「伊藤様、いつもありがとうございます。そちら様ですね？この度お世話をさせて頂きます、安堂(あんどう)と申します」

女性の店員はにこやかにあたしに向かって挨拶をした。

「どうも…」

普段絶対に買いに来ないような店で、あたしは必要以上に緊張していた。
安堂という店員に言われるがまま婦人用スーツの売り場について行く。
そして何着か安堂が持って来たスーツを試着室で試着した。

ふと見た値札に書いてある金額に目をむいた…。
やっぱりダメだよ…。
こんなに高いもの…。
あたしはスーツをすべて持って、試着室を出た。

試着室の外で待っていた安堂がにこやかな笑顔のまま、「いかがでしたか？」
と聞いてきた。

あたしは「やっぱりいいです」と言って、そのまま逃げるようにその場を去った。

安堂が呼び止める声が聞こえてきたが、無視してエスカレーターを探した。
エスカレーターを駆け降り、夢中でデパートの外へ出る。

自分が今いる位置を確認するため辺りを見渡す。
荒くなった息を整えながら、ここからなら歩いてでも営業所に戻れるな、と思っていた…その時…。

あたしの腕は力強く掴まれた…。