台車に乗せられた首。
 それが意味するのはウォリー達がクラーケンドラゴンを討伐したという事、そして彼らがAランクに昇格した事を意味する。
 ギルドの冒険者達は興奮してウォリー達を祝福した。

「ハナァ!!」

 ギルドに怒声が響く。
 先程までざわついていたギルド内が一瞬で静まり返った。
 声をあげたのはミリア。
 彼女は怒りの表情でずかずかとハナの前に寄って行く。

「これはどういう事?」

 ミリアがハナを睨みつけるが、ハナは動じず涼しい顔をしていた。

「ああミリア、ちょうど良かった。あんたに返すものがあったの」

 ハナはそう言ってバッグから小瓶を取り出し、ミリアの足元にばら撒いた。
 それはミリアが用意した睡眠薬。ダーシャのポーションに仕込んだはずの薬だった。ミリアがハナに渡した分きっちりの数の瓶が床に散らばっている。
 それを見てミリアの表情がより険しくなった。顔を真っ赤にして、怒りで拳を震わせはじめる。

「なんでこれが……お前っ……仕込まなかったのかハナァ!!」
「ええ」

 ミリアが怒鳴りつけてもハナは全く引く様子がない。当然と言わんばかりの態度でミリアを睨み返している。

「何を考えてる! お前はレビヤタンに戻れなかったら妹の治療費が払えないはずだろ! マロンがどうなってもいいのか!?」
「無駄だよ、ミリア」

 ウォリーが声をかけた。
 状況がわからないミリアは息を荒げてウォリーを睨んだ。

「僕達は既に全部知っていたんだ。この試験を受ける前から……君がハナとつながっていた事も。全てハナが正直に話してくれた」
「何だと?」
「ハナの妹……マロンの病気はもう治ってる。ハナが君に従う理由はもう無いんだ」

 ウォリーの言葉を聞き、ミリアは凍りついたように固まった。先程までの勢いが消え、唇を小刻みに動かしている。

「馬鹿な……そんなわけ……あの病気はどの医者にも治せなかったはず……」

 ミリアはマロンの病気については念入りに調査をしていた。だからこそ利用できると思っていた。それだけに、マロンが治ったというウォリーの言葉はとても受け入れられるものではなかった。






――5日前


「じゃあ、マロンは治せないの?」
「今すぐには出来ない。でも、そのアイテムが手に入りさえすればいいんだ。可能性はある。それを探し出す時間が必要なんだ。だから、マロンを助けられるのはAランク試験の後になると思う」

 先程『調合マン』を取得したばかりのウォリーにハナは期待を寄せていたが、材料が足りないとわかりがっくりと肩を落とした。

「わかったわ。でもマロンの病気は重い……あまり時間は残されていないわ……」

 俯きながらそう呟くハナ。
 その姿を見てウォリーの気持ちも沈んでいく。
 その時、ウォリーはふとある事を思い出した。

「まって、ハナ! もしかしてあの時の花はまだ持ってる!?」
「花……?」
「青龍花だよ! 前に僕がレビヤタンだった頃、森の奥で見つけたでしょ? たしかあの時ミリアが手に入れて、それをハナに渡したはず」
「足りない調合の材料って……もしかして……」
「そう、青龍花だよ。あの花があれば薬が作れるんだ!」

 ハナはその言葉を聞いてすぐ、家の奥の方へ走って行った。そして、戻ってきた時には手に大きめの瓶を持っていた。
 瓶の中には青い色の花が保存されている。
 青龍花だった。

「あの後この花を持ち帰って、もしかしたらマロンの治療に使えるかもって思ったの。それで色々な調合師の所をまわったんだけど、どこへ行っても取り扱いが難しいから調合出来ないと断られてしまって……」

 ハナの手にある青龍花を見て、ウォリーの表情に希望が差し込み始めた。

「ありがとうハナ、これ以外の材料は入手難易度はそう高くない。これで薬が作れるよ!」
「わかった! じゃあ他の材料を集めてくるわ!」

 ハナは材料を書き留めた紙を握りしめて、家を飛び出して行った。
 それから暫く経って、ハナが材料を買って戻ってくる。ウォリーはそれをテーブルにひとつひとつ置いていった。
 最後に青龍花を置き、全ての材料が並べられる。

「ウォリー、大丈夫なの?」

 テーブルの材料と向き合うウォリーを、ハナが不安そうに見つめる。

「青龍花の調合は失敗する確率が高いって、どこの調合師を訪ねてもそう言われたわ」
「今は信じるしかない。自分のスキルを……」

 今ある青龍花はひとつだけ。
 これに失敗すれば新しく材料を調達するのは困難になってしまう。
 ウォリーは目を閉じて、心の中で祈った。

(助けて、お助けマン……)






――現在


「マロンの病気が治っただなんて……そんな事あるわけ……」

 ミリアは困惑しながらウォリーを睨み続けている。

「これが現実よ、ミリア!」

 そう言うハナの強気な態度は、ミリアから見てもハッタリとは思えなかった。
 マロンが治ったと嫌でも信じるしかなかった。

「私はもうあんたの駒じゃない! 今の私は……ポセイドンのメンバー。ウォリー達の仲間よ!」

 ハナはそう宣言すると、周囲に群がっているギルドの冒険者達を見回して言った。

「皆さん、聞いてください! 私、ハナは……ここにいるミリアに脅されていました。ここに散らばっている睡眠薬を仲間のポーションに混ぜて、試験を妨害するように指示されていたんです!」

 ハナの告白にギルド内がざわつき始める。

「ミリアが? まさか……」
「マジかよ……」

 疑惑の視線を向けてくる冒険者達を見て、ミリアは慌てだした。

「いや、いやいや! 皆信じないでよ! こいつが言ってるのはデタラメだよ! 私を陥れようとしてるんだ!」

 ミリアはハナをまっすぐと指差して叫ぶ。

「今さら見苦しいわよミリア!」
「うるさい! 私は何も知らないね! 知らないったら知らない!」

 睨み合うハナとミリア。
 周りの冒険者達は混乱した様子で2人を眺めている。

「ちょっといいかな」
「ああ!? 今取り込み中だ! 部外者は引っ込んで――」

 ミリアはそこまで言って言葉を途切らせた。
 彼女の背後から声をかけた男。それはギルドのトップだった。

「ああ、ギルド長。聞いてくださいよ、ハナが私にいちゃもんをつけるんですよ、試験を妨害したとか何とか……」
「ああ、全部見ていたよ。だが私はハナ君の言い分の方が信憑性があると思うがね」
「は!? 何を仰るんです!」

 ギルド長は床に落ちた小瓶をひとつ拾い上げると、それをミリアに突きつけた。

「君はハナ君が床に投げ捨てたこの小瓶を見て明らかに動揺していた。この場に居る冒険者達はハナ君から説明があるまで瓶の中身が何なのか分からなかったが、君だけは真っ先に反応していた」
「う、それは……」

 先程まで顔を赤くして怒り狂っていたミリアの顔が一気に青ざめる。 

「さらに君はその後こう言った、”仕込まなかったのか“と……」

 ミリアはそれを言われて初めてハナの策略にはまっていた事に気がついた。
 ハナはあえて瓶を床にばらまいてミリアに見せつけたのだ。ポーションに仕込んだはずの薬を晒す事でミリアを逆上させ、平常心を奪って失言を引き出した。
 ギルド長の言葉を聞き、冒険者達の空気は一変した。

「ミリア、お前そんな奴だったのか!」
「ひでえ事しやがる!」

 批判的な視線が一気にミリアに集中する。冒険者達は口々に彼女を責め始めた。

「お前なんかに冒険者の資格はねえ! 出て行け!」
「そうだ! ギルド追放処分にしろ!」

 立場が弱くなったミリアは思わずスキルを発動させた。
 チェス名人。戦況を予測し最善の手を導き出す能力。
 しかし今はどれだけ頭を働かせてもこの状況から抜け出す道は見えてこない。
 完全に“詰み”だった。

 ミリアは自分を囲む冒険者達をぐるっと見回す。
 自分を非難する目、目、目……
 その中にひとつだけ異質な視線がある。
 ウォリーだった。
 彼は今にも泣きそうな、悲しい目でミリアを見つめている。

(こいつ、私を哀れんでいる……)

 その瞬間、ミリアのプライドはズタズタに引き裂かれた。

「あああああああああ!!!」

 ミリアは絶叫し、頭を掻きむしった。
 突然の事に周囲で非難を浴びせていた冒険者達は思わず黙ってしまう。
 ミリアにとって、最も負けたくない相手……そのウォリーから哀れまれるという事はこの上ない屈辱だった。

「ああわかったよ! 出てけばいいんだろ! 出てってやるよ!!」

 そう怒鳴ってミリアはギルドの扉に手をかけた。

「お前ら全員死ね!!」

 ミリアはギルドから一歩外に出るとそう吐き捨て、壊さんばかりの勢いで扉を叩き閉めた。