翌日。
支社の入口の前に立ったあたしは、感慨深くビルを見上げた。

入社してから今日までこのM市のビルにはあまり縁がなかったけど、会社にはお世話になったし、たくさんいい人にも巡り会えた。

嫌な事もあったけど、思い返してみればいい事の方が多かった。
もし今日でこの会社を去る事になったとしても、ここで得た色んな事をこれからの人生で生かしてやっていこう。

あたしはもう一度ビルのガラスで自分の姿を確認してからビルに入り、支社長室に向かった。

支社長は眞子との変な噂が立って以来、あたし達との接触を避けていたから会うのは久しぶりだった。
避けていたのは支社長の意志なのか、はたまた誰かに強いられていたのか、それはわからないけど…。

『コンコン…!』

ドアをノックして廊下で待っていると、部屋の中から「どうぞ」と聞こえてきた。
支社長の声…だよね…?

中に入ると、応接セットの長椅子に支社長が腰かけていた。
久しぶりに見る支社長は少し痩せたように思えた。

そして支社長の椅子の右側の一人掛けの椅子に氷メガネが座っていた。

「どうぞ、座って下さい」

支社長があたしに着席を促したので、失礼しますと言って向かい側の長椅子に座った。

「久しぶりだね、飯田さん。元気にしてましたか?」

相変わらずの温和な笑顔で、支社長はあたしに尋ねた。
そんな優しい顔しないでよ…。
泣きたくなるじゃん…。
あたしは込み上げてくる熱いものを抑えるのに必死だった。
あたしのそんな様子を見抜いたのか、支社長が切り出した。