店休日前の土曜の夜。
順調に客足が運び、問題なくお酒を楽しみ、帰途についていく。
忙しすぎず、暇すぎないそんな丁度良い一日だった。
時刻は冬野さんが最初に提示した私の退店時間の22時になろうとしていた。
お客さんの数はそこそこで、今日は冬野さんだけでもお店がまわせそうだったが、退店10分前。
普段着を来た背の高い女性が飛び込む様に入って来た。
肩を上下させ息を荒げながら、よく見ると片手で連れの襟を引きずっている。
店を見回し、冬野さんを見つけると血走った目で見据えて叫んだ。
「由貴。ごめん、この子、預かって」
「どうしたの、姉さん」
どうやら、先ほど冬野さんが話していた、甥御さんが目の前の少年らしい。
殺気立っているお母さんに首根っこ掴まれて、口を尖らせて下を向いていた。
「のぞみが急に熱を出して、熱痙攣で救急車呼んで今落ち着いているんだけど、今日は入院になるのに、旦那は出張で母さんたち温泉旅行言っているでしょ? 」
「そういえば、さっき箱根のお土産何が良いか、聞いてたね。」
「じゃぁ、ごめん。後で連絡するから、頼むね」
「えっ、マジ?」
「ごめん、マジお願い」
そう言って、お姉さんらしき人は一目散にお店から出て行った。
放り出される様に、その場に残された男の子は、そのまま顔を上げることなく、膝を折ってその場にうずくまってしまった。
「……、っ、……なきゃ、ぃ」
ぼそぼそとか細い声が途切れつつ聞こえたが、大体なんて言ったか、私に想像ができた。
きっと、こうだ。
『妹なんて、生まれてこなきゃ、よかったのに』
自分を孤独に、惨めにしてしまう。
長子の誰もが大なり小なり、自分に課せてしまう、自分ではどうしようもなく抗えない呪縛。
分かる。
私も妹とただでさえ少ない両親の愛情を分け合いっこして生きてきたから。