コピ達は無事商店街の祭りで出店する事が出来た。
 当然、ウォリー達もその日は客として参加した。
 祭りに参加した客達は次々自分達が気に入ったお店に投票していく。コピ達の店も好評で、かなりの人数が票を入れた。


 そして祭りの翌日、ウォリー達は4人揃って喫茶店『トライキャッツ』を訪れた。
 カラカラと音を鳴らして店の入り口を開ける。

「いらっしゃいませ……あっ、ウォリーさん……」

 出迎えたコピはウォリー達を確認すると、暗い顔で俯いた。
 少し遅れてやってきたルアクも表情を曇らせている。
 しばらく沈黙が続く。2人とも何を言っていいか迷っている様子だった。
 昨日行われた祭り。コピ達は優勝を目指していたが、結局その夢は叶わなかった。
 票は沢山入ったものの、結果は3位。優勝までは届かなかった。賞金が出るのは優勝者のみで、コピ達が貰ったのは記念品だけだった。

「申し訳ありませんでした!」

 2人はウォリー達に向かって頭を下げた。

「せっかく皆さんが協力してくれたのに、優勝出来ませんでした……」

 その時、「ふふっ」と笑い声が聞こえた。

「な〜に言ってんの」

 笑い声の主、ハナがコピ達に歩み寄った。

「3位でしょ? 店の宣伝としては十分じゃない。それに、泥棒も捕まった訳だし、賠償金も支払われるでしょ」

 そう言ってハナは微笑んだ。

「ハナさん……」
「たーだーし」

 ハナが人差し指をピンとたてコピ達に突きつける。

「来年は絶対優勝しなさいよ! 私はこの店の出資者なんだから」

 2人はしばらく目を丸くして驚いていたが、やがて再び頭を下げた。

「はい! ありがとうございます!」

 それから4人はテーブルに案内され、席に着いた。
 全員にコーヒーが配られる。
 ウォリーはそれを一口飲み、ふと店の1箇所を見つめた。
 そこは以前、コピ達を誘拐した犯人のアロンツォが座っていた席だ。
 彼は酷い男だった。しかし、ウォリーは彼の言葉の中で唯一共感できるものがあった。

(ここのコーヒーは、絶品だ)


 カラカラと入り口が鳴り、新しい客が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ〜……あっ!」

 コピが客を見て声をあげた。
 入ってきたのはシベッタだった。しかし今回は帽子もサングラスもしていない。

「もう隠す意味も無いからね……」

 彼女はそう呟いて席に座った。

「ご注文は……いつもので良いですね?」

 コピはそう言ってニコリと笑う。
 シベッタは視線をコピから逸らして、小さく頷いた。
 ウォリーはその様子を見て複雑な顔をする。やはりウォリーにはシベッタ達の事が気がかりだった。
 あの3人が親子に戻る日は来るのだろうか。そう考えながらウォリーは手元のコーヒーを見つめた。

「それにしても……」

 ハナが呟いた。

「このお店の名前、ダサいわね」
「こらこら、失礼だろ。本人達の前で」

 ダーシャが眉をひそめながら言った。

「私はこのお店に出資してるんだから、店の問題点を指摘するのは当然だわ」
「でも、ちょっと変ですね。何でトライキャッツなんでしょうか? トライって3って意味ですよね。でもここにはコピさんとルアクさんの2人しか居ません」

 そんな話をしていると、丁度シベッタにコーヒーの配膳をし終えたばかりのコピが近寄ってきた。

「前にも言った通り、私達は孤児院で育ちました。両親の顔は覚えていません。ただ、母親の事は孤児院の職員の人がよく話してくれました」

 コピは窓から見える店の看板を見つめた。

「私の父は私が産まれる前に母を捨ててしまったそうです。私とルアクはずっと一緒に居ますけど、母は独りぼっちです。もし今も独りだったらどうしようって思ってます。私、母に会ってみたい。もしいつの日か会えたら、ここで私とルアクと母の3人でお店をやりたい。そんな願いを込めてこの名前にしました」

 コピはそう言って笑うと、厨房の方へ消えていった。

 ウォリーはシベッタの方を見る。
 彼女は少しの間目を丸くして驚いていたが、やがて鞄からサングラスを取り出し、それをかけて俯いた。
 ウォリーはもう彼女達の事は放っておこうと思った。自分が何もしなくても、3人はいずれ真実にたどり着く。そんな気がした。






「ハナ、ありがとう」

 ウォリーがそう礼を言ったのは、喫茶店から出て家に帰る途中の事だった。

「何よ? 急に」
「コピさん達の事。ハナがあの依頼を受けるのを許可してくれたおかげで、あの店を助ける事が出来たから」

 ウォリーの言葉を、ハナは鼻で笑った。

「私はただお金儲けがしたかっただけよ。あの店に将来性が無かったらとっくに切り捨ててたわ」
「そうかな……」
「何が言いたいのよ?」

 ハナは少しムッとした。

「ハナは本気でコピさん達の事を心配していたように見えたんだけど」
「……」

 ハナがそわそわとし始める。
 目をあちこちに泳がせていたが、やがて大きくため息をついた。

「私もね、両親が居ないの。幼い頃に事故でね……それからはずっと妹と2人っきり。だから、あの子達に自分の姿を重ねてたのかもしれないわね……」

 ハナは遠い目をして空を見上げた。

「私にとって、妹は、マロンは最後の家族なの。だから絶対に失いたくない。妹を助ける為なら何だってするわ。何だって……」






 その夜。とあるレストランの一室で2人の女が向き合って食事をしていた。
 このレストランは個室の席を提供していて、部屋の中にはその2人以外に客は居ない。

「いやぁ〜これが噂に聞くプリンセスクラブか〜」

 2人の女のうちの1人、レビヤタンのリーダーであるミリアがそう言って料理を見つめた。
 テーブルの上に並べられているのは蟹型のモンスター、プリンセスクラブの刺身だ。
 ミリアは刺身の上に塩をパラパラとかけ、そこに果汁を垂らした。透き通った蟹の身を箸ですくい、頬張る。

「美味い! 冒険者の腕を切断してしまうほどの蟹なだけあって、身がしっかりと引き締まっている。それに噛めば噛む程甘みが出てきて、塩との相性も抜群だ」

 ミリアは嬉しそうに口を動かしている。

「ほらほら、君も遠慮せずに食べなよ〜」

 もう1人の女は、ミリアとは対照的に険しい表情をしている。
 そこに居たのはレビヤタンを抜けてポセイドンに移ったはずの人物、ハナだった。

「それにしても、上手くウォリーのパーティに忍び込めたみたいだね、さすがはハナちゃん!」
「約束は守ってくれるんでしょうね?」
「安心してよ〜。君がポセイドンにいる間はマロンちゃんの治療費は援助してあげるし、事が終わったらまたレビヤタンに戻してあげるって」

 ミリアはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「でも、あんなに殴る事無かったんじゃないの? 痛かったんだけど……」
「も〜わかってないな〜、君は1回ダーシャやリリとギルドで揉めてるじゃないか。そんな奴がすんなりポセイドンに入れるわけないだろう?」

 ミリアはもう1枚刺身をすくって口に放り込んだ。

「だけどね、私はウォリーの性格を熟知している。顔が傷だらけのかわいそ〜な女の子に頼まれたら、つい助けてしまう。それがウォリーという男なんだよ」

 楽しそうに語るミリアを、不機嫌そうにハナは見つめた。

「それに私はね、君に妹の病気の事や、私が君を脅している事、包み隠さず話すように指示した。人を騙す時のコツはね、正直である事なのさ。変に隠し事をすれば疑われる隙を作るだけだ」

 パンッと音を立ててミリアは手を叩いた。

「さて、ここで今一度、確認しておきたいんだけど、君はポセイドンに潜入して何をすべきか理解しているかな?」

「ええ」とハナは頷き、少し間を置いた。

「ウォリー達にバレないように彼達を妨害し、Aランク昇格を阻止する事……でしょ?」