浩介に電話をすれば、ワンコールですぐに出た。
『おー、柚子かぁ? どうかした?』
相も変わらぬ呑気な声。
「どうかしたじゃないよ。突然よく分からない物送ってきて」
『おっ、届いたか?』
「届いたけど、これなに?」
『見た通り匂い袋だよ』
「それは分かってるけど、なんで急に?」
なんの前触れもなく匂い袋を送ってくる意味が分からない。
『実はさぁ、夢を見たんだ』
「夢?」
ますます柚子は分からなくなる。
『柚子さ、最近おかしなことなかったか?』
「特にないけど」
目の前で玲夜が眉間に皺を寄せているが、ないものはない。
『例えば、龍に関わるものとか』
その言葉を聞いた瞬間、柚子の心臓はドキリと跳ねる。
「りゅう……」
頭に浮かぶあの光景が、柚子の声に緊張を与える。
それが浩介にも伝わったらしい。勿論、目の前にいる玲夜にも。
『なんか心当たりがありそうだな』
「どうして浩介君が知ってるの?」
そのことは誰にも言っていない。玲夜にすら。
それも当然だ。龍をはっきりと見たのは今日が初めてなのだから。
後でそのことについて聞こうと思っていたところなのだ。
『言っただろう。夢を見たって。あまりよくない夢だった。龍に関することで柚子に災いが降りかかるかもしれない』
「でも、夢でしょう?」
『腐っても陰陽師の夢を軽く見るもんじゃねぇぞ。陰陽師の見る夢は時に意味がある。そして、俺はその夢に意味があると思った。だから匂い袋を送ったんだ』
「どうして匂い袋?」
『その匂い袋には、俺が丹精込めて作った護符が仕込んである。そして、桃は古来より厄除けとされてきた。きっと柚子を守る』
桃の香りがふわりと柚子の鼻腔をくすぐる。
『俺にできるのはそれぐらいだ。後はお前の旦那になんとかしてもらえ』
「浩介君……」
離れていてもこうして助けてくれようとしてくれる浩介の気持ちがありがたかった。
「ありがとう」
『俺が勝手にしたことだ。けど、ちゃんと肌身離さずもっとけよ。後、少しでも気になることがあったらお前の旦那に相談しとけ。鬼なら大概のことは解決できる』
「うん。分かった」
『よし、じゃあ、またなにかあったこっちも知らせるから気を付けるんだぞ』
「うん」
そうして、浩介との電話を切った柚子には問題が発生している。
目の前で今にも爆発しそうな玲夜である。
思わず目をそらしたくなった。
「どういうことだ、柚子」
普段柚子には砂糖をかけたように甘甘な声を出す玲夜が、今は恐ろしいほど低い声で柚子の名を呼んでいる。
柚子は笑顔を浮かべたが、引き攣ってうまく笑えなかった。
「えーと、今日相談しようと思ってたのよ。夕食を食べたら」
そう言えば食事の途中だったと思い出す。
最初は湯気を上げていた食事も、すかっり冷めていた。
「とりあえずご飯たべよう。ね?」
「……食べ終わったら俺の部屋だ」
「……はい」
これはお説教コース一直線だなと、柚子はがっくりした。
柚子には甘く他人には極寒の雪山のように冷たい玲夜も、こと柚子に関することになると、その怒りが柚子に向かうこともある。
そして、今回はそんな状況だ。
無言で食事をする玲夜から発せられる静かな怒り。
助けを求めるように使用人頭に目を向ければ、にっこり笑顔で視線をそらされた。
自分でなんとかしろということかと、柚子は理解する。
食事を終えれば、食後のお茶もそこそこに玲夜に腕を捕獲されてしまう。
後ろからまろとみるくが追っかけて来たが、雪乃が「ご飯ですよ」とキャットフードを見せたら急ブレーキの後、方向転換して行ってしまった。
薄情な猫たちである。
最初は柚子からしかご飯を食べなかったまろとみるくもこの家に馴染み、雪乃や一部の使用人からならご飯をあげても食べるようになっていた。
嬉しいことだが、今はもふもふの癒しが一緒にいて欲しかったと思う柚子だった。