「ウォリー、今日は3人でちょっと出かけないか?」

 ダーシャがそう切り出したのは3人で朝食をとっている時の事だった。
 ウォリーは食事の手を止め、顔を上げた。

「気分転換にどうかと思ってな」

 リリの方を見るとニコニコと笑顔を向けている。どうやらダーシャとリリは事前に話を合わせていたようである。

「うん、いいよ」

 笑って答えたウォリーだったが、内心は申し訳なく思っていた。ミリアの件で自分が心に傷を負ってから、2人にはずっと心配をかけてしまっているという意識を彼は持っていた。今回ダーシャが気分転換にと言ったのも、ウォリーを気にかけての事なのだろう。自分の事で2人に気を遣わせてしまっている事への罪悪感が、ウォリーをより落ち込ませた。
 このまま周りに迷惑をかけ続けるくらいなら、いっそ冒険者を辞めた方がいいのかもしれない。そんな思いがウォリーの頭をよぎった。

 朝食を済ませてから昼時まで休憩した後、3人は家を出発した。
 ダーシャが先頭に立って進んでいく。彼女にははっきりとした目的地があるようだったが、ウォリーがその場所を尋ねても彼女は明確には答えなかった。

「よし、これに乗ろう」

 ダーシャは馬車の前で立ち止まった。
 彼女は御者に運賃を支払い、馬車に乗り込む。それに続いてリリとウォリーも乗った。
 馬車を使うくらいだから目的地は遠いのだろうか……そんな事を考えながらウォリーはダーシャを見つめていた。

 やがて馬車は森の中へ入って行く。
 そこでウォリーはある事に気がついた。この道には見覚えがある。いつだったか、何かの依頼で通った事のある道だった。

(確かこの先は……)

 ウォリーが自分の記憶を掘り起こしていると、道の脇に立てられた看板が目に入ってきた。
 ウォリーは目を見開いてダーシャを見る。
 彼女は何も言わず微笑みを返した。

 目的地に到着し、3人は馬車を降りた。
 目の前には大きな木製の門があり、その奥には家々が並んでいる。
 その光景にウォリーは懐かしさに包まれる。
 べボーテ村。ウォリーとダーシャが初めて一緒に依頼をこなした場所だ。ここでの依頼がきっかけで、ダーシャとパーティを組むことになった。
 3人が門をくぐり村に足を踏み入れると、直後に歓声が上がった。

「ようこそ! べボーテ村へ!」

 村人達が勢揃いしてウォリー達を出迎えた。村の広場には沢山のテーブルが配置されており、そこには数々の料理が並べられていた。
 その近くでは火が焚かれ、その上で肉が焼かれて芳ばしい香りを放っている。

「皆さん、よく来てくれました。私はこの村の新しい村長のジークです」

 そう言って進み出てきた男は両手でウォリーと握手を交わした。

「今日は何かのお祭りですか? 随分と賑やかですが……」

 ウォリーが尋ねると村人達は笑顔を浮かべながら1箇所を見上げた。
 その視線の先を追うと、大きな横断幕が木と木の間に張られていた。

“ウォリー君を励ます会”

 そう書かれた幕を見てウォリーは唖然とした。

「実は君が落ち込んでいる事を前からここの村人達に相談していたんだ。話をしたら、みんな是非力になりたいと進んで声を上げてくれた」

 ダーシャがそう言うと、ウォリーは困ったように眉を八の字にした。

「そんな、村の人達にご迷惑を……」
「何言ってるんですか!」

 ジークが再びウォリーの手をがっしりと握る。

「皆さんはこの村を救ってくれた恩人です! これくらいの事はさせてください。ウォリーさんが解毒をしてくださらなかったら今頃私は毒にやられてこの世に居ないのですから」

 そのままさあさあとテーブルに案内されたウォリーは、料理の並んだ席に座らせられる。ダーシャとリリもその左右に座った。
 それから次々と村人達がテーブルに着席し始める。
 ジークが立ち上がり、酒を手に掲げて声を張り上げた。

「それでは! ポセイドンの方々、そして、ウォリーさんの今後の活躍を願って、乾杯!」

 ジークに続き村人達が次々と歓声をあげた。
 そして、それぞれ目の前に置かれた料理に手をつけ始めた。
 ものすごい勢いで料理にありつく村人達に、ウォリーが圧倒されていると、側にジークが歩み寄ってきた。

「もう昼時です。お腹も空いている事でしょう。一緒に喜ぶ、一緒に楽しむ、そして一緒に飲み食いする。それが我が村での歓迎の仕方です。どうぞウォリーさんも遠慮せず食べてください。我々も遠慮しませんから」

 ジークはそう言って頭を下げると、自分の席へ戻って食事を楽しみ始めた。

「わあ! このお肉美味しいです!」
「ははは! 嬉しいですな! それは私が山で狩って来た猪です」
「ええ! そうなんですか!?」

 ウォリーの隣でリリと村人が楽しそうに談笑を始めた。それを見てダーシャがくすりと笑う。

「ほら、ウォリーも食べよう」
「うん、でもやっぱりなんか申し訳ないな、僕のためにこんな……」
「皆それだけ君に感謝しているという事さ」

 ウォリーは恥ずかしそうに下を向いた。

「別に特別な事はしていないよ。僕はただ依頼として村を守っただけで」
「本当にそう思うのか?」

 ウォリーはこくりと頷いた。
 ダーシャは食事の手を止め、少し黙った。そして、ウォリーをじっと見つめる。

「ウォリー、正直に言ってくれ。もしかして冒険者を辞めたいと思っていないか?」

 そう言われてウォリーは戸惑いを見せたが、やがて小さく頷いた。

「正直、迷ってる」
「そうか。だが君がはっきりと辞めると決断するのなら私は止めはしない。なんだったら私とリリで養ってやろうか?」

 ダーシャは冗談交じりに言って笑った。

「でも、私は君に冒険者であって欲しいと思っている。ウォリー、君は誰よりも周りの人を助けたいと願っている。君はそういう奴だと私は知っている。私も、リリも、そしてこの村の人達も、みんな君に助けられた人達なんだ」
「僕だけの力じゃないさ、あれは色んな冒険者の人達と協力して……」
「私達が盗賊に捕まった時、皆自分の心配ばかりしていた。だが君だけは違った。君だけは村の人々の事を案じていた。あの時君が牢屋から出る事を諦めていたら、村人は皆死んでいただろう。あの時の君の村人を助けたいという思いが、皆を救ったんだ」

 隣で語るダーシャを言葉を、ウォリーは黙って聞いていた。

「ウォリー、君は冒険者であるべきだ。君が冒険者になったきっかけはミリアかもしれない。でも、それだけじゃないと私は思う。君には、この仕事を通して人を助けたいという願いがあるんじゃないか?」

 楽しそうに笑い、飲み食いする村人達をウォリーはぐるっと見渡した。

「ウォリーお兄さん!」

 突然ウォリーの後から声がかけられた。
 振り返ると、幼い女の子が立っていた。

「ウォリーお兄さん、私を助けてくれてありがとう」

 ウォリーはこの少女を覚えていた。ダーシャを倒すために、盗賊が人質にとった少女だ。それをウォリーが背後から奇襲し、無事に彼女を救い出す事に成功した。

「はい、これプレゼント。早く元気になってね」

 少女は自分で作ったであろう花の冠を、ウォリーの頭に乗せた。
 それから少女は顔を赤くしてもじもじと手を擦り始めた。

「私、大きくなったら……お兄さんのお嫁さんになりたい……」

 そう言ってすぐに少女は恥ずかしそうに走り去ってしまった。
 ウォリーが苦笑いしていると、ダーシャが再び口を開いた。

「人々はなぜ冒険者に依頼をするのだろうな。危険なダンジョン、そこに足を踏み入れるのは誰でも出来る事ではない。それでもそこにある物を求めている人達がいる。そんな人達を助けるのが、冒険者の仕事だと思う」

 ダーシャはそう言ってウォリーの手を握った。

「ウォリー、どうか冒険者であり続けてくれ。君の力を必要としている人達を、これかも助けてあげてくれ。そして今は、私を助けてほしい」
「ダーシャを……?」
「思えば私はすぐ感情的になってしまう所がある。君と初めて会った時もすぐに手が出て君を打ってしまったな。こんな私では、冒険者として上手くやって行くのは難しいだろう。だから私の側にいて、私の事を助けてほしい。これからはミリアの為だけではなく、私達の為に冒険者であってほしい」

 ウォリーは握られた自分の手の上で俯いた。やがて、重なった手に、ポツポツと雫が落ち始める。

「ありがとう……ダーシャ、みんな……。僕は、冒険者を続けたい。この仕事で……人助けがしたい……」

 ウォリーはしばらく顔を上げずにいた。
 ダーシャも、リリも、騒いでいた村人達も、いつの間にか周りは静まり返って彼に優しい視線を向けていた。