人助けをしたらパーティを追放された男は、人助けをして成り上がる。

「店を、閉める……?」

 ハナが目を見開いた。

「お祭りで優勝すれば賞金が貰えるんです。それに、お店の知名度も上がってお客さんも増えると思います。泥棒にお金と貴重な豆を盗られてこのお店の経営は今もギリギリの状態なんです。だから、お祭りで優勝する事が私達の最後の希望だったんです」
「このお店はあなた達2人だけで経営してるの?」
「はい。私達姉妹は孤児院で育ちました。それから2人で働いて、お金を貯めてこの店を始めました」

 コピの言葉を聞き、ハナは俯いて考え込み始めた。

「やっぱり何とかしてあげましょうよ」

 リリがハナに向かって訴えかける。
 ハナはしばらく黙り込んでいたが、やがて大きくため息をついた。

「駄目よ、少なくともさっきの皮袋の中身の3倍は頂かないとね」

 ハナがそう言い放つと、コピとルアクは耳をぺたんと寝かせてうなだれた。

「でも……」

 ハナはそう言って続けた。

「足りない分はこの店への投資、という事にするのなら受けてもいいわ」

 それを聞いて2人はぱっと顔を上げた。

「ほ、本当ですか!?」
「ええ、その代わりお祭りでは絶対に優勝しなさいよ。あなた達へ出資する以上、店に潰れてもらっちゃ困るんだから」
「はい! ありがとうございます!」

 2人はハナに向かって何度も頭を下げた。

「なんだ、ハナも意外といいとこあるじゃないか」

 ダーシャがそう言って笑う。

「別に、これはただのビジネスよ。お店が儲かったらちゃんと報酬は貰うんだからね」

 ウォリーも安心して胸をなでおろした。
 ちょうどその時、店の入り口が開き客が1人入ってきた。
 見れば、あのサングラスの女だった。

「いらっしゃいませ〜」

 ルアクが出迎えに行く。
 先程ハナから良い返事を貰ったせいか、その声は上機嫌だった。

「ご注文はお決まりですか……ん?」

 テーブルに座った女の前で、ルアクは首を傾げた。

「あれ? ……くんくん……」

 ルアクは自分の鼻をひくひくと動かしている。先程まで上機嫌だった彼女の顔が、どんどん険しくなっていった。

「すいません。あなたの荷物、見せてもらっていいですか?」
「はぁ? なんだい急に」

 突然の事にサングラスの女は嫌そうな表情になった。

「いいから見せてください!」

 ルアクは強引に女の鞄に手を突っ込んだ。

「ちょっと! 何すんだい!」

 やがて、ルアクは鞄の中から何かが詰まった紙袋を取り出した。

「ちょっと! どういうつもりだい! 返しな!」

 怒りだす女を無視してルアクは紙袋の中身を確認した。彼女は一瞬驚いた表情をすると、大声でコピに声をかけた。

「コピ! 見てこれ!」

 コピが駆け寄って袋の中身を確認すると、彼女はギョッとしてサングラスの女を見つめた。
 紙袋の中には大量のコーヒー豆が詰まっていた。

「この香り、間違いない。コフィアフォレだよ」
「まさか、あなたがウチから豆を盗んでたんですか!?」

 コピとルアクは2人して女に詰め寄った。

「なんだいあんた達! コーヒー豆持ってたからってそれが盗品とは限らないじゃないかい!」
「だったらどうやってこの豆を手に入れたんですか! このコーヒー豆はモンスターが出る危険地帯でしか採れないものです。そう簡単に手に入るものではありません!」
「あなたの方から豆の香りがしたからおかしいと思ったんです! 私達獣人族は普通の人間よりも嗅覚が発達しているんです」

 女は立ち上がると、紙袋をルアクからふんだくった。

「客を泥棒扱いするとは、なんて店だい!」

 女はサングラス越しに怒りの表情を浮かべ、速足で店の外へ出て行ってしまった。

「コピ! 追っかけよ!」
「2人とも待ってください!」

 ウォリーが慌てて声をかけた。

「豆を持っていたからって、泥棒だという証拠にはならないですよ」
「でも、どう考えてもおかしいですよ! あの人ずっと怪しい雰囲気で毎日店に来てましたし、今まで盗む機会を窺っていたのかも」
「だとしても証拠が無いうちは捕まえることは出来ません」
「うう……」
「盗まれた分の豆は、皆で山に行って採って来ましょうよ。ほら、僕のパーティも協力してくれるって事になったわけですし」

 そう言って微笑むウォリーに、2人は渋々頷いた。

「祭りはもうすぐだし、出発するのは早い方がいいですよね? 明日にでも採りに行くって事でいいですか?」
「はい。よろしくお願いします!」

 ポセイドンのメンバーの4人は席を立ち上がった。

「じゃあ僕達も準備がありますので、これで」
「はい! 本当に、ありがとうございました!」

 コピとルアクは再び深々とお辞儀をした。
 すると、ハナが2人に歩み寄って行き財布を取り出した。

「いくら?」
「……はい?」

 意味がわからず2人はぽかんと固まった。

「コーヒー代よ、いくら?」
「え、いやいや、お代は結構ですと……」

 ハナはペシっと軽めにコピの頭を叩いた。

「ふにゃ!?」
「馬鹿、そういうのは祭りで優勝して儲けてから言いなさい」
 その山、ブルアトル山には夜中になると葉が青白く光る不思議な樹木が生えている。その為、夜に山の方角を眺めるとその山だけが青い光を放ち、とても美しい景色を見ることが出来る。
しかし、遠くから眺めている分には楽しむ事が出来るが、いざその山に近づくとなるとそうはいかない。
 山の中は強力かつ凶暴なモンスター達が生息する危険地帯。戦闘力が未熟な者が足を踏み入れればすぐに餌にされてしまうだろう。
 今、ポセイドンのメンバー4人と、喫茶店の店員コピはその山に来ている。
 目的はこの山に生えているコフィアフォレという木だ。

「みんな! 敵だ!」

 ウォリーが叫ぶ。
 5人の真上から巨大な虫型のモンスターが飛びかかってきた。

「フレイムカッター!」

 ハナがそう唱えると、三日月のような形をした炎の刃がモンスターに向かって飛んで行った。
 刃がモンスターの身体を通過する。次の瞬間、モンスターの中心に縦線が浮かび上がったかと思うと、真っ二つに身体が切断された。

「わあ! 凄い!」

 コピがハナに拍手を送った。

「どうって事ないわ。虫型モンスターは火属性が弱点。常識よ」
「流石、凄腕の魔法使いと言われるだけはあるな……」

 ダーシャも感心した様子でそう言った。
 通常、魔法使いが扱える魔法の属性は3種類、多くても4種類というのが一般的だ。しかしハナのスキル『マジックマスター』は全種類の属性の魔法を全て身に付ける事が出来るという効果がある。それにより、敵に応じて属性を使い分けて弱点を突くといった戦法が可能なのだ。

「いい機会だわ。私の凄さをもうちょっと見せてあげようかしら」

 周りから褒められ気を良くしたのか、ハナはそんな事を言い出して自分の髪をサラリとかき上げた。

「ダーシャ、あなたのスキルはたしか黒炎だったわね。ちょっとそれで私を攻撃してみなさい」
「な!? 出来るわけないだろう見方を攻撃するなんて」
「私を誰だと思っているのかしら、いいからやってみなさい」

 ハナは指をクイクイと動かしてダーシャに催促した。

「どうなっても知らんぞ!」

 ダーシャは戸惑いつつも小さな黒炎の火球を作り出し、ハナに向かって飛ばした。
 すると、パチュンッと音がなってハナ目の前で火球が消滅してしまった。

「なんだ!? 私の攻撃が消えた」

 ダーシャは驚いてハナを凝視した。

「ふふふ、秘密はこれよ」

 ハナが人差し指を立てると、そこからシャボン玉が放出された。
 それは普通のシャボン玉ではなく、ピカピカと眩しい光を放っていた。

「ダーシャの黒炎ってのは闇属性と火属性の合わせ技。そしてこのシャボン玉は光属性と水属性魔法で作り出したもの。闇の弱点は光、火の弱点は水。よってあなたの黒炎も打ち消す事が出来る」
「ぐぬぬ……」

 ダーシャは凄いと思いつつも相手がハナだという事がどうも気に入らず、複雑な表情を浮かべている。
 やれやれといった感じでウォリーは困った顔をした。
 ハナはプライドが高いうえに褒められたりするとすぐに調子に乗り出す傾向がある。

「みんな、ここは危険地帯だ。なるべく注意を怠らないようにしよう」

 ウォリーはハナとダーシャの強さを十分知ってはいたが、念のため声をかけておいた。

「コピさん、そのコーヒー豆ってのはどこら辺に生えているんですか?」
「はい、もう近くに有ると思います」

 コピは鼻をひくひくと動かしている。

「もしかして、豆の臭いで探し当てているんですか?」
「そうです。前にも言った通り、獣人族の嗅覚は人間より優れています。私やルアクなら、この広い山の中でも正確に豆の位置を見つけられます」
「なんだ、そんな事ならブレイブも連れて来れば良かったな」

 ダーシャが言うと、リリがブンブンと腕を振り回した。

「もうダーシャさん! ブレイブをこんな危険な場所に連れ込むなんて反対ですから!」
「過保護だなぁリリは、元々ダンジョンに居た犬じゃないか」
「あ!」

 突然、コピが前方を指差して声をあげた。

「見つけました! あれです!あの木です!」

 彼女が示した先には青い実が沢山ついた木が有った。
 コピは木に駆け寄ると、せっせとその実を採って袋に入れ始めた。

「なるほど、これがその木ですか。木の幹が青みがかっていて、なんだか綺麗ですね」
「あ! あっちにも有りますよ! これと同じ木じゃないですか!?」

 リリが別方向を指差した。
 そこに生えている木も、確かにコフィアフォレと同じもののように見えた。

「あれ?」

 その木に近づいていったリリが首を傾げた。

「おかしいですね。こっちの木には実がありません」

 そう言われてウォリーもその木を見ていた。近くでみると確かにコフィアフォレと同じ木に見えるが、実はひとつも付いていない。

「見て、所々に痕が残ってる。多分僕達以外の誰かが既に採集して行ったんだよ」
「ウォリーさん、こっちの採集は終わりました。次の木を探しましょう!」

 コピがそう言って袋を掲げた。
 リリとウォリーはコピの元に戻り、再び豆探しを始めた。

 それから日が暮れるまで探し回り、山を降りた頃にはコピが持ってきた袋はパンパンに膨れ上がっていた。

「これだけあればお祭りにコーヒーを出せそうです! 皆さん、どうもありがとうございました……うわあっ!」

 コピは大きな袋を抱えてお辞儀をしたせいでバランスを崩し、転けそうになる。それをウォリーが慌てて受け止めた。

「おっと、気をつけて……ははは」

 コピと始めて会った時もこんな感じだったと思い出し、ウォリーは小さく笑った。






 それから数日経った日の夜。
 ウォリー達は自宅のリビングに集まっていた。
 皆どこか落ち着かない様子だった。
 明日はちょうど商店街のお祭りの開催日。
 コピとルアクは成功できるだろうかと心配していた。
 もう夜遅いが2人はもう寝たのだろうか。それとも明日の為に今も準備をしているのだろうか。ウォリーはそんな事を考えながら2人の事を思っていた。
 その時、ウォリーの中にある不安が走った。

「ねえ、ちょっと今からトライキャッツに行ってみない?」

 そう言ったウォリーに、他の3人は怪訝そうな顔を向けた。

「今何時だと思っているんだ? とっくに店は閉まっているだろう」
「うん、ただ少し心配なんだ。コピ達のお店は2回も泥棒に入られている。また泥棒が来るという可能性は有ると思うんだ。明日はお祭りだし、何かあったら大変だ。1回様子を見に行った方が良いと思って」
「そうね。私はウォリーに賛成だわ」

 そう言ったのはハナだった。

「私達はあの店に出資したんですもの、不安要素は排除しておかないと」

 ハナに続き、ダーシャとリリも頷いた。
 4人は夜の街に出て、喫茶店を目指して歩き出した。
 (どうか無事でありますように)と祈りながら。

 しかし、その祈りは叶わなかった。
 ウォリー達が店に着くと、閉まっているはずの店の入り口が開いていた。
 中に入ると店内は滅茶苦茶に荒らされていた。
 ここは2階建てで、1階は喫茶店。2階はコピとルアクの住居がある。
 しかし建物のどこを探し回っても、2人の姿は見当たらなかった。

「くそ! もっと早くに来ておけば……」
「とにかく2人を探しましょう!」

 焦りながら4人が店を出ようとすると、そこに1人の人物が立っていた。
 ウォリー達はその人物に見覚えが有った。
 トライキャッツの客の1人、帽子を被り、サングラスをかけた女だった。
「あなた! ここで何してるの!? まさか本当にあなたが泥棒なの!?」

 ハナはサングラスの女を睨みつけた。

「そっちこそ、どうしてこんな時間にここ所に居るんだい? あんた達の方が泥棒なんじゃないかい?」
「何ですって!?」

 ハナが女に掴みかかりそうになったが、ウォリーがそれを止めた。

「待ってハナ、この人にも何か事情があるみたいだ」

 ウォリーはサングラスの女をじっと見つめた。

「泥棒がまた来るんじゃないかと心配になってきたのですが、僕達が来た時には既にこんな状態でした。コピさんとルアクさんの姿も見当たりません。誰かに拐われた可能性が高いです」

 ウォリーがコピとルアクの名を口に出した時、女の様子が明らかに変わった。歯を食いしばり、焦りの表情を浮かべている。

「もしかしてあなたも僕達と同じ理由でここに来たのではありませんか? コピさん達を心配して、泥棒を捕まえるために……」

 その問いに、女は答えなかった。くるりとウォリー達に背を向け去ろうとする。

「どこへ行くんですか?」
「あの子達を探しに行くんだよ」
「心当たりがあるんですか?」
「どうだろうね……」

 その時、リリが前に進み出た。

「あの、家にブレイブっていう犬が居るんです。あの子なら2人の臭いを追跡出来ると思います」
「ふん。今からのこのこ家に帰って犬を連れてまた戻って来るつもりかい? そんな事している間にあの子達に何かあったらどうするんだい」

 そう言うと女は着けていた帽子とサングラスを外した。

「あっ!」

 ウォリー達は思わず声をあげた。女の頭には猫の耳が生えていた。そして今まで黒いレンズに隠れていた彼女の目は、猫そっくりだった。

「あなたも、獣人族だったんですか」
「獣人族の嗅覚は知ってるんだろ?あたしなら、あの2人を追跡できる」

 そう言って再び女は速足で歩き出した。
 ウォリー達も彼女の後についていく。

 しばらく歩いていくと、街の出入り口に辿り着いた。

「ちっ! もう街を出ちまったかい! おそらく馬車を使っているだろうね」

 女は悔しそうにそう言った。

「どうします? この時間じゃ馬車なんて借りれませんよ!」
「仕方ない、あれを使うか!」

 女がそう言った直後、風船が膨らむかのように彼女の身体がムクムクと大きくなり始めた。そして彼女の全身から毛が伸び始め、一瞬にして毛むくじゃらに変わっていく。
 あっという間に彼女は巨大な大猫の姿に変身した。
 ウォリー達は突然の出来事に声も出なかった。

「あたしのスキルは『獣化』。一時的に獣の姿に変わることが出来る。これなら人型の時よりも速く走れるはずさ」

 大猫は黄色い目でギロリとウォリー達を見た。

「あんた達もついてくるかい? 人は多いに越したことはないからね」
「ついていくって……どうやって?」
「あたしの背中に乗せてやるよ。ただし、定員は1名だよ。誰が来る?」

 すぐにウォリーが進み出た。

「僕は回復魔法が使えます。万が一コピさん達の身に何かあった時の為に、僕に行かせてください!」
「それは頼もしいね。乗りな!」

 大猫になって巨大化していた彼女だが、幸いスキルの効果で衣服も一緒に巨大化されているようだった。
 ウォリーは彼女の衣服を掴んでよじ登り、背中に乗った。

「ウォリー、気をつけるんだぞ!」
「絶対2人を助けなさいよ!」
「どうかご無事で!」

 残されたダーシャ達はそれぞれウォリー声をかけた。

「うん! 行ってくる!」

 ウォリーが言った瞬間、大猫は勢いよく駆け出した。
 あまりのスピードに、ウォリーは振り落とされそうになるが、彼女の服を必死に掴んで何とか持ちこたえた。
 ウォリーは彼女の背中で声をかけた。

「まだ名乗っていませんでした、僕はウォリーといいます。えっと、あなたの事は何とお呼びすれば?」
「あたしの名はシベッタだよ」
「シベッタさん、よろしくお願いします!」

 見通しの良い平原の道を彼女は全力で駆けていく。背中にしがみついているウォリーへの衝撃はかなり強かったが、彼はコピ達を助けたいが為に必死で堪えた。

「コピさん達はどうして拐われたのでしょうか?」
「知るかい! ただ、あの男が関わっているのは間違いないね」
「あの男?」
「2人の臭いを追っている時、私の知っている臭いがもう1人分混じっていた。きっとそいつが誘拐犯の正体さ。あんたも知っている男だよ」
「え……」

 シベッタとウォリーが共通して知っている男と言われて思い浮かぶのは1人しか居なかった。彼女と同じくトライキャッツの常連の人物。

「アロンツォだ」

 ウォリーが思い浮かべた男の名を、シベッタが口にした。

「アロンツォさんが……一体何のために」
「さあね」

 話している間にもシベッタはぐんぐんと道を駆け進んでいく。
 背中からウォリーに伝わる彼女の動きに、焦りが感じられた。

「シベッタさんはどうしてあの2人を助けようとするんですか?」
「そんなの決まっているだろう? あの2人に居なくなられちゃ、特製のコーヒーが飲めなくなっちまうからね」
「本当にそんな理由ですか?」

 ウォリーは少し間を置いてから、言った。

「間違っていたらすいません。これは僕の推測に過ぎませんが、あなたはコピさんとルアクさんの、母親なんじゃないですか?」

 シベッタは黙り込んだ。背中に居るウォリーには、今彼女がどんな表情をしているのかわからない。

「コピさん達はあなたを泥棒扱いしましたが、泥棒が盗んだ品を持って犯行現場に戻って来るなんておかしな話です。あのコーヒー豆は、本当はあの2人にプレゼントするために持ってきたものでは無いんですか? あの日の前日、泥棒騒ぎがあった直後にあなたは店を出て行きました。あの後あなたはその足でブルアトル山にコフィアフォレの実を採集しに行ったのではありませんか? 僕達が山に行った時、既に誰かが採集して行った痕跡がありました。獣人族のあなたなら、臭いで木を探し当てる事が出来るはずです」

 シベッタは黙ったまま走り続けている。

「すいません。あなたが2人と同じ獣人族だと知って、何となくそうじゃないかな……って思っただけなんです」
「あの子達の父親は酷い奴でね……」

 ようやく、シベッタは語り始めた。

「あたしが妊娠したとわかったらすぐに姿を消しちまったんだ。それから生まれてきたのが双子だったんだが、あの時の私に女手一つで2人の子供を育てる余裕は無くてね、仕方なく孤児院に預けたんだよ」
「どうして、コピさん達に打ち明けないんですか?」
「あたしは自分の子供を捨てた女だよ? あの子達の前に出て母親だなんて名乗る資格は無い。それにあの子達も自分を捨てたあたしを恨んでいる事だろう」
「そんなの、話してみなきゃわからないですよ」
「いいかい、あの子達に余計な事言うんじゃないよ。あたしは今のままで十分満足なのさ。あの店の客として、あの子達の姿を見ていられるだけでね。本当ならあの子達と会話する資格だって無いと思ってる。だから店の中じゃ極力何も話さず、ずっとあの子達を見守って来たんだ。これ以上は望むつもりは無いんだよ」

 ウォリーが何か言葉をかけようとした時、目の前でシベッタの耳がピンと立った。

「無駄話は終わりだ! 標的が見えたよ!」

 ウォリーが顔を上げると、遠くの方に走る馬車の影が見えてきた。
 馬車の中にはコピとルアクの他に2人の男が乗っていた。1人は全身黒い服を着てナイフをルアクに突きつけている。そしてもう1人はコピ達の喫茶店の客であるはず男、のアロンツォだった。
 コピ達は身体を縄で拘束され、涙を流しながらアロンツォを見上げていた。

「ははは、そんな顔をするなよ。可愛い顔が台無しだ」
「アロンツォさん、どうしてこんな酷いこと……」

 コピは震える声で言った。隣ではルアクがナイフを向けられている。彼女の身に何かあったらと気が気ではなかった。

「改めて自己紹介しよう。私は世界を股にかける奴隷商人、アロンツォだ」

 そう言ってアロンツォは胸に手を当ててお辞儀をした。

「奴隷……商人?」
「ずっと君達に目をつけていたんだ。獣人族というのはマニアには高値で売れてね、君達は私が今まで見てきた獣人族の中でも格別に美しい。きっとかなりの値段がつくだろう。誇りに思いたまえ」

 アロンツォはニヤリと笑いながら、目の前の姉妹を舐めるように見つめた。

「最初は店の金や食材を盗んで経済的に追い込み、奴隷に堕とすつもりだった。それなのに後ちょっとの所で、あのウォリーとかいう男が余計な事を……」

 怒りの感情がだんだんとアロンツォの目に浮かんでいく。

「仕方ないから強硬手段に出る事にしたよ。まぁ、私もあのコーヒーがもう飲めないとなると寂しいがね、ははは」
「嫌だ……誰か助けて……ウォリーさん、ハナさん……」

 コピは祈るように固く目を閉じた。

「アロンツォ様! あれを!」

 突然、黒い服の男が声をあげた。彼は必死に馬車の後方を指差している。
 アロンツォがそこへ視線をやると、何かが凄いスピードでこちらに向かってくるのが見えた。

「猫です! デカい! 化け猫だぁ!」
「なんだ!? この辺にモンスターが出るなんて聞いてないぞ!」

 アロンツォは目を凝らして見る。

「いや、よく見ろ、上に人が乗ってる。使い魔か? ……ん? あれは、ウォリー!?」

 アロンツォの口からウォリーの名を聞いたコピとルアクはハッと顔をあげた。

「助けて! ウォリーさん!!!」
「こら! 大人しくしろ!」

 叫ぶコピの首に、黒服の男がナイフを突き当てた。

「おい、馬車の速度を上げろ! このままじゃ追いつかれる!」
「はい!」

 黒服の男は両手に魔力を込め、それを馬車を引く2頭の馬に飛ばした。直後、馬車の速度がグンと上昇した。

「ははは! 見たか! どんどん引き離していくぞ!」

 目前まで迫っていたウォリー達が、徐々に小さくなっていく。それを眺めながらアロンツォは大声で笑った。



「シベッタさん! 馬車が急に速くなりました!」

 ウォリーは焦りながら叫んだ。

「ちっ、ありゃあただの馬車じゃないね。普通馬車があんな速度は出さない。魔法で馬を強化したか、あるいは引いているのは馬ではなく強力な使い魔なのか……どっちにしろこのままじゃ追いつけないよ!」
「何か手は無いんですか!?」
「あったらとっくにやってるよ! さっきから全力で走ってるんだ、これ以上スピードは出ないよ」

 そんな事を話している間にも馬車はどんどん遠くへ行く。既に、ウォリー達の目に豆粒程の小ささに映るほど馬車は離れていた。

「このままじゃ逃げられてしまうっ」

 ウォリーは唇を噛み締めた。
 先程馬車に近づいた時にコピの叫び声が聞こえたのを思い出す。
 彼女達は間違いなくあの馬車に居る。

(助けて! ウォリーさん!)

 そう聞こえた彼女の叫びが、頭の中で何度も繰り返される。
 ウォリーは目を閉じた。

(助けたいっ……コピさんを、ルアクさんを、そしてシベッタさんをっ……!)


≪お助けスキル『加速マン』の取得が可能になりました≫


突然聞こえた声に、ウォリーは顔を上げた。



≪加速マン≫

≪対象に触れ、「加速マン」と唱える事で一時的に対象の素早さを上げる事ができる。取得の為に必要なお助けポイント:80000ポイント ≫



 考える必要も無い。ウォリーは迷わずスキル取得を選択した。
 シベッタの背中にしがみつきながら、叫ぶ。

「加速マン!」

 直後にシベッタが走る速度がグンと上がった。
 シベッタ自身は何が起こったのかわからず驚きの声を上げる。

「どうなってんだい!? 身体がやけに軽いよ!」
「魔法でシベッタさんの素早さを上げました」
「そんな事が出来たのかい!? それならさっさとやれば良かったじゃないか」
「すいません。たった今取得したので……」
「ちょっと何言ってるかわかんないけど、恩にきるよ。これならあいつらに追いつけそうだ。振り落とされないようにしっかり掴まってな!」

 シベッタがさらに速度を上げた。
 消えそうな程遠くに居た馬車が、再び近付いて来る。
 シベッタは土を巻き上げどんどんと標的との距離を縮めて行った。

「シベッタさん! もう馬車が目の前です! 横に逸れましょう」
「いいや、このまま真っ直ぐ行くよ」
「ええ!? でもこのままだと馬車に激突してしまいます! あの中にはコピさんやルアクさんが……」
「いいから黙って見てな!」

 そう言ってシベッタは高速で馬車に向かって突っ込んで行く。
 シベッタの鼻が馬車に当たるかといったところで、彼女は身体を丸めた。
 そして次の瞬間、彼女は上空に大きく跳び上がった。

「ははは! 馬にはこんなジャンプは出来まい!」

 シベッタはそのまま馬車の上を飛び越え、前方に着地した。
 そして少し走って馬車との距離を開けると、くるりと振り向いて進路を塞ぐ形で馬車と向かい合った。
 シベッタは身体の毛を一気に逆立たせ、肺いっぱいに空気を吸い込み、叫んだ。

「うちの子に手ぇ出してんじゃないよおおおお!!!!!」

 その威圧感は背中に居るウォリーにも伝わった。馬車を引く馬達は恐れをなして揃って立ち止まった。

「おい! どうなってる!? 何で馬が止まるんだ!」
「化け猫がいつのまにか前に来てるんですよ! もうダメです! 逃げましょう!」

 黒服の男が真っ先に馬車から飛び出し走り出した。

「おい待て!」

 アロンツォも続いて馬車から降りて逃げ出す。

「ウォリー! あたしはアロンツォを追う! あんたはあの子達を頼む!」
「わかりました!」

 ウォリーはシベッタの背中から飛び降り、馬車に乗り込んだ。
 中には縛られて怯えているコピとルアクが居た。

「コピさん! ルアクさん!」
「ウォリーさん! 来てくれたんですね!」

 ウォリーは縄を解いて2人を自由にすると、素早く彼女達を観察した。
 見た所、怪我は負っていない。

「よかった……」

 ウォリーはそう呟いて、念の為に回復マンを使った。


 一方、アロンツォは全力で走って逃げていたが獣化したシベッタの脚力にかなうわけがなく、あっさり捕まってしまった。

「た、頼む、助けてくれ」

 爪が剥き出しになった巨大な手に掴まれて、アロンツォは恐怖に震えていた。

「よくもうちの子に酷い事をしてくれたねぇ、さあどうしてやろうか」

 目の前で大きな2つの目が彼を睨みつける。

「助けて! 命だけは!! 食べないでくれぇ!」

 自分の娘が拐われたのだ、無論彼女は許す気など無かった。
 彼女の大きな口がガバッと開き、鋭い牙がアロンツォの前に晒される。

「嫌だ! 助けて! 私は食べても美味くないぞ! いやだああああああ!!!!」

 ばくんとシベッタの口が勢いよく閉じられた。
 だが、彼女の牙はアロンツォの身体には届いていない。
 彼女は噛み付くフリをしてわざと外していた。
 食べられると思ったアロンツォは白目を剥いて失神していた。

「ふん、お前みたいな汚い男、誰が食べるもんか」

 シベッタはポイっとアロンツォを投げ捨てると、スキルを解除した。
 シュルシュルと彼女の身体が縮んで行き、人型の姿に戻る。


「シベッタさん!」

 彼女が声のした方向を見ると、ウォリーが駆け寄って来ている所だった。隣にコピとルアクの姿を確認し、彼女はほっと安堵の息を漏らした。

「あれ? あなたはうちのお客さんですよね? どうしてここに……」
「コピさん、この人はシベッタさん。ここまで僕を運んでくれたのは彼女なんです」

 ウォリーが言うと、2人は慌ててシベッタに向かって頭を下げた。

「それは、どうもありがとうございました! それから、この前は申し訳ありませんでした。証拠も無いのに泥棒扱いしてしまって……」
「……」

 シベッタは黙り込んでいる。どうやら無口なお客さんモードに切り替えたようだった。

「それにしても……」

 ルアクがそう呟いてシベッタの頭を見つめた。

「あなたも獣人族だったんですね。帽子を被っていたから、気付きませんでした」

 ウォリーはもどかしさを感じた。シベッタの姿を見ても2人は自分達の母親だと気付かない。
 そして、思わず声を出してしまった。

「コピさん、ルアクさん、この人はあなた達の――」
「おい小僧!!」

 ウォリーが「母親」と言おうとした所でシベッタが怒鳴った。

「余計な事は言うなと言っただろう。言うことを聞かない子は獲って食べちまうよ」

 ウォリーの頭に、大猫に丸呑みにされる自分の姿が浮かび、彼は慌てて自分の口を押さえた。
 コピ達は無事商店街の祭りで出店する事が出来た。
 当然、ウォリー達もその日は客として参加した。
 祭りに参加した客達は次々自分達が気に入ったお店に投票していく。コピ達の店も好評で、かなりの人数が票を入れた。


 そして祭りの翌日、ウォリー達は4人揃って喫茶店『トライキャッツ』を訪れた。
 カラカラと音を鳴らして店の入り口を開ける。

「いらっしゃいませ……あっ、ウォリーさん……」

 出迎えたコピはウォリー達を確認すると、暗い顔で俯いた。
 少し遅れてやってきたルアクも表情を曇らせている。
 しばらく沈黙が続く。2人とも何を言っていいか迷っている様子だった。
 昨日行われた祭り。コピ達は優勝を目指していたが、結局その夢は叶わなかった。
 票は沢山入ったものの、結果は3位。優勝までは届かなかった。賞金が出るのは優勝者のみで、コピ達が貰ったのは記念品だけだった。

「申し訳ありませんでした!」

 2人はウォリー達に向かって頭を下げた。

「せっかく皆さんが協力してくれたのに、優勝出来ませんでした……」

 その時、「ふふっ」と笑い声が聞こえた。

「な〜に言ってんの」

 笑い声の主、ハナがコピ達に歩み寄った。

「3位でしょ? 店の宣伝としては十分じゃない。それに、泥棒も捕まった訳だし、賠償金も支払われるでしょ」

 そう言ってハナは微笑んだ。

「ハナさん……」
「たーだーし」

 ハナが人差し指をピンとたてコピ達に突きつける。

「来年は絶対優勝しなさいよ! 私はこの店の出資者なんだから」

 2人はしばらく目を丸くして驚いていたが、やがて再び頭を下げた。

「はい! ありがとうございます!」

 それから4人はテーブルに案内され、席に着いた。
 全員にコーヒーが配られる。
 ウォリーはそれを一口飲み、ふと店の1箇所を見つめた。
 そこは以前、コピ達を誘拐した犯人のアロンツォが座っていた席だ。
 彼は酷い男だった。しかし、ウォリーは彼の言葉の中で唯一共感できるものがあった。

(ここのコーヒーは、絶品だ)


 カラカラと入り口が鳴り、新しい客が店内に入ってきた。

「いらっしゃいませ〜……あっ!」

 コピが客を見て声をあげた。
 入ってきたのはシベッタだった。しかし今回は帽子もサングラスもしていない。

「もう隠す意味も無いからね……」

 彼女はそう呟いて席に座った。

「ご注文は……いつもので良いですね?」

 コピはそう言ってニコリと笑う。
 シベッタは視線をコピから逸らして、小さく頷いた。
 ウォリーはその様子を見て複雑な顔をする。やはりウォリーにはシベッタ達の事が気がかりだった。
 あの3人が親子に戻る日は来るのだろうか。そう考えながらウォリーは手元のコーヒーを見つめた。

「それにしても……」

 ハナが呟いた。

「このお店の名前、ダサいわね」
「こらこら、失礼だろ。本人達の前で」

 ダーシャが眉をひそめながら言った。

「私はこのお店に出資してるんだから、店の問題点を指摘するのは当然だわ」
「でも、ちょっと変ですね。何でトライキャッツなんでしょうか? トライって3って意味ですよね。でもここにはコピさんとルアクさんの2人しか居ません」

 そんな話をしていると、丁度シベッタにコーヒーの配膳をし終えたばかりのコピが近寄ってきた。

「前にも言った通り、私達は孤児院で育ちました。両親の顔は覚えていません。ただ、母親の事は孤児院の職員の人がよく話してくれました」

 コピは窓から見える店の看板を見つめた。

「私の父は私が産まれる前に母を捨ててしまったそうです。私とルアクはずっと一緒に居ますけど、母は独りぼっちです。もし今も独りだったらどうしようって思ってます。私、母に会ってみたい。もしいつの日か会えたら、ここで私とルアクと母の3人でお店をやりたい。そんな願いを込めてこの名前にしました」

 コピはそう言って笑うと、厨房の方へ消えていった。

 ウォリーはシベッタの方を見る。
 彼女は少しの間目を丸くして驚いていたが、やがて鞄からサングラスを取り出し、それをかけて俯いた。
 ウォリーはもう彼女達の事は放っておこうと思った。自分が何もしなくても、3人はいずれ真実にたどり着く。そんな気がした。






「ハナ、ありがとう」

 ウォリーがそう礼を言ったのは、喫茶店から出て家に帰る途中の事だった。

「何よ? 急に」
「コピさん達の事。ハナがあの依頼を受けるのを許可してくれたおかげで、あの店を助ける事が出来たから」

 ウォリーの言葉を、ハナは鼻で笑った。

「私はただお金儲けがしたかっただけよ。あの店に将来性が無かったらとっくに切り捨ててたわ」
「そうかな……」
「何が言いたいのよ?」

 ハナは少しムッとした。

「ハナは本気でコピさん達の事を心配していたように見えたんだけど」
「……」

 ハナがそわそわとし始める。
 目をあちこちに泳がせていたが、やがて大きくため息をついた。

「私もね、両親が居ないの。幼い頃に事故でね……それからはずっと妹と2人っきり。だから、あの子達に自分の姿を重ねてたのかもしれないわね……」

 ハナは遠い目をして空を見上げた。

「私にとって、妹は、マロンは最後の家族なの。だから絶対に失いたくない。妹を助ける為なら何だってするわ。何だって……」






 その夜。とあるレストランの一室で2人の女が向き合って食事をしていた。
 このレストランは個室の席を提供していて、部屋の中にはその2人以外に客は居ない。

「いやぁ〜これが噂に聞くプリンセスクラブか〜」

 2人の女のうちの1人、レビヤタンのリーダーであるミリアがそう言って料理を見つめた。
 テーブルの上に並べられているのは蟹型のモンスター、プリンセスクラブの刺身だ。
 ミリアは刺身の上に塩をパラパラとかけ、そこに果汁を垂らした。透き通った蟹の身を箸ですくい、頬張る。

「美味い! 冒険者の腕を切断してしまうほどの蟹なだけあって、身がしっかりと引き締まっている。それに噛めば噛む程甘みが出てきて、塩との相性も抜群だ」

 ミリアは嬉しそうに口を動かしている。

「ほらほら、君も遠慮せずに食べなよ〜」

 もう1人の女は、ミリアとは対照的に険しい表情をしている。
 そこに居たのはレビヤタンを抜けてポセイドンに移ったはずの人物、ハナだった。

「それにしても、上手くウォリーのパーティに忍び込めたみたいだね、さすがはハナちゃん!」
「約束は守ってくれるんでしょうね?」
「安心してよ〜。君がポセイドンにいる間はマロンちゃんの治療費は援助してあげるし、事が終わったらまたレビヤタンに戻してあげるって」

 ミリアはニヤニヤと笑みを浮かべた。

「でも、あんなに殴る事無かったんじゃないの? 痛かったんだけど……」
「も〜わかってないな〜、君は1回ダーシャやリリとギルドで揉めてるじゃないか。そんな奴がすんなりポセイドンに入れるわけないだろう?」

 ミリアはもう1枚刺身をすくって口に放り込んだ。

「だけどね、私はウォリーの性格を熟知している。顔が傷だらけのかわいそ〜な女の子に頼まれたら、つい助けてしまう。それがウォリーという男なんだよ」

 楽しそうに語るミリアを、不機嫌そうにハナは見つめた。

「それに私はね、君に妹の病気の事や、私が君を脅している事、包み隠さず話すように指示した。人を騙す時のコツはね、正直である事なのさ。変に隠し事をすれば疑われる隙を作るだけだ」

 パンッと音を立ててミリアは手を叩いた。

「さて、ここで今一度、確認しておきたいんだけど、君はポセイドンに潜入して何をすべきか理解しているかな?」

「ええ」とハナは頷き、少し間を置いた。

「ウォリー達にバレないように彼達を妨害し、Aランク昇格を阻止する事……でしょ?」
========================

◽︎ウォリー
◾︎スキル:お助けマン
◾︎体力:1880
◾︎魔力:3670
◾︎攻撃力:239
◾︎防御力:233
◾︎魔法攻撃力:175
◾︎魔法防御力:186
◾︎素早さ:106

========================

「うわっ」

 鑑定師によって明らかになった自分のステータスを見てウォリーは思わず声をあげた。
 しばらく自分のステータスを確認していなかったウォリーだったが、久しぶりに鑑定師の元を訪れたら思いの外高くなっていた。
 ウォリーは元々治癒師のスキル持ちで回復などのサポート役だった。サポート役は直接モンスターとの戦闘の機会が少ないので攻防力は低い者が多い。それを考えると今のウォリーのステータスは普通では考えられない数値だった。
 失踪事件があった森で怪物にされた冒険者を治したり、ディーノの盗まれた財宝を見つけたり、つい最近ではコピとルアクを誘拐犯から救ったりと、冒険者の仕事をしていると人助けをする機会によく直面する。
 お助けポイントが貯まる度に少しずつステータスアップにポイントを使っていたウォリーだったが、今目の前に示されたステータスの高さは予想以上だった。
 しかし、ウォリーはポイントの全てをステータスアップに注ぎ込んではいなかった。
 現在のポイント残高は98700。10万近いポイントは常にキープするように心がけていた。
 自分が強くなる度に、お助けマンが要求するポイントはどんどん大きくなっていく。
 最初の頃は攻撃力を1回アップするのに1000ポイント要求されていたのが、今では1回につき4000ポイントまで上がっている。
 お助けスキルについても、取得の為の必要ポイントがどんどん高くなっているようだった。
 この先何が起こるかわからない。もしもの時の為にも、ある程度のポイントは残しておく必要があった。






「どうぞこちらへ」

 ギルド職員の案内でポセイドン一同は面談室に通される。
 今朝、伝書鳩を通じてウォリー達はギルドから呼び出しを受けていた。
 ウォリー達は顔を曇らせている。
 ギルドからの呼び出しにはいい思い出が無い。ウォリーの頭に、意地悪い笑顔を浮かべるダークエルフの姿が浮かんだ。
 そして、彼らが面談室に入るとその想像は現実のものと化した。

「よ〜やく来たね〜。待ってたよ〜」

 彼らを待ち受けていたのは、ウォリーの想像通りの笑みを浮かべたベルティーナだった。

「一体何の用だ!? 私達はもうギルドから罰せられるような事はやってないぞ!」

 彼女の姿を見た瞬間、ダーシャが警戒心を剥き出にした。

「まーまーダシャっち、そう怖い顔しないでよ〜。今回はちょっと質問させてもらうだけだからぁ〜」
「質問?」
「まぁまぁ座ってちょ〜」

 ベルティーナに促され、4人は腰を下ろした。

「この間あなた達は誘拐犯を捕まえたそうじゃん? 奴隷商人のアロンツォだっけ」
「どうしてその事を?」

 コピ達からの依頼はギルドを通さずに行ったものだ。アロンツォは捕まえてすぐ領主の元へ送られたはずなのでギルドがこの事を知っているのは妙だった。

「ちょっと聞きたいんだけどね〜、アロンツォは誰か仲間を連れていなかった?」
「一体何の目的でそんな事を聞くんだ!? あの事件とギルドと何の関係が……」
「質問してるのはこっちなんですケド〜?」

 ダーシャの言葉をベルティーナが遮った。唯一、この険悪な雰囲気の理由を知らないハナだけが不思議そうにしている。

「たしか、アロンツォの馬車にもう1人黒い服の男が乗っていたと記憶しています。その男は逃げてしまいましたが」
「顔は見たの? 何か特徴があった? 例えば服にシンボルがついていたとか」

 黒服の男という言葉に反応して、ベルティーナが身を乗り出した。

「いえ、夜でしたしよくは見えなくて……」
「も〜何やってんのよ〜、アロンツォだけ捕まえてそいつは取り逃がすとか……」
「あの時は僕ともう1人しか居なかったものですから。僕は捕まった人達を救出しなければなりませんでしたし」

 ベルティーナは溜息を吐いて首を振った。

「生温いな〜。捕まった奴らなんて後回しでいいっしょ? まずはそいつを捕まえるべきじゃん」

 彼女の言葉に、ダーシャが怒ってテーブルを叩いた。

「さっきから何なんだ! そんな事貴様らに関係ないだろう! まずは質問の意図をはっきりさせろ!」

 ダーシャの怒鳴り声が部屋に響いた直後、面談室に新たに人が入ってきた。

「そうだぞベルティーナ君。いくらなんでも失礼じゃないか」
「あっ……!?」

 そう言って入って来た男を見て、ベルティーナは硬直した。先程までの嫌らしい笑みは消え去っている。
 戸惑ったのはウォリー達も同じだった。
 入って来た男はこのギルドのトップだったのだ。

「ギルド……長……」

 ベルティーナは一気にしおらしくなり、か細い声でそう言った。

「うちのベルティーナ君が失礼したね、申し訳ない。今回の件、改めて順を追って説明しよう」

 ギルド長は手元の書類から1枚の紙をテーブルに置いた。
 紙には大きく紋章が描かれている。

「これはっ……」

 それを見て真っ先に反応したのはダーシャだった。
 彼女は紋章を睨みつけながら呟いた。

「真・魔国……」
「真魔国。当然知っているね? 魔国出身のダーシャ君にとっては特に耳に入れたく無い名前だろうが……」

 そう言ってギルド長は紙に書かれた紋章をじっと見た。
 この紋章は真魔国という組織のシンボルだった。
 現在、魔国の王である魔王は人間の国との友好関係を築く事を目指している。そんな現魔王に反発し、人間に敵対して過激な活動を行なっているのがこの組織だ。自分たちこそが真の魔国であるという意味を込めて、彼らは真魔国と名乗っている。
 ウォリー達の住む国、ヴァルタシア王国と魔国は共に真魔国の壊滅のために尽力しているが、未だに水面下で彼らは拡大し続けている様だった。
 これまでも真魔国によって人間が拉致される事件や、王族の暗殺未遂事件が起こったりしており、国民も彼らの存在に大きな不安を抱いている。
 人間が魔人族に良いイメージを持たないのは歴史的背景だけではなく、この真魔国の存在も大きく影響している。
 人間と魔人族の和解を望むダーシャにとっても、真魔国は許しがたい存在だった。

「君達が捕まえたアロンツォだが、調べたところ彼は真魔国と繋がっていた。奴隷商で稼いだ金の一部は真魔国に流れ、奴らの活動資金の一部になっていたようだ」

 ギルド長は深刻な顔で続ける。

「アロンツォには真魔国のメンバーの協力者がいる筈だ。君達が目撃したもう1人の黒服の男がそうである可能性は十分に考えられる」
「うちのギルドは真魔国との問題にも首を突っ込んでいるんですか?」
「これは国からギルドに対しての依頼だ。ただし、表立って冒険者達に依頼する事は出来ない問題でもある」

 ギルド長は腕を組み、眉に皺を寄せた。

「奴らは魔人族の中から生まれた組織だが、その構成員には人間も混じっているという話だ。魔人族と人間は外見が大きく違う。我々の国に潜入して活動するのには、人間の構成員を使った方が都合がいいのだろう。金を渡したのか脅したのかはわからないが、とにかく奴らの中には人間の協力者が居る」
「このギルド内にもね〜」

 ギルド長の横でベルティーナが口を開いた。

「冒険者の中に真魔国の者が潜んでいるらしいんだケド、ウチの調査能力をもってしても未だに見つかんないの」

 ベルティーナに同意するようにギルド長は頷いた。

「そういう事だ。冒険者の中に奴らの手下が潜んでいる以上、ギルドから真魔国に関する依頼を公表するわけにはいかない。表に出せば、同時に真魔国にその情報が流れる事になる」
「いいのか……?」

 ダーシャが不安そうにギルド長を見つめた。

「私は魔人族だ。私がその潜入者かもしれんだろう。こんな事を私達に話してもいいのか?」
「君達はアロンツォを捕まえた。真魔国の資金源の1つを断ったのだ。君達が奴らの協力者ならそんな事はしないだろう。私は君達は真魔国ではないと判断し、こうして呼び出したんだ」
「しかしすいません。アロンツォと一緒にいた男は一瞬で逃げ去ってしまったので、僕達が提供できる情報は何も……」
「そうか、わかった」

 ウォリーは違和感を覚えた。ギルド長が随分とあっさり引き下がったからだ。彼がじっとギルド長を見つめていると、ギルド長はフッと小さく笑った。

「気にするな。私はアロンツォの協力者について大した情報が入るとは最初から期待していなかった」
「どういう事です?」
「実は彼が拉致しようとしたコピ君とルアク君。彼女達にもすでに聴き取り調査を行っていたんだ」
「コピさん達に……」
「今日君達を呼び出したのはこれが本題ではない」

 ギルド長は手元から新たな書類を1枚取り出すと、ウォリーに渡した。

「これは、依頼書ですか」

 いつも冒険者がギルドから依頼を受ける際に渡される依頼書。ギルド長が渡してきたのはそれだった。

「これはギルドから……いや、国からの依頼だ。是非君達に受けて欲しい」

 ウォリーが依頼書に目を通す。その依頼内容を見て、彼は目を見開いた。

「達成条件は真魔国構成員の……捕獲!?」
「実は我々が調査した結果、近々奴らがこの国で取引を行うという情報を入手した。まぁこれは、ベルティーナくんの手柄なんだがね……」
「ウチの実力なら簡単な事だけどね〜」

 ギルド長が来てから大人しくなっていたベルティーナだったが、彼の言葉を聞き彼女はここぞとばかりに胸を張った。

「これは誰にでも頼める依頼ではない。先程も言った通り君達は真魔国とは繋がってないと判断し、私はこれを依頼する事にした。受けてくれるか?」

 ウォリーは仲間達に順に視線を注いだ。
 相手が真魔国となればかなり危険な依頼となる。即答で受けると言うわけにはいかなかった。

「私は受けたいと思う」

 真っ先にダーシャが答えた。

「魔国出身者として、真魔国の存在には責任を感じている。少しでも奴らの討伐に貢献出来るのなら、私はこの依頼を受けたい」

「だが」とダーシャは続けた。

「これは私の私情でもある。危険な依頼である以上、他の皆の意見も聞いておきたい」
「私もダーシャさんと同じく受けたいと思います」

 ダーシャに続いて、リリが声をあげた。

「確かに危険な依頼ですが、ウォリーさんやダーシャさんの強さは十分知っています。私達ならやれるはずです」

 リリの言葉を聞き、ウォリーはハナに視線を向けた。

「私は……」

 ハナは返答に困った様子を見せた。
 それを見てウォリー達はハナが危険な真魔国を相手にするのに躊躇しているのかと思ったが、実際は違っていた。
 ハナが悩んでいるのは裏で彼女とミリアが繋がっているからだった。
 ミリアにはウォリー達がAランクに行くのを阻止するように言われている。しかし、ギルド長直々のこの依頼をもしウォリー達が達成すれば、彼らのAランク昇格はぐっと近づく事になるだろう。
 彼女としては、依頼を断る事の方が望ましかった。

「私は……受けてもいいと思うわ」

 悩んだ末、ハナはそう答えた。
 依頼を受けるのには気が進まなかったが、ダーシャとリリが受けたいと言っているところで足並みを乱すのは危険だと判断しての事だった。
 ハナが嫌だと言ってもウォリーが受けると言えば3対1だ。であればここで流れに逆らうよりウォリー達の信頼を得る方が良いとハナは考えた。

「わかった。みんな、ありがとう」

 ウォリーはそう言って頷くと、再びギルド長の方を見つめた。

「ギルド長、この依頼、受けさせて頂きます」
「助かるよ。危険な依頼だが何とか成功させてくれ」

 ギルド長はウォリー達の返答を聞き深く頷いた。

「ところで、この取引というのは一体どういうものなんですか?」
「うむ、情報によれば闇の魔石の取引らしい」

 魔石は魔力を帯びている特殊な石だ。火の魔石、水の魔石など帯びている魔力の属性は多様だ。
 武器などに埋め込めば魔法を得意としない者でも魔法攻撃が使えるようになれる他、日常生活においても役に立っている。
 例えば氷の魔石と食料を一緒に保管しておけば冷凍保存が出来るし、火属性魔法が使えない者でも火の魔石を持っていれば野外で火を起こして調理が出来たりする。

「邪神というものを知っているか?」
「邪神……確か、昔魔国が戦争の際に使用していた生物兵器」
「そう、我が国と隣国が力を合わせてようやく封印する事が出来たという恐ろしい兵器だ。真魔国の狙いの1つがこの邪神だと言われている」

 その場に緊張が走った。魔国との戦争はウォリー達が生まれる前の話だが、邪神の恐ろしさはこの国の歴史として今も語り継がれている。

「邪神の封印を解くためには大量の闇の魔石を必要とするらしい。今回の取引はその為の魔石集めだと思われる」
「もし、奴らが邪神を手にしたら……」

 しばらくの沈黙の後、ギルド長が呟いた。

「戦争も起こり得る……」

 ウォリー達は改めてこの依頼の重要さを感じた。真魔国に魔石を渡さない為に、この依頼は必ず成功させなければならない。

「ところでウォリー君とハナ君は元々Aランクパーティのレビヤタン出身だったね?」
「はい、そうですが」
「ならばある程度戦闘の経験はあるのだろうが、くれぐれも油断はしない事だ。奴らはそこら辺の盗賊とは訳が違う。何やら怪しい禁術にも手を出しているようなんでね。慎重に行かないと思わぬ反撃を食らうことになるかもしれん」
「はい。肝に銘じておきます」






 取引が行われるとされる日が訪れた。
 時刻は深夜。周囲は暗く、多くの人が眠りについている時間だ。
 そこは街から少し離れた所にある林の中だった。
 ウォリー達は知らされていた場所の付近に身を潜めて隠れている。
 取引予定の場所に近づきすぎず、離れ過ぎず、息を殺してその時が来るのをじっと待っていた。

 やがて、4人の人影が歩いてくるのが見えた。
 4人は大きな箱を2つ運んでいる。
 ウォリー達は緊張しながら草木の陰でじっと観察した。もし情報が正しければ、箱の中身は魔石のはずだ。
 少し後から、さらに2人の男が現れる。
 彼らからは紫色の肌と角が確認できた。魔人族だ。

「確認させてもらう」

 2人の魔人族のうちの1人が箱を調べ始めた。

「いや、待て」

 もう片方の魔人族の男が言った。
 その男は辺りをキョロキョロと見回し始める。
 やがてその目はウォリー達がいる方向に向けられた。
 緑色に光る不気味な目だった。それがウォリーをじっと見つめていた。

(気付かれた!? 馬鹿な、この距離から……!? 物音ひとつ立ててないのに)

 ウォリーの背筋が凍った。

「4人潜んでる! 逃げろ!」

 緑の目の魔人族が叫んだ。その男はなぜかウォリー達の人数まで把握していた。
 男達は最初に来た4人と、後から来た2人とに分かれて別々の方向へ走り出した。
 慌ててウォリー達も走り出す。

「僕とハナは2人を追う! ダーシャ達は4人の方を!」
「わかった!」

 ウォリーは瞬時に指示を出して二手に分かれた。
 林の中を駆けていく2人の人影を必死で追う。
 あの場にいた6人の中で今目の前を行く男、自分達の潜伏を見破ったあの男が最も危険だとウォリーは感じ取っていた。

「ファイアボール!」

 ハナが走りながら魔法で火球を飛ばした。

「うわっ!」

 火球は男達に命中しそうになったが、ギリギリの所で躱されてしまった。
 しかし、それによって男の足は一時的に止まった。
 ウォリー達は一気に男達との距離を詰めて行く。

「逃げ切るのは無理か……」

 緑の目の魔人族はそうつぶやくと、身を返してウォリー達の方を向いた。
 彼は剣を抜いて待ち構えている。応戦するつもりらしい。

「シャドウカッター!」

 もう片方の男が魔法を発動させた。
 真っ黒な刃がいくつもウォリー達に向かって飛んで行った。

「くっ!」

 ハナは光弾を放ち刃を一つ一つ撃ち落としていく。
 しかし、黒い刃は周囲の暗闇に溶け込み見えにくい。
 ハナは1つだけ飛んでくる刃を見落としてしまった。刃はハナの太ももに命中し、肉を切り裂いた。

「あぐっ!」
「回復マン!」

 すぐにウォリーが回復する。
 一瞬にしてハナの傷口が塞がり完治した。

「げっ! あの男ヒーラーか!?」
「なるほど……」

 緑の目の魔人族はニヤリと笑った。
「まずは女だ! あの魔法使いさえ倒せばこちらの勝ちだ!」

 緑目の男が仲間に指示を出す。
 言われた仲間は軽く頷くと、再び黒い刃を飛ばした。
 刃は一斉にハナに向かって飛んでいく。
 ハナはまた光弾を放ち刃を撃ち落とすが、刃の数は先程よりも増量されていた。しかも今度は全ての刃がハナだけを狙って襲って来ている。

「きゃああ!」

 刃を全て防ぎきれなかった彼女は、身体の数ヶ所に傷を負ってしまった。

「ハナ!」

 すかさずウォリーが彼女を回復する。
 ウォリーは剣を構えてハナの前に立った。

「あいつらはハナを狙ってる。僕が前に行く。ハナは後ろから援護をお願い」
「いえ、もう大丈夫だわ」

 ハナはそう返し、腕に魔力を込め始めた。

「ホーリーライト!」

 ハナが頭上に向かって魔法を放った。
 人の頭ほどの大きさの光の球体が空中に浮かび、留まった。
 その球体が放つ光は周囲を明るく照らし、ウォリー達の視界をはっきりとさせる。

「黒い刃は暗闇だから見えにくいけど、こうすればどうという事はないわ」

 ハナはウォリーの横に立った。

「あの男は魔法使いのようね。でも魔法勝負じゃ私は負けないわ」
「ちぃ!」

 刃を放って来た男は再び魔法を発動させる。
 今までは小さな刃を大量に飛ばして来ていたが、今度は1枚だけ、ただし大きさは3メートル近い大きな刃を飛ばして来た。

「馬鹿ね」

 ハナの前に巨大な光の球が出現する。
 それはみるみる膨らんでいき、ハナの身長を超えるほど大きくなった。
 巨大な光弾は迫る刃に向かって飛んでいく。
 大きな音を立てて光弾と刃が衝突した。
 黒い刃は光に飲み込まれるかのように消滅してしまう。しかし、光弾は勢いを弱める事なくそのまま先へ進んで行った。

「ぐあああああ!!」

 刃を放ってきていた男に光弾が直撃し、男は悲鳴をあげながら遠くへ吹っ飛ばされる。

「その黒い刃は闇属性魔法で作ったもの。闇の弱点は光。私の魔法で簡単に打ち消せるわ」

 光弾を受けた男は倒れたまま起き上がる様子はない。完全に仕留めたようだ。

「なんだあの女!? あの威力……並みの魔法使いじゃない!」

 緑目の男が狼狽し始める。

「あと1人!」

 ハナはすぐに新たな魔法攻撃を男に撃とうとした。
 しかし、一瞬ハナはそれを躊躇ってしまった。
 それはギルドでこの依頼を受ける時に浮かんだ心配事が原因だった。
 この男を倒せば恐らく依頼は達成されるだろう。それはウォリー達をAランクに近づける事を意味する。
 このまま仕留めていいものか。そんな思いがハナの動きを鈍らせた。
 それは一瞬の隙だったが、男に反撃のチャンスを与えてしまった。

「ぐっ!」

 突然、緑目の男は剣で自分の手のひらを切りつけた。
 男の手から血が滴り始める。
 奇妙な行動にハナとウォリーは不気味さを覚えて顔を引きつらせた。

「ト・ウジデーレ・デベリ・ブレス・ドート!ミオ・ザンゲ・バガーレ!」

 男が血塗れの手をかざして叫んだ。

 直後、力が抜けたようにハナが膝を折り、その場に崩れ落ちた。

「ハナ!」

 ウォリーがハナを抱きかかえる。

「あ……がっ……はっ……」

 ハナは自分の胸を搔きむしりながら苦しんでいる。
 ウォリーはすぐに回復マンを使った。しかし、効果がない。
 ならばと解毒マンを続けて使うが、それでもハナは苦しみ続けていた。

「ウォ……リ……くるし……は……ぁ……」

 ハナは苦悶の表情を浮かべながら口をパクパクと動かしている。

「終わりだ!」

 緑目の男がウォリーに斬りかかってきた。
 ウォリーはそれを剣で受け止める。
 鍔迫り合いの状況で男は不気味にウォリーに笑いかけた。

「危なかったが、何とか魔法使いを仕留めたぞ。あいつさえ消えれば、あとはこっちのものだ」

 ギリギリと男は剣に力を込めてウォリーを押し込んでいく。

「お前はヒーラーだろ? 一瞬で女の傷を癒してしまう程の回復力、見事だ。だがヒーラーは近接戦闘が苦手という弱点を持つ。その女が倒れた今、お前に勝ち目は無い!」

 男がさらにぐっと力を込めた。
 しかし、ウォリーはそれを超える腕力で男を跳ね飛ばした。

「はぁ!?」

 男がよろめきながら目を丸くする。
 ウォリーは素早く男との距離を詰め、男の手を蹴りつけた。
 ウォリーのその足は、丁度男が自ら切りつけた手の部分に命中する。
 痛みで男の手から剣が滑り落ちた。
 地面に落ちた剣をウォリーは踏みつけ、拾えないようにする。
 そして、男の首に刃を突きつけた。

「お前……ヒーラーのくせに何だそのパワーは……」

 男は困惑しながらウォリーを見つめた。

「ハナに何をした!? すぐに彼女を治せ!」

 ウォリーが刃を男の首に押し付け、睨む。

「ふふふ、もうすぐあいつは死ぬ。10分だ。10分であの女の命は終わる」

 ウォリーの反撃に初めは狼狽えていた男だったが、だんだんと落ち着きを取り戻し不気味に笑い始めた。

「彼女に何をしたんだ!」
「あれは呪いだよ。毒が肉体を破壊するものなら、呪いは魂を破壊するもの。今も呪いは女の生命力を吸い取り大きくなっている」
「早く治せ! 首を切り落とすぞ!」

 ウォリーは剣に怒りを込めて男を怒鳴りつける。しかし、男の笑みは消える事がなかった。

「たしかに、俺なら呪いを解く事が出来る。簡単さ、解呪の呪文を唱えるだけでいい。いいのか? 俺の首を落とせばその呪文を知る事は出来なくなる。あの女の命が消えるまでもう時間は無いぞ? はははは」

 ハナを人質に取っている限り殺される事は無いと思ったのか、男は刃を首に当てられても余裕の表情でいる。
 だが男は知らない。ウォリーには窮地の時に助けを与えてくれるスキルがある事を。
 そのスキルは、ウォリーの頭の中で声を発した。


≪お助けスキル『解呪マン』の取得が可能になりました≫


 その声が聞こえるやいなや、迷わずウォリーは返答した。

「スキル取得だ!」

 しかし、直後にスキルから冷たい声が返ってくる。


≪ポイントが不足しています。取得出来ません≫