翌朝、目を覚ました玲夜の枕元には、報告書が置かれていた。
昨日頼んでいた、柚子の先祖に関するものだ。
一個人の情報を一夜で集めるその情報収集能力は、さすが鬼龍院といったところか。
一龍斎のこともこれぐらい簡単に調べられれば苦労しないのだが。
布団から出ないまま報告書に目を通した玲夜はその内容に目を見張った。
「これは……。なるほど、素質か……」
朝食の席に着いた玲夜は、目の前に座る柚子に話を振った。
「柚子」
「なに?」
「柚子の祖母の家の先祖は、昔神事に関わっていたのか?」
「おばあちゃんの?」
突然の問いかけに柚子は驚いた顔をしながらも、首を傾げて考え込んむと、「あー」と納得したように声を上げた。
「うん。そう言えばそんな話聞いたことあるかも。……って言っても、ずっと、ずーっと昔の話で、今はまったく関係ないらしいけど。それがどうかした?」
「どうやら、柚子の祖母の先祖は一龍斎の傍流の血を引いていたようだ」
「えっ! 本当に!?」
「ああ。だが、柚子が今言ったようにずっと昔のことだから血を引いていると言っても赤の他人と変わらないぐらいだろう。実際に、これまで一龍斎と関わりを持ったことはないのだろう?」
「うん。そんなこと知ってたら玲夜に言ってたし」
確かにその通りだ。
柚子は聞かされた今でも信じられない様子だ。
「これは俺の予想にすぎないが、柚子が龍を見ることができたのは、柚子がわずかばかりでも一龍斎の血を引いていたからではないか?」
「えっ……」
「龍は一龍斎を加護している。そんな龍だから俺や他の者には見えず、一龍斎の血を引く柚子には見えたと考えるれば納得がいく」
「でも、血を引いているって言っても、すっごく遠い血でしょう?」
「だが、血を引いていることは確かだ。例えわずかだとしても、なんらかの波長が合ったのか、柚子に神子としての素質があったのかもしれない」
「うーん……」
とても納得ができないという様子の柚子は眉間に皺を寄せて難しい顔をしている。
子鬼が猫たちから聞いたと言っても柚子は信じないだろうと思ったのでそこは言わないことにした。
「だが、まあ、これは予想の範疇を超えない。とりあえずは桜子に会いに行ってからだ」
「う、うん」
朝食を終わらせたふたりは本家へと車を走らせた。
高道はあのまま本家に行ったっきりで、屋敷に戻ってきてはいない。
柚子にとっては二度目となる本家。
玲夜からしたら、大人になって今の屋敷に移るまでは暮らしていた懐かしの我が家だ。
桜子は鬼山の家ではなく、この本家の屋敷で療養しているらしい。
柚子の手を引いて中に入れば、本家の使用人たちに出迎えられる。
「おかえりなさいませ、玲夜様」
「桜子の部屋に」
「かしこまりました」
先導する使用人の後について歩く。
物珍しそうにきょろきょろしている柚子がかわいらしく感じた。
本家は玲夜の屋敷と同じ純和風の建物だが、大きさが違う。
千夜はそんな広さだけではなく、広大な本家の敷地内のすべてをたったひとりの力で結界で覆っている。
玲夜にできるかと言われたら可能ではあるが、千夜ほどの効力で維持するのはまだ玲夜には難しいと言わざるをえないだろう。
改めて千夜との力の差を思い知らされる。
あんなのほほんとしているが、その霊力はあやかしの中で最も強いのだ。
あの高みに行くには、玲夜にはまだしばしの時間が必要だろう。
案内された部屋の前。
襖の奥に向けて声をかける。
「桜子、入るぞ」
そう言えば、すぐにスッと襖が開き高道が顔を出す。
頭を下げる高道の奥には、布団が敷かれて桜子が上半身を起こしていた。
「玲夜様、柚子様。このような姿で申し訳ございません」
「いい。加減はどうだ?」
「傷は跡形もなく。千夜様に治していただきましたおかげで、もう動いてもかまわないと言われております」
玲夜の横で柚子がほっと息を吐いた。
「よかったです、桜子さん」
「ご心配をおかけして申し訳ございません。ですが、私も鬼ですので頑丈にできておりますから」
柚子を安心させるために微笑んだ桜子の笑顔はいつもの桜子だった。
桜子のそばに座った柚子の隣に玲夜も腰を下ろす。
「桜子、早速だが話を聞きたい。なにがあった?」
桜子は笑顔を納め真剣な顔をに変わる。
「私が高道様に電話をしていたことはご存知のことかと思います」
「ああ」
「電話をしていますと、突然金縛りにあったように体が動かなくなったのです。一瞬なにが起こったのか分かりませんでした。藻掻いていましたら、近くの窓硝子がガタガタと揺れ始め私の方に飛んできたのです。動けなかった私は避けることもできず……」
「霊力で防げなかったのか?」
「金縛りで体が動かないので私も最初は霊力で対処しようと思いましたが、放出した霊力が押し返されたのです。なにかそれ以上の力によって」
玲夜の顔が険しくなっていく。
「それ以上の力とはなんだ?」
「私には分かりかねます。強いなにかの力を感じたのは確かです。……それと、こんなことお伝えすべきか悩んだのですが、その時、かすかにですが龍を見た気がしたのです」
「龍だと?」
柚子がはっとしたように玲夜を見上げるが、玲夜柚子に視線を向けることなく桜子を注視した。
その言葉を聞き逃すまいとするように。
「私の気のせいかもしれません。本当に一瞬のことだったので。ですが、白銀に輝く龍だったように見えたのです」
ここでもまた出てきた龍の存在。
柚子が身を乗り出す。
「その龍って鎖が巻き付いてたりしませんでしたか?」
「鎖でございますか? ……いえ、そこまで詳細には見えませんでしたので」
「そうですか……」
柚子はさっきまでの勢いをなくす。
「申し訳ございません。お役に立てず」
「いいえ! 桜子さんが無事でよかったです。……本当に、良かった」
今回のことは柚子に予想以上のショックを与えてしまったようだ。
またそのことで悩みを増やさないか玲夜は心配だった。
なんでもかんでも背負いたがる柚子に、玲夜はいつもどう荷物を降ろさせるかで頭を悩ませるのだ。