香菜さんは氷メガネの話をうつむいて聞いている。
時折唇を悔しそうに噛みながら…
そして最後まで氷メガネの話を黙って聞いて涙を流した。

「どうして?いつかは…あたしの事を女性として見てくれるんじゃないかって…思ってたのに…。その人はどうして?どうして簡単に敏生さんの心を手に入れる事ができたの?」

簡単なんかじゃ…
なかった。
そもそも、手に入れようとして入るモンでもないでしょ?

やっぱり縁だとか、運命とか…
ベタだけどそういうモンじゃないの?

「最初は…コイツの事、大っ嫌いだったよ、俺は」

ちょ…、何それ…。
それを言うならあたしもなんですけど!?

「けどな…。何回もケンカしたりするうち…わかったんだよ。コイツといるといつも化けの皮を剥がされるんだ。どんなに冷静沈着なエリートを演じていても、見事に丸裸にされた。けど、丸裸にされて思ったんだ。そっちの方が全然ラクだし…。何より…俺らしくいられるって事に…」

アンタ…そんな事思ってたんだね…。
あたしも今
初めて聞いたよ…。

「そんな…、そんな理由で?」

「すごい理由だと思うぜ、俺は。小っちゃい頃からずっと、嘘で塗り固められた家で育って。母親は親父の出世の為に奥様連中にごますっていつも家にいなかった。いつもいつも、どっかの冷めた弁当食わされてよ。だけど、寂しいとは言っちゃいけないって思ってたから…。いつしか俺も表裏を使い分けるように、なったんだ」