「チェス名人!」

 ミリアが唱えると彼女の目が黄色く光りだす。

「ハナ! あいつの弱点は電気属性だよ。左脚を中心に攻撃して」

 彼女は後方に居たハナに指示を出した。次いで、崖の上で待機させておいたジャックを見上げる。

「ジャック! 私が合図したらあいつの頭部に飛び乗ってね、剛剣の準備も忘れずに! 飛び乗ったら角を1本だけ破壊して、すぐに避難して」
「おう!」

 ミリアは剣を構えたまま動かずに立っている。
 地響きを鳴らしながら接近するクラーケンドラゴンを前に、彼女は息を飲んだ。
 敵の触手の攻撃範囲は広い。その間合いに入った瞬間、戦闘開始だ。

「サンダーアロー!」

 ハナが先制して魔法を放った。
 先端が矢じりのような形をした電撃がクラーケンドラゴンの左脚に集中して撃ち込まれる。
 だが、敵は怯む事なく行進を続ける。

「やはり硬い。今は兎に角一点集中しかないね……ゲリー、射程距離に入ったらあいつの防御力をダウンさせて!」
「わかった!」

 ミリアは岩陰に隠れているゲリーに指示を出す。恐らくゲリーの防御力ダウンの魔法よりも、敵の角から発せられる防御力魔法の方が強力だろう。
 一応指示を出してはみたものの、無いよりかはましだというのが正直な所だった。
 ゲリーの役目は回復。彼に退場されるとパーティは圧倒的に不利になる。
 その為彼には必要時以外は極力身を隠させておく。敵の攻撃は前衛のミリアがすべて引き受けるつもりでいた。

「サンダーソード!」

 ミリアが唱えると彼女の剣が電撃魔法に包まれた。
 バチバチと音を鳴らし光りを放つ剣を片手に、すぐ目の前まで接近してきた敵との戦闘に備える。

(あと1歩、奴が踏み込んできたら触手の射程範囲だ)

 ミリアは数秒後に来るであろう敵の攻撃に神経を集中させた。
 大きな音を立てて敵の前脚が地面を揺らした。
 直後、足元に立つミリアに触手が一斉に向かってきた。

 ミリアは地面を大きく蹴り右に左に跳び回る。攻撃をギリギリで躱しながら、電撃を帯びた剣で1本、また1本と触手を斬り落としていった。
 磨き上げられた剣さばきであっという間に10本の触手が地面に落とされる。
 だが、まだ安心できない。
 触手の切断面から肉が泡のように吹き上がり、元の形を形成し始める。一瞬にして10本の触手は再生してしまった。

(やはり再生するか。だが、想定内。触手が切断されてから再生までかかる時間は3秒ほどか……)

 ミリアは冷静に敵の動きを分析する。

(あの触手を何とかしない限り弱点である角への攻撃は難しい。だが、こうやって触手を斬り落とし続ければどこかで隙が生まれるはず。その絶妙なタイミングは、私のチェス名人でのみ見極める事が出来る)

 一方ハナはひたすらに左脚に魔法を叩き込んでいた。最初こそ無傷だったものの、僅かだが脚の動きが鈍り始めているのを感じ取れた。
 ダメージは蓄積されているようだが、決定打と言えるほどの傷は与えられていない。

 ミリアは斬っても斬っても再生し襲ってくる触手の攻撃をひたすらさばき続けている。防戦一方のように見えるが、ある時点で彼女の動きのパターンが変わった。
 彼女は触手を斬りつつ左脚に向かって突っ込んでいった。そして、ハナが攻撃を集中していた箇所に強力な斬撃を叩き込む。
 それでも敵は倒れはしない。だが、今まで休まず歩き続けてきたクラーケンドラゴンの動きが止まった。

「ジャック! 今!」

 ミリアが叫ぶと同時にジャックは崖の上から標的の頭部に飛び乗った。
 そのまま角を目掛けて、剣を振るう。

「剛剣!!!」

 ジャックのスキル『剣聖』は剣術が上がる効果がある他、10種類の奥義を身に付ける事が出来る。
 奥義のひとつ『剛剣』は彼の剣技の中で最も威力の高い技だ。
 だが、剛剣の難点は発動までにある程度の溜め時間が必要だという事。彼はミリアの合図があるまで、崖の上でその溜め時間を済ませていた。
 今の彼ならば飛び乗ってすぐに剛剣を放つ事が出来る。

 ガラスが砕けるような音と共に、クラーケンドラゴンの角が破壊された。角の破片はくるくると回りながら宙を飛び、地面に突き刺さった。

(さすがジャックの剛剣。あの硬い角を一撃で破壊した)

 ミリアは作戦が順調に進んでいる事を確認し、ほくそ笑んだ。
 だが、直後にその笑みは消える。

「まだまだ! もう1本行くぜ!」

 ミリアの指示ではジャックは角を1本だけ破壊したらすぐ避難する事になっていたはずだった。
 だが、角を破壊して気分を良くしたのか彼はもう1本の角にも狙いを定めて剣を構えたのだった。

(馬鹿! 何をやってんのあいつ!?)

 ミリアの目が見開かれる。戦略に長けたチェス名人のスキルを持っている彼女でも、駒が指示通り動かなければその能力は十分に発揮出来ない。

「俺はSランクに上がる男だ! このまま2本ぶった斬ってやるぜ!」

 ジャックの剣が光を放つ。剛剣の溜めが済んだ証だ。だが、その剣が角に届く事は無かった。

「ぐはぁぁっ!」

 触手が伸び、ジャックの身体を貫く。
 そして、まるで紙屑を捨てるかのように彼の身体はぽいっと投げ飛ばされてしまった。