「それで…他にはもう心配ごとはないか?
矢部はまあ、大丈夫だろうし…」

ブツブツと独り言を言っている氷メガネを見ながら、あたしは車の事を思い出す。

「あっ!車!!デパートの駐車場に置きっぱなしだ!」

「ああ、そうだったな。今からメシ食いに行きがてら取りに行くか」

メシ?
ああ、もうそんな時間…。

「あ、でも、息子さんは、大丈夫か?」

「うん。いつも遅いから…、あたし。適当に自分で買って食べてるみたい。ダメな母親でしょ…」

うつむいたあたしを氷メガネは優しく抱きしめた。

「尚美は頑張ってるよ…。一人で仕事して、子育てして、家事もして。あんまり無理すんな」

仕事はまぁ…頑張ってるんだけど…
子育てと家事は…
ちょっと手を抜いてるっていうか…。
いや、かなり手を抜いてるかも…。
晴彦はもう高校生だし、男の子だから母親のあたしにベッタリなわけないし。

でも…氷メガネがあたしを労ってくれるのは素直に嬉しい。
こんなに優しい人だったなんて…。
本当のこの人の温かさに気づくのが遅すぎなくて、よかった。

「ありがと…」

氷メガネは優しくあたしの唇に触れたかと思うとすぐに離した。

「これ以上すると、また止まんなくなるから…」

恥ずかしそうに言ってあたしに背を向けた。

あたし達は氷メガネが行きつけのフレンチレストランで食事をし、デパートの駐車場に車を取りに行った。