「キヨ、髪は伸ばしておく?」
「うん、もっとこう、腰くらいまで」
「染めたりはしない?」
「しないかな、お手入れ大変そうだから」
記憶の中の彼女は濃い栗色の髪をしていた。地毛というには少々明るいだろうから染めていたのかもしれない。すっきりしたショートカットはいつもそうで、私の中で私が見る彼女はどの年代でも大体そんな出で立ちをしていた。
シンプルな格好、かかとの高すぎない靴、落ち着いた配色。センスは悪くない。街中でよくすれ違う女性たちの一人、ミナヅキ アカリはそんな女性だ。
「そういえば、あ、座りなよ」
「なに?」
「ルイさんとスピカと話したんだけど、この調子なら秋までに自我年齢が十六になりそうだろ?二学期から編入ってことで高校に通わせる投入実験を考えてる」
「学校に行くの? 私が?」
「そう、もちろんメンテナンスもプログラミングもそのあたりは変わらないよ。けどキヨにはセンサーもついてるし、高校生くらいの自我ってだいたい成人後の人格形成がそのあたりだろ。だからそれ以降は明確に何歳になりましたって基準を設けてない」
「もっと簡単に言って」
「高校生になったら人間と同じ速度で成長するってこと」
やっぱり。彼は最初から劇的なスピードで成長して社会現場に投入できるアンドロイドを想定していない。
モノ扱いされていないとか大切にされているようで嬉しさはあるけれど、私はあくまでデータの集合体だ。成果があがるのだって気になってしまう。
「もし高校に行くって言うなら条件があるの」
「反抗期らしい言い分だなあ、なに?」
「ミナヅキ アカリの欠損データを全部よこして」
「……………」
「みんなは気づいてないだけかもしれない、けど被検体の私を騙そうってのは無理だと思わない?」
「騙してるわけじゃないよ」
「私が気づいてる時点で嘘ついてるのと同じじゃない」
黙り込んでしまったジュンイチから目をそらさない。
今、目線を外したらきっと逃げるだろうという確信があった。騙すというのは言い方が悪いにしても、言っていないことがあるとばれているのでは嘘をつき通していないのだからここで逃げられると面倒だ。
私はなにがなんでもタカシロ キヨハになりたい。そのために、たとえ基盤がミナヅキ アカリであったとしても彼女と絶対的な区別のために彼女のすべてが欲しいのだ。
タカシロ キヨハを確定させる根拠がない以上、私がミナヅキ アカリではないことを示さなくてはならない。面倒な話だと思う。小難しく考えすぎているだけかもしれない。でも私は人間じゃない。その壁はひどく高い透明度を保ちながら、絶望するほど分厚いのだ。
「今、キヨハに同期してないデータはいらないものだって俺が判断したんだ」
「それはルイさんの意見もあるの?」
「それは」
「そうじゃないなら、私の所有権はこの研究班に帰属するからジュンイチのやっていることを隠匿行為と判断して本部に報告する」
「脅してるつもりかよ、それこそ俺がいなくなったらキヨハの維持ができなくなるんだぞ」
「そうなったときは、私はミナヅキ アカリじゃなくなるだけだから」
ジュンイチが息をのむ。なぜ、私がわからないだろうと思うのだろう。所詮AIは自分たちの手の内だなんて思っているのだろうか。ほかのAIならともかく、それこそ将棋のスパコンなら人間が勝てるからなんて思うところもあるのだろうけれど私は最新鋭としてその研究技術のすべてを注ぎ込まれた、生きているアンドロイドだ。
私は生きている。生き物のすべてが確実に自分の思い通りになるわけがないじゃないか。