「ジャック! ジャック!!」

 先ほどから何度も身体を揺らしたり頰を叩いたりを繰り返すが、彼の目は開かない。

「うそだろ……」

 ウォリーは目の前で起こっている状況が理解できなかった。
 この場所でミリアと別れてから、周囲の冒険者達に応援を頼んで再びここへ戻ってきた。
 そこで彼が目にしたのは、変わり果てたジャックの姿だった。

「ジャック……起きてくれ、ジャック……」

 ウォリーは自身の腕の中でぐったりとなっているジャックに何度も呼びかける。しかし何度彼の名を呼んでも目覚めない事はウォリーが1番良くわかっていた。
 手から伝わるジャックの冷たい体温。
 死の感触だ。
 既に回復マンで傷は治癒した。血も止まっている。しかしもう彼は動き出す事は無い。ジャックは死んでしまったのだ。

「ミリア……?」

 ウォリーは周囲を見回す。どこを見てもミリアの姿は無かった。
 ウォリーは彼女を信じジャックを委ねてここを去った。本当なら彼女が用意したポーションでジャックは復活している筈だった。
 しかし再びここに戻ってきたら彼女の姿は無く、代わりにジャックの死体だけが転がっていた。

「おい、ジャックの事は残念だが今はクラーケンドラゴンを何とかしねえと」

 側にいた冒険者が言う。彼達はウォリーが連れてきた応援だ。
 ジャックは冒険者達の中でも名の知れた人物だ。彼の死に応援の冒険者達も衝撃を受けていた。

 ウォリーはゆっくりと立ち上がり、冒険者達を連れて再び歩き出した。
 今は緊急事態。いつまでもここに座っていても仕方がない。もうジャックは助からないのだから。



 その後、集まった冒険者達の集中攻撃により、クラーケンドラゴンはどんどん元の進行ルートから外れて行った。
 強力な触手攻撃で何人もの冒険者が負傷し、その度にウォリーが回復を行った。
 激しい戦闘は日没まで続いた。

 そして空が完全に暗くなった頃、ようやくクラーケンドラゴンをダンジョンへ追い返す事に成功した。

「皆さん、強敵ではありましたが奴の撃退に成功しました。ご協力感謝します!」

 ヘトヘトに座り込む冒険者達にそう声をかけたのはミリアだった。

「しかし、ジャックの事は残念でした。我々はとても有能な冒険者を失ってしまいました。全ては我々レビヤタンの力不足によるものです。申し訳ない!」

 ミリアは悲しそうな表情で深々と頭を下げた。

(違う……違うっ……)

 ウォリーは彼女の言葉を聞いて心の中で叫んだ。

(ジャックは助かってた。救えたはずの命なんだ! あの時僕が回復していれば……)

 ジャックの犠牲に、その場に居る冒険者は皆俯いている。だが、ウォリーだけはミリアをずっと見つめ続けていた。

 やがて現地解散となり冒険者達は1人また1人とその場を去り始める。

「ウォリー、私達もそろそろ帰ろう」
「ごめん、2人は先に帰ってて」

 ダーシャ達にそう言い残すとウォリーは駆け出した。
 何が起こったのか、はっきりさせなければならない。彼は必死に彼女の跡を追った。

「ミリア!」

 1人夜道を歩く彼女の背に向かってウォリーは叫んだ。
 ミリアはその場で立ち止まる。だが、振り向く様子はない。

「どういう事なの? 何でジャックがあんな事に……」
「……」

 ミリアからの返事は無い。ウォリーは彼女の肩を掴んで強引に振り向かせた。

「ポーションで回復出来るって言ったじゃないか! 何で、何でジャックが……」

 そこまで言ってウォリーは固まった。目の前にあるミリアの表情は、笑顔だった。

「いや〜残念だったねっ、でも君としては嬉しいんじゃない? 彼はさんざん君をいじめていたからねぇ」
「ミリア……何言ってるんだよ? 人が死んだんだよ? 何でそんなヘラヘラしていられるんだ」
「ウォリー、君という人は相変わらずお人好しだねえ。彼は君を追放した男だよ? そんな奴がどうなろうが放っておけばいいじゃん」

 嘲笑うような笑みを浮かべるミリアに、ウォリーは言葉を失った。

「そもそもあいつが君を追放した理由が、“人助けをするから“だったじゃないか。それなのに最後の最後で自分が助けられる事を望み出した。よりにもよって自分が追放した君相手にだ。全く無様ったらありゃあしない。私も流石に見ていられなくなってねぇ〜」

 ミリアは両手の平を上に向けてやれやれといったポーズをしてみせる。

「これ以上醜態を見せる事が無いように君を追い払ったんだよ。ジャックには私に感謝をして欲しいねぇ〜。私のお陰で君に命を救われるという恥を晒さずに華々しく死ねたんだからね〜」

 ウォリーは全身の力が抜けたようにその場に膝をつく。

「嘘だろ……? ミリアが、そんな事するなんて……」

 現実を受け入れるのを拒否するかのように彼は何度も頭を左右に振った。
 そんなウォリーを愉快そうに見ながらミリアは続けて言う。

「すぐ目の前に助けられたはずの人がいたのにねぇ〜。私の制止を振り切ってでも彼を回復していれば助けられたのにねぇ〜。あと一歩。あと一歩の所で判断を誤っちゃった〜。惜しいっ!」

 ミリアはしゃがみこむと青ざめているウォリーの顔を覗き込んだ。

「ねえどんな気持ち? 今どんな気持ち?」

 信頼していた筈のミリアの口から浴びさせられる言葉の数々に、ウォリーの頭はぐちゃぐちゃになっていく。様々な感情が押し寄せ、気がつけば涙が溢れていた。

「あれぇ〜? 泣いちゃうんだ。いいね! いい顔してる!」

 ウォリーと対照的にミリアはどんどんご機嫌になっていく。

「ジャックが余計な事したせいで討伐に失敗しちゃってさぁ〜。正直ずっとイライラしてたんだよね〜。でも、最後に君のそんな顔が見られてよかったよ」

 ウォリーはその場でうずくまった。目の前がチカチカと光り、吐き気が襲ってくる。

「この際だからもう1つショッキングな事教えちゃおっかな〜。レビヤタンで君の後に入ったヒーラー居るでしょ? ゲリー君っていうんだけどね。そもそも彼がレビヤタンに入る事になったからジャックは君の追放を決めた訳なんだけども……」

 ミリアはそう言うとウォリーの耳元に顔を寄せた。

「ゲリーをジャックに紹介して君を追い出すように勧めたのは……私だよっ」

 ウォリーは目を見開いてミリアを見た。

「な、何で……?」

 驚くウォリーの顔を見てミリアは愉快そうに笑い出した。
 しばらく笑い声を上げた後、ウォリーに冷たい視線を向ける。

「目障りなんだよ、お前」

 彼女がそう言って冷ややかな顔になったのは一瞬で、すぐに元の笑顔に戻る。

「っとゆーわけで、バ〜イバ〜イ!」

 ミリアは手をヒラヒラと振りながら、踊るようにその場を去って行った。

 1人その場に残されたウォリーは、地面の上で丸まったまま泣き続ける事しか出来なかった。