「このはちみつレモンをファーストドリンクで出したいな」
「良いですよ」
「本当。 じゃあ、これ何て言うの?」
あっ、私の門外不出の飲み物まで!!
まるで親友同士みたいに、或いはそれ以上に仲慎ましげに談笑する妹と冬野さんに胸が痛む隙を与えない程、目の前の二人に追い剥ぎに遭っている気がしてならない。
私は、妹と冬野さんの関係を危ぶんだ方が良いのだろうか。
それとも今まで何処に出す気は無くても、大事に暖めてきた珠玉の私のグルメを、妹と冬野さんの深まる関係の贄(にえ)にお店に捧げられている様な気配を危ぶんだ方が良いのだろうか。
不意に、不適な笑みを浮かべる妹。
長い付き合いだが、直感で妹が良からぬ事を考えているのではなかろうか?
それにしても、この悪魔の飲み物、シロップから何から微妙にズレた味がする。
そんな事を思いながら、黙ってこの微妙な味のずれの原因を考えていると。
妹が突然、悪魔の尻尾を垣間見せた。
「ただし、おみせで出しても良いですけど、マスターのオリジナルって事で出してくださいね」
「えっ、どうして?」
眉目秀麗老若女人問わずに絶大にモテて、会社では成績優秀。服の趣味も良くてスタイルも良い冬野さん。
差し詰め私の妹を何かに例えるなら、世界の半分を腰掛ける魔王の様に邪悪な何かだ。
「私が作ってみせたのは、姉の作った珠玉のお酒なんです。悪魔の飲み物って言うんですけど。おいしくないからですよ!!えっ、料理はともかく、なんでこんなにまずく作れるんですか ? 味音痴なんですか?」
「えっ、やっぱり不味い? てんちゃんの作ってくれたみたいな味にならないんだ。これだけはどうしても……」
「え、だってイチゴシロップもはちみつレモンも、あげたやつ使ってます? お酒も炭酸水も、ジュースも指定の銘柄と配合守って作りましたか?」
「それが、ごめん、いちごシロップだけ切れちゃって、代用品を使うと味が」
「やり直しです」
私は、一緒に働いていた当時、ため息が出るくらい仕事ができて、いつもそんな彼の仕事っぷりを見ているのが好きだった。
時々、仕事のミスを指摘されるのも好きだった。
そんな憧れの人が今目の前で妹になじられている。
私はその衝撃に耐えられず、びっくりするほどキレイな放物線を絵がいて酒を吹いた。
ブハッ
「ッケボ…、てん? 」
蒸せる私に妹は不適な表情から、一転してすがる様な目で私を見つめて言った。
「お姉ちゃんは、これ悪魔の飲み物…だと思う?」
美味いか、不味いかで答えるなら、不味いよりの微妙だし。
……強いて言えば。
「悪魔は…飲まない……かな」
あっ、もっとオブラートに包めば良かった。
直感に直感でで返してしまった。
「ひどいよ。二人とも」
やばっ、何て言えば良いか。
まだまともに、お店に入ってから妹と冬野さんばっかで私何にも話せてないのに。
「てんちゃんのお姉さんもきびしいね」
えっ………。
てんちゃんのお姉ちゃん…。
私の名前…。
驚愕。
そうだ。
さっきから、妹と冬野さんでばっか盛り上がっていると思ってた。
それは、つまり。
私は、妹の連れで。
冬野さんにとって、今の自分が初対面認識だと言う事だ。
目頭熱くなると言う言葉があるが、今私のそれは、焚き火に頭突っ込んだレベルの焼け付き様である。
さながら涙が出ないのは、おつむを涙腺ではなく極限まで退路を確保することに回した性だと思いたい。
私は、今目の前で泡を吹く炭酸の飛沫と一緒にこの場から消えてしまいたかった。
3年ぶりで、多少見た目は変わっていても、私は一目で気づいたのにな。
そっと面と向かって彼を見ると、視線が合って、彼も私を見ている気がした。
「あれ。どこかで、お会いした事ありませんでしたか?」
それ、私に言っているの?
えっ、思い出してくれた。
覚えていてくれたって、事?
そう思ったのもつかの間、すんごい勢いで私と妹の間に、人影が割って入ってきた。