「これは隠世の打掛(うちかけ)でな。纏うとヒトの気をあやかしに近づける。近頃のこの辺りはヒトが多いからな。せっかくの息抜きなのだから、目立たずに歩きたい」

「でも私がこんなの着てたら、余計に目立つんじゃない?」

「案ずるな、これは"見えぬヒト"の目には映らん」

「……それなら」

 受け取って、片方の腕を通そうとした刹那。

(って、コレたしか結構裾長かったような……!)

 壱袈の背丈は軽く190センチはあるように見える。
 そんな長身の彼ですら、肩にかけて、足首までを覆うほどだった。
 なら160センチそこそこの私が羽織っては、きっと裾を引きずってしまう。
 不自然に動きを止めた私を不思議に思ったのか、壱袈は「なにか不都合があったか?」と顔を覗きこむように上体を傾けてから、

「ああ、そうかそうか。言葉が足りんかったな。あやかしの気に近づけるといっても、その身に変化が起きることはない。ただちょいとばかし、ヒトから認識されにくくなるだけだ。だからそう怯えずとも――」

「あ、ううん。そうじゃなくて、このまま私が羽織ったら裾を引きずっちゃうから、どうしたらいいかなって」

「なんだ、そんなことか。気にせずそのまま羽織って良いぞ」

「え、だってこんな綺麗な打掛なのに汚すなんて……」

「そうだ。それは汚れを嫌う。だから、平気なのだ」

「……ん?」

(なんか隠世の特殊製法で、引きずっても汚れないし痛まない生地だとか……?)

 ともかく羽織ってみろと笑む壱袈。
 促されるまま袖に腕を通して、念のため抱えていた裾部分からえいやと手を離した。
 勢いよく落下する裾。
 あ、ほら。やっぱり下についちゃう――と即座に引きあげようした刹那。

「……あ、あれ?」

 違和感によく見れば、床より数センチ上の位置で、裾がふわりと浮いている。
 更には左右に首を捻って確認すると、後ろに向かって綺麗な扇状を描いていて、なんというかすごく……。

「花嫁さんのお衣裳みたい……」

「打掛だからなあ。本来ならば(ふき)……袖口や裾の裏布を表に出して、縁のようにした部分だな。そこに綿を入れるものなのだが、それはどうにも嫌がって、そうして自身で形作るのよ」

「それって、この子もあやかし……生きているってこと?」

「"生"の定義にもよるが、それには意志はあれど心の蔵はない。寝食も不要だ。そうして裾を浮かせたり、袖をはためかせる程度のことは可能だが、己の力のみで動き回ることは出来ん」

「へえ……あ、わかった。付喪神(つくもがみ)みたいな感じね」