身体が全く動かなくなって入院した塩谷は、そのまま休職に入った。しかし、それは文字通りの休養を意味するものではなかった。
 高野は上長として監督責任のあると称して、塩谷の家族に連日のように電話をしていたらしい。由良も、喫煙所で電話をしている高野を見かけたことがある。

『なるべく早く復帰するよう、奥さんからも言って下さい。ウチは彼がいなくなると終わりですので』

 今思い出しても身の毛がよだつ。何故この人は、塩屋さんをそっとしてあげないんだ? 早く復帰しろ? そんな事を奥さんから言われたら、塩谷さんはさらに追い詰められるじゃないか……。

 そして先程、塩谷家が修復不可能なほどに崩壊したことを知った。塩谷が奥さんからも逃げ出して、実家に逃げ込んだ。残された奥さんと娘さんはどうすることも出来ず、彼女も実家へ帰るしか無かった。今は、家庭裁判所を通した離婚調停が進んでいるらしい。惨めで無様な一家の末路。どこまでいっても無責任。家族を養う気概のない奴が子供なんか作るな。

 そんな聞くに堪えない言葉を、これ以上頭に刻まれたくなかった。由良は同僚に気分が優れないと説明して、いち早く店を後にした。

 実際、気分が良いはずがない。奥さんからも逃げ出した? そうなるように仕向けたのはどこのどいつだ? どこまでいっても無責任? そんな人が、あの環境で1年近くチーフデザイナーをやれると思ってるのか?

 怒りが、収まらない。高野に対しても。

 奴に対して何も言えない周りの人間にも。

 それに……



 こうして連中に怒りをつのらせながら、結局塩谷に対して何もしなかった自分自身にも……