ハナはゆっくりと足を前に進めた。
 怒りの表情のまま男へ一歩一歩近づいていく。

「んんんー!」

 男が剣を振り上げハナへ襲いかかる。

麻痺(パラライズ)!」
「んん!!?」

 ハナが叫んだ直後男は身体を痙攣させながらその場に倒れた。

「んー! んんー!」

 ハナの魔法で麻痺状態になった男は、陸に打ち上げられた魚のようにもがいている。
 ハナはさらに男に歩み寄っていく。
 男にはもう反撃する力は無い。倒れている男をハナは冷たい目で見下ろした。

「今、ウォリーに謝ったら許してあげる」
「んんー! んんんんんー!!!」
「え? 何? はっきり言って」
「んんんんんー!」
「何言ってるか分からないわ。そう……謝る気は無いのね」
「んんんー!」

 ハナが片手を頭上にかざす。
 男の真上に魔法陣が浮かび上がった。

「ミニサンダー!!」

 魔法陣から数本の雷が伸びて男の身体に刺さる。
 その攻撃は男を仕留めるには弱過ぎる威力だった。
 雷はとても小さく、細い。
 ハナならばもっと強力で男を一瞬で丸焦げにしてしまうような魔法を撃つことも可能だろう。
 しかし彼女はあえて微弱な魔法で攻撃した。

「んんんー! んんんんー!!!!」

 雷の雨を浴びながら男が悲鳴と共に涙を漏らす。
 雷が当たるたびに男の身体に焼かれるような熱さと針で刺されるような痛みが走った。
 麻痺で身体を動かせない男は成す術なくその痛みを受け続ける。

「楽には仕留めてやらない。ウォリーがそうしたように、あんたもしばらく無抵抗で痛みに耐えていなさい」

 そう吐き捨ててハナは踵を返してウォリーの方へ歩いて行った。
 その間も魔法陣は出しっ放しになっており、男を苦しめ続けている。

「ウォリー、大丈夫?」
「何とか……」

 ウォリーは自分に回復マンを使い癒した。
 あちこちにあった傷が塞がり、折れていた腕も治っていく。

「治ったの?」
「うん、もう十分動けるよ」

 ウォリーはそう言って手足を曲げたり伸ばしたりして見せた。

「……もうっ!」

 無事を確認すると、ハナはウォリーを抱きしめた。

「まったく! 何であんな無茶したのよっ! 死ぬとこだったじゃない!」
「ははは……僕がレビヤタンにいた時と変わらないや、こっちでもハナには叱られてばかり」
「あんたがお人好しだからよ……」

 その時、遠くからウォリーの名を呼ぶ声が聞こえてきた。

「ウォリー! 無事か!? 敵はどうし……なに!?」

 現れたのはダーシャ達だった。
 心配そうにウォリーの名を呼びながらここまで来た彼女達だったが、ウォリーとハナの姿を確認して絶句してしまう。

「き、貴様っ……何ウォリーに抱きついている!? 離れんか!」
「ウォリーさんをたぶらかすつもりですね!? そうはさせませんよ!」
「なっ……私は別にそんなつもりじゃ!」

 ダーシャとリリが騒ぎ出すのを聞いて、ハナは慌ててウォリーから離れた。

「まったく、私達がどれだけ心配したか分かってるのか! それなのにこんな所でいちゃつきおって……」
「だからそういうのじゃないってばっ」

 一気に場が騒がしくなる。
 ウォリーはダーシャ達が縛って連れてきた4人を見て胸を撫で下ろした。
 どうやらダーシャ達の方も無事に済ませられたようだ。


「ハナ、あの魔法陣はもう消していいよ」
「嫌よ。徹底的に痛めつけないと気が済まないわ」
「よく見て、もう十分だ」

 ハナが緑目の男の方を見ると、男は泡を吹いて失神していた。

「ふん、根性無し」

 ハナがパチンと指を鳴らすと、魔法陣は消滅した。

「ウォリー達も無事に捕獲出来たようだな」

 ダーシャが安心した様子で言った。

「うん、これで依頼は達成だ。帰ろうか、ギルドへ」






 数日後の夜。
 レストランの1室でミリアは蓋の被せられた鍋に待望の視線を向けていた。

「そろそろいいかな〜」

 ミリアが蓋を外すと湯気と共に良い香りが周囲に溢れていく。
 鍋の下には火の魔石。その熱によってグツグツと音を立てて食材が踊っていた。
 野菜と共にスープの中に入れられているのはツインタートルの肉だ。
 ミリアは上機嫌で鍋の中身を手元の器によそう。

「まずはスープから……」

 ほかほかと湯気が立つスープに口をつける。

「良いねぇ〜、濃厚な味がするよ。この鍋には調味料は一切使われていない。ツインタートルの出汁だけでこれ程美味いスープが出来るとは……」

 続いて肉を口に入れる。

「この歯ごたえ……魚とも獣とも違う独特の食感、たまらないねぇ。ツインタートルの肉は美肌効果もあると言われているから2度美味しいねっ。何してんの? 君も食べなよ〜」

 そう言ってミリアは正面に座るハナに勧めた。

「……」

 ハナは押し黙ったままだった。
 彼女としてはミリアと一緒だととても食事をする気になれない。

「ああ、これありがとね〜。助かったよ」

 ミリアは何枚かの書類をハナに見せつけるようにひらひらと揺らした。
 書類にはウォリーを含めたポセイドンのメンバーのスキルやステータスがまとめられている。
 ハナがウォリー達と活動を共にする中で調べ上げたものだった。

「お助けマンねぇ、まさかウォリー君がユニークスキルに目覚めていたとは……」

 書類にはウォリーの持つお助けスキルについても詳しく書かれている。
 ミリアはそれをじっと見つめた。

「回復マン……触れた相手を回復出来るスキルかぁ。彼が治癒師だった頃は触れずとも離れている仲間に魔力を飛ばして回復出来たし、複数の仲間を広範囲魔法で同時回復も出来た。その他あらゆる状態異常の回復も可能だった訳だから……弱くなったとも言えるし強くなったとも言える」

 ミリアは溜め息をついた。

「脅威なのはスキルの数をどんどん増やせるという事だ。このスキルならAランクへ上がるのもそう遠くない……」
「ねぇ、こんな事やめましょうよ」
「はい?」
「ウォリーがAランクに上がろうがあなたには関係のない事じゃない。放っておきましょうよ」
「ハナちゃんはそんな事気にしなくて良いの、ただ私の言う通り動いていればいいんだから」
「でも……」
「大体ハナちゃんはウォリーの事嫌ってたじゃん。そのウォリーを邪魔するってだけなんだから別にいいでしょ?」
「それは……」

 ハナは気まずそうに俯いた。
 ミリアはフッと鼻で笑うと、再び鍋を堪能し始める。

「あなたは、どうしてそこまでするの?」

 舌鼓を打っているミリアにハナは言った。

「ウォリーとは幼馴染なんでしょ、どうしてそこまでして彼を邪魔したがるの? 彼との間に、何があったの?」

 ミリアの箸が止まった。
 ハナはそれ以上言葉が出なかった。一瞬だったがミリアに恐ろしい目で睨まれたように感じたからだ。
 気がつくとミリアは元の笑顔に戻っていた。

「細かいことはいーの! さ、食べよ食べよっ」