憧れの冬野さんに再会して、逃げ帰ってしまってから一晩が立った。
私はいつも通り会社に出勤した。
昨夜の事を思い出しながらお給料日前で寂しさを一層に増した財布の中身を見ながら、なけなしの樋口一葉と野口英世に君たちの顔をずっと見ていたいよ、と語りかけていると隣の席のデスクの電話が鳴った。
「はい、営業二課、眞鍋です。はい、石崎ですね、お待ち下さい」
石崎と言うのは私の名字でこの会社には私一人である。
通常、取引先や顧客からの電話は、お電話ありがとうございますで受けるから、社内電話の様だ。
目線を眞鍋さんの方に向けると、眞鍋さんは私に言った。
「石崎先輩。営業一課、徳島課長からお電話です」
あっ、びっくりした。
営業一課。
それは昨夜の冬野さんが居た部署で、そこでスタッフしてたマキさんの在籍する部署でもある。
マキさんからじゃなくて良かった。
もし昨夜、私の事に気づいて居れば彼女の性格上、何もないわけがないと思っていたけど。
私は、程なく鳴らされた転送電話を自分の席の電話で取った。
「お待たせ致しました。石崎です」
「石ちゃん、悪いけど今からこっち来てくれないかい? 君に会いたいって言う人がいるんだ」
誰だ。
マキさんしか、思い浮かばないんですけど。
「えっ、どういう事ですか」
「いいから、早く来てね。 そっちの課長には僕に呼ばれて30分くらい抜けるって言って来たら良いから」
30分。
何それ。