病院に着くと、柚子は色々な検査を受けることとなった。
結果は、膝の傷以外問題なし。
けれど、トラックにひかれたということで、念のために一日入院することとなった。
なんともないことを透子と東吉に伝えると、ふたりはそろって安堵の顔を浮かべた。
「私は一日入院しなくちゃならないみたいだから、ふたりはもう帰って大丈夫だよ」
「若様が来るまではここにいるわ」
どうも責任を感じている透子の様子から、てこでも動かなそうだったので素直に受け入れる。
「うん、ありがとう」
「なに言ってるのよ。ありがとうは私のセリフでしょう。本当だったらトラックにひかれてたのは私だったのに」
透子は肩を落として落ち込む。
「別に気にしないでよ。私が勝手に飛び出したんだから」
「ゆ、柚子ぅぅ!」
透子は再び目を潤ませて、柚子に抱き付いた。
「無事でよかったぁぁ!」
柚子は透子が無事でよかったと思いながら、透子の背をポンポンと優しく叩いて慰める。
顔を上げると東吉と目が合った。
「柚子、本気で助かった。お前がいなかったら今頃透子が死んでた。俺がもう少し早く動けてたらお前も怪我しなかったのに……。悪い」
東吉のその手は微かに震えていた。
目の前で透子が危険な目にあったのだ。花嫁を大事にするあやかしなら当然だろう。
「にゃん吉君が悪いわけじゃないでしょう。事故なんだから」
「ああ。だが、これだけは言わせてくれ。透子を助けてくれてありがとう」
東吉は深く頭を下げた。
「どういたしまして」
柚子は笑顔でそれを受け入れた。
入院する部屋に移動してしばらくすると、バンッと部屋の扉が開けられる。
入ってきたのは、珍しく息を切らし焦りを表情に表した玲夜だった。
「玲夜……」
玲夜は柚子の全身を上から下へと確認する。
「怪我は?」
「足を擦りむいただけ。他はなんともないよ。大丈夫」
そう言って笑ってみせると、玲夜は柚子をかき抱いた。
苦しいほどの力で抱き締めらる。
「よかった……」
そこには、柚子が無事であることへの安堵と恐怖が感じられた。
「心配させてごめんなさい」
「いや、いい。柚子が無事なら」
少しして落ち着きを取り戻した玲夜がゆっくりと離れる。
「なにがあった?」
「えーと。どこから話せばいいか……」
柚子が頭の中で話をまとめようとしていると、先に透子が声を上げた。
「私が悪いんです! 私が道路の真ん中で動けなくなって、そこにトラックが走ってきたから、柚子が私を助けて代わりにひかれちゃって……」
「どうして動けなくなった?」
「突然金縛りにあったみたいに体が動かなかったんです。なぜか分からないけど、ほんと突然に」
「金縛り?」
玲夜が眉をひそめる。
「それで、トラックは止まらなかったのか?」
それには東吉が答える。
「運転手はブレーキもハンドル操作も突然きかなくなったと言っていました。しかし警察から聞いた情報だと、どこも故障していなかったと」
「高道。詳しく調べろ」
「かしこまりました」
いつの間にか室内にいた高道に玲夜が命じると、部屋を出て行った。
「透子、にゃん吉君。玲夜も来たからもう大丈夫だよ。付き添ってくれてありがとう」
「私こそありがとう。じゃあ、私たちは帰るね。退院したらまた連絡して」
「うん。またね」
部屋を出て行く透子と東吉に手を振って見送る。
扉が閉められると、再び玲夜は柚子を腕の中に閉じ込め、上向かせた柚子の顔にキスの雨を降らせる。
柚子はただされるがままに身を任せた。
少しして満足した玲夜は柚子を横抱きにしてベッドに腰を下ろす。
その間にも玲夜柚子の髪や頬に触れていた。
まるでそうすることで柚子の存在を確認するかのように。
そんな玲夜に柚子は透子たちの前では話さなかったことを話し始めた。
「ねぇ、玲夜」
「なんだ?」
「またね、龍を見たの」
髪を撫でていた玲夜の手が止まる。
「透子が動かないって言ってたでしょう? 透子とにゃん吉君には見えてなかったみたいだけど、透子の足に龍が尻尾を絡ませて動けないようにしているようだった。ブレーキがきかなかったっていうトラックの方も、もしかしたら龍のせいなのかも」
「…………」
「でもね、龍は嫌がってるみたいだった! 誰か止めてくれってって苦しんでるようで。玲夜は関わるなって言ったけど、やっぱり気になるの」
柚子は思っていることがある。
それは桜子のこと。
桜子もまた金縛りになり大怪我を負った。
その時に桜子は龍を一瞬見たと言っていた。
もしかしたらあれも龍のせいなのではないかと柚子は考えていた。
けれど龍はそれを望んでいるようには見えなかった。
あの龍の身になにが起こっているのか、柚子は知りたい。
「透子に、桜子さん。これだけ周りの人が龍によってなにかが起こされてる。放ってはおけないよ。また誰かが犠牲になるかもしれないのに」
「…………」
返事のない玲夜の顔を覗き込む。
「玲夜?」
玲夜は最近よく見る、なにかを思い悩んだような表情を浮かべていた。
玲夜はベッドを降りると、抱いていた柚子をベッドに乗せる。
そして頬に軽く触れるだけのキスをして、柚子を抱き締める。
玲夜の胸に顔を押し付つける形の柚子に玲夜の表情は見えなかった。
「柚子はなにも心配する必要はない。俺がなんとかする」
「玲夜!」
違う。そうではないのだ。
柚子は玲夜になんとかしてほしいのではない。
自分も力になりたいのだ。
けれど、柚子がそれを告げる前に、玲夜は部屋を出て行ってしまった。
「玲夜……」
柚子の声が虚しく部屋の中で消えていった。