいおかしくないんじゃない? にゃん吉だってたまに家の用事で帰ってこないことあるわよ」
「でも、私なにも聞いてない。それに電話しても玲夜は出てくれないの。いつもならすぐに折り返してくれるのに」
「それはおかしいわね」
 透子も普段の玲夜の柚子への甘々さはよく知っている。
 そんな玲夜が柚子の電話を無視するなど普段ならありえない。
「なにか理由があるんじゃないの? でなきゃ若様が柚子を無視することなんてあるはずないんだから」
 そうなのだろう。透子の言う通りなにか理由があるのだと柚子も思う。
 だが、その理由を柚子に教えてくれないことが柚子は悔しいのだ。
「透子とにゃん吉君はいいな。言いたいこと普通に言い合えて。私と玲夜はそんな風になれてない」
「そんなことないわよ。私たちだって最初はお互い探り探りだったもの。今だって遠慮して言えないことだってあるし」
「そうよ。当たり前じゃない。好きだから言えない。一番近しい人だから言えないことってあるでしょう? 男のにゃん吉には言えなくても同性の柚子には言えることもあるし。今だって柚子はその悩みを私には言えてるじゃない」
「それは……確かにあるかも……」
「でしょう?」
「にゃん吉とはこれでも付き合いは長いからね。信頼関係なんて一両日中に築けるものじゃないわよ」
 悔しいが透子の言う通りだ。
 自分は少し焦りすぎなのだろうと柚子は思う。
 もっと近付きたい。もっと信頼されたい。
 頼ってほしい。なんでも言ってほしい。
 力になりたい。役に立ちたい。
 それらすべて柚子の独りよがりな想いだ。
「私どうしたらいいのか分からなくて。最近の玲夜は特に私になにも言ってくれないから……」
「柚子と若様はまだまだこれからじゃないの? そもそも、柚子は若様になんでも言ってるの? 遠慮してない?」
「それは……」
 否定はできなかった。
 確かに透子の言う通り、柚子には玲夜への遠慮がある。
「柚子が遠慮してるのに、若様にだけ心を開けってのは我が儘じゃないの?」
「うぅ……」
 まさにぐうの音も出ない。
 透子が正論すぎる。
「柚子はさあ、深く考えすぎるのよ。まあ、それが柚子なんだろうけど。たまには感情に流されるまま腹の底を若様にぶつけてもいいんじゃない?」
「腹の底……」
 柚子は考えてから、難しいと頭を抱えた。
「こりゃ先が長そうね」
 透子が呆れたようにしてから、デザートを頼むべく店員を呼んだ。