「飯田さん、その節はどうもありがとうございました」

まるで人形のように、美しいけれどもどこか作ったような笑みを張り付けたまま、香菜さんはあたしに礼を言った。

「いえ…こちらこそ…」

そして香菜さんは今度はあたしの隣にいる麻美に向かって言った。

「申し訳ありませんけど、少し飯田さんをお借りしてもよろしいですか?どうしてもお話しておかなければならない事がありまして」

笑みを湛えてはいるものの、その言い方はどこか有無を言わせない雰囲気を纏っていて。
あたしはその香菜さんの氷のような冷たい雰囲気に背筋がゾッとするのを感じていた。

もぅ…
嫌な予感しかしないじゃない…。

そしてそんな香菜さんを前に、麻美も従うしかないと思ったのだろう。
香菜さんとは正反対の弱々しい声で返事をした。

「どうぞ…」

「ごめんね…麻美。ちょっと…行ってくる」

心配そうな瞳を向ける麻美にそう言って、自分の車に香菜さんと二人で乗り込んだ。

営業所の駐車場で話すわけにはいかないからとりあえず車を出す。

しばらく無言のままあてもなく走り続ける。
だけどいつまでもむやみに走らせているわけにはいかない。

あたしはフロントガラス越しの前方に視線を向けたまま尋ねる。

「あの…どこに行けば…?」

あたしの質問に香菜さんは淡々と言い放つ。

「敏生さんのマンションに行って」