人助けをしたらパーティを追放された男は、人助けをして成り上がる。

「ああ?何よ急に?」

 ダーシャに怒鳴られたサラはイラついた様子で睨み返す。

「先程から観察していたが、お前達のリリに対する行動は見るに耐えん!仲間の命を何だと思っている!」
「そんなん部外者のあんたが口出しする事じゃないでしょ?私らには私らのやり方があんの」

 サラは面倒臭そうに自分の髪をいじった。

「大体あんたら何なの?リリとどういう関係よ」
「ババゴラの洞窟で倒れてた彼女を僕達で救出したんだ」
「お前達、リリを置き去りにして逃げたらしいな!」

 ウォリーとダーシャが言うと、サラは鼻で笑った。

「それはそれは、余計な事してくれたわね。あそこでリリが死んでれば、いちいち口封じせずに済んだのに」

 ダーシャが思わずサラに掴みかかろうとしたが、ウォリーはそれを制止しながら言った。

「この事はギルドに報告する。君達のパーティはすぐに処分を受けると思う」

 そう言われてもサラはニヤつきながら手招きをしてみせる。

「リリ〜。こっちおいで」
「あ…」
「来い!」

 サラにキツく言われ、リリは震えながらサラの元へ歩いて行った。

「リリはね〜、私らの仲間なの。部外者のあんたらが何を言ったところでギルドは信じないわよ」

 そう言うと、サラはリリの顔を覗き込む。

「ほら、あいつらに言ってやんなさいよ。私達があなたをダンジョンに置き去りにしたって?ねえリリ、本当?」

 リリが俯いてもじもじとしていると、サラが彼女の脇腹を小突いた。

「ほら!さっさと言えよ!」

 リリはうっと小さく唸ると、口を開いた。

「サ、サラちゃんは…そんな事…してない…です。私が勝手に…に、逃げ遅れた…だけ…です」
「よく言えました〜。ね?彼女は何もされてないってよ。言い掛かりやめてくれる〜?」

 ケラケラと笑うサラの横で、リリは固く瞼を閉じた。

「リリ…」

 ダーシャが一歩前に出て、リリに手を差し出す。

「今からでも遅くない。自分が本当に思っている事を言って。そこから抜け出すんだ」

 リリはダーシャの目を見て、それからサラの方を見た。
 サラはギロリとリリを睨みつけている。

「怖がる事は無い!嫌な事は嫌だと、正直に言うだけだ。言った後の事なら心配するな。私が君を守る!もう君を、傷つけさせたりはしない」

 リリは小さく呻きながら、おどおどとダーシャとサラを交互に見る。

「リリ、あいつなんかに構っちゃダメよ。私達は仲良しだもん。ねーリリ、弱虫のあんたを、誰が今まで面倒みてあげてきたと思ってるの?」

 サラはリリの二の腕を掴むと、ギュッと力を込めた。

「リリ、私を信じてくれ」

 ダーシャはリリを真っ直ぐ見たまま手を差し出し続けている。

「リリ、私の言う事をききなさい」

 サラがリリの腕を握る力を更に強める。指が食い込み、痛みで彼女の目が潤み始めた。
 リリがもう一度ダーシャの顔を見ると、同じくダーシャの目も潤んでいる。

「リリ!」
「リリ!」

 ダーシャとサラが同時に叫んだ。

「あああああああ!!!!」

 リリはサラの手を振りほどくと彼女を突き飛ばした。

「違う違う違う!あんたなんか!仲間じゃない!!!」

 そう叫んだ彼女はダーシャの元に駆け寄った。
 ダーシャの差し出した手が、しっかりと握られる。

 ダーシャはすぐにその手を引いて彼女を抱きしめた。

「よく言った!頑張ったな!もう大丈夫だ」

 リリはダーシャの腕の中で声を上げ泣き始めた。

「てめぇ!リリ!私に逆らってどうなるか分かってんでしょうね!?シメあげてやる!」

 そう怒鳴ってリリに近づこうとするサラの前に、ウォリーが立ちはだかった。

「何だお前!邪魔だ!」
「リリとダーシャは僕の仲間だ。二人には指一本触れさせない」

 サラはウォリーを睨みながら視線をあちこちに動かしている。力ずくで切り抜けるか退がるか迷っているようだ。

「リリ、本当の事を言ってやれ、あいつらが君にした仕打ちを」

 ダーシャがそう言うとリリはすぐに顔を上げた。もう彼女の目に迷いの色は無かった。

「私は、サラ達にダンジョンに置き去りにされた!魔法で援護するって言ったまま、帰ってこなかった!」

 彼女が叫ぶと、サラは顔を真っ赤にして喚きだした。

「リリ!お前それギルドで言うなよ!言ったらタダじゃおかないから!お前の跡つけまわして、徹底的にシメてやるからな!夜も安心して眠れると思うな!」
「いや、もう手遅れだよ、サラ」

 ウォリーは言って、周囲を見回した。

「そうですよね?ベルティーナさん」

 彼が言うやいなや、通路の陰からダークエルフの女性が姿を現わす。

「パーティの仲間に殴る蹴るなどの暴行、戦闘中に石を投げつける妨害行為、『リリが死んでいれば口封じせずに済んだ』という発言、そしてリリ本人の口からの証言…きっちり確認しちゃいました〜」

 ベルティーナは手帳を手に淡々と語る。

「誰だお前!?」

 サラが睨むと、彼女はピースサインで返した。

「ギルドの監視員のベルティーナで〜す。ベルっぴって呼んでね〜ん」
「か、監視員!?」

 サラの顔が一気に青ざめた。

「仲間置き去りとかやばくな〜い?ギルドに報告しちゃうから4649ね〜」

 そう言ってベルティーナはアンゲロスの一人一人に視線を送る。

「ま、待って!置き去りなんてしてないわ!リリが勝手に言ってるだけよ!何の証拠も無い!」
「え〜。この期に及んで見苦しすぎ〜」
「私がいつ置き去りにしたって!?何時何分何秒!?地球が何回まわった時よ!?証明して見せなさいよ!!」

 喚き散らすサラに、ベルティーナは自分の手の甲を見せつけた。
 手に彫られたハート型の紋章にサラが目をやる。

「この刻印はぁ…魔術ってゆーか、呪いみたいなもんね〜。ギルドの監視員はみんなこの呪いを受けるの。この刻印が付いてる人はギルドに対して嘘をつけなくなる。虚偽の報告する奴が居たらやばいじゃん?だから〜、それだけウチの発言ってのはギルドにとって信憑性があるワケなのぉ〜」

 彼女が語るにつれて、サラの威勢がどんどん弱くなっていく。

「つまり〜、ウチに見られた。聴かれた。その時点でそいつは終わりなワケ。お、わ、か、りぃ〜?」

 サラは何も言い返す事なく歯を食いしばって俯いた。

「じゃ〜、君達はウチと一緒にギルドまで来てちょ〜」

 ベルティーナが言うと、サラはリリの方を睨んだ。

「お前、このままじゃ済まさないからね…どこまでも追っかけて行って、ボコボコにしてやる…」

 言った直後、サラの胸にベルティーナの両手が伸びた。そして彼女は胸の先端をつまむと、親指に力を込めてねじり上げた。

「ぎゃあああああああ!!いたあああああああ!!!」

 サラの絶叫が周囲に響き渡る。

「監視員のウチの前で再犯予告とか、ナメてんの?ウチの事。ねぇ、ナメてんっしょ?あぁあん!?」

 さっきまでヘラヘラしていたベルティーナの顔がみるみる鬼のように変わっていく。

「痛い痛い痛いいいいい!!!ああああああ!!!」

 サラは痛みから逃れようとベルティーナに殴る蹴るを繰り返したが、彼女は全く動じる事なく指に更に力を込めた。

「ぎゃあああああああああ!!!!!」
「もう一回ウチの前で言ってみなよ?リリを追っかけてって何するってええ!?」
「いたいいいいい!!!取れる!!取れちゃうからああああああ!!!!!」
「ああああああ!?なんだってえええ!?」
「許してええええ!!!もうしません!!!もうしませんからああああ!!!!」

 そこでようやく彼女は指を離す。サラはその場にうずくまって泣きべそをかきはじめた。

「それじゃ〜、ギルドへ行こっか〜」

 ベルティーナはアンゲロスの他のメンバーに笑いかける。彼女達は顔を青くして震え上がった。

「…っ。だからあいつは苦手だ…」

 ダーシャが小さく呟いた。

「あ〜そうそう、ダシャっちさぁ…ウチを利用するなんてなかなかナメた真似すんじゃん?やっぱあんたってチョームカツク」
「利用?何のことだ?」

 ベルティーナは冷めた表情でダーシャを見つめているが、その瞳の奥には明らかな怒りの色が見えた。

「とぼけないでよ。あの手紙…ウチをおびき出す為にやったんっしょ?」
「手紙…?さぁ…知らんな」

「チィ!!!」

 ベルティーナは足元の蜘蛛の死体を蹴飛ばした。

「おぼえてろ」

 そう吐き捨て、未だに泣きじゃくっているサラ達を連れて彼女はダンジョンを去って行った。






「何とかうまく行ったね」

 ウォリーはホッとした様子で言った。

「しかし、嘘でも気分の良いものではないな、私がウォリーをいじめて報酬の9割も持っていくなど…」

 ダーシャが眉をひそめる。
 あの手紙を出したのはウォリーの案だった。ベルティーナがここに居た理由。それは彼女がダーシャを監視していたからだ。監視員がアンゲロスを調べないのなら、ベルティーナに自分達を監視させた状態でアンゲロスを尾行すれば良い。ダーシャに敵対心を持っている彼女なら、ダーシャの不正疑惑が出ればすぐに飛びついてくるとウォリーは思った。

「ウォリーさん…ダーシャさん…ありがとうございました。腹をくくってしまえば、案外簡単なものなのですね…」

 リリが2人に頭を下げる。

「私…また1から頑張ってみようと思います」
「ああ、これから3人で頑張ろう」

 そう返すダーシャを見て、リリは「えっ」と声をあげた。

「そうだね、これからはリリも入れて3人パーティだ」

 ウォリーもそう言って笑みを浮かべる。

「あの…良いんですか?私なんかが入って…」
「なんだ、やっぱり私と一緒じゃ嫌なのか?」

 ダーシャ大げさにムッとした表情をして見せた。

「い、いえ…ただ、私は1度は皆さんのパーティに入るのを断った身ですから…」
「何言ってるんだ!言っただろう、私がお前を守るとな。言ったからには責任を持つぞ!」

 ダーシャはそう言って笑うと、再びリリの前に手を差し出した。

「よろしく。リリ」

 リリの顔に少しずつ明るさが戻っていく。

「はい。よろしくお願いします。でも、私は『ガーディアン』。守るのは、私の役目です」

 リリは言い、2人は握手を交わした。
 ウォリーは剣を抜き戦闘態勢に入る。
 ダーシャも黒炎を纏い、目の前の巨大な敵を見据えていた。

 ツインタートル。頭部が2つあり全身が強固な甲羅で守られた双頭の亀だ。

「あいつの身体は硬い。まともに攻撃しても通らないだろう。狙うなら、首の下だよ」

 それぞれの頭がウォリー達に向かって口を開ける。そして口内が発光し、そこから魔法弾が発射された。
 一方の弾は火炎。もう一方は電撃の塊。
 2つの頭がそれぞれ別属性の攻撃をしてくるようだ。

 ウォリーとダーシャに弾が1発ずつ迫って行く。
 その時、2人の背後で構えていたリリが防壁を出現させた。
 弾は防壁とぶつかり、大きな土煙が巻き起こった。

 2つの頭部は再び口を開け次の攻撃を準備する。
 すると、その頭の目の前にダーシャが姿を現した。
 ツインタートルが首を伸ばせばその高さは7メートル近くになる。ダーシャは黒炎を翼に変え、その高所にある頭部の前で浮遊し留まっていた。
 2つの口は眼前のダーシャに狙いを定め魔法弾を飛ばす。ダーシャはそれを空中で躱すが、次の弾、次の弾と、休む間も無く攻撃が飛んでくる。ダーシャの飛行速度はそれほど速くない。最初は上手く躱していたダーシャだったが、段々とついていけなくなる。
 そしてついに、弾の1発がダーシャに直撃した。

 だが、ダーシャは無傷のままそこに浮いている。

「凄いものだ、リリのスキルは」

着る防壁(バリアスーツ )
 その名の通り、常に防壁が自分の身体を覆うように張られる魔法。ガーディアンのスキルを持つリリの能力の1つだ。
 この防壁がつけられてから最初に受ける1撃のみは無効化される。ただし連続で使用する事は出来ず、30分程のインターバルが必要である。

 2つの頭は仕留めたはずの相手が平然としているのに驚いたのか、一瞬動きが止まった。
 その瞬間、ウォリーがツインタートルの首の下部分を2つ同時に切り裂いた。
 ダーシャが頭2つ分の視線を引きつけている間に、ウォリーは盗賊マンで気配を消し敵の首下に接近していた。

 首から血が吹き出しもがき苦しむ巨大亀の前で、ダーシャは頰を膨らませる。
 彼女はウォリーが切りつけた傷口を狙い、口から黒炎を吹き出して追い討ちを食らわせた。
 傷口から侵入した炎が喉を通って出て来たのか、亀の口からブワッと火の粉が舞うのが見えた。
 そして大きな地響きを鳴らし、2つの頭が地面に落ちる。
 そのまま、ツインタートルが再び動き出す事は無かった。

「やったー!すごいすごい!」

 今まさにモンスターを仕留めた2人を見ながら、リリが飛び跳ねる。

「2人ともカッコよかったです!」
「いや、リリの防壁のおかげだ。あれを身につけていたから私も遠慮せず奴の目の前まで接近できた」

 興奮しながら歩み寄ってくるリリに、ダーシャはそう声をかけた。

「僕なんか剣で斬っただけだからね」

 ウォリーが頭を掻きながら笑う。

「しかし、これで私達も…」
「うん。Bランクに昇格だ!」

 3人は顔を見合わせながら拍手を贈り合った。
 ウォリー自体はAランク出身だが、新しくパーティを作ったという事でパーティのランクはDからスタートした。ランクを上げるには一定の難易度の依頼を成功させなければならない。
 彼らのパーティはリリの加入後、Cランク、そして今ツインタートルを討伐した事でBランクへの昇格条件をクリアした。

「ウォリーは前のパーティではAランクだったんだろう?このまま行けば、返り咲けるかもしれんな」

 ダーシャがウォリーの肩を叩いた。

「うん。でも、それにはギルドに認められる必要があるから、まだまだ先は長いなあ」

 Bランクまではどのパーティも自由に挑戦ができる。だが、Aランク以上になるとまずギルドがそのパーティの能力と過去の実績を調べ、審査した結果挑戦資格ありと判断されたパーティのみAランクへの挑戦権を得られる。
 Aランクの依頼はそれなりに危険度が高く、誰でも挑戦できる形にすると無謀なパーティが次々と犠牲になっていくため今のような形になった。

「そう言えばどうしてウォリーさんは前のパーティを抜けたんです?Aランクなんて滅多になれないのに」
「私も前に同じ事を聞いたが、方向性の違いと言われたぞ」
「ええ!?そんな事でAランク抜けちゃうなんてもったいない!」

 驚くリリに、ウォリーは気まずくなった。

「僕も出来れば残りたかったよ…でも、パーティメンバーの希望でね」

 それを聞いて今度はダーシャがギョッとする。

「なに!?それじゃあ何か!?そいつらはウォリーに出てけと言ったって事か!?」
「まあ…そうだね」

 ウォリーは俯いた。

「見る目の無い連中だな、ウォリー程の男を自ら手放すとは!」

 ダーシャが鼻息を荒くしながら言い放った。

「そうそう、パーティ名をまだ決めてなかったよね…」

 ウォリーは恥ずかしくなり話題を逸らす。

「ああ、Bランクに上がったんだし名前くらい決めた方がいいな」
「何かいい候補ある?」
「ウォリーズはどうだ?」

 ダーシャがそう即答したのでウォリーは苦笑する。

「いや…パーティ名に自分の名前を入れるのはちょっと…」
「なぜだ!ウォリーのパーティなんだからいいだろ!」

 熱心に語るダーシャに他2人は困り果てる。結局、パーティ名は決まらないまま先送りになった。






「おめでとうございます。ツイントータスの依頼達成により、ウォリー様のパーティはBランクへ昇格いたしました」

 ギルドの受付嬢がにこりと笑う。

「やった!」

 受付前でウォリー達3人はお互いにハイタッチを交わした。

「あら〜?これはこれは、ご機嫌ですねぇ〜」

 突然、女性の声がウォリー達にかけられた。それはウォリーにとってはここ暫く聞いていなかった、それでいて昔から馴染みのある声だった。

「ミリア…」

 かつてウォリーを追い出したパーティ、『レビヤタン』がそこに居た。
 レビヤタンのリーダー、ジャック。魔法使いハナ。魔法剣士ミリア。そしてウォリーの後釜と思われる長髪の男が揃っている。

「ウォリー、彼らは?」

 レビヤタンとは初対面となるダーシャがウォリーに尋ねた。

「僕の前のパーティのメンバーだよ」
「ほう…彼らが」

 彼女は興味深そうにレビヤタンの一人一人に視線を走らせた。

「げ、こんな時にこいつと顔合わせるとか…」

 ハナが嫌そうに顔を歪ませる。

「久しぶりミリア、みんな…」

 ウォリーはハナの態度に一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になって言った。

「何?あんた魔人族なんかと組んでんの?だっさ!まぁ〜ウォリーだからね〜…あんたと組みたがる奴なんて滅多に居ないか」

 ハナがダーシャを一瞥し、鼻で笑った。

「ウォリーは人の上に立てるような男ではないからな。こんな奴には誰もついて行かんだろ」

 ジャックもハナに続いてそう言う。2人のは顔に薄っすらと笑みを浮かべているものの、その表情から感じ取れるのは明らかな軽蔑だった。

「あ、じゃあ僕たちはこれで…」

 2人の態度からここに長居するのはまずいと思ったウォリーは、急いでその場から離れようとする。しかし…

「おい、何だ今の態度は」

 ダーシャがジャック達の前に進み出て怒りの表情をむける。

「ええ?なんか文句でも?」
「かつての仲間に再会したというのにその態度はないだろう」
「仲間ぁ?こんな鬱陶しい奴仲間だなんて思った事ないわよ!」

 ダーシャとハナが睨み合う。

「どーせ今も依頼中に関係無い人見つけては人助けとかしてるんでしょ?そーゆー正義のヒーロー気取りっていうの…ホントうざい」

 ハナのその言葉にダーシャの怒気がどんどん強くなっていく。

「ダーシャ、もういいから、行こ」

 ウォリーは必死で彼女を止めようとするが、彼の言葉はまるで耳に入っていない様子だった。
 困ってリリの方に目をやると、あの温厚なリリでさえ恐ろしい表情でハナ達を睨んでいる。彼女の185cmの高身長も相まって凄い迫力だった。

「はいはい!そこまでぇ〜。それくらいにしなさい!」

 火花が散りそうな雰囲気の中に割って入ったのは、ミリアだった。

「いやごめんねウチの2人が…ああ言ってるけどね、ウォリー君にはパーティのヒーラーとしてそれはそれはすごぉ〜く…活躍して貰ってたのよ。もう今は彼が抜けて寂しくて仕方がないっ!」

 ミリアはダーシャの前でそう熱心に語った。先程まで苛立っていたダーシャも彼女の雰囲気に押されて戸惑っている。

「ここは私に免じておさめて頂戴よ。ね?ほら、ウォリー君も困ってるよ、ささっ。あ、ジャック〜ハナちゃん〜。ちょっと大人しくしててよね〜あんまり余計な事言うと話がややこしくなっちゃうんだからぁ〜」

 ミリアの誘導で、ダーシャ達とハナ達は引き離されて行った。

「ありがとうミリア。また助けられちゃったよ」

 ウォリーが小声でミリアに礼を言った。

「まぁまぁ気にすんな!私達の仲じゃな〜い」
「それにしても何かあったの?ハナ達随分イライラしてるみたいだけど」
「そうそう!そぉ〜なのよ〜。昨日依頼で失敗しちゃってさ〜大した成果あげられなかったんだよね〜」

 ペシっと音を立てて、ミリアは自分のおでこを叩いた。

「え、珍しいね。Aランクのレビヤタンが…一体どんな依頼だったの?」
「森で冒険者が次々と行方不明になっている事件の調査ね。行方不明者の死体どころか荷物すら見つからなかった。こりゃ神隠しって奴だね…」
「ちょっとミリア!いつまでそいつと話してんの!」

 ハナに声をかけられ、ミリアは慌ててハナ達の所へ戻ろうとする。

「じゃ、私達はこれで。応援してるよウォリー。君なら出来るっ!」
「うん。ミリアも元気そうでよかった」

 そう言葉を交わしたのを最後に、2人は別れて行った。






「なんなんださっきの連中は!まるで君を邪魔者扱いじゃないか!」

 ウォリー達がギルドを出てしばらく歩いてから、ダーシャが再び怒りを爆発させた。

「はい!私も流石に頭に来ました!」

 ハナも口調を強めてそう言う。

「まぁまぁ、落ち着いてよ。僕はああいうの慣れっこだから」
「君が良くても私が納得いかん!仲間を馬鹿にされたんだぞ!」

 ウォリーが宥めようとしてもダーシャ達は落ち着く気配が無い。

「なんであの人達はウォリーさんにあんな態度なんですか!」

 2人に問い詰められ、ウォリーは仕方なく説明し始める。

「ダーシャは僕の事お節介だってよく言うよね。レビヤタンに居た時もそんな感じでさ、困っている人に出会うと良く助けてたりしたんだ。それが彼らは気に入らなかったみたいでさ」
「それの何がいけないんだ!人を助けるのだって冒険者の仕事の一部だろ!」
「いや、僕は彼らの考えも間違いじゃないと思ってるよ。ダンジョンは危険な場所だ。ちょっとの油断が命取りになる。そんな所で自分のパーティ以外の人にも気を使っていたら、パーティ全体を危険に晒す事だってあるんだ。ただ、僕はそれでも目の前の人を見殺しにはしたくなかった…だからこれは、方向性の違いなんだよ…」

 すると、ダーシャがウォリーの両肩を掴んで揺さぶった。

「君がそんな自信なさげでどうする!私が盗賊の毒に倒れた時、君が見捨てずに居てくれたからこそ今があるんだ!」
「私だって、ウォリーさんが他の人を見殺しにするような人だったら、今頃ダンジョンでモンスターの餌になってます!」

 面と向かってそう言われ、ウォリーは恥ずかしくなり下を向いた。

「それに価値観が違うにしたってあの態度はないだろう!」
「はい!あの人を見下すような感じ、私も前のパーティで味わっているからこそ許せません!」

 ハナ達の態度を思い返しながら、2人の勢いにはどんどん拍車がかかっているようだった。

「よし!決めたぞ!」

 ダーシャが大きな音を立てて手を叩いた。

「このパーティの名前は『ポセイドン』だ!」
「…え?」

 突然の宣言にウォリーはぽかんと口を開ける。

「レビヤタンとは海の竜の名前だろう?ならばこっちは海の神ポセイドンだ!今日の屈辱を忘れず、私達は必ずレビヤタンを超える!その意味を込めてこの名前にしよう!」
「いや…別に僕はそんな対抗意識でパーティを作った訳じゃ…」
「良いですね!いずれAランクまで上がって、あいつらを見返してやりましょう!」

 ウォリーは不服だったが、結局怒り狂う2人を止める事が出来ず強引にパーティ名が決まる事となってしまった。
 さらにその後も彼女らの機嫌は治る事がなく…

「ウォリー、依頼を見に行こう!」
「え…?」
「さっきあの赤毛の女性が言っていただろう。レビヤタンは依頼で失敗したばかりだと。私達も同じ依頼を受けよう!」
「な、なんで…」
「レビヤタンが達成できなかった依頼をクリアしたとなれば、私達が奴らの一歩先を行った事になるではないか!私達の実力、思い知らせてやろう!」
「なるほど!やりましょう!」

 リリもすっかりダーシャに調子を合わせてしまっている。ウォリーは流されるまま彼女達の後に続いた。

 しかしこの選択が後に、ダーシャ自身に恐ろしい災いを招くことになってしまう…
 翌朝、ギルドから依頼を受けたウォリー達はサイバスの森を探索していた。
 サイバスの森に出現するモンスターはBランクのものが多い。その森で次々と冒険者が行方不明になるという事件が起こっていた。
 捜索隊を送ろうにもモンスターが出て来ては襲って来るので、戦闘慣れしていない者は迂闊に森には入れない。
 そこで戦闘の実力のあるレビヤタンにこの話が行ったそうだが、結局行方不明の手掛かりすら掴めなかったとの事だ。
 単純にモンスターに襲われて死んだとしても、そこに骨や所持品などは残る筈。しかしそれすら見つからないので、冒険者達は不気味に思っていた。

「2人とも、今日の昼食だ」

 ダーシャはそう言って手拭いで包んだ食料を配る。中身はおにぎりでダーシャのお手製だ。
 冒険者は探索が長時間に渡る場合、ダンジョン内で食事をとる事が多い。しかしモンスターが出没するダンジョンで呑気に床に弁当を広げて食べるというわけにもいかないので、おにぎりやサンドイッチなど移動しながら食べられるものが好まれている。

「レビヤタンさえ達成出来なかった依頼だ、気合いを入れていこう!」

 そう言って張り切るダーシャだが、ウォリーとしてはあまり揉め事にしたくはなかったので複雑な心境だった。

「まぁ…私もレビヤタンについてはキツく言ったがな、あの赤髪の女性についてはそんなに悪い印象ではなかったぞ」

 ダーシャが言っているのはミリアの事だった。あの時レビヤタンの中で唯一、ウォリーを賞賛していた人物。

「ミリアは、僕の幼馴染でね…いつも僕をフォローしてくれてたんだ…」

 遠い目をしながらウォリーは言った。

「なるほど!だからウォリーとも仲がいい訳だな?何だったら、レビヤタンなんか抜けてこっちに入ったらいいのに…」

 そう言うダーシャに、ウォリーは首を振った。

「いいや、そこまでして貰うのは申し訳ないよ。レビヤタンを抜けると、色々と失うからね…特に支援金とか」
「支援金?」
「沢山の実績を上げて国に貢献したパーティは、政府から毎月支援金が貰えるんだ。その対象パーティの1つがレビヤタン。特にレビヤタンはAランクパーティの中でも1番の実績と実力があるから、結構高額な支援金を貰ってた。でもパーティを抜けたらそれも貰えなくなっちゃうからね…」
「なるほど…」

 ダーシャが眉をひそめた。

「あっ!見てくださいあそこ!」

 突然、リリが正面を指さす。他2人がその先に視線を向けると、そこに1人の女性が立っているのが見えた。服装からして冒険者の様だった。

「行方不明になった冒険者ですかね?」
「まさか…そんな簡単に見つかる訳が…」
「ちょっと話しかけみよう」

 ウォリー達は女性に向かって歩みを進めた。だが、彼女の表情が見えるくらいまで接近した時、彼らは違和感を覚えた。
 その女性はウォリー達をじっと見つめているが、その表情はまるで感情が無いかのような無表情だった。ウォリー達が「おーい」と呼びかけても、眉ひとつ動かさない。

「すいません。冒険者の方ですよね?」

 ある程度近付いてウォリーがそう声をかけた瞬間、彼女の背中から何かが飛び出した。

 ウォリー達の周囲に粉状のものがキラキラと輝きながら舞っている。
 見れば、女性の背中からは巨大な蝶の羽根が生え広がっていた。

「え…羽根が…!?」
「まさか…人間じゃない!?妖…精…?」

 ウォリー達は一瞬驚いたが、すぐに別の問題に気がつく。

「あ……れ…?」

 彼らの視界がぼやけ、まともに立っていられなくなり3人共その場に崩れ落ちる。
 自分達の状況を理解するよりも前に、ウォリー達はその場で眠りに落ちた。






「リリ…リリ!!」

 ウォリーに揺さぶられ、リリが意識を取り戻した。かのじょははっとして急いで身体を起こす。
 太陽の位置を見る限り、それほど長く眠っていた訳ではなさそうだ。

「さっきのキラキラしてた粉…恐らく鱗粉だよ。あれのせいで眠らされてたんだ」

 ウォリーは落ち着きのない様子で周囲をキョロキョロと見回しながらそう言った。

「でも、私達無事みたいですけど…」

 周囲は意識を失う前と同じ森の中だ。身体に傷も無い。眠らされている間にどこかに連れ去られたり攻撃を受けたりはしていない様だった。

「いや、まずい…」

 ウォリーは額に汗を垂らしながら言った。

「ダーシャが何処にも居ない」






 ピチャンと天井から水が落ちる音がする。
 ダーシャが意識を取り戻した時、周囲の景色は見知らぬ部屋だった。
 窓は1つも無く、その薄暗さと寒さから地下室だと思われる。

「くそっ!何だここは!離せ!!」

 ダーシャはテーブルの上に寝かされ、手足は鉄枷で拘束されていた。
 黒炎を使おうにも、何故か出せない。よく見れば鉄枷に呪文が彫ってある。恐らく魔法を封印する呪文だろう。

「ウォリー!!!リリ!!!どこだ!?無事か!?」

 ダーシャは唯一動かせる口で必死に叫ぶが、返事は無い。

 ギィィ…

 …と錆びた扉が開く音がして、誰かが入ってきた。
 白衣を着てメガネをかけた男が、ダーシャの視界に入ってくる。男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、ダーシャを見下ろす。

「何だ貴様は!私をどうするつもりだ!」

 すると男は、ダーシャの太ももを撫で始めた。

「ひっ!」

 ダーシャの身体に寒気が走る。

「いい素材だなぁ」

 男は不気味な笑みのまま呟いた。

「魔人族は差別の影響でこっちに入国してくる人は滅多に居ない。こんな所で出会えるとは…」
「貴様!やめろ!私に触るなあああ!!!」

 そう叫ぶダーシャの顔を男はゆっくりと覗き込んだ。メガネの奥に、三日月のような目が怪しく笑っている。

「それじゃ、今から君の身体をたっぷり弄らせて貰うよ〜ふひひひ。大丈夫、優しくしてあげるからねぇ~」

 男の言葉にダーシャは血の気が引いた。

「やめろ…やめろ!!やめろおおおおおおおああああああ!!!!!!!!」
「ダーシャ! ダーシャ!!」

 ウォリー達は森の中で叫び続ける。彼らが眠りから覚めて1時間。未だにダーシャを見つけられず森の中を探し回っていた。

「キシャシャシャシャ!!!」

 突如巨大なカマキリ型のモンスターが茂みの中から飛び出して2人に襲いかかって来た。

 ウォリーは剣を抜いて、振り下ろされる鎌を受け流す。その後も素早い動きで次々と飛んでくる鎌。ウォリーは剣でそれを受けている間も頭の中にはダーシャの事ばかりが浮かんでいた。

(こんな事してる場合じゃない。もしダーシャの身に何かあったら……)

 リリはその場で何も出来ず立っているしか無かった。彼女は遠距離から飛んでくる攻撃は防壁で止められるが、今のように近接での斬り合いの場合は防壁を張るスペースが無い。サポートタイプの彼女は防御重視で攻撃手段は殆ど持っていなかった。

 ウォリーの顔めがけて横から鎌が振られる。それを彼はしゃがんで躱すと、カマキリの懐に飛び込んだ。そのまま柔らかい腹に剣を突き刺し、腹から胸へ一気に切り裂いた。
 緑色の血が飛び散り、カマキリは動かなくなった。

 敵を倒しはしたがウォリーの心は落ち着かない。何処にいるかもわからないダーシャに声が届くように必死で彼女の名を叫んでいたが、それが結局モンスターを呼び寄せる事に繋がってしまう。Aランクのレビヤタンが苦労する訳だ。モンスター撃退と人探し。両方やり遂げるのは想像以上に骨が折れる。

 それからしばらくモンスターを倒しつつダーシャを探し続けたが、それでも彼女は見つからない。何処へ移動しても周囲には土の地面と生い茂る木々という同じ景色が広がるだけだった。

「ウォリーさん、少し休みましょう」

 リリがそう声をかけた。

「でもダーシャが……」
「このままじゃ私達の方が体力を消耗して倒れてしまいます。ある程度の体力を残しておけば、ギルドへ戻って捜索依頼を出す事も出来る。ここで私達が倒れたら誰がダーシャを助けるんですか」

 体力を温存するのはあくまでダーシャの為。そう言ったのはリリなりの気遣いだった。ウォリーは自分の身が危険になってもダーシャを探し続けるような性格だと知っていたからであった。

「そうだね、少しだけ、座ろうか」

 そう言って彼は腰を下ろして木に寄りかかった。

 リリも冷静でいるように見えて、内心は彼女の名を叫びながら森中を走り回りたい気分だった。こうしている間にダーシャが酷い目に遭っていたらと思うと落ち着く事は出来なかった。
 彼女は焦りながら周囲の木々の隙間に視線を走らせる。すると、一箇所に妙な影を発見する。

「ウォリーさん! モンスターです!!」

 リリが叫ぶと同時にウォリーは剣を構えて立ち上がった。彼がリリの指差した方向へ目をやると、そこには4本足の獣が立っていた。
 それを確認すると、ウォリーはゆっくりと剣を下ろした。

「リリ、大丈夫。あれは野犬だよ」
「え?」

 言われてリリがよく獣を観察すると、そこに居たのは1匹の大型犬だった。

「わ、ワンちゃんって事ですか?」

 リリの表情が少しだけ明るくなった。

「私、ワンちゃんは好きなんですよ」

 そう言いながら彼女は野犬に近づいて行く。

「グルルルル……」
「きゃああああ!!」

 野犬が顔に皺を寄せ牙を剥き出して威嚇したので、彼女は猛スピードでウォリーの背後に身を隠した。

「リリ、野犬は人間がペットで飼っている犬とは違うよ。野生だから簡単に人には懐かないし人を襲う事もある」
「ひええ……」
「でも僕達に接近してこない所を見ると、武器を持った人間の危険性を分かってるんだろう。賢い動物だよ」


≪お助けスキル『調教マン』の取得が可能になりました≫


 突然なった音声にウォリーは目を見開いた。


≪調教マン≫

≪動物に触れ、「調教マン」と唱える事でその動物を従える事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:55000ポイント≫


(動物を……従える?)

 ウォリーはポイント残高を開く。リリを助けた時にポイントが10万近く増えたが、その後ステータスアップに使った分を差し引いて現在の残高は155300ポイントだった。
 彼の経験上、お助けスキルはすぐに取得して損は無い。ウォリーはポイントを支払いお助けスキルを取得した。

(動物を従える為には、まず触れなきゃ駄目なんだよな……)

 ウォリーはじっと野犬を見つめる。

(でも、近づいたら逃げちゃうよなぁ)

 突然固まって考え事を始めたウォリーを、リリは不思議そうに眺めている。

「リリ、頼みがあるんだ。あの犬を捕まえたいんだよ。しばらく犬の視線を引きつけておいてくれないかな?僕は背後にまわって捕まえるから」
「え? 犬を捕まえてどうするんです?」
「ちょっと試したい事があって……」

 リリは怪訝そうに承諾し、野犬の前に歩み寄って行った。野犬は先程と同じように威嚇をする。
 ウォリーは木々の影に身を隠しながら盗賊マンで気配を消し、大きく周って野犬の背後まで移動する。
 少しずつ野犬に向かって歩を進めていき、尻尾が目の前まで来たところでウォリーは一気に飛びついた。
 突然の事で野犬は暴れ出すが、それは一瞬の間だけだった。
 ウォリーが野犬の腰を掴みながら「調教マン」と唱えると、すぐに野犬は暴れるのをやめ、尻尾を振ってウォリーにじゃれつき始めた。

「わわっ! 急に犬が大人しくなりましたよ!?」

 リリは目の前の光景が理解できず目を丸くする。

「はは……動物を従えるスキルを使ってみたんだ」
「え!? ウォリーさんってテイマーさんだったんですか!?」
「いや、そういう訳じゃ無いんだけど……」

 ウォリーは野犬の頭を撫でながら、言った。

「私も触っていいですか?」

 リリの問いにウォリーが頷くと、彼女は恐る恐る野犬の頭から背中を撫でた。野犬は気持ちよさそうに目を閉じる。

「むふっ」

 リリから思わず声を漏らしてしまう。ダーシャの事で不安だらけだった心が、少し癒された気がした。

(さて、成功したは良いがどうしよう……このタイミングでスキル取得が出たという事は、このスキルにダーシャを見つける緒があると思ったんだけど……)

 犬を撫で回すリリを見下ろしながらウォリーは考えを巡らす。

「犬……人探し……そうか!」

 ウォリーが叫んだのでリリは驚いて彼を見上げた。

「リリ、この子にダーシャを探してもらおう! 犬の嗅覚は人間より遥かに高いらしい。ダーシャの臭いを辿っていけば彼女を見つけられるかも!」
「なるほど! その為に犬を捕まえたんですね!」

 ようやく可能性を見出したリリの表情は一段と明るくなった。ひとまずウォリー達は自分達が眠らされた場所まで戻って行った。



「ダーシャさんの臭いを辿らせるにはまず彼女の臭いを憶えさせないといけませんよね?」
「うん、でもダーシャは荷物ごと消えてしまったからなぁ……」

 何かないだろうかとウォリーが鞄を開ける。すぐにある物に目が行き、彼はそれを取り出した。

「これがあった! ダーシャがくれたおにぎり!」

 手拭いを開いて3つ並んだおにぎりを取り出す。

「おにぎりって手で握るでしょ? だからダーシャの臭いが付いてるかも」

 そう言ってウォリーは野犬の目の前におにぎりを差し出した。が、野犬はおにぎりにかぶりついてペロリと食べてしまった。

「わわわ! 違う! 違うって!!!」
「いい? 食べちゃダメだ。臭いを嗅ぐんだよ」

 ウォリーは言い聞かせてもう一度おにぎりを差し出した。犬は今度は言われた通りクンクンと鼻を動かす。

「僕達以外にもう1人ここに居たんだよ。この臭いからその人を追跡して欲しいんだ」

 ウォリーが言うと、犬は周囲の地面に鼻を這わせて行った。

「わぁ、本当に言う事聞いてます! ウォリーさんの言葉が解るんですね」

 リリが羨ましそうに犬を目で追っている。

 ある所で犬の耳がピンと立つと、ウォリー達の方を振り返り「ワンッ」と一回吠えた。そしてすぐに速足で茂みの中へ向かっていく。

「臭いを見つけたみたい! ついていこう」

 どんどんと進んでいく犬にウォリー達も続く。犬の足が速すぎてたまに見失いそうになるが、その度に犬は立ち止まって待っていてくれた。
 しばらく進んでいくと広い空間に出た。犬はその中心あたりで止まり、地面をガリガリと掘り始める。

「まさか……この下にダーシャがいるの?」

 もしかして殺されて埋められているんじゃないかという考えがよぎり、2人の顔は一気に青ざめた。

 ウォリーは恐る恐る剣を抜いて、犬が示した地面に切っ先を当てた。カツンとした音が鳴る。
 見た目は土の地面だが、剣を通じてウォリーの手に伝わった感触は金属のものだった。
 ウォリーは地面をペタペタと触ってみると、冷たい感触がそこにあった。

「これ、幻影魔法だよ。鉄の板……いや、取っ手がある。扉だよ!扉を魔法で土の見た目に変えて隠している」
「じゃあ、ダーシャさんはこの下に?」
「ぐぐ……駄目だ、引っ張ってみたけど鍵がかかっているみたいだ」

 ウォリーは鞄から針金を取り出し、盗賊マンを発動させて鍵穴に差し込んだ。カチャカチャと手を動かし続けていると、やがて解錠された音が鳴る。
 もう一度取っ手を引っ張ると、重量感のある音と共に扉が持ち上がった。先程まで土のような見た目だったものがいつのまにか鉄の扉に変わっている。どうやら開くと自動で幻影魔法は解除されるようだ。

「ウォリーさんってそんな技術も持ってたんですか!?」

 目の前でいとも簡単に鍵を開けてしまったウォリーを見て、リリが驚きの声をあげる。

「これもスキルなんだ。元泥棒とかじゃないからね……」
「回復魔法が使えて、テイマースキルと盗賊スキルも持ってて、おまけに近接戦闘も得意とか、ウォリーさんって一体何者なんですかぁ!?」

 リリはパニック状態の様だが今はダーシャの救出が優先だ。ウォリーは扉を開いた先、暗い地下へ続く梯子に足をかけた。
 ゆっくりと警戒しながらウォリーは下へと降りていく。リリもそれに続き梯子を降りる。
 リリの身体が地面に沈んでいき、首から上だけが扉から外に出た状態まで下がった時、こっちをじっと見つめる犬と目が合った。

「案内してくれてありがとう。君はここで待ってね。必ず戻ってくるから」

 リリは犬へ笑顔を飛ばすと、暗闇の中へ沈んでいった。

 地下に降りると狭い通路が伸びていた。敵を警戒しながら慎重に進んで行くと、鉄格子の扉にぶつかった。
 鍵はかかっていない。扉を開けて中に入ると、広く何も無い部屋に出た。その奥にはもう一つ大きめの鉄格子の扉が確認できた。

ガシャン!

 ウォリー達が部屋の中央まで進んだ時、自分達が開けて入って来た方の扉が勝手に動き出し閉められた。

「ウォリーさん! 鍵がかかってます!! 出られません!」

 リリが慌てて戻って扉を揺らすが、びくともしない。

「はははは!この場所に気付くとはなかなかやるなぁ!」

 突然男の声が部屋に響いた。ウォリーの正面、大きめの鉄格子の扉を挟んだ奥に白衣の男が立っている。

「僕達の仲間を攫ったのはお前か!」

 ウォリーは剣を構え男を睨みつけた。男は薄暗い中で不気味に笑っている。

「丁度いい所に来てくれた! 君達には僕の新しい子供の相手をしてもらうよ!」

 男はそう言って暗闇の奥に姿を消すが、それと入れ替わる形で巨大な影が姿を現した。
 それからすぐ、その巨影の目の前の鉄格子が開かれる。

「なっ……!?」
「これって……」

 扉の奥からウォリー達の居る部屋に入り込んで来た物体を見て2人は固まった。
 彼らの目の前にはダーシャが居た。だが、その姿は彼らが知っているダーシャとは明らかに別物だった。

 上半身はダーシャだが、下半身は蟹だった。
 彼女の足があるべき部分にピンク色の甲羅に包まれた脚が8本生えている。
 そして彼女の両腕には蟹のハサミと思われるものが生えている。
 更にその全身には宝石が散りばめられて装飾されていた。

「なんだこれは……ダーシャなのか!?」

 ガシャンと音がしてそのダーシャの様な生物の背後の扉が閉じられた。

「ほうほう。あのモルモットの名前はダーシャと言うのか。よし決めたぞ!君の名前はプリンセス・ダーシャだ!」

 男の声が部屋中に響いた。

「行け!プリンセス・ダーシャ!そいつらを叩きのめせ!」

 男がそう言うと同時に、その怪物はウォリー達に向かってハサミを振り下ろしてきた。
 ウォリーは剣でそれをガードする。が、攻撃の威力が強すぎて後ろによろけそうになってしまった。

「くぅっ」

 間髪入れず怪物はハサミの攻撃を次々と繰り出してくる。ウォリーは必死でガードするが、反撃はしない。

(もしこの敵がダーシャだとしたら、攻撃する訳にはいかない……)

「ははは!! いいぞ! 流石の強さだ!」

 そうしている間にも男は笑い続けている。

「あなた何なの!? ダーシャさんに何をしたの!?」

 リリが大声で叫んだ。
 少しの沈黙の後、再び男が口を開いた。

「いいだろう。教えてあげよう」

 男の顔は見えない。だが明らかに笑みを浮かべているだろうという事が、その声色から伝わった。

「私は幼い頃から生き物を弄るのが好きだった。生き物を捕まえては、こっそり解剖をしていた。そんなある日、私は神から授かりものを受けたのだ!」

 男の声がだんだん興奮気味になっていく。

「私はユニークスキルを覚醒させた! 私のスキル『キメラ』は、生物と生物を融合させ新しい生物を創り出す事が出来るのだ!」

 ウォリーはハサミの攻撃を防ぎ続けながら、悪い予想が的中してしまったと感じた。男の話が本当なら、目の前に居るのはスキルによって姿を変えられたダーシャ本人だ。

「私が融合した生物は私の命令通りに動かすことができる! 初めは動物同士でやっていたが、そのうちモンスター同士でやるようになった。さらに私の好奇心はどんどん膨れて行き、そのうち人間とモンスターを掛け合わせたいという欲求に駆られるようになったのだ!」
「それで冒険者達を誘拐してこんな事を……」

 ウォリーの目に怒りが込められる。しかし今の彼は防戦一方だった。目の前に居るのがダーシャである以上、攻撃する事は出来ない。

「ウォリーさん! ウォリーさんのスキルで鍵を開けてここから脱出しましょう!」

 リリが声をかけるが、ウォリーの表情は険しい。

「鍵を開けるには30秒程時間がかかる。この攻撃を避けながらそれをやるのは、かなり厳しい!」

 ウォリーが後ろへ跳んで敵から距離を置くと、ダーシャの姿の怪物は両手のハサミをがっぽりと開いた。
 そのハサミの内部から黒と青が混ざった炎が吹き上がる。

「あれは……ダーシャの黒炎!」

 リリは遠距離攻撃を予想してウォリーの前に防壁を張った。だが、ウォリーは嫌な予感がしてそこに留まらず横へ跳んだ。
 その直後、ハサミから一直線に極太のレーザーが発射された。
 リリが張った防壁は一瞬で砕け散り、先程までウォリーが立っていた場所にレーザーが直撃した。

「私の防壁が一撃で!?」
「熱っ!」

 ギリギリでレーザーを躱したウォリーだったが、手元を強烈な熱さに襲われる。見ると、ウォリーの剣はレーザーに焼かれドロドロに溶けてしまっていた。
「ははは! そんな能力があるのか! さすがあの魔人族とプリンセスクラブを掛け合わせただけはある!」

 男の笑い声が響いた。
 プリンセスクラブ。海の近くに出現するモンスターで、全身ピンク色の巨大な蟹である。人間を襲い、宝石などの光り物を奪っては自分の甲羅に埋め込んでいくという習性があり、身体に宝石を散りばめたその姿が名前の由来だ。華やかな見た目とは裏腹に性格は非常に凶暴で、巨大なハサミで手や足を切断された冒険者も少なくはない。

「ダーシャさん! 剣が……」
「くっ……」

 剣を失い、防御手段を失ったウォリーは兎に角逃げ回るしかなかった。
 プリンセス・ダーシャ……男がそう名付けた怪物は8本の脚をカサカサと動かして高速で追いかけてくる。
 リリは咄嗟に防壁を作り出し敵の行く手を阻んだ。だが、巨大なハサミで3発ほど殴られると、防壁は砕けてしまった。
 それでも5秒ほどは足止めが出来る。リリは防壁を作り続けた。

(このままじゃ私の魔力も、ウォリーさんの体力もいつか尽きてしまう……!)

 リリは焦っていた。自分達が怪物の餌食になるのは時間の問題だ。
 巨大なハサミが再び大きく開かれ、中から炎が吹き上がる。先程の強力なレーザーを再び
放つつもりのようだ。
 その時、ウォリーの目の色が変わった。

(あのレーザー、とんでもない破壊力だ。恐らくあの白衣の男も、あれ程の威力は想定外だろう)

 今まで走り続けて来たウォリーが急に足を止めた。開いたハサミがウォリーに向かって伸ばされる。ハサミの炎が最高潮に達し、直後にレーザーが発射された。

(だからこの扉の強度も……!)

 レーザーが直撃するギリギリでウォリーは横に跳んで躱した。

「リリ! 脱出しよう!」

 ウォリーの言葉に、リリは驚いて目を丸くした。よく見れば、先程までウォリーが立っていた場所、その奥には鉄格子の扉が有った。
 ウォリーが躱した事でレーザーは扉に直撃。ウォリーの剣を高熱で溶かしたように、鉄格子も溶けて大きな穴が空いていた。

 2人は空いた穴へ向かって走った。逃すまいと怪物も高速で追いかけるが、リリは防壁でそれを妨害した。
 穴をくぐり通路に出ると、走り去っていく白衣の男が見えた。

(ダーシャを元に戻すには、彼女を操っているあの男を何とかしないと!)

 ウォリーは全力で走った。リリも後に続く。一瞬振り返ると、自分達が通ってきた穴から蟹の脚がとび出ていた。あの巨体が引っかかって穴から上手く抜けられないでいるようだ。


 ひたすらに走り続けていると、白衣の男が1つの部屋に入っていくのが見えた。ウォリー達もそこへ飛び込んでいく。
 男は部屋の端で立ち尽くしたまま、荒い息で呼吸をしていた。部屋には大量の本や何なのかよくわからない器具が置かれていて、まるで研究所のような内装だった。

「ははは、まさか……部屋から逃げ出すとは……ぶっ!!!」

 男が喋り始めた直後、ウォリーは彼を殴りつけた。

「ダーシャを元に戻せ!」

 ウォリーは男の胸ぐらを掴み、怒鳴る。しかし男は不気味な笑みを浮かべたままだった。

「嫌だと言ったらどうする? 私を殺すか? 私を殺したら彼女は元に戻せなくなるぞ」

 ヘラヘラと笑いながら男は余裕の態度を見せている。

「私が融合した生物は、私のスキル『キメラ』を使わなければ戻せない。これはユニークスキルだ。世界中探しても同じスキルを持つ者が居るかどうか……」
「だったらお前が戻せ!!」

 ウォリーは目を充血させ、身を震わせている。仲間を怪物に変えられた事への怒りが止めどなく湧き上がってきていた。

「嫌だね。あれは私が創り出した。私の子供だ。たとえ死んでも元には戻さん」

 男が言った瞬間再びウォリーの拳が飛んだ。
 男のメガネが吹っ飛び、音を立てて割れる。

「戻せよ!」
「嫌……だ」

 ウォリーの拳が男の顔面に振り下ろされる。鈍い音が部屋に何度も響いた。

「戻せ! 戻せ! 戻せえええ!!!」

 ウォリーは何度も男を殴りつける。こぶしが振るわれる度に周囲に血が飛び散った。普段の温厚な彼からは想像も出来ない姿だった。
 リリは不安そうにそれを眺めているが、止めはしなかった。何が何でもダーシャを助けたい。目の前の男を痛めつけてでも。その気持ちは彼と一緒だった。

「ふふ……ははは……はははは!!!」

 顔中から血を流しながら、それでも男は不気味に笑っていた。

「頼むよ……ダーシャを……助けてくれ……頼む……」

 ウォリーは殴るのをやめ、男の胸に額を擦り付けながら絞り出すように言った。

 その時、ウォリーの頭の中で音が鳴った。

 彼は少しの間その場で固まると、やがてリリの方を見た。

「リリ……僕にバリアスーツをかけてくれ」
「え?」

 ウォリーは白衣の男を掴んだまま、リリの元に歩み寄っていった。
 見れば、ウォリーの目には先程までの絶望感は無かった。その目を信じて、リリは彼に触れてバリアスーツをかけた。これにより次に受ける攻撃を1回まで無効化できる。
 直後、部屋の外の通路から大きな音が響いた。
 怪物と化したダーシャがすぐそこまで追いついて来たようだ。

「行ってくる」

 ウォリーは殴られてフラフラになった男を引っ張ったまま、部屋を出ていった。


 通路に出ると、奥から今まさに怪物がこちらへ向かって来ている瞬間だった。怪物はウォリーを確認すると立ち止まり、ハサミからレーザーを撃とうとする。
 ここは通路。一直線にレーザーを撃たれれば横に避けることは出来ない。しかしウォリーは引き返す事なく前に進んでいった。
 すると、突然怪物はハサミを下ろしてレーザーを撃つのを中断した。

(思った通り。今彼女を操っているのはこの男。こいつを一緒に連れていれば、巻き込んで一緒に殺してしまう可能性のあるレーザーを撃っては来ない)

 レーザーを諦めた怪物はウォリーに向かって接近する。彼女はハサミを振り、ウォリーの身体を攻撃した。
 その時、リリのバリアスーツが発動する。ウォリーは無傷のままハサミを受け、すかさず片腕でハサミをがっちりと押さえ込んだ。
 掴んだハサミに向かって、ウォリーは全力で魔力を注ぎ込む。すると、怪物の身体のあちこちから煙が吹き出し始めた。

「な……どうなってる……これは」

 ウォリーの横でその光景を見た白衣の男は驚きの声をあげた。
 怪物の身体から吹き出す煙はだんだんと激しくなり、やがて大きな破裂音と共に彼女の身体が煙をあげて破裂した。


 周囲を包んでいた煙が少しずつ薄くなり、視界が開けていく。
 見れば、ウォリーの目の前には元の姿のダーシャとプリンセスクラブが気を失って横たわっていた。

「何だこれは!? なぜ、元の姿に……貴様何をしたあああ!?」

 白衣の男は青ざめたまま絶叫する。

「キメラのスキルを持つ者でないとダーシャは元には戻せない。だから、僕がキメラのスキルを使って戻したんだ」

 あの時、頭の中に鳴り響いた音声。そこでウォリーは新しいお助けスキルを取得していた。


≪物真似マン≫

≪対象に触れている間のみ、対象のスキルをコピーして使用する事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:60000ポイント≫
「ダーシャ!」

 ウォリーは意識を失っているダーシャを揺さぶった。少しして、彼女の瞼がピクピクと動きゆっくりと開かれる。

「ウォリー……私は……」

 力の抜けた声で彼女は呟いた。

「ウォリーさん! あっ、ダーシャさん!?」

 丁度リリも彼らの元に駆けつけて来た。彼女は元の姿に戻っているダーシャを見て驚きの声をあげる。

「そんな……なんで、私の子供が……」

 白衣の男はそうブツブツと言いながらフラフラとその場を去ろうとする。

「リリ! こいつを逃さないで!」
「はい! 防壁牢獄(バリアジェイル)!」

 リリが唱えると白衣の男の周囲に防壁が出現する。
 リリの持つ技の1つ防壁牢獄(バリアジェイル)は、対象の頭上と前後左右を防壁で囲み閉じ込める事が出来る。強力なモンスターは中から防壁を破られてしまうので長く閉じ込めておく事は出来ないが、白衣の男を捕まえるには十分な強度だった。

「ダーシャ、大丈夫? 動ける?」

 ウォリーが心配そうに声をかける。ダーシャはしばらく虚ろな目をしていたが、やがてその場でゆっくりと立ち上がった。

「ウォリー、リリ……すまなかった。操られていたとはいえ君達にあんな事を……」

 ダーシャが自分の額を抑えながら言った。

「何があったか、憶えてるの?」
「ああ、モンスターになって君達を殺そうとした。その時も自分の意識はあったんだ。だが、抑えようとしても自分の身体が言う事を聞かなくて……辛かった」

 そう言って震える彼女を、リリが抱きしめた。

「ダーシャさん、もう大丈夫ですよ。元に戻って良かった……」

 ウォリーはその様子を見て安堵の溜息を漏らした。

「こいつは目覚めると厄介だな」

 ダーシャが振り返り黒炎を発動させた。彼女の視線の先には、未だに意識を失っているプリンセスクラブが居た。
 彼女は黒炎の剣を作ると、目の前の巨大蟹の口へそれを突き刺した。プリンセスクラブは瞬間身体を大きく跳ねさせるが、すぐに動かなくなった。

「さっきまで自分の一部だったモンスターを殺すというのは変な気分だが……残すはこいつか」

 ダーシャの瞳が一瞬で怒りの色に染まり、白衣の男の方をギロリと睨んだ。今にも斬りかかって殺してしまいそうな迫力が彼女から放たれている。

「この男には、まだやって貰わなきゃならない事がある」

 ウォリーはそう言うと男の元へ歩み寄っていった。







「あああああ!!! やめろおおお!!! 私の子供達がああああ!!!!」

 地下中に男の悲鳴が響き渡る。男は号泣しながら髪を振り乱して暴れている。
 ウォリーが予想した通り、この地下にはダーシャの他にも融合されて作られた怪物が保管されていた。
 1匹1匹が鉄格子の中に入れられて、まるで監獄のような光景が広がっていた。
 ウォリーは男を掴んだまま物真似マンでスキルをコピーし、ダーシャと同じ要領で次々と怪物を元の姿に戻していった。それを見るたびに白衣の男は涙を流して暴れ出した。
 ウォリーに散々殴られても笑っていたこの男が、今は嘘のように取り乱している。どうやら本当にこの男は自分が作った怪物を我が子だと思っていたようだ。
 ウォリーは男の狂気を側で感じ、寒気を覚えた。

 ウォリーによって怪物が元の姿に戻されると、そこに現れたのはやはり行方不明になった冒険者だった。
 ウォリー達を眠らせた蝶の羽を持った女性も融合された怪物だった。女冒険者と蝶のモンスターを掛け合わせたものだったらしい。


 ようやく全ての冒険者を助け出し、ウォリー達は地上へ向かう。

「そう言えば、ウォリーはどうやって私の居場所を突き止めたんだ?」

 ふとダーシャがウォリーに尋ねた。

「ああ、ダーシャの臭いを辿ってね……」
「なっ……!?」

 ウォリーの言葉に彼女はギョッとする。

「ウォリー……き、君はそういう趣味だったのか……しかも遠くから嗅ぎ分けるほど私の臭いを憶えて……まぁ、悪い気はしないが……」

 もじもじとしながら呟くダーシャを見てウォリーが慌てて訂正する。

「違う違う! 僕が臭いを嗅いだ訳じゃないよ!」

 そんな2人を見てリリはクスリと笑った。

「そうです。地上へ出たら会えますよ。ダーシャさんを見つけてくれた方に」

 ダーシャは頭にハテナマークを浮かべながら地上への道を進んでいった。







「ふわああああぁっ……別れたくないよおぉぉっ」

 涙を流しながら犬に抱きつくリリ。
 全ての事が終わり、いざ森から出ようといった時に犬との別れを惜しんだリリはその場で泣き崩れていた。

「連れて帰って飼いましょうよぉ〜」
「こらこらリリ、その犬は元々この森が住処だろう」

 なかなか犬から離れようとしないリリにダーシャは呆れ顔を向ける。

「ちゃんと私が面倒見ますからぁ〜」
「そんな事言ったって、宿は何処も基本的にペット禁止だ。部屋が毛だらけになったらどうする」
「だってぇ、この森に来てもまた会えるとは限らないじゃないですかぁ、モンスターが出る森ですよ?食べられちゃったらどうするんですかぁ〜」

 ダーシャは困った様子でウォリーに視線をやる。

「そうだね。この子はダーシャを見つけてくれた恩人……いや、恩犬だからね。飼ってもいいんじゃないかな」

 ウォリーは犬を撫でながらそう言った。それを聞いてリリの表情がぱっと明るくなる。

「た、確かに私もその犬には感謝してはいるが……飼うと言ったって一体どこで?」
「実は前から考えてた事があるんだ……」

 ウォリーの言葉に、ダーシャは首をかしげる。

「賃貸住宅を借りるってのはどうかな?」

 街には住宅を貸し出し家賃を回収する商売がある。ただし、冒険者が住宅を借りる場合は1年分の家賃を前払いするのが基本だ。危険を伴う仕事なので、もし住人がダンジョンなどで死亡したりすれば家賃の回収が出来なくなってしまうからである。

「これはダーシャの為でもあるんだ」

 ウォリーは続けて語る。

「住宅を借りてしまえばこれからは宿屋の顔色をいちいち窺わなくてもいいでしょ?」

 ウォリーとパーティを組んだ後も、ダーシャは宿屋から宿泊を断られる事がよくあった。その為まずウォリーが先に入り2人分の部屋を取って、後からダーシャが入るという方法をとっていた。

「しかし、家賃1年分だぞ。3人ならその3倍だ。私達にそんな余裕あるのか?」
「大丈夫。最近は結構難易度が高い依頼もこなせるようになって貰った報酬も溜まって来たし、僕がレビヤタンに居た時は政府から支援金を貰っていたからね。その時の貯金もある」

 ダーシャはしばらく腕を組んで考え込んだ。リリの方に目を向けると、すがる様な眼差しを送ってきている。
 ダーシャは大きく溜息をつくと、顔を上げた。

「わかった。ウォリーの案に賛成しよう」

 それを聞いてリリは両手を上げて喜び出す。

「やったぁ! じゃあこれからは3人で済むんですね!」
「いや、2人だよ」

 ウォリーがそう言うと、リリとダーシャが固まった。

「僕はいつも通り宿屋でいいよ。それで不自由してないしさ。それに女の子同士で住んだ方が色々と気楽でしょ?」

 リリとダーシャはしばらく黙ってお互いの顔を見合わせた。そして、2人同時にウォリーの腕を掴んだ。


「ウォリーも一緒に住め!」
「住んでください!」
 目を覚ますと眩しい光が瞼の隙間から入って来たので、ウォリーは思わず顔を腕で覆った。
 少しだけ時間をおいて、彼はゆっくりと身を起こすとベッドから降りた。
 住み始めたばかりの部屋は、まだ家具もそれほど揃ってなくがらんとしている。
 ウォリーは元々ここに住むつもりは無かった。だがその意思を伝えた途端ダーシャとリリに一緒に住むように強要された。

「お前1人だけ仲間外れにしているようで良い気がせん!」
「パーティのお金で借りるのにウォリーさんが住まないなんておかしいですよ!」
「部屋を分ければ済む話だろう!」

 彼女達は口々に言い、ウォリーに反論の余地を与えなかった。
 結局、3人で住める家を探してそこを借りて住むことになった。
 冒険者向けの宿屋は低価格の代わりに風呂やキッチンなどは部屋に個別で備わっておらず、共用で使用する事になっていた。それを考えれば今ウォリーが住んでいる家も3人それぞれ部屋は分かれているので、宿屋を使うのと環境はあまり変わらないのかもしれない。
 それでも1つ屋根の下に女2人と一緒に住むという状況に、まだウォリーは少し落ち着けていなかった。

 ウォリーは寝起きで開ききらない目を擦りながら、着替えを済ませる。部屋の扉を開けダイニングへ向かうと、良い匂いが漂ってきた。

「おおウォリー、おはよう」

 キッチンで朝食を作っていたダーシャがそう声をかけてきた。ダーシャは男勝りな性格だが、意外と料理が上手い。聞けば実家がそういう教育を徹底している所らしく、幼い頃から一通り教わっていたらしい。
 彼女から感じる気高さだったり魔人族と人間族の和解といった壮大な使命感を持っていたりするのは、そういった教育が影響しているのかもしれない。

 ウォリーが料理をする彼女を何となく眺めていると、玄関の扉が開く音がした。それと同時に、犬の鳴き声が聞こえてくる。

「ただいま〜。あ、ウォリーさんおはようございます!」

 リリが犬を連れてやって来る。どうやらウォリーより早く起きて、犬を散歩に連れて行っていたようだ。

「おはようリリ、それからブレイブも」

 ブレイブと言うのは犬の名前だ。名付けたのはリリで、由来は囚われのダーシャ()を救い出したブレイブ(勇者)だからだそう。因みにその勇ましい名前とは裏腹に性別はメスだ。
 野犬だった時は全身土で汚れていて毛も乱れていたが、この家に来てすぐリリが身体を洗ってやり、今では綺麗に整った茶色の毛並みが輝いている。
 リリはブレイブにぞっこんで、散歩から餌やりなど世話は全部彼女が率先してやっていた。寝る時は自分の部屋に連れ込んで毎晩一緒に寝たりと、常に一緒に居る。従えたのはウォリーなのだが、今やリリの方が主人のようになってしまっている。

 ウォリーはと言えばこの家では主に掃除などを担当している。
 つい最近彼は新しいお助けスキル『清掃マン』を取得したばかりだった。その名の通り掃除が上手くなり、さらに掃除スピードもアップするというスキルだ。
 ダーシャは料理を作ってくれて、リリは犬の世話を全部やってくれる。そんな中でウォリーが自分もこの家で何か2人の助けになりたいと頭を悩ませた時、このスキルが取得可能になった。
 ウォリーのこのスキルのおかげで、物件の中では安い方だったこの家も今では新築のような美しさを放っていた。

「今日は休みにしようと思うんだ」

 ダーシャが作ったオムライスにフォークを沈ませながら、ウォリーは言った。

「そうだな、最近は依頼をひたすらこなす日が続いていたからな」
「じゃあ1日何をして過ごしましょうか?」
「ショッピングとかどうかな? まだこの家も殺風景だし、インテリアとか見るのもいいかも」
「じゃあ昼食は街で外食にしませんか? 前から気になってたレストランがあって……」

 そんな会話をしながら朝食の時間が過ぎて行く。

 差別を受けて1人孤独に戦ってきたダーシャ。パーティメンバーから道具の様に扱われてきたリリ。そして、その性格を嫌われてついにはパーティを追放されたウォリー。
 この3人が冒険者になってから初めて経験する、和やかな仲間とのひと時だった。
 1つ屋根の下に住んでいるという事も相まって、本当に自分達が家族になったような感覚をそれぞれが感じていた。
 そして、これからもずっとこの仲間達と共に冒険者をやっていけると思っていた。

 しかし……







「ポセイドンのメンバー、ウォリー、ダーシャ、リリ。以上この3名をギルド追放処分とする」

 ギルドの会議室。呼び出されたウォリー達にギルド職員はそう言い放った。
 3人は顔を青くしたまま俯いている。

(どうして……どうしてこんな事になった)

 ウォリーは考えを巡らしながら頭を抱えた。