晴彦を見ると、彼も優しい目であたしを見つめていて。
何も言わなくてもお互いの気持ちは伝わっていると感じた。

「ありがと…。遠慮なく…使わせてもらうね…」

「ああ…。そうしてくれ」

優しく目を細めた氷メガネを今すぐにでも抱きしめたい衝動に駆られたけど…
晴彦と貴和子さんの手前、それはできないわよね…。

まあ…
貴和子さんは、さっきからイビキかいて寝てるんですけどね…。

良かったわよ、寝ててくれて。
氷メガネも自分が泣いちゃった姿なんて、恥ずかしくて見せたくないだろーし…ね…。


タクシーに揺られながらそんな事を思い出していると、いつの間にかアパートが見えてくる。
自転車置き場には晴彦が残して行ったチャリがちゃんととまっている。
たまにこっちに帰って来た時に必要だからと、晴彦が置いて行った。

だけど…
見るとちょっと切なくなんのよね…。
もちろんチャリだけじゃなくて部屋に残された数多くの晴彦の持ち物を見るたびに、切なくなってんだけど。

晴彦は氷メガネのマンションの近くにアパートを借りて住んでるから心配はしていない。

むしろあたしの方が子離れできてないって事よね…。
ちゃんとしないと今度晴彦に会った時に怒られるわ!

気持ちを立て直しあたしはシートの上で背筋を伸ばした。