そこは街から少し離れた場所。周囲は緑で囲まれ、風の音と鳥の声だけが聞こえるような静かな空間の中に一軒家がぽつんと建てられていた。
「ここよ」
ハナはその家を指差した。
「こんな所に家が……」
ウォリー達は意外そうな様子で周囲を風景を見渡している。
「街の騒がしさからなるべく遠ざけたかったの」
ハナが玄関の扉を開くと、中年のメイドが出迎えた。
「あら、ハナ様。おかえりなさいませ」
メイドは挨拶を終えてすぐウォリー達の姿に気付き目を丸くした。
「珍しいですね、この家にお客様をお連れになるなんて」
ハナはウォリー達の方に振り返った。
「みんな、この人はソフィアさん。マロンの身の周りの世話をしてくれているの」
そう言ってすぐにハナはソフィアと呼んだメイドの方に向き直った。
「ただいま、ソフィア。この人達は同じパーティのメンバーなの。左からウォリー、ダーシャ、リリ」
「それからブレイブです」
リリがブレイブを繋いでいるリードを揺らしてハナの言葉に付け加えた。
「これはこれは、ハナ様のお仲間の方々でしたか」
「メイドが居るとはリッチだな……」
ダーシャがソフィアをまじまじと見ながら言った。
「こっちには毎日戻って来るわけじゃないから。私は冒険者の仕事があるし、その間マロンの世話をする人が必要なの」
ハナは言いながら家の中へ進んでいった。
閉められた部屋の前でハナは立ち止まると、扉をノックする。
女性の声が小さく返ってきたのを確認して、ハナは扉を開いた。
「マロン、ただいま」
「お姉ちゃん!」
ベッドの上で横になっていた女性は入室したのがハナだと分かってすぐに身を起こした。
「具合はどう?」
「うん、特に変わらないよ。ところで……」
マロンはハナの後ろに並んでいるウォリー達に視線を移した。
「ああ、この人達はね、私が今居るパーティの仲間なの。マロンに挨拶したいんだって」
「本当!? お姉ちゃん滅多にここにお医者さん以外の人を連れて来ないからびっくりしたよ」
マロンはウォリー達の方にニッコリと笑みを向けた。
「はじめまして、マロンです。お姉ちゃんがお世話になってます」
姉妹というだけあってマロンの顔はハナによく似ていた。ただハナと対照的なのはその明るい笑顔だった。
普段ハナはあまり笑う事が無い。むしろ怒ることの方が多い彼女と比べると、マロンの雰囲気はまるで違って見えた。
重い病気を抱えている事を感じさせないその笑顔に圧倒されて、ウォリー達は少しの間言葉を失ってしまった。
「は、はじめまして。僕はウォリー」
「私はダーシャだ、よろしく」
「私はリリと言います。で、この子はブレイブ」
「わぁ、犬ですか? かわいい」
マロンは目を輝かせてブレイブを見つめた。
「ちょっと触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
リリがブレイブを近づけると、マロンはブレイブの首回りをわしゃわしゃと撫で始めた。
ブレイブは気持ちよさそうに目を細める。
「ははは、犬を見るのなんて何年ぶりだろ……ずっと家にこもっていたから」
マロンはブレイブを撫でながら今度はダーシャの方を見上げた。
「あなたはもしかして、魔人族ですか?」
マロンにそう問われ、ダーシャは気まずそうに苦笑いした。
「おっと、もしかして魔人族は苦手だったか? まぁこの国ではあまり歓迎されてないようだから無理もないな……」
「まさか、珍しかったので驚いただけですよ。魔人族にお会いするのは初めてなんです。ここに居ると殆ど人と会えないから、今日は色んな人と会えて嬉しいなぁ」
「そ、そうか? それなら良かった」
ダーシャは少し恥ずかしそうにして頰を掻いた。
「実は今日は昼食は私が作ろうと思ってな、食材も買ってきたんだ」
「わぁ、それは楽しみです」
「ふふ、任せてくれ。事前にハナから君の好みは聞いてあるからな。ハナ、ちょっとキッチンを借りるぞ」
「あ、私も手伝うわ」
そう言ってダーシャとハナは部屋を出て行った。
「これ、君が描いたの?」
ウォリーは部屋のあちこちに飾ってある絵を見て言った。
マロンの部屋の四方の壁には全て絵が飾られていた。そのどれもが風景画だった。
その中にはウォリーの見覚えのある風景もいくつか存在している。
「そうです。私は病気で外には出られませんから、いつも読書をしたり絵を描いたりして過ごしています」
「すごいな……まるでその場所まで行って描いて来たかのようだよ」
「1度は私も行った事のある場所です。まだ私が元気だった時に。その思い出を頼りに描きました」
「すごい才能だよ。思い出だけでここまで細かく描けるなんて、すごい記憶力だ」
ウォリーは感心した様子でマロンの描いた絵をうっとりと眺めた。
「絵を見ていると、少しだけその場所に行ったような気持ちになれます。でも、本当は絵なんかよりも直接行きたいんです。この部屋から飛び出して、色んな場所に行ったり、色んな人と話をしたい……」
マロンは少し悲しそうに視線を下に落としたが、すぐに先程の明るい表情に戻ってウォリーに笑いかけた。
「だから今日は皆さんが来てくれて嬉しいです。久しぶりに楽しい人達と会えました。あ、そうだ!」
マロンは思いついたように声を上げ、両手を合わせた。
「お姉ちゃんの事、色々聞かせてくれませんか? 今までどんな仕事をしたのかとか……どんな場所へ行ったのかとか……色々知りたい」
「うん、ハナは凄く頑張ってるよ。この前もハナのお陰で悪い人達を捕まえることが出来た」
「そうなんですね。私も1度お姉ちゃんが戦っている所見てみたいです」
「ハナは本当に凄い魔法使いだよ。実力はこの世界じゃトップクラスだと思う」
それからもウォリーはハナとの冒険の思い出を語り続けた。
マロンは飽きる様子もなく目を輝かせながら話に聞き入っていた。
ハナの話をするとマロンは嬉しそうな反応を返すので、語っているウォリーも楽しくなる。
そうして時間も忘れ話し込んでいると、ハナが部屋に戻ってきた。
彼女の手にはトレーがあり、そこに2人分の食事が乗せられていた。
「みんな、お昼ご飯が出来たわよ。食卓まできてちょうだい」
それを聞き、ウォリーとリリは腰を上げて部屋を出ようとする。
するとマロンが寂しそうな表情でウォリー達を見つめた。
「また後でお話し聞かせてくださいね」
「マロンは一緒に食べないの?」
「私は食卓まで移動出来ないから、ここで食べます」
「1人で?」
ウォリーが心配そうに言うと、ハナが割り込んできた。
「仕方ないでしょ、この部屋では皆で食事するには狭すぎるもの。でも安心して、私がマロンと一緒に食べるから、あなた達は食卓の方で食べてらっしゃい」
「やった! お姉ちゃんと一緒にごはんだ!」
嬉しそうにはしゃぐマロンを見て、ウォリーとリリは安心して部屋を出て行った。
部屋にマロンと2人きりになったハナは小さなテーブルをベッドの側に置き、そこに料理を並べていった。
「ねえお姉ちゃん……」
「なに?」
「ウォリーさん達、とてもいい人……これからもあの人達の事、助けてあげてね」
マロンの言葉に、料理を並べるハナの手が止まった。
「え、ええ、もちろんよ……」
ハナは無理に笑顔を作った。
「ハナ! ちょっと来て!」
その時、食卓へ行ったはずのウォリーが戻ってきた。
慌てた様子のウォリーに言われるまま、ハナはマロンの部屋を後にする。
「どうしたのよ」
「新しいスキルを取得出来たんだ。ついさっきの事だよ、これでマロンを助けられるかもしれない!」
「本当なの!?」
「スキルは『調合マン』 アイテムを調合して新しいアイテムを作り出せる能力だ、これでマロンの病気に効く薬を作り出せるかも……材料が必要ではあるけれど」
「わかったわ! 何でも言って、掻き集めて来るから」
ウォリーは目を閉じて意識を集中させた。
調合マンを発動させると、自身が望んでいるアイテムを頭の中で念じる。
すると、アイテム調合のレシピが頭の中に浮かび始める。
「薬草、マンドラゴラ、サラマンダーの爪……」
ウォリーが頭に浮かんだ調合材料を声に出し始める。
ハナは必死にそれを紙に書き出し始めた。
6つ目のアイテムを書き終えた所で、ウォリーが黙り込んだ。
「これで終わり?」
「……駄目だ」
「え?」
「素材が足りない」
「どう言う事?」
「最後のアイテムだけは、市場に滅多に出回らない希少なアイテムだ。ダンジョンに取りに行くにしても、高難度のダンジョンの奥深くでしか手に入らない。そこまで行けたとしても100%手に入るとは限らないレアアイテムなんだ。どこかのパーティが奇跡的に持ち帰って来たとしても、それが一般の市場に出回る事は殆どないと思う」
紙とペンを握るハナの手から力が抜けた。
「じゃあ、マロンは治せないの?」
「今すぐには出来ない。でも、そのアイテムが手に入りさえすればいいんだ。可能性はある。でもそれを手に入れるためには時間がかかる。だから、マロンを助けられるのはAランク試験の後になると思う」
「ここよ」
ハナはその家を指差した。
「こんな所に家が……」
ウォリー達は意外そうな様子で周囲を風景を見渡している。
「街の騒がしさからなるべく遠ざけたかったの」
ハナが玄関の扉を開くと、中年のメイドが出迎えた。
「あら、ハナ様。おかえりなさいませ」
メイドは挨拶を終えてすぐウォリー達の姿に気付き目を丸くした。
「珍しいですね、この家にお客様をお連れになるなんて」
ハナはウォリー達の方に振り返った。
「みんな、この人はソフィアさん。マロンの身の周りの世話をしてくれているの」
そう言ってすぐにハナはソフィアと呼んだメイドの方に向き直った。
「ただいま、ソフィア。この人達は同じパーティのメンバーなの。左からウォリー、ダーシャ、リリ」
「それからブレイブです」
リリがブレイブを繋いでいるリードを揺らしてハナの言葉に付け加えた。
「これはこれは、ハナ様のお仲間の方々でしたか」
「メイドが居るとはリッチだな……」
ダーシャがソフィアをまじまじと見ながら言った。
「こっちには毎日戻って来るわけじゃないから。私は冒険者の仕事があるし、その間マロンの世話をする人が必要なの」
ハナは言いながら家の中へ進んでいった。
閉められた部屋の前でハナは立ち止まると、扉をノックする。
女性の声が小さく返ってきたのを確認して、ハナは扉を開いた。
「マロン、ただいま」
「お姉ちゃん!」
ベッドの上で横になっていた女性は入室したのがハナだと分かってすぐに身を起こした。
「具合はどう?」
「うん、特に変わらないよ。ところで……」
マロンはハナの後ろに並んでいるウォリー達に視線を移した。
「ああ、この人達はね、私が今居るパーティの仲間なの。マロンに挨拶したいんだって」
「本当!? お姉ちゃん滅多にここにお医者さん以外の人を連れて来ないからびっくりしたよ」
マロンはウォリー達の方にニッコリと笑みを向けた。
「はじめまして、マロンです。お姉ちゃんがお世話になってます」
姉妹というだけあってマロンの顔はハナによく似ていた。ただハナと対照的なのはその明るい笑顔だった。
普段ハナはあまり笑う事が無い。むしろ怒ることの方が多い彼女と比べると、マロンの雰囲気はまるで違って見えた。
重い病気を抱えている事を感じさせないその笑顔に圧倒されて、ウォリー達は少しの間言葉を失ってしまった。
「は、はじめまして。僕はウォリー」
「私はダーシャだ、よろしく」
「私はリリと言います。で、この子はブレイブ」
「わぁ、犬ですか? かわいい」
マロンは目を輝かせてブレイブを見つめた。
「ちょっと触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」
リリがブレイブを近づけると、マロンはブレイブの首回りをわしゃわしゃと撫で始めた。
ブレイブは気持ちよさそうに目を細める。
「ははは、犬を見るのなんて何年ぶりだろ……ずっと家にこもっていたから」
マロンはブレイブを撫でながら今度はダーシャの方を見上げた。
「あなたはもしかして、魔人族ですか?」
マロンにそう問われ、ダーシャは気まずそうに苦笑いした。
「おっと、もしかして魔人族は苦手だったか? まぁこの国ではあまり歓迎されてないようだから無理もないな……」
「まさか、珍しかったので驚いただけですよ。魔人族にお会いするのは初めてなんです。ここに居ると殆ど人と会えないから、今日は色んな人と会えて嬉しいなぁ」
「そ、そうか? それなら良かった」
ダーシャは少し恥ずかしそうにして頰を掻いた。
「実は今日は昼食は私が作ろうと思ってな、食材も買ってきたんだ」
「わぁ、それは楽しみです」
「ふふ、任せてくれ。事前にハナから君の好みは聞いてあるからな。ハナ、ちょっとキッチンを借りるぞ」
「あ、私も手伝うわ」
そう言ってダーシャとハナは部屋を出て行った。
「これ、君が描いたの?」
ウォリーは部屋のあちこちに飾ってある絵を見て言った。
マロンの部屋の四方の壁には全て絵が飾られていた。そのどれもが風景画だった。
その中にはウォリーの見覚えのある風景もいくつか存在している。
「そうです。私は病気で外には出られませんから、いつも読書をしたり絵を描いたりして過ごしています」
「すごいな……まるでその場所まで行って描いて来たかのようだよ」
「1度は私も行った事のある場所です。まだ私が元気だった時に。その思い出を頼りに描きました」
「すごい才能だよ。思い出だけでここまで細かく描けるなんて、すごい記憶力だ」
ウォリーは感心した様子でマロンの描いた絵をうっとりと眺めた。
「絵を見ていると、少しだけその場所に行ったような気持ちになれます。でも、本当は絵なんかよりも直接行きたいんです。この部屋から飛び出して、色んな場所に行ったり、色んな人と話をしたい……」
マロンは少し悲しそうに視線を下に落としたが、すぐに先程の明るい表情に戻ってウォリーに笑いかけた。
「だから今日は皆さんが来てくれて嬉しいです。久しぶりに楽しい人達と会えました。あ、そうだ!」
マロンは思いついたように声を上げ、両手を合わせた。
「お姉ちゃんの事、色々聞かせてくれませんか? 今までどんな仕事をしたのかとか……どんな場所へ行ったのかとか……色々知りたい」
「うん、ハナは凄く頑張ってるよ。この前もハナのお陰で悪い人達を捕まえることが出来た」
「そうなんですね。私も1度お姉ちゃんが戦っている所見てみたいです」
「ハナは本当に凄い魔法使いだよ。実力はこの世界じゃトップクラスだと思う」
それからもウォリーはハナとの冒険の思い出を語り続けた。
マロンは飽きる様子もなく目を輝かせながら話に聞き入っていた。
ハナの話をするとマロンは嬉しそうな反応を返すので、語っているウォリーも楽しくなる。
そうして時間も忘れ話し込んでいると、ハナが部屋に戻ってきた。
彼女の手にはトレーがあり、そこに2人分の食事が乗せられていた。
「みんな、お昼ご飯が出来たわよ。食卓まできてちょうだい」
それを聞き、ウォリーとリリは腰を上げて部屋を出ようとする。
するとマロンが寂しそうな表情でウォリー達を見つめた。
「また後でお話し聞かせてくださいね」
「マロンは一緒に食べないの?」
「私は食卓まで移動出来ないから、ここで食べます」
「1人で?」
ウォリーが心配そうに言うと、ハナが割り込んできた。
「仕方ないでしょ、この部屋では皆で食事するには狭すぎるもの。でも安心して、私がマロンと一緒に食べるから、あなた達は食卓の方で食べてらっしゃい」
「やった! お姉ちゃんと一緒にごはんだ!」
嬉しそうにはしゃぐマロンを見て、ウォリーとリリは安心して部屋を出て行った。
部屋にマロンと2人きりになったハナは小さなテーブルをベッドの側に置き、そこに料理を並べていった。
「ねえお姉ちゃん……」
「なに?」
「ウォリーさん達、とてもいい人……これからもあの人達の事、助けてあげてね」
マロンの言葉に、料理を並べるハナの手が止まった。
「え、ええ、もちろんよ……」
ハナは無理に笑顔を作った。
「ハナ! ちょっと来て!」
その時、食卓へ行ったはずのウォリーが戻ってきた。
慌てた様子のウォリーに言われるまま、ハナはマロンの部屋を後にする。
「どうしたのよ」
「新しいスキルを取得出来たんだ。ついさっきの事だよ、これでマロンを助けられるかもしれない!」
「本当なの!?」
「スキルは『調合マン』 アイテムを調合して新しいアイテムを作り出せる能力だ、これでマロンの病気に効く薬を作り出せるかも……材料が必要ではあるけれど」
「わかったわ! 何でも言って、掻き集めて来るから」
ウォリーは目を閉じて意識を集中させた。
調合マンを発動させると、自身が望んでいるアイテムを頭の中で念じる。
すると、アイテム調合のレシピが頭の中に浮かび始める。
「薬草、マンドラゴラ、サラマンダーの爪……」
ウォリーが頭に浮かんだ調合材料を声に出し始める。
ハナは必死にそれを紙に書き出し始めた。
6つ目のアイテムを書き終えた所で、ウォリーが黙り込んだ。
「これで終わり?」
「……駄目だ」
「え?」
「素材が足りない」
「どう言う事?」
「最後のアイテムだけは、市場に滅多に出回らない希少なアイテムだ。ダンジョンに取りに行くにしても、高難度のダンジョンの奥深くでしか手に入らない。そこまで行けたとしても100%手に入るとは限らないレアアイテムなんだ。どこかのパーティが奇跡的に持ち帰って来たとしても、それが一般の市場に出回る事は殆どないと思う」
紙とペンを握るハナの手から力が抜けた。
「じゃあ、マロンは治せないの?」
「今すぐには出来ない。でも、そのアイテムが手に入りさえすればいいんだ。可能性はある。でもそれを手に入れるためには時間がかかる。だから、マロンを助けられるのはAランク試験の後になると思う」