「あなたに…」

氷メガネは突然切り出した。

「あなたに、申し訳ない事を、しましたので…」

ああ…缶入り汁粉の話か…。
あれならもう充分おつりがくるくらい、お返ししてもらった。

「でも、スーツは倍以上の金額のものを弁償してくれましたし、それに靴まで。あれは、やりすぎですよ…」

そう言ったあたしに、氷メガネはとても苦しそうな表情になる。

「…違います…。その事じゃ、ありません…」

え…違うの…?
だったら…申し訳ない事って…
一体なに?

「あの時…。あなたが退職に追い込まれた…あの時。私は知らなかったとはいえ、あなたにヒドイ事を言いました…。あなたを侮辱してしまって…」

あ…、その…事か…。
けどなんで今さら?

「その事はもう…。時効って事でいいじゃないですか?」

あたしはいかにも気にしていないという感じで、努めて明るく言った。
でもそんなあたしの様子とは関係なしに、氷メガネは沈痛な面持ちでゆっくりと話し始めた。

「…実は、先日…。もう退職されて現在は隠居生活を送っておられる生方(うぶかた)元支社長に突然呼び出されて…会いに行ったんです…」

生方支社長…って
あたし達が藤堂の事を直談判した時の、あの時の支社長…?