午後22時過ぎ。



客足の落ち着いた店内には、テーブル席に4人組の女性客。



カウンター席で、お酒を愉しんでいる男性客と男女の客が一組ずついた。



私は子供を一人置いて飛び出していったお姉さんに途方に暮れて立ち尽くしている冬野さんに声をかけた。




「冬野さん、良かったら、甥御さんお店終わるまで、付き添いますよ」

「……、それは悪いよ。大丈夫だから、もう10時過ぎてるし、上がって良いよ。大丈夫だから」




そう言ってあからさまな愛想笑いで冬野さんは、その場に立ち尽くす甥御さんのところへ行き、空いたテーブル席に連れて行き、その子を席につかせた。




「ひろき、ごはんは?」



「……なんも食べてないけど、お腹空いてない」



「何か食べなきゃ。待ってて、何か作るから。……そうだ、何が食べたい?」



「……。オムライス」



「…え、……わ、分かった」




私は漏れ聞こえる二人の会話から、咄嗟に冷蔵庫の食材とごはんの残り量に思いを巡らせた。



食材は揃っている。




「ごめん、石崎さん」



冬野さんは、甥御さんのテーブル席を後にすると、おもむろに私の方に歩み寄りつつ声をかけてきた。



「チキンライスってどっかに売って」



「オムライスは私が作ります。作らせて下さい」



オムライスを作ろうという時に、チキンライスを買って始めようとする人に、下の弟妹の入院で親せき宅に置き去りにされた子供が食べたいというオムライスを提供させたくない。



いくら、彼が直視できないイケメンで、仕事が出来て、素敵だろうと、それは目の前の彼には全く持って無意味だ。




「いや、大丈夫だから」



「今の発想で出来るであろうオムライスは、大丈夫じゃないです。私、今日は特に予定ないですし、明日も休みですから」



「………恩に着る。ごめんね、石崎さん」




私は、厨房に入って、フライパンに油をしいて、残り少ないベーコンとひき肉、鶏もも肉を細切れにして、みじん切りにした玉ねぎとニンジンを2分チンしている間に、しめじとピーマンをみじん切りして、肉を炒めたフライパンに一気に入れて、火を通したところでトマトのざく切りを加えて煮込み、冷凍ご飯をあっためて、ケチャップっと一緒にリゾットより少し硬めの汁気多めのチキンライスを作り、卵をたっぷりで作ったオムレツをそこに載せた。



付け合わせはポテトサラダに、急ぎで作ったチンした1カップの水と顆粒コンソメでチンしたカボチャをミキサーでつぶして生クリームと牛乳であつらえた冷製カボチャスープを用意して、お子様ランチ風にプレートに並べた。



いきなり知らない女の人が出す料理は嫌だろうと、私は自分で提供せず、冬野さんに出して貰おうと思っていたが、あいにく冬野さんは私が料理を作り終えた頃には、常連らしきカウンターの女性客の相手に捕まっていて、しばらく空きそうになかったので、私は一人で冬野さんの甥御さんのいるテーブル席へ料理を運んだ。



テーブル席にいる冬野さんの甥御さんは、いつの間にやら携帯ゲーム機を取り出してゲームに没頭していた。

顔は浮かない顔で、ゲーム機を操作する動きもどこか、気の入らない様子だった。




「オムライス持ってきたよ」




何て声をかけて良いか迷いつつ、何となくそう声をかけると、男の子はびくっと肩を震わせて、ゆっくり私を見上げて言った。





「……あんた、兄ちゃんの新しい彼女さん?」



「ん、違うよ。お店の人だよ」




古い彼女もいるのかな?



冬野さんの彼女なんてなれたら嬉しいけど、おこがましい。



君、後で飴でもあげようか?



私ちょっと嬉しかったから。




「これ、お子様ランチみたい……」



「ありがとう。出来合わせで品数少ないけど、お子様ランチ意識して作ったから。喉は乾いてない? ぶどうとリンゴとオレンジにあと、牛乳とか。お茶はウーロン茶があるけど」



「……牛乳」



「あったかいのが良い? それとも冷たいのが良い?」



「……あったかいの」



「分かった。持ってくるから」



「先にこれ、もう食べて良い」




おお、さすが冬野さんの甥御さん。



出された食事に手を付けるのに、ちゃんとことわりを入れてくるなんて。




「どうぞ、召し上がれ」



男の子はゲーム機を閉じて、テーブルの隅に置いて、お手拭きで手を拭いてからいただきますと言って料理に手を付けた。