車から降りた柚子は、玲夜に手を引かれて屋敷の裏に回る。
「あれ、屋敷に入るんじゃないの?」
「宴が行われるのは裏手の森の奥だ」
 さすがにそこまでは車で行かないようで、歩いて向かう。
 森の奥といっても、ちゃんとした道ができているので、着物に下駄という歩きづらい出で立ちでもなんの問題もなかった。
 道を歩いた先では、賑やかな宴の席が用意されており、鬼の一族がお酒や食べ物を片手に談笑していた。
 最も美しいあやかしと言われるだけあって、老若男女問わず眉目秀麗な者たちばかりが集まっているのは壮観である。
 彼らは玲夜の姿を確認するや、話を止め次々に頭を下げていく。
 その中を悠然と歩く玲夜に肩を抱かれながら歩く柚子は、戸惑いの方が大きい。
 こうしてみて改めて感じる。
 玲夜のすごさと、立場の高さを。
 そんな彼の隣にいるのが自分でいいのかと柚子の中の弱気な自分が顔を覗かせる。
 うつむいた柚子の目に映った牡丹の花。
 大きく美しく成長するという意味を持つ牡丹。
 その牡丹の柄が、自分はまだまだ成長の途中なのだと、弱さを見せる柚子の心を勇気づけてくれた。
 顔を上げた柚子の視界を一本の大きな桜の木が覆い尽くす。
 風の中を桜の花びらがヒラヒラと舞う。
 これまで見てきたどの桜の木より大きく、不思議な美しさに魅了される。
「ここに古くからある桜の木だ。敷地内にはいくつか桜の木はあるが、この桜だけは枯れることなく年中咲いている」
「年中?」
 そんな桜など聞いたこともない。
「ああ。不思議な力が宿った木だ」
 確かに、普通の木とは違う不思議な魅力がある。
 まるで吸い込まれそうな、心が囚われてしまいそうな大きな力を感じる。
「玲夜くーん、柚子ちゃーん」
 その声に我に返った柚子が声のした方を見ると、玲夜の父である千夜が手を振っていた。
 隣には玲夜の母の沙良もいる。
 そちらへ歩いて行くと、ふたり共にこにこした顔で柚子と玲夜を迎えた。
「今日はお招きありがとうございます。それとこの着物も、とても素敵です」
 柚子が礼を言うと、沙良が嬉しそうに柚子の手を取った。
「でしょう! 絶対に柚子ちゃんに似合うと思ったのよ。私の目は確かだったわ。ね、千夜君」
「うんうん。すっごくかわいいよ。僕のお嫁さんにしたいぐらい!」
「……父さん」
 調子のいいことを言う千夜は玲夜にギロリと睨まれている。
「もう、冗談だって。玲夜君怖いよ~」
「千夜君が馬鹿なこと言うからでしょ」
 と、沙良にも叱られている。
「さあ、ふたりも飲み物持って乾杯しましょう」
 そう言って沙良が飲み物を手渡してくれる。
 柚子にはジュース、玲夜にはお酒を。
「来年は柚子ちゃんもお酒飲みましょうね」
「はい」
 誕生日がまだきていないが、今年で柚子も二十歳だ。
 来年の春の宴では、お酒を飲むことができるだろう。
「楽しみね。はい、乾杯」
 コツンと沙良のコップと合わせる。
 次に千夜ともしてから最後に玲夜とコップを合わせる。
 お酒を飲み干した玲夜は千夜に連れられてどこかへ行ってしまった。
 色々と挨拶回りがあるようだ。
 自分はどうしようかと思っていたら、沙良に椅子を進められ座ると、自然と沙良と一緒にいることに。
「柚子ちゃん。このお料理食べてみて、美味しいのよ」
 甲斐甲斐しく柚子に世話を焼いてくれる沙良に嬉しく思う。
 なんとなく周囲から見られているのを感じていた柚子は、少し顔が強張り緊張している。
 そんな柚子に沙良は優しく微笑みかけた。
「大丈夫よ、柚子ちゃん。皆柚子ちゃんが気になって仕方がないだけなのよ。胸を張っていなさい。余計な声は入れなくていい。そんなのは聞き流しちゃいなさい。あなたは鬼龍院の次期当主である玲夜の伴侶なんだから」
 その言葉から沙良も、柚子を受け入れることに難色を示す声があるのを知っているようだ。
「実は私もね、千夜君の伴侶に選ばれた時は色々と言われたのよ。相応しくないってね」
「そうなんですか?」
「そうよ~。私たちの婚姻は一族の話し合いで決められたけど、全員が全員私を推したわけじゃないからね。私じゃ不足だって声もあったのよ。当時は若かったし、さすがに落ち込んだわぁ。私じゃあ当主の妻になんてなれないって」
「でも、今はそんな感じしません」
 沙良はそんな空気など微塵も見せず、千夜の隣で堂々としている。
「私にも色々と心境の変化があったの。一番は自分に自信を付いたからかしら。そしたらそんな声聞こえなくなったわ」
「自分に自信。……私にはまだ難しいです」
 今の柚子は周囲の些細な声で一喜一憂してしまう。
 沙良の言う、自信など全然ない。
「大丈夫よ。柚子ちゃんはとても強い子だもの。私、人を見る目はあるのよ」
 得意げに胸を張る沙良に、柚子はくすりと笑った。
 沙良に言われると、本当にそんな気がしてきてしまうから不思議だ。
「お話中失礼致します。私もご一緒してよろしいですか?」
 そう言って声をかけてきたのは桜子だ。
 春らしい桜の着物を着ていて、まるで桜の精のように可憐だ。
「あらぁ、桜子ちゃん。どうぞどうぞ。一緒におしゃべりしましょう」
「ありがとうございます。沙良様」
 話の輪に桜子も加わった。