「課長、お茶淹れて来ますよ。紅茶お好きでしたよね?」



「あぁ、悪いなお客さんの君に淹れて貰うなんて」




お茶淹れに行くんだ、冬野さん。

そう思った瞬間、私の肩に冬野さんが手を置いた。



突然の出来事に頭が沸騰しそうだった。



「一緒に来て。石崎さん」

「えっ、あのっ……」



どもる私と私の返事を無視して、私の肩を押して促す冬野さんに取り敢えずついて歩く。



冬野さんに連れられて給湯室に向かう道すがら、女子の視線が刺さる様だったのは気のせいだろうか。



そして、居ると怖いけどなんでかここに必ず居るはずのマキさんの姿がない。





給湯室に二人きり、颯爽とティーポットを手に取り紅茶の準備を始める冬野さんに、私は、勇気を振り絞って声をかけた。



「マキさん怒ってました?」



私の言葉に手を止め、私に視線を定めると、感情の無さげな表情で冬野さんは私を見つめた。



「だからってお勘定置いて逃げ出すことなくない? どんだけ、怖いの? 君にとってマキさんは…」



そう言って、冬野さんは腕を組んで美術館でピカソの枝を眺める時の様な複雑な表情を浮かべた。



「冬野さんは、人に飲み物吹き掛けられたら、その人の事どう思います」




「……そんな経験ないから、分からない。考えたことないよ」



「私は考えたんです。そして、この体たらくです。一目散でにげちゃいましたが? 理由は以上です。……冬野さん、私の事覚えてたんですね」




私の事なんて忘れてたと思ってた。



気づいてないと思ってた。



当時私ばかり冬野さんの事が好きで、何とか接点を持ちたくて、でもいつもキレイな女性に囲まれてて楽しそうで、私の事なんて何にも記憶に残ってないと思っていたから。




「君こそ、初対面のふりしただろう? 」




そうだったかな?




「お互い様ですよ」




確かに最初は妹に連れて来られたお店がまさか冬野さんのお店なんて思ってなかったから、そう思われても仕方なかったかもしれない。



でも、私、すぐ冬野さんの事に気が付いたもん。






「手、出して」




冬野さんは言った。





「はっ? えっ?」



「良いからて出して」





私は言われた通り手を出した。

すると冬野さんはポケットから颯爽と取り出したもの私の手においた。



一万円札だった。



「返す」



「えっ」




「昨夜は奢り。クリーニング代は要らないよ」



「だ、駄目です。わ、私、マキさんに酷いことを」




「だったら、直接謝ったら良いだろう? 彼女今日からハワイ行ってるから、帰って来てからで良いだろう」



「えっ、直接謝る方が嫌ですっ」



マキさん、苦手なんだってば!