玲夜の部屋に連れて来られると、そのままソファーに座った玲夜の膝の上に乗せられる。
 がっちりと腰に腕を回されているので、逃げ場はない。
「……で、なにがあった?」
 機嫌が最大級に悪い怖い顔をした玲夜に、柚子も観念するしかない。
 そもそも逃げるつもりはないのだが。
「えーっとね」
 どこから話したものかと、頭で整理しながら話し出した。
「最初に変なことがあったのは、前に透子たちとスイーツバイキングに行った時なんだけど……」
 そう言うと、鬼が降臨した。
 いや、確かに玲夜は鬼のあやかしではあるのだが、そういう意味の鬼ではない。
「随分前の話だな。なぜ今まで言わなかった?」
 激おこである。
 なにせ数ヶ月も前の話なのだから、怒っても仕方ないかもしれない。
 が、柚子とて言い分はある。
「だって、その時は気のせいだと思ったんだもの。子鬼ちゃんたちにも見えてなかったみたいだから」
 ビクビクと怯える柚子を見て、玲夜は深く息を吐いていつもの冷静さを取り戻す。
「それで、なにを見たんだ?」
「……龍をね、見たの」
「龍?」
 さすがの玲夜も疑問符を浮かべた顔をする。
「そう、龍。私と同じぐらいの年頃の女の子の後ろにね、龍を見たの。でも一瞬だったし、周りの人は誰も見えてないみたいだったから、気のせいだろうって思ってたの」
「過去形ということは、その後もなにかあったんだな?」
「うん。今日大学でその子を見たの。そしたら声が聞こえてきて、大きな白銀の龍が現れてね」
 話を進めるに従って柚子も興奮を隠しきれなくなってきた。
 あれは夢ではなかった。
「噓じゃないの。本当に龍だったんだから!」
「分かった。分かったから落ち着け」
 どうどうとなだめるように、玲夜に背中をトントンと叩かれる。
 柚子はひと呼吸置いてから話を続けた。
「龍はでも子鬼ちゃんたちも、透子もにゃん吉君も蛇塚君も、他にもカフェにいた人たちも、誰ひとり龍は見えていなかったの。私だけ。私だけに声と姿が見えてた」
「龍と話したのか?」
 柚子は首を横に振った。
「ううん。一方的に声が聞こえてただけ。助けてって。そう言ってた」
 柚子は自分の手に視線を落とす。
「もう少しで触れられそうだったのに、龍の体に巻き付いてた金色の鎖が龍を締め上げて、龍は苦しそうな声を上げて消えていったの……」
 後もう少し。触れていたらなにか変わっただろうか。柚子には分からない。
「ねえ、玲夜は信じてくれる?」
 こんな突拍子もないことを信じてくれるだろうかと柚子は心配になったが、玲夜は優しく微笑んだ。
「俺がお前の言葉を疑うことはない」
 一点の揺らぎもない眼差しでそう言われ、柚子はほっとした。
「あれはなんだと思う?」
「実際に見てみないと俺にも分からないな」
「でも、誰も見えてなかったのよ?」
「子鬼や他のあやかしにも見えていなかったものが柚子に見えたというのが気になるな」
 玲夜は考えるように顎に手を添える。
「その龍と一緒にいた女というのはどんな奴だ?」
「そう、それを玲夜に聞きたかったの! にゃん吉君によるとその子は一龍斎ミコトって名前らしいんだけど、玲夜なら一龍斎のこと知ってる?」
「一龍斎か……。なるほど、それで龍か……。おかしな話ではないな」
 玲夜はひとり納得しているようだが、柚子にはさっぱりだ。
「玲夜、ひとりで納得してないで私にも教えて。一龍斎ってどんな家なの?」
「一龍斎は色々と謎の多い家だ。それから、鬼龍院とはとても深い関わりがある」
「そうなの?」
「最初に花嫁を輩出したのが一龍斎と言われている」
「それはにゃん吉君も言ってた」
「その最初の花嫁を伴侶としたのが、鬼龍院の当主だった」
 柚子は目を丸くした。
「その当時は鬼龍院などという名もなかったが、その花嫁を受け入れたことで力を大きくした鬼の家が、一龍斎から龍の文字をもらい鬼龍院とした。それが我が鬼龍院の始まりと言われている」
「つまり、鬼龍院の親戚?」
「遠いな。だが、今はビジネス以外で関わることがなくなって久しい。向こうも、最初の花嫁を輩出したこと自体知っているかも怪しいな。それだけ大昔のことだから」
「そうなんだ」
「一龍斎は元々神事を行っていた家だ。最初の花嫁は龍の加護を受けていたとされていた。それ以降一龍斎は龍の加護の力で家を大きくしていき、今の一龍斎があるというが、それが事実かは俺にも分からない」
「そっか」
 玲夜ならばあの龍に関するなにかを知っているかもしれないと思ったのだが、玲夜でも知らないことはある。
「だが、一龍斎がなにかに守られているというのは噓だと切って捨てるのは早計だな。それほどに、一龍斎はこれまで多くの苦境を前にしても家の力は揺らぐどころか力を強くしてきた。柚子の見た龍も、もしかしたら一龍斎を守護する龍かもしれないな」
 結局のところあの龍がなにかは玲夜にも分からないようだ。
 けれど、あれが一龍斎を守護する龍だと言うのなら、なおさら気になって仕方がない。
「助けてって言ってたの……。すごくつらそうな声で、助けてって……。普通自分から守っているならそんなこと言う?」
 そして龍に巻き付いていた金色の鎖は、まるで龍を逃がすまいと拘束しているようにすら見えた。
「柚子」
「なに?」
 真剣な眼差しでじっと柚子を見つめる玲夜は、柚子に冷たい言葉を浴びせる。
「そのことはもう忘れろ」
「どうして?」
「知ってどうするんだ? 龍が助けてと言った? なら、柚子はどうやってその龍を助けるんだ?」
「それは……」
 柚子は言葉に詰まる。
 そもそもあの龍がなんの助けを求めているかも分からないのだ。
「さっき、えせ陰陽師が言っていただろう」
「えせ陰陽師ってもしかして浩介君のこと?」
「名前などどうでもいい」
 浩介が聞いていたらツッコミを入れそうだが、玲夜は心からどうでもいいとおもっているのだから仕方がない。
「その龍により柚子に災いが降りかかるなら、俺はもう関わるなと言わざるをえない」
「でも、そうと決まったわけじゃないし」
「ほんのわずかの可能性でもあるなら、俺は柚子を優先させる」
 強く叱責するように玲夜は柚子に言い聞かせる。
「相手が一龍斎だということも問題だ。鬼龍院も下手に手出しができない。なにかあっても柚子を守りきれないかもしれない」
 あの玲夜から、そんな弱気な発言が出るとは思わず、柚子は驚きを隠せない。
 それだけ一龍斎の力は柚子が思っているより強いということなのだろう。
「もう関わるな。分かったな?」
「でも」
「柚子。いいな」
 それは問いかけているようでいて、決定事項を告げているに等しかった。
 不満はある。
 けれど、玲夜の有無を言わせぬ空気に、柚子はこくりと頷く選択肢しか残っていなかった。