「桜子ちゃん、高道君はどうしたの?」
「高道様は玲夜様のところへ一目散に行かれましたわ」
「高道君の玲夜君好きは相変わらずねぇ」
 呆れた様子の沙良は柚子にも分かりやすいように話をした。
「高道君の家の荒鬼家は代々当主に付いているんだけれどね、どうもこう主家への愛が重いのよね。高道君のお父さんも千夜君至上主義だし」
「そうなんですか」
「高道君はドライな子供だったから千夜君とは違う、友達のような気安い主従関係になるんじゃないかと期待したんだけれど……。玲夜君と会わせたら、ものの見事に心酔しちゃって、荒鬼の血の強さに呆れかえったわよ」
 ふうと頬に手を当てて溜息を吐く沙良と、苦笑する桜子。
「柚子ちゃんと桜子ちゃんも心しておいた方がいいわよ」
「私もですか?」
 柚子が首を傾げる。
「勿論よ~。だって桜子ちゃんと高道君の子は柚子ちゃんと玲夜君の子に仕えることになるでしょうから。柚子ちゃんも荒鬼の血を身をもって知ることになるわよ。まあ、一番大変なのは桜子ちゃんかもしれないけれど。高道君は、いざとなったら迷わず妻より玲夜君を優先させるでしょうから」
 桜子に視線を向ければ、桜子は聖母のような微笑み浮かべた。
「私は高道様のすべてを受け入れておりますから。高道様の玲夜様への深い愛も含めて」
 ぐっと拳を握り締める桜子は、きっと主従愛以上のことを考えていると、桜子が同志によって量産されている本の実態を知る柚子は察した。
「やっぱり筆頭分家の娘さんは違うわねぇ」
 それを知らぬだろう沙良は素直に感心している。
 我が子がネタにされているなど、きっと知らぬが仏だろう。
 いや、沙良の性格からして大笑いしそうではある。
「そうそう。そう言えば桜子ちゃんは今年中に籍を入れるんですって?」
「えっ!?」
 その言葉に驚いたのは柚子だ。
「本当ですか、桜子さん?」
 桜子ははにかむように笑いながら頷いた。
「はい。我が家と高道様の荒鬼家で話し合った結果、年内に式を挙げようということに決まりました。今日柚子様にお知らせしようとていたのですが、沙良様に先に言われてしまいましたね」
「あら、そうだったの? ごめんなさいね、桜子ちゃん」
「いいえ、とんでもない。柚子様もぜひ式には出席していただけますか?」
「勿論です!」
 断る理由などない。
「私、その日はパパラッチのごとく写真を撮りまくりますね」
「まあ、柚子様ったら」
 くすくすと笑う桜子の美しいことといったらない。
 花嫁衣装の桜子はきっと世界一綺麗なこと間違いない。
「式は和装ですか?」
「ええ、そうなります」
「絶対綺麗です! 間違いなしです。でも、洋装の桜子さんも見てみたかったです」
 柚子が力説すると、沙良も話に乗った。
「そうよね、そうよね。桜子ちゃんならきっとドレスも綺麗に着こなすわ。ドレスは着ないの?」
「その辺りをどうしようかと悩んでいるところなんです」
「悩んでるなら絶対すべきだわ! 結婚式なんて一生に一度のこと、後悔を残すべきじゃないわ。私は和装しかしなかったんだけど、後になってドレスも着ておけばよかったって後悔したものっ」
 沙良はよほど後悔しているのか、その言葉にはかなり実感が込められている。
「確かに沙良様のおっしゃる通りですね。高道様に相談してみます」
 殊勝に頷く桜子に沙良も満足そうだ。
 柚子はというと、自分のドレス姿を想像していた。
「柚子ちゃんはドレスにしたいの?」
 まるで見透かされたようなその質問に柚子はドキリとする。
「えっ、わ、私は、どうでしょう?」
「あら、桜子ちゃんが年内なら柚子ちゃんもそう遠くないんじゃない?」
「いえ、玲夜によると大学卒業してかららしいです」
「らしいですって、そんな話をしないの?」
「それがまったく。大学卒業してからっていうのも、私の知らない内にいつの間にか決まっていた感じですし」
「それは酷いわ」
 眉をひそめた沙良は、はっとした。
「まさかプロポーズされてないなんてことはないわよね?」
「……そのまさかです」
「なんてことっ!」
「まあ」
 未だプロポーズされていないと聞いて、沙良だけでなく桜子も驚いた顔をする。
「やっぱりおかしいですよね? プロポーズしてほしいって思っちゃう私間違ってないですよね」
 ここぞとばかりに柚子は身を乗り出す。
 これまで透子以外に相談できる者がいなかったので、プロポーズを望む自分は贅沢なのかと柚子は思ったが、驚く沙良と桜子の様子を見る限りでは、おかしいのは玲夜の方のよう。
「当たり前じゃない。いくらあやかしだろうが人間だろうが、ちゃんとプロポーズされたいものよ。……これは玲夜君にはお説教が必要なようね」
 柚子にとって頼もしい味方ができた。
「桜子さんも高道さんからプロポーズされましたか?」
「私どもは柚子様と違い、家が決めた政略結婚ですが、一応それらしいお言葉はいただきましたよ。それなのに玲夜様ったら」
「私の友達の花嫁もプロポーズされなかったって文句言ってたので、あやかしはそういうことしないのかと思ってました。最初は期待してたけどいっこうにそういう話にならないから最近じゃあ諦めてて……」
「大問題だわ。千夜君だってちゃんとしてたわよ。王道だけど花束を持って結婚してくださいって」
 つまり未だプロポーズされないのは、あやかしだからではなく玲夜に問題があることが判明した。
 透子によると、東吉もプロポーズをすっ飛ばして籍を入れようとしたので、花嫁を持つあやかしが問題なのかもしれない。