クローゼットからゆったりしたワンピースを選んで着替える。
 いつもより上品なデザインのものにしたのは、今日出かける先が高級ホテルだからである。
 きっと、見た目だけなら柚子はどこぞの令嬢と間違えられてもおかしくない。
 中身はまるっきりの庶民だが、髪や肌の手入れを柚子付きの世話係である雪乃が、本人以上に念入りに手入れをしてくれているので、見た目だけはそれなりなのだ。
 大学に入ってから覚えたメイクをさっとして、部屋を出る。
 後ろからは子鬼と猫たちがついてくる。
 どうやら無事まろも食事を終えたようだ。
 今度は柚子の食事の番だが、今日は朝食を取るつもりはなかった。
 しかし、朝食を玲夜と一緒に取るのは毎朝の決まり事ようなものなので、とりあえず食事の席へと向かう。
 いつも食事を取る座敷には、まだ玲夜は来ていなかったが、この玲夜の家で働く使用人たちがすでに卓の支度を終えていたので、いつもの定位置に座る。
 大人しく柚子の隣にちょこんと座ったまろを撫でていれば、仕事へ向かうためのスーツ姿の玲夜も入ってきた。
 屋敷内では着物姿でいることの多い玲夜だが、仕事着はいつもスーツだ。
 そのギャップがまた柚子をドキリとさせるのだが、それを口にするのはなんだか恥ずかしかった。
 柚子の向かいに座った玲夜は自分の座卓と柚子の座卓を見比べ訝しげにする。
「柚子の食事はどうした?」
 玲夜の座卓の上には湯気の立つ食事があるのに対し、柚子の上にはなにも乗っていないことを不審に思ったのだろう。
 そんな中で、子鬼が二人でマグカップを柚子の所に運んできた。
 それを受け取り「ありがとう」とお礼を言う。
 温かいミルクの入ったマグカップを玲夜に見せるように持つ。
「これが今日の私の朝食」
「それだけか?」
「うん。今日は透子とにゃん吉君と蛇塚君とでホテルのスイーツバイキングに行くの。だから、お腹空かせておかないと」
 たくさん食べることを想定して、服も締め付けのないゆったりとしたワンピースを選んだのだ。
 抜かりはない。
 玲夜はどこか呆れたような笑顔で「そうか」とそれだけを言った。
「子鬼は連れて行くんだぞ」
「うん。分かってる」
「ならいい」
 朝食代わりのミルクを飲み始めた柚子を見て、玲夜も箸を持って食事を取り始めた。
「玲夜はスイーツとか好き?」
「好きでも嫌いでもないな。だが、柚子が作ったチョコなら毎日でも食べたい」
 少し前にあったバレンタインの日に柚子が玲夜に贈ったチョコは、市販のものではなく、柚子が自ら作ったトリュフだった。
 甘いものを食べているところを見たことが少ない玲夜のことを考え、ビターなチョコを使った甘さ控えめのチョコだった。
 半日掛けて作った渾身の作だったそれの裏には、失敗作や形のいびつなものだったりが量産されたのだが、それらはこの屋敷の人達で消費された。
 それを後で知った玲夜は不服そうであった。
 柚子の作るものはすべて自分のものにしたかったと言って。
 食べられないだろうにと思ったが、その気持ちは柚子を嬉しくさせた。
 作ったかいがあったと柚子の方が満足した気がする。
 翌月のホワイトデーのお返しは、温室の花園でのふたりっきりのデートを希望した。
 それというのも、去年はふたりにとって初めてのバレンタインだったので、柚子からチョコを初めてもらった玲夜はそれはもう誰が見てもご機嫌。
 ホワイトデーのお返しはそんな玲夜の気合いを感じさせるものだった。
 なんと、鬼龍院の権力を存分に活用し、人気テーマパークを貸し切りにしたのである。
 これには喜ぶというよりは驚きの方が大きく、柚子を唖然とさせた。
 スケールが大きすぎる。
 嬉しくないのかと聞かれれば、嬉しいのは間違いないのだが、着ぐるみ達がたったふたりのためにパレードをしているのを見ているとなんだか申し訳ないような気がして仕方がなかった。
 玲夜が気合いを入れるのはあまりよろしくない状況を生み出すと経験した柚子は、今年は自分からお返しの要望を出したのだ。
 玲夜と一日デートを楽しみたいと。
 鬼龍院グループという会社をまとめる社長である玲夜は忙しく、デートをするなど滅多にできない。
 一応土日は休みを取っているが、突然呼び出されたり、屋敷にいても高道となにやら仕事の話をしていたりと、完全にオフの日は数えきれるほどだ。
 忙しい玲夜を一日貸し切りにできるというのは、柚子にとってはこれ以上ないほどのご褒美でもあったが、きっとそれは玲夜にとってもだろう。
 普段は、まろやみるくに子鬼たち。高道や使用人たちといった者たちが常に付いているふたりにとって、一日中ふたりっきりになることは少なく、温室で誰の邪魔もないデートを満喫できたのはとても貴重な時間となった。
 ただ手を繋いで花を見ながらお弁当を食べて他愛もないことを話した。
 特別なことなんて一切していない。そんななんてことのないことなのに、その穏やかな時間がとても幸せだった。
 高道によると、しばらく玲夜の機嫌がよくて会社でも仕事がやりやすいと部下から好評だったと聞かされた。
 是非とも定期的にデートをしてくれとお願いされる。
 しかし、玲夜が仕事をしないとその分が、副社長である鬼山桜河にしわ寄せが向かうのだろうと柚子は心配したが、高道は無言でにっこりと笑うだけだった。
 玲夜至上主義の高道なら、友である桜河より主人である玲夜の機嫌の方が大事なのだろう。
 柚子は申し訳ないと思いつつ心の中で桜河に合掌した。
 柚子もできるならもっと玲夜とふたりの時間を過ごしたいのだ。