その日の講義も終わり、帰る時。
「ねえ、柚子。なにがあったの? お昼からなんか変よ」
「ううん。なんでもないの、大丈夫だから」
 安心させるように無理矢理笑顔を作ったが、透子の表情が晴れることはなかった。
「なにか悩みがあるなら相談してよ」
「大丈夫だって。ただちょっと調子が悪いだけだから」
「そう……」
 透子は納得はしてないようだ。
「ほら、にゃん吉君が待ってるから。また明日ね」
「……分かった。また明日ね」
 渋々といった様子で東吉が先に乗る車へ向かった透子と別れ、柚子も鬼龍院からの迎えの車に乗り込む。
 その車内でも考えるのはあの龍のこと。
「ねぇ、子鬼ちゃん」
 子鬼を呼ぶと、肩に乗っていた子鬼が柚子の膝の上に移動する。
「あい?」
「子鬼ちゃんたちにも見えなかった? 一龍斎ミコトって子の後ろにいた龍を」
「?」
 こてんと首を傾げる子鬼たち。
 やはり、あの龍が見えていたのは自分だけだったのだと理解する。
 けれど、見間違えなどではない。
 あんなにもはっきりと見えたのだから。
「絶対見たもの……」
 自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
 屋敷に帰ってきた柚子は自分の部屋に直行した。
 部屋に入るとまろとみるくが寄ってきたが、この日ばかりは相手にせず、鞄を乱雑に置いてパソコンを開いた。
 調べるのは一龍斎のこと。
 カチカチとマウスを操作して上から情報を頭に入れていく。
 戦後、復興に四苦八苦し、あやかしが影響力を強める中で、その力を落とすことなくその地位を守り続けた家。
 歴史は古く、戦前から一龍斎はこの日本で陰日向にと支えてきた。
 書いてあるのは透子や東吉からも聞いたような、そんな当たり障りのないことだ。
 そんな中で、ある一文が目に入った。
 一龍斎は龍を信仰しているという文。
「龍……」
 あの白銀の龍が頭をよぎる。
 それからしばらくパソコンと睨めっこしていたが、柚子が気になる情報は手に入らなかった。
「うあー、駄目だぁ」
 集中しすぎて目が痛い。
 柚子はパソコンを止め、ソファーにゴロリと寝転んだ。
「はぁ……。なんで私だけ見えてるんだろ」
 あの、助けを求めるような龍の目が忘れられない。
「子鬼ちゃんにも見えてないなんて……」
 人間である透子ならまだしも、東吉や蛇塚、あやかし最強の鬼である玲夜に作られた子鬼たちにも見えていないものが自分には見えていることが柚子には不思議でならない。
「アオーン」
 のそのそと歩いてきたまろが、ソファーに仰向けに寝そべる柚子のお腹の上に乗ってきた。
「まろ、あれはなんなんだろうね?」
「アオーン」
 猫に言っても仕方がないか……と思っていた柚子は思い出す。
 まろもみるくもただの猫ではない。
 霊獣という、あやかしよりも神に近い特別な生き物だと。
 もしかしたらあの龍も似たようなものなのではないかと、柚子の勘が働く。
「玲夜なら知ってるかな」
 鬼龍院とも張り合える力を持った一龍斎。
 鬼龍院である玲夜が知らぬはずがなかった。
 ネット調べるよりも多くの情報を知っているかもしれない。
 もしかしたらあの龍に関してもなにかを知っている可能性がある。
 時計に目を向けると、まだまだ玲夜が帰ってくるには時間があった。
 そして、柚子のお腹の上にはまろが乗り、寝る体勢に入っている。
「まろ、動けないよ」
 けれど、まろは無視。
 そのままウトウトして目を瞑ってしまった。
「はぁ……」
 柚子は溜息を吐いて、そのままにしていると、次第に柚子もウトウトと。
 そして、いつの間にか意識を手放していた。