「まったく! 何だあの男は!」

 ダーシャが苛ついた様子で地面を蹴った。

「家が金持ちだからって調子に乗って、嫌な感じでした」

 リリも不機嫌そうにトレーの上の紅茶を手に取り、ダーシャとウォリーに手渡した。最後に自分の分を取り、カップに口を当てる。

「この依頼を終えたら、もうこの家とは関わらない方がいいかもしれないね」

 紅茶を一口飲み、ウォリーは溜息をついた。

「そうですね。ダーシャさんにはウォリーさんという人が居るというのにちょっかいを出すなんて!」
「ぶっ!」

 リリの言葉にダーシャは口に入れていた紅茶を吹き出した。

「リ、リリ! 何を勘違いしている!私とウォリーはべ、別にそんな関係じゃ……」
「冗談ですって。あー紅茶でびしょびしょじゃないですか」

 あたふたとするダーシャの服にハンカチを当てながらリリが言った。
 ピリピリとしていた空気が和らいだが、ウォリーは気を引き締める。ペリーの事は腹立たしいが、今は泥棒から財宝を守る事が最優先だ。
 今回屋敷を警備するのはウォリー達だけではない。ディーノが雇っている警備達が屋敷の周囲を見張っている。
 万が一その警備を看破され屋敷に侵入された場合、最後の砦となるのがウォリー達だ。泥棒が金庫室に辿り着く前に取り押さえられる可能性もある。もしくは、諦めて結局来ないという可能性も。

(怪盗キング……本当に来るのだろうか)

 ウォリーは金庫をじっと見つめた。






 7時50分。予告の時間まで10分を切った。本来なら最も警備の緊張が高まる時間。
 しかし金庫室の中はそれとは相応しくない空気に包まれていた。

「そしたらダーシャが部屋の隅で正座して私は置物になるんだってさあ〜ひゃひゃひゃ」
「あははははは! 何やってるんですかあははっ!」
「ふははは! おいやめろウォリー! はーっははは!」

 金庫の事などそっちのけでウォリー達は床にあぐらをかいて談笑していた。

「それで立ち上がったら脚が痺れて思いっきりコケてさぁ〜うーひゃひゃひゃ!」

 ウォリーが両手をバチンバチンと叩きながら大笑いする。
 それに釣られるようにダーシャとリリも涙を流しながら爆笑した。

「てゆーかもうすぐ8時ですよ〜来るんですか〜? 怪盗キング」
「ははは! あんなの悪戯だろ! それにしてもネーミングセンス、キングって、ぶははははっ!」
「絵本に影響され過ぎでしょっ! ひゃひゃひゃ!」

 その時、金庫室の扉が開かれた。
 黒い覆面を被り、マントを身につけたいかにも怪しい男が入室してくる。

「やー冒険者諸君。怪盗キング、ただ今参上〜」

 男が言うと、ウォリー達は笑い転げた。

「本当に来たよ〜! あーひゃひゃひゃっ」
「変な格好だな! お遊戯会か? あはははは!」
「笑わせないでくださいよ〜!」

 笑声が響く中男は金庫の前に立つと、鍵を簡単に開けてしまい、中の財宝を袋に詰め始めた。

「財宝は貰っていくぞ」
「どうぞどうぞ! ご自由に! はははっ」
「お金持ちになれるなぁ〜! おめでとう! ふははははーっ!」

 大笑いする3人を尻目に、財宝の詰まった袋を担いで男は悠々と部屋を出て行った。


 それから10分程経って、様子を見に来たディーノは目を丸くした。
 金庫は扉が開きっぱなしになり、そこから空っぽになった内部が覗いている。それにも関わらず、警備を任せたはずの3人の冒険者はゲラゲラと笑い声をあげながら座り話し込んでいる。

「お前達! これはどう言う事だ!」

 ディーノがウォリー達を怒鳴りつけるが、彼らの顔から笑みは一向に消えない。

「ああ、ディーノさん。どーもどーも」
「さっき変な人が入って来て金庫の中身を持って行ったぞ。はははははっ」

 それを聞いてディーノの顔が青ざめる。

「何をやっている! そいつが怪盗キングだろうが!」

 怒りの篭った声で彼が言うと、ウォリー達はさらに笑い声を大きくした。

「怪盗キング! 変な名前! ひゃひゃひゃ!」
「格好も変でしたね。あーはははは!」

 ディーノの青ざめていた顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。

「ふざけるな! 何の為の警備だ! この事はギルドに報告するからな!」
「えぇ〜。何そんな怒ってんすかぁ〜?ひゃははは!」
「ふははっ! 短気は損気というだろう!」
「ダーシャさんも人の事言えないでしょぉ〜いひひひ〜っ」

 ディーノの怒りはどんどんと高まっていく。大声で使用人達を呼び集めると、ウォリー達を捕らえさせた。

「こいつらを屋敷からつまみ出せ!」

 ウォリー達は屋敷の玄関まで引っ張られるようにして連れていかれ、そのまま外に放り出されてしまった。

「今日の仕事は終わり見たいですね〜ははは」
「んじゃ帰って寝るか!」
「あ〜面白かった。ひゃひゃひゃ」

 追い出されてもなお、笑い続けるウォリー達。
 自宅へ向かって歩いている間もしばらく彼らの間で笑い声が絶えなかった。

 冷たい夜風が、3人の身体を冷やしていく。
 彼らは一歩一歩足を進めるたびに、だんだんと頭が冷静になっていった。
 しばらくして、3人はほぼ同時に立ち止まった。
 お互いに顔を見合わせる。
 今やその顔の笑顔は消え、真っ青になって冷や汗を流した表情が浮かんでいた。

「え……僕達一体何を……」

 ウォリーがか細い声で言った。
 記憶ははっきりとしていた。目の前で泥棒が金庫を漁っているのに、それを笑いながら許している自分達。彼らは鮮明に憶えていた。
 今思い返せばとんでも無い事だ。しかしあの時は全く自分達の行為に疑問を抱かなかった。目の前で起こる全ての事が楽しくて仕方がなかった。

「何で……あんな事を……」

 それ以上彼らは言葉が出なかった。魂の抜けたようになったまま、力なく自宅へ向かって歩き始めていた。






 翌日。ウォリー達はギルドへ呼び出された。
 誰もいない会議室へ通されると、そこで座って待つように言われた。
 呼び出しの理由はわかっている。ディーノがギルドへクレームを入れたのだろう。
 何度思い返しても昨日の自分達の行動は異常だった。自分で自分の事が理解できない。そんな気持ちのまま3人は呆然と会議室で座ていた。

 やがて、会議室に1人の人物が入室してくる。その人物の顔を見て、3人の顔は一気に歪められた。

「ヤッホー、お元気してたぁ?」

 金髪のダークエルフが不敵な笑みを浮かべている。

「それじゃぁ〜、悪徳冒険者3人のぉ〜尋問をはじめまぁ〜っす」