小柄な女がその身の丈に不釣り合いな大きな鞄を背負っている。
 鞄はパンパンに膨れ上がっており、中にぎっしりと荷物が詰め込まれている事は容易に想像ができる。
 女は重そうにしながら一歩一歩ゆっくりと商店街を進んでいるが、歩くたびに身体をフラつかせ今にも転げてしまいそうな心許ない動きだった。

「はっ、はわわっ」

 とうとう女はバランスを崩し後ろに大きく倒れ込む。
 だが、彼女が地面に激突する事は無かった。

「大丈夫ですか?」

 ウォリーが後ろで彼女の身体を支えながら言った。
 先程から危なっかしいなと思いながら彼女を眺めていたウォリーだったが、ついに見ていられなくなり助けに向かって今に至る。

「あっ、ありがとうございます……あっ! あああ!!」

 彼女は体勢を立て直してウォリーに向かってぺこりとお辞儀をしたが、そのお辞儀のせいで再びバランスを崩して倒れそうになる。

「ああっ、こんなの一人で持つ量じゃ無いですよ。僕が代わりに持ちますから」

 再び彼女の身体を支えながら、ウォリーはその巨大な鞄を取り外そうとする。

「い、いえ、自分で持てますから」
「持ててなかったじゃないですか」

 戸惑う彼女を押し切ってウォリーは鞄を背負った。

「こう見えて僕は冒険者なんです。ある程度体力はありますから」

 彼女は困った表情をしつつも、やがて小さく頷いた。

「で、では、お願いします……」

 そこでウォリーは彼女の頭部の特徴に気がついた。先程は大きな荷物ばかりに目が行ってしまっていたが、よく見れば彼女の頭には猫の耳が生えていた。
 その耳はピコピコと生き物のように動いていて、仮装ではない事は明らかだった。

「あ、私は獣人族なんです」

 猫耳に釘付けになっているウォリーに気付き、彼女はそう答えた。

「助けて頂いてありがとうございます。私はコピと申します。この商店街の端で喫茶店を経営している者です。これはお店で使う食材でして……」
「僕はウォリーって言います。これくらい気にしないでください。じゃあ、これはお店まで運べばいいですか?」
「はい。お願いします」

 ウォリーが歩き出そうとすると、突然彼の手首をコピが掴んできた。

「すいません、手、このまま繋いだままで行かせてください」
「え?」
「ウォリーさんを疑いたくはありませんが、持ち逃げされると困りますので」
「あ、そういう事ですか……ははは、良いですよ」

 ウォリーは苦笑いしながらも、コピに掴まれたまま喫茶店へ向かって歩き出した。

 コピの案内に従い歩き続け、その喫茶店に到着した。
 店の前には猫の形をした看板が吊るされていて、そこには『トライキャッツ』と書かれていた。
 コピが入り口を開くと、扉の鈴がカラカラと音を立てた。

「いらっしゃいませ〜」

 中から可愛らしい声と共に店員が歩み寄ってくる。
 ウォリーは思わずその店員とコピとに交互に視線を送り見比べた。
 2人の容姿は瓜二つだった。
 店員も猫耳が生えているので、コピと同じ獣人族なのだろう。

「ふふ、私達双子なんです」

 目を丸くするウォリーの隣でコピが笑った。

「あれ? コピ、この人は?」
「あ、さっきそこで会ってね、荷物を運ぶのを手伝ってくれたの」
「ええ!? あ、どうもありがとうございますっ」

 コピそっくりの店員は慌てて頭を下げる。

「いえいえ、僕が勝手に請け負っただけですから」

 ウォリーが荷物を下ろし去ろうとすると、コピが呼び止めた。

「待ってくださいよ! せっかく来たんですからお店に寄って行ってください。荷物運びのお礼にタダでいいですから」

 そう言ってコピはウォリーの手を掴んで店内に引き込んで行った。
 そのまま店の席に座らせられ、メニューを渡される。

「何にしますか? オススメはコーヒーとチーズケーキのセットですっ」

 コピがにっこりと笑顔を浮かべて言った。

「じゃあ、それでお願いします」
「はーい!」

 ウォリーが答えるやいなや明るい声を上げて彼女はトテトテと厨房へ入って行った。
 ウォリーは1度大きく息をついた後、ゆっくりと店内を見回した。
 店内にはウォリーの他にもう1人、若い男の客が居た。彼の服装は見るからに高級そうで、どこか身分の高い家の人だろうかとウォリーは考えた。
 そうしているとウォリーの視線に気付いたのか、男は顔を上げて微笑みを返してきた。

「やあ、ここの客にしては見ない顔だね、もしかして初めてかい?」
「ええ」
「私の名はアロンツォ、この店の常連さ。ここのコーヒーは絶品だよ。きっと君もリピーターになるだろう。となれば今後もよく顔を合わせる事になるかもしれないね、よろしく」
「はい、僕はウォリーと申します。よろしくお願いします」

 アロンツォと名乗った男はとても感じが良く、ウォリーも自然と笑顔になった。

「ふふ、アロンツォさんに続いてウォリーさんも常連になってくれたら嬉しいです」

 そう言いながらコピがコーヒーとケーキを持って現れた。

「ウォリーさん、さっきはすいませんでした。持ち逃げされるかもなんて疑ってしまって」

 そう言いながらコピはテーブルにコーヒーを置いた。

「実は最近うちの店に泥棒が入ったんです。売上を殆ど持っていかれてしまって、ただでさえ客の少ないお店だから困ってるんですよ。それでつい疑い深くなってしまって」
「いえ、大切な荷物ですから、あれくらいの防犯意識は持って当然の事だと思いますよ」

 ウォリーはそう言ってコーヒーを手に取った。
 顔に近づけると、とても良い香りが鼻に入ってくる。
 一口飲んで、ウォリーは目を見開いた。

「……すごい。こんな美味しいコーヒーは初めて飲みました」

 それを聞いて、コピの顔がパッと明るくなる。

「ふふふっ、ありがとうございます。実は特殊な豆を使ってるんですよ」

 その時、カラカラと音が鳴り店の入り口が開かれた。

「いらっしゃいま……あっ」

 さっきまで明るかったコピの顔が曇った。
 ウォリーが不思議に思って店の入り口に目をやると、丁度1人の客が入ってきた所だった。
 その客は40代くらいの女で、帽子を深々と被り、真っ黒な丸いサングラスをかけていた。
 その客は店に入ってすぐに適当な空いてる席を見つけて座った。

「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」

 コピにそっくりの店員が寄って行って聞いた。

「いつもの」

 サングラスの女は小さくそう答えただけだった。
 その顔は常に無表情で、不気味だった。

「あの人も一応常連なんですけど」

 コピが小声でウォリーに語りかけた。

「毎回あんな感じなんです。話しかけても殆ど喋ってくれないし、なんか怖いですよね……」

 そう言われ、ウォリーは再び例の女の方を見てみた。しかし、その真っ黒なサングラスの奥の目が合ってしまったような気がして、慌てて顔を逸らした。