「ごめん、石崎さん。助かった」



厨房でホットミルクを作っていると接客を終えた冬野さんが声をかけてきた。




「お気にならさらず。肉類のストックがもうほぼないので、補充をお願いします」



「了解。本当ごめんね。俺、今日もう店閉めるから」



「えっ。まだ11時ですよ」



「君にこれ以上無理させられ無いし、ひろきをこのままにしておけないから。もう、入り口の看板は下ろして来ているから、今のお客さんが帰り次第店じまい。今日は本当にごめんね」



そこまでしているなら、私はそれ以上冬野さんに言うことはないと思って、出来たホットミルクを冬野さんの甥御であるひろき君のところに持っていくと、ひろき君は空になったお子様プレートをわきにおいやってテーブルに突っ伏していた。



せっかくのホットミルクが。




私は冬野さんのいるカウンターに踵を返して、最後の客の勘定を終わらせレジを締めている彼に声をかけた。




「冬野さん、喉乾いていませんか?」



「え、う~ん。まぁ、乾いていると言えば、乾いているかな」



「ひろき君ねちゃったんで、飲みますか、ホットミルク」



「え、マジ? 本当ごめん」




謝んなくてよいのに。



そう思いながら、ホットミルクを冬野さんの前において、お店に常備されているブランケットを手に取り、ひろき君にかけてあげた。




テーブルに突っ伏して、眠る彼の目じりが涙で濡れている。



これはよっぽど参っているな。



そんな事を考え立ち尽くしていると冬野さんがやって来て、ひろき君を抱き上げた。




「ごめん、上で寝かせて来るから、もうちょっとお店にいてくれる?」



「上って、あるんですか?」



「あぁ、上がそのまま住居」




知らなかった。



私は、冬野さんがひろき君を連れて、店を出ていくのを見送って、ごみを集めたり、食器を片づけたりしていたが、ほどなく冬野さんが戻って来て言った。




「ごめん、遅くまで引き止めちゃって。今、タクシーを呼ぶから」

「おかまいなく」

「もう終電には間に合わないだろ?」

「大丈夫歩い」「黙ってタクシーに乗って」



冬野さんに怖い笑顔で釘を刺されて、私は苦笑いで黙らされてしまった。

10分程してお店の前にタクシーが到着したのとほぼ同時に、お店の電話が鳴って、私は冬野さんが丁度手が離せなさそうだったので代わりに電話にでた。



「はい、クラウンです」

「ごめんなさい。あなたさっきお店に居た人?」



ん、誰だ?



「え、えっと私はスタッフですが?」

「ごめんなさい。ウサギのポーチが落ちてない? 保険証とお財布が入ってて」



あっ、この声はもしや、冬野さんのお姉さん。

ウサギさんのポーチなんてあったかな。



私は電話口で「ちょっとお待ちください」とことわりを入れて、出入り口付近の床やカウンター席の下を見回して悟った。

カウンター席の一番出入り口よりの椅子の上に、頭にピンクのリボンを付けたうさぎちゃんのポーチを見つけた。



私は、ポーチを取って電話口に戻り、中を確認しながら伝えた。



「ありますよ。保険証に、お金入ってました」

「ありがとう。ごめんなさい、由貴に言って徳星病院に届けてほしいの」



徳星病院って、こっから一駅位の距離だな。



「分かりました。病室の番号とか伝えておきましょうか?」

「ありがとう。302号室よ」

「わかりました」




冬野さん、ひろき君みてないといけないし、私が届けてあげよう。

そんなに遠回りにならないし、タクシーに少し待ってもらって帰っても大差ない。

絶対、自宅まで乗って帰る。運転手さんに確認するからね、って釘を刺されているけど、これ位なら。



私の挙動に気づくべくもなく、冬野さんは帳簿締に熱中していて、タクシーが着いて私を店先で見送る態度にそれに気づくそぶりはなく、私はこっそり冬野さんのお姉さんにうさぎのポーチを届けてあげるべく、徳星病院によって貰う様、運転手さんにお願いした。