「ダーシャ!」

 ウォリーは意識を失っているダーシャを揺さぶった。少しして、彼女の瞼がピクピクと動きゆっくりと開かれる。

「ウォリー……私は……」

 力の抜けた声で彼女は呟いた。

「ウォリーさん! あっ、ダーシャさん!?」

 丁度リリも彼らの元に駆けつけて来た。彼女は元の姿に戻っているダーシャを見て驚きの声をあげる。

「そんな……なんで、私の子供が……」

 白衣の男はそうブツブツと言いながらフラフラとその場を去ろうとする。

「リリ! こいつを逃さないで!」
「はい! 防壁牢獄(バリアジェイル)!」

 リリが唱えると白衣の男の周囲に防壁が出現する。
 リリの持つ技の1つ防壁牢獄(バリアジェイル)は、対象の頭上と前後左右を防壁で囲み閉じ込める事が出来る。強力なモンスターは中から防壁を破られてしまうので長く閉じ込めておく事は出来ないが、白衣の男を捕まえるには十分な強度だった。

「ダーシャ、大丈夫? 動ける?」

 ウォリーが心配そうに声をかける。ダーシャはしばらく虚ろな目をしていたが、やがてその場でゆっくりと立ち上がった。

「ウォリー、リリ……すまなかった。操られていたとはいえ君達にあんな事を……」

 ダーシャが自分の額を抑えながら言った。

「何があったか、憶えてるの?」
「ああ、モンスターになって君達を殺そうとした。その時も自分の意識はあったんだ。だが、抑えようとしても自分の身体が言う事を聞かなくて……辛かった」

 そう言って震える彼女を、リリが抱きしめた。

「ダーシャさん、もう大丈夫ですよ。元に戻って良かった……」

 ウォリーはその様子を見て安堵の溜息を漏らした。

「こいつは目覚めると厄介だな」

 ダーシャが振り返り黒炎を発動させた。彼女の視線の先には、未だに意識を失っているプリンセスクラブが居た。
 彼女は黒炎の剣を作ると、目の前の巨大蟹の口へそれを突き刺した。プリンセスクラブは瞬間身体を大きく跳ねさせるが、すぐに動かなくなった。

「さっきまで自分の一部だったモンスターを殺すというのは変な気分だが……残すはこいつか」

 ダーシャの瞳が一瞬で怒りの色に染まり、白衣の男の方をギロリと睨んだ。今にも斬りかかって殺してしまいそうな迫力が彼女から放たれている。

「この男には、まだやって貰わなきゃならない事がある」

 ウォリーはそう言うと男の元へ歩み寄っていった。







「あああああ!!! やめろおおお!!! 私の子供達がああああ!!!!」

 地下中に男の悲鳴が響き渡る。男は号泣しながら髪を振り乱して暴れている。
 ウォリーが予想した通り、この地下にはダーシャの他にも融合されて作られた怪物が保管されていた。
 1匹1匹が鉄格子の中に入れられて、まるで監獄のような光景が広がっていた。
 ウォリーは男を掴んだまま物真似マンでスキルをコピーし、ダーシャと同じ要領で次々と怪物を元の姿に戻していった。それを見るたびに白衣の男は涙を流して暴れ出した。
 ウォリーに散々殴られても笑っていたこの男が、今は嘘のように取り乱している。どうやら本当にこの男は自分が作った怪物を我が子だと思っていたようだ。
 ウォリーは男の狂気を側で感じ、寒気を覚えた。

 ウォリーによって怪物が元の姿に戻されると、そこに現れたのはやはり行方不明になった冒険者だった。
 ウォリー達を眠らせた蝶の羽を持った女性も融合された怪物だった。女冒険者と蝶のモンスターを掛け合わせたものだったらしい。


 ようやく全ての冒険者を助け出し、ウォリー達は地上へ向かう。

「そう言えば、ウォリーはどうやって私の居場所を突き止めたんだ?」

 ふとダーシャがウォリーに尋ねた。

「ああ、ダーシャの臭いを辿ってね……」
「なっ……!?」

 ウォリーの言葉に彼女はギョッとする。

「ウォリー……き、君はそういう趣味だったのか……しかも遠くから嗅ぎ分けるほど私の臭いを憶えて……まぁ、悪い気はしないが……」

 もじもじとしながら呟くダーシャを見てウォリーが慌てて訂正する。

「違う違う! 僕が臭いを嗅いだ訳じゃないよ!」

 そんな2人を見てリリはクスリと笑った。

「そうです。地上へ出たら会えますよ。ダーシャさんを見つけてくれた方に」

 ダーシャは頭にハテナマークを浮かべながら地上への道を進んでいった。







「ふわああああぁっ……別れたくないよおぉぉっ」

 涙を流しながら犬に抱きつくリリ。
 全ての事が終わり、いざ森から出ようといった時に犬との別れを惜しんだリリはその場で泣き崩れていた。

「連れて帰って飼いましょうよぉ〜」
「こらこらリリ、その犬は元々この森が住処だろう」

 なかなか犬から離れようとしないリリにダーシャは呆れ顔を向ける。

「ちゃんと私が面倒見ますからぁ〜」
「そんな事言ったって、宿は何処も基本的にペット禁止だ。部屋が毛だらけになったらどうする」
「だってぇ、この森に来てもまた会えるとは限らないじゃないですかぁ、モンスターが出る森ですよ?食べられちゃったらどうするんですかぁ〜」

 ダーシャは困った様子でウォリーに視線をやる。

「そうだね。この子はダーシャを見つけてくれた恩人……いや、恩犬だからね。飼ってもいいんじゃないかな」

 ウォリーは犬を撫でながらそう言った。それを聞いてリリの表情がぱっと明るくなる。

「た、確かに私もその犬には感謝してはいるが……飼うと言ったって一体どこで?」
「実は前から考えてた事があるんだ……」

 ウォリーの言葉に、ダーシャは首をかしげる。

「賃貸住宅を借りるってのはどうかな?」

 街には住宅を貸し出し家賃を回収する商売がある。ただし、冒険者が住宅を借りる場合は1年分の家賃を前払いするのが基本だ。危険を伴う仕事なので、もし住人がダンジョンなどで死亡したりすれば家賃の回収が出来なくなってしまうからである。

「これはダーシャの為でもあるんだ」

 ウォリーは続けて語る。

「住宅を借りてしまえばこれからは宿屋の顔色をいちいち窺わなくてもいいでしょ?」

 ウォリーとパーティを組んだ後も、ダーシャは宿屋から宿泊を断られる事がよくあった。その為まずウォリーが先に入り2人分の部屋を取って、後からダーシャが入るという方法をとっていた。

「しかし、家賃1年分だぞ。3人ならその3倍だ。私達にそんな余裕あるのか?」
「大丈夫。最近は結構難易度が高い依頼もこなせるようになって貰った報酬も溜まって来たし、僕がレビヤタンに居た時は政府から支援金を貰っていたからね。その時の貯金もある」

 ダーシャはしばらく腕を組んで考え込んだ。リリの方に目を向けると、すがる様な眼差しを送ってきている。
 ダーシャは大きく溜息をつくと、顔を上げた。

「わかった。ウォリーの案に賛成しよう」

 それを聞いてリリは両手を上げて喜び出す。

「やったぁ! じゃあこれからは3人で済むんですね!」
「いや、2人だよ」

 ウォリーがそう言うと、リリとダーシャが固まった。

「僕はいつも通り宿屋でいいよ。それで不自由してないしさ。それに女の子同士で住んだ方が色々と気楽でしょ?」

 リリとダーシャはしばらく黙ってお互いの顔を見合わせた。そして、2人同時にウォリーの腕を掴んだ。


「ウォリーも一緒に住め!」
「住んでください!」