冬野さんの経営するクラウンは19時開店。

クローズは25時。



開店早々、二人の仕事帰りのサラリーマンが来店し、お通しにポテトサラダが枝豆かナッツミックスか選んでもらうと、ウイスキーのシングルモルトとバーボンのダブルを注文して、どう見ても肴はミックスナッツだろって思ったのに、二人ともお通しでしかメニューに出てないポテトサラダを注文して、別注でミックスナッツを注文した。



「ここのポテトサラダ、給食で食べた様な懐かしい味がするんだよね。でも、粒マスタード入ってなかったな」



「よく気づかれましたね。粒マスタード。いつもありがとうございます」




なんかちょっと嬉しい。



最初の客の飲み物と肴を捌いて、他のメニューの仕込み具合を確認していると、今度はいかにも女子会風の3人組がやって来てテーブル席を希望してきた。



ファーストドリンクは、カンパリオレンジ、モスコミュール、カルーアミルク。



いかにも映えるカクテルチョイス。でも、お通しはポテトサラダをチョイス。



う~ん、せっかくかわいい飲み物づくめなのに、肴がなんとも野暮ったい。



だからって、うちの自称看板メニューはもう何か、荒野の死肉を彷彿するしな。




なんだか、不完全燃焼気味な気持ちになり、ポテトサラダを美味しいと言ってくれるお客さんに胸が痛んだ。




「賄いなんか食べる? パスタ位しかないけど」



開店を1時間ほど過ぎた後、冬野さんがそう声をかけてきた。



現在、テーブル席に食事客が3人組の1組。カウンター席にお酒を少量の摘みで楽しんでいる二人組が二人。



それぞれ注文が落ち着いているからだろう。



「良いんですか?」



「もちろん、お腹空くころでしょ。ナポリタンとアラビアータ(ニンニクと唐辛子の利いたトマトベース)のソースで作っても良いし。カルボナーラするならパンチェッタ(塩漬け肉)あるよ」



調理台の材料を見渡し、私はあるものに目をとめた。



「サバの水煮缶、美味しそう」



「ええ! これ、竹中さんってお客さんの好物で、それ専用のやつだよ」




あ、その人私、よく知ってます。

その人から、昔沢山貰って、消費に困った挙句思い付いたメニューですもん、それ。




「そうなんですね。私これで、アラビアータするの好きなんです」」



「ええ!!こんな魚の缶詰がパスタに合うかな?」



「アンチョビもシーチキンも、魚ですよ」



「確かに」



本当に作って良いのかな?



私は戸惑いがちに、さばの水煮缶を手に取り、パッキンに指をかけた。




「宜しくね」



お酒を作りながら見守る冬野さんにそう後押しされて、私はさばの水煮缶を開封した。



中のさばは水切りして、お好みのサイズにほぐす。




私は、塊になったさばの身を半分にする位で大振りにするのが、食べ応えあって好きだ。



オリーブイルでニンニクを炒めたら、水切りしたさばとズッキーニを入れて、アラビアータソースを絡める。



味が沁みたところで、サバの水煮の汁をブロード(出汁)がわりに全部入れてアルデンテ手前の硬めにゆでたパスタとスライスチーズを入れて水分を飛ばしたらできあがり。



ガーリックの香りとチーズのコクがたまらない辛味のトマトパスタになる。




ポッドの熱湯を鍋にいれ、さばとズッキーニを切り揃え、フライパンを火にかけ、オリーブオイルでにんにくを炒めている間に、沸騰した鍋に5分湯でのパスタを入れ、にんにくオイルのフライパンにサバとズッキーニを入れ、炒めること1分、アラビアータソースを加えて2分。



パスタを湯で上がる2分前に火を止めて、鯖の汁とパスタを一緒に入れて、水気が飛びきる寸前にスライスチーズを入れて、全体がなじんだら完成。



ここまで10分じゃくだった。



「凄いな。美味しかったら、お店で出して良い?」




冬野さんが羨望の眼差しで私を見ている。

良かった。

高校の時、喫茶店でバイトしてて。

会社で一緒に働いて居たときは、万に1つもこんな事起こりえなかった事だ。



「喜んで」



料理を終えて、まじまじとバーテン姿の冬野さんを見つめる。



ずっと、緊張してて、ゆっくり眺める事柄出来なかったが、やっと余裕が出て来た。




ふわふわしたちゃぱつも、猫みたいにくりっとしと瞳も、通った鼻筋も、形の良い唇も、細い顎に、綺麗な首筋からの鎖骨。



たくましい手首に、いつみても綺麗な指。



あんまり見てたら、鼻血が出るかもしれない。




「て言うか、それ食べた~い!!」



聞こえて来たのは、カウンターの向こう側で漏れ聞こえていた私と冬野さんの会話を聞きつけた、お客さんの声だった。



「えっ」

「何それ、美味しそう!! ねぇ」

「うん。私も」



カウンターの二人組はノリの良い女性たちだった。

目の前には、カシスソーダ(紅色)とディタスプモーニ(青色)があって、そこを彩る枝豆とミックスナッツが寂しそうで、自分が物事を決める権限がないにせよ、

そんなテーブルを彩ってあげたくなってしまい、複雑な心境だった。