「ぐぅぅ!」

 触手の攻撃を受けたダーシャはそのまま弾き飛ばされ、木に叩きつけられた。

「ダーシャ!」

 ウォリーはクラーケンドラゴンの攻撃の間合いから離脱し、ダーシャの元へ駆け寄った。

「大丈夫だ……リリにバリアスーツを事前にかけてもらったいた」

 ダーシャは体についた土を払いながら立ち上がった。

「やっぱり硬いわ。前はジャックの剛剣があったから折ることが出来たけど、あの角、並みの攻撃じゃ破壊出来ない」
「いや、手応えが全く無いわけじゃない」

 ダーシャは標的の角を指差した。
 よく見れば角には少しだが傷が付いている。

「1撃で折るまでは行かないが傷は与えられる。あと何発か叩き込めば、いずれは折れる」
「でも、私のバリアスーツで攻撃を無力化出来るのは1回だけです。もう1度使うには30分待たなければいけません。次また攻撃を受ければダーシャさんは……」

 リリが心配そうにダーシャの手を握った。

「いや、大丈夫だ。私が傷を負ってもウォリーが回復してくれる」

 ダーシャは鞄からマジックポーションを取り出して栓を開けた。

「問題なのは私の魔力がもつかどうかだ。やはり飛行魔法は魔力消費が激しい。奴の角が折れるのが先か……私の魔力が尽きるのが先か……」

 ダーシャはポーションを一気に飲み干した。

「クラーケンドラゴンが来る! もう一度やってみよう!」

 ウォリーの合図で再び4人は戦闘態勢に入った。

 先程と同じく、ウォリーが触手の攻撃を引きつけようとする。
 ダーシャは空中に飛び、角を攻撃する隙を窺う。
 しかし、クラーケンドラゴンの攻撃は先程とまるで違っていた。
 ウォリーの方に向かってくる触手はほんの僅か。大半の触手がダーシャを狙っていた。

「何で!? あいつダーシャを優先的に攻撃している!」
「ダーシャ! 1回離れ――」

 ウォリーが言い終わらないうちに上空でダーシャが触手に貫かれた。
 触手の先端がダーシャの腹に風穴を開け、下に居たウォリーに血が降りかかった。
 そのまま彼女は地面に払い落とされる。

「ダーシャあああああ!」

 ウォリーは急いでダーシャの元へ走って行った。
 彼女に触れ、回復マンを使う。
 回復魔法の力で彼女の傷が塞がり、何とか助ける事が出来た。
 しかし、ダーシャの体を抱き起こそうとするウォリーに触手が襲ってくる。
 咄嗟にリリが防壁を作り、2人を守った。

「一旦離れましょう!」

 ウォリーとダーシャはその場から走り、クラーケンドラゴンから距離を取った。

「何で私の方に触手が集中していたんだ!?」
「多分さっき角に攻撃を与えたせいだよ。あの攻撃でダーシャを警戒し始めたんだ!」
「どうしましょう、これじゃあもう角に攻撃を当てられない」

 クラーケンドラゴンから距離は取ったものの、向こうもウォリー達を追ってくる。次の手を考える猶予は殆ど無かった。

「やつの左脚を狙いましょう!」

 焦るウォリー達に、ハナがそう声をかけた。

「前回の戦いであいつの左脚を集中攻撃したの。その傷はまだ残っている筈よ。左脚を攻撃して、怯んだ隙にダーシャが角を狙うの」
「よし、奴はもうすぐそこまで迫ってきている。その作戦で行こう」

 ダーシャは再び翼を出すと、上空に飛び上がった。

「ウォリー! 脚への攻撃は任せたぞ!」

 ダーシャに言われ、ウォリーは頷くとクラーケンドラゴンの元へ走って行った。
 何本かの触手がウォリーを襲う。
 リリはウォリーの後ろに付きながら防壁で触手を防いでいった。

 空中でダーシャは新たにマジックポーションを2本取り出し、飲んだ。

(くそ、マジックポーションで回復できる魔力は僅かだ。魔力消費に追いつかなくなっている……)

 ダーシャは焦りを抱きながらウォリー達が攻撃の道を開いてくれる事を祈った。

 直後、クラーケンドラゴンの体が大きく前のめりに傾いた。明らかに怯んでいる。
 ウォリーの攻撃が標的の左脚に直撃したようだった。
 ダーシャはすぐに角めがけて飛び込んで行った。
 大量の触手がダーシャに迫ってくるが、敵の足元をウォリーが剣で斬りつけるたびに触手の動きが止まった。
 触手を切断しながら、ダーシャは突き進んでいく。
 とうとう角まで辿り着いた彼女は再び黒炎の剣を振り下ろした。
 狙いは1点。最初の攻撃でつけた傷跡だ。
 ガキンと金属がぶつかるような音がしてダーシャの剣が弾かれた。
 剣は角に直撃したものの、未だ折るまでには至っていない。しかし、角の傷は先程よりも大きくなっていた。

「よし、このまま行けば……うわっ」

 気付けばダーシャは触手に囲まれていた。
 慌てて彼女は上方向に飛び、攻撃を回避する。

「連続して角を攻撃するには隙が足りないか……」

 ダーシャは再びクラーケンドラゴンから距離を置き、次のチャンスを待った。
 敵は触手がダーシャに届かないとわかると、今度は足元のウォリー達を攻撃し始めた。
 ウォリーとリリは斬っても斬っても止まない触手の攻撃の中、必死に左脚を狙い続けた。
 ハナも魔法を放ってウォリー達を援護する。
 霧に囲まれた森の中で激しい戦いの音が暫く続いた。





 10分が経過した。

 あの後ダーシャはさらに2発、クラーケンドラゴンの角に攻撃を当てた。
 最初は表面に薄く出来ていただけの角の傷は、亀裂に変わっている。
 角の破壊まであと少しの所まで追い詰めていた。
 しかし、ウォリー達のスタミナもかなり消費されていた。
 止まらない触手の攻撃を受け続け、皆息切れをしていた。

「ああああああ!!!」

 ダーシャが叫んだ。
 魔力を消耗している自分の身体に鞭を打ち、力を振り絞る為だ。
 もう少しで角が折れる。ここで倒れるわけにはいかないとダーシャは全身に力を込めた。
 黒炎の翼を広げ、高く飛び上がる。
 だが、数メートル飛び上がったところで翼が溶けるように消滅した。

「なっ!?」

 ダーシャは慌てて再び黒炎を出そうとする。
 しかしどれだけ絞り出しても、火の粉のような頼りないものしか出てこない。
 直後にダーシャの全身を強烈な疲労感が襲う。

(嘘だ……あともう少しなのに……)

 絶望に包まれながらダーシャは地面へと落下した。