「あなた! ここで何してるの!? まさか本当にあなたが泥棒なの!?」

 ハナはサングラスの女を睨みつけた。

「そっちこそ、どうしてこんな時間にここ所に居るんだい? あんた達の方が泥棒なんじゃないかい?」
「何ですって!?」

 ハナが女に掴みかかりそうになったが、ウォリーがそれを止めた。

「待ってハナ、この人にも何か事情があるみたいだ」

 ウォリーはサングラスの女をじっと見つめた。

「泥棒がまた来るんじゃないかと心配になってきたのですが、僕達が来た時には既にこんな状態でした。コピさんとルアクさんの姿も見当たりません。誰かに拐われた可能性が高いです」

 ウォリーがコピとルアクの名を口に出した時、女の様子が明らかに変わった。歯を食いしばり、焦りの表情を浮かべている。

「もしかしてあなたも僕達と同じ理由でここに来たのではありませんか? コピさん達を心配して、泥棒を捕まえるために……」

 その問いに、女は答えなかった。くるりとウォリー達に背を向け去ろうとする。

「どこへ行くんですか?」
「あの子達を探しに行くんだよ」
「心当たりがあるんですか?」
「どうだろうね……」

 その時、リリが前に進み出た。

「あの、家にブレイブっていう犬が居るんです。あの子なら2人の臭いを追跡出来ると思います」
「ふん。今からのこのこ家に帰って犬を連れてまた戻って来るつもりかい? そんな事している間にあの子達に何かあったらどうするんだい」

 そう言うと女は着けていた帽子とサングラスを外した。

「あっ!」

 ウォリー達は思わず声をあげた。女の頭には猫の耳が生えていた。そして今まで黒いレンズに隠れていた彼女の目は、猫そっくりだった。

「あなたも、獣人族だったんですか」
「獣人族の嗅覚は知ってるんだろ?あたしなら、あの2人を追跡できる」

 そう言って再び女は速足で歩き出した。
 ウォリー達も彼女の後についていく。

 しばらく歩いていくと、街の出入り口に辿り着いた。

「ちっ! もう街を出ちまったかい! おそらく馬車を使っているだろうね」

 女は悔しそうにそう言った。

「どうします? この時間じゃ馬車なんて借りれませんよ!」
「仕方ない、あれを使うか!」

 女がそう言った直後、風船が膨らむかのように彼女の身体がムクムクと大きくなり始めた。そして彼女の全身から毛が伸び始め、一瞬にして毛むくじゃらに変わっていく。
 あっという間に彼女は巨大な大猫の姿に変身した。
 ウォリー達は突然の出来事に声も出なかった。

「あたしのスキルは『獣化』。一時的に獣の姿に変わることが出来る。これなら人型の時よりも速く走れるはずさ」

 大猫は黄色い目でギロリとウォリー達を見た。

「あんた達もついてくるかい? 人は多いに越したことはないからね」
「ついていくって……どうやって?」
「あたしの背中に乗せてやるよ。ただし、定員は1名だよ。誰が来る?」

 すぐにウォリーが進み出た。

「僕は回復魔法が使えます。万が一コピさん達の身に何かあった時の為に、僕に行かせてください!」
「それは頼もしいね。乗りな!」

 大猫になって巨大化していた彼女だが、幸いスキルの効果で衣服も一緒に巨大化されているようだった。
 ウォリーは彼女の衣服を掴んでよじ登り、背中に乗った。

「ウォリー、気をつけるんだぞ!」
「絶対2人を助けなさいよ!」
「どうかご無事で!」

 残されたダーシャ達はそれぞれウォリー声をかけた。

「うん! 行ってくる!」

 ウォリーが言った瞬間、大猫は勢いよく駆け出した。
 あまりのスピードに、ウォリーは振り落とされそうになるが、彼女の服を必死に掴んで何とか持ちこたえた。
 ウォリーは彼女の背中で声をかけた。

「まだ名乗っていませんでした、僕はウォリーといいます。えっと、あなたの事は何とお呼びすれば?」
「あたしの名はシベッタだよ」
「シベッタさん、よろしくお願いします!」

 見通しの良い平原の道を彼女は全力で駆けていく。背中にしがみついているウォリーへの衝撃はかなり強かったが、彼はコピ達を助けたいが為に必死で堪えた。

「コピさん達はどうして拐われたのでしょうか?」
「知るかい! ただ、あの男が関わっているのは間違いないね」
「あの男?」
「2人の臭いを追っている時、私の知っている臭いがもう1人分混じっていた。きっとそいつが誘拐犯の正体さ。あんたも知っている男だよ」
「え……」

 シベッタとウォリーが共通して知っている男と言われて思い浮かぶのは1人しか居なかった。彼女と同じくトライキャッツの常連の人物。

「アロンツォだ」

 ウォリーが思い浮かべた男の名を、シベッタが口にした。

「アロンツォさんが……一体何のために」
「さあね」

 話している間にもシベッタはぐんぐんと道を駆け進んでいく。
 背中からウォリーに伝わる彼女の動きに、焦りが感じられた。

「シベッタさんはどうしてあの2人を助けようとするんですか?」
「そんなの決まっているだろう? あの2人に居なくなられちゃ、特製のコーヒーが飲めなくなっちまうからね」
「本当にそんな理由ですか?」

 ウォリーは少し間を置いてから、言った。

「間違っていたらすいません。これは僕の推測に過ぎませんが、あなたはコピさんとルアクさんの、母親なんじゃないですか?」

 シベッタは黙り込んだ。背中に居るウォリーには、今彼女がどんな表情をしているのかわからない。

「コピさん達はあなたを泥棒扱いしましたが、泥棒が盗んだ品を持って犯行現場に戻って来るなんておかしな話です。あのコーヒー豆は、本当はあの2人にプレゼントするために持ってきたものでは無いんですか? あの日の前日、泥棒騒ぎがあった直後にあなたは店を出て行きました。あの後あなたはその足でブルアトル山にコフィアフォレの実を採集しに行ったのではありませんか? 僕達が山に行った時、既に誰かが採集して行った痕跡がありました。獣人族のあなたなら、臭いで木を探し当てる事が出来るはずです」

 シベッタは黙ったまま走り続けている。

「すいません。あなたが2人と同じ獣人族だと知って、何となくそうじゃないかな……って思っただけなんです」
「あの子達の父親は酷い奴でね……」

 ようやく、シベッタは語り始めた。

「あたしが妊娠したとわかったらすぐに姿を消しちまったんだ。それから生まれてきたのが双子だったんだが、あの時の私に女手一つで2人の子供を育てる余裕は無くてね、仕方なく孤児院に預けたんだよ」
「どうして、コピさん達に打ち明けないんですか?」
「あたしは自分の子供を捨てた女だよ? あの子達の前に出て母親だなんて名乗る資格は無い。それにあの子達も自分を捨てたあたしを恨んでいる事だろう」
「そんなの、話してみなきゃわからないですよ」
「いいかい、あの子達に余計な事言うんじゃないよ。あたしは今のままで十分満足なのさ。あの店の客として、あの子達の姿を見ていられるだけでね。本当ならあの子達と会話する資格だって無いと思ってる。だから店の中じゃ極力何も話さず、ずっとあの子達を見守って来たんだ。これ以上は望むつもりは無いんだよ」

 ウォリーが何か言葉をかけようとした時、目の前でシベッタの耳がピンと立った。

「無駄話は終わりだ! 標的が見えたよ!」

 ウォリーが顔を上げると、遠くの方に走る馬車の影が見えてきた。