「ああ?何よ急に?」

 ダーシャに怒鳴られたサラはイラついた様子で睨み返す。

「先程から観察していたが、お前達のリリに対する行動は見るに耐えん!仲間の命を何だと思っている!」
「そんなん部外者のあんたが口出しする事じゃないでしょ?私らには私らのやり方があんの」

 サラは面倒臭そうに自分の髪をいじった。

「大体あんたら何なの?リリとどういう関係よ」
「ババゴラの洞窟で倒れてた彼女を僕達で救出したんだ」
「お前達、リリを置き去りにして逃げたらしいな!」

 ウォリーとダーシャが言うと、サラは鼻で笑った。

「それはそれは、余計な事してくれたわね。あそこでリリが死んでれば、いちいち口封じせずに済んだのに」

 ダーシャが思わずサラに掴みかかろうとしたが、ウォリーはそれを制止しながら言った。

「この事はギルドに報告する。君達のパーティはすぐに処分を受けると思う」

 そう言われてもサラはニヤつきながら手招きをしてみせる。

「リリ〜。こっちおいで」
「あ…」
「来い!」

 サラにキツく言われ、リリは震えながらサラの元へ歩いて行った。

「リリはね〜、私らの仲間なの。部外者のあんたらが何を言ったところでギルドは信じないわよ」

 そう言うと、サラはリリの顔を覗き込む。

「ほら、あいつらに言ってやんなさいよ。私達があなたをダンジョンに置き去りにしたって?ねえリリ、本当?」

 リリが俯いてもじもじとしていると、サラが彼女の脇腹を小突いた。

「ほら!さっさと言えよ!」

 リリはうっと小さく唸ると、口を開いた。

「サ、サラちゃんは…そんな事…してない…です。私が勝手に…に、逃げ遅れた…だけ…です」
「よく言えました〜。ね?彼女は何もされてないってよ。言い掛かりやめてくれる〜?」

 ケラケラと笑うサラの横で、リリは固く瞼を閉じた。

「リリ…」

 ダーシャが一歩前に出て、リリに手を差し出す。

「今からでも遅くない。自分が本当に思っている事を言って。そこから抜け出すんだ」

 リリはダーシャの目を見て、それからサラの方を見た。
 サラはギロリとリリを睨みつけている。

「怖がる事は無い!嫌な事は嫌だと、正直に言うだけだ。言った後の事なら心配するな。私が君を守る!もう君を、傷つけさせたりはしない」

 リリは小さく呻きながら、おどおどとダーシャとサラを交互に見る。

「リリ、あいつなんかに構っちゃダメよ。私達は仲良しだもん。ねーリリ、弱虫のあんたを、誰が今まで面倒みてあげてきたと思ってるの?」

 サラはリリの二の腕を掴むと、ギュッと力を込めた。

「リリ、私を信じてくれ」

 ダーシャはリリを真っ直ぐ見たまま手を差し出し続けている。

「リリ、私の言う事をききなさい」

 サラがリリの腕を握る力を更に強める。指が食い込み、痛みで彼女の目が潤み始めた。
 リリがもう一度ダーシャの顔を見ると、同じくダーシャの目も潤んでいる。

「リリ!」
「リリ!」

 ダーシャとサラが同時に叫んだ。

「あああああああ!!!!」

 リリはサラの手を振りほどくと彼女を突き飛ばした。

「違う違う違う!あんたなんか!仲間じゃない!!!」

 そう叫んだ彼女はダーシャの元に駆け寄った。
 ダーシャの差し出した手が、しっかりと握られる。

 ダーシャはすぐにその手を引いて彼女を抱きしめた。

「よく言った!頑張ったな!もう大丈夫だ」

 リリはダーシャの腕の中で声を上げ泣き始めた。

「てめぇ!リリ!私に逆らってどうなるか分かってんでしょうね!?シメあげてやる!」

 そう怒鳴ってリリに近づこうとするサラの前に、ウォリーが立ちはだかった。

「何だお前!邪魔だ!」
「リリとダーシャは僕の仲間だ。二人には指一本触れさせない」

 サラはウォリーを睨みながら視線をあちこちに動かしている。力ずくで切り抜けるか退がるか迷っているようだ。

「リリ、本当の事を言ってやれ、あいつらが君にした仕打ちを」

 ダーシャがそう言うとリリはすぐに顔を上げた。もう彼女の目に迷いの色は無かった。

「私は、サラ達にダンジョンに置き去りにされた!魔法で援護するって言ったまま、帰ってこなかった!」

 彼女が叫ぶと、サラは顔を真っ赤にして喚きだした。

「リリ!お前それギルドで言うなよ!言ったらタダじゃおかないから!お前の跡つけまわして、徹底的にシメてやるからな!夜も安心して眠れると思うな!」
「いや、もう手遅れだよ、サラ」

 ウォリーは言って、周囲を見回した。

「そうですよね?ベルティーナさん」

 彼が言うやいなや、通路の陰からダークエルフの女性が姿を現わす。

「パーティの仲間に殴る蹴るなどの暴行、戦闘中に石を投げつける妨害行為、『リリが死んでいれば口封じせずに済んだ』という発言、そしてリリ本人の口からの証言…きっちり確認しちゃいました〜」

 ベルティーナは手帳を手に淡々と語る。

「誰だお前!?」

 サラが睨むと、彼女はピースサインで返した。

「ギルドの監視員のベルティーナで〜す。ベルっぴって呼んでね〜ん」
「か、監視員!?」

 サラの顔が一気に青ざめた。

「仲間置き去りとかやばくな〜い?ギルドに報告しちゃうから4649ね〜」

 そう言ってベルティーナはアンゲロスの一人一人に視線を送る。

「ま、待って!置き去りなんてしてないわ!リリが勝手に言ってるだけよ!何の証拠も無い!」
「え〜。この期に及んで見苦しすぎ〜」
「私がいつ置き去りにしたって!?何時何分何秒!?地球が何回まわった時よ!?証明して見せなさいよ!!」

 喚き散らすサラに、ベルティーナは自分の手の甲を見せつけた。
 手に彫られたハート型の紋章にサラが目をやる。

「この刻印はぁ…魔術ってゆーか、呪いみたいなもんね〜。ギルドの監視員はみんなこの呪いを受けるの。この刻印が付いてる人はギルドに対して嘘をつけなくなる。虚偽の報告する奴が居たらやばいじゃん?だから〜、それだけウチの発言ってのはギルドにとって信憑性があるワケなのぉ〜」

 彼女が語るにつれて、サラの威勢がどんどん弱くなっていく。

「つまり〜、ウチに見られた。聴かれた。その時点でそいつは終わりなワケ。お、わ、か、りぃ〜?」

 サラは何も言い返す事なく歯を食いしばって俯いた。

「じゃ〜、君達はウチと一緒にギルドまで来てちょ〜」

 ベルティーナが言うと、サラはリリの方を睨んだ。

「お前、このままじゃ済まさないからね…どこまでも追っかけて行って、ボコボコにしてやる…」

 言った直後、サラの胸にベルティーナの両手が伸びた。そして彼女は胸の先端をつまむと、親指に力を込めてねじり上げた。

「ぎゃあああああああ!!いたあああああああ!!!」

 サラの絶叫が周囲に響き渡る。

「監視員のウチの前で再犯予告とか、ナメてんの?ウチの事。ねぇ、ナメてんっしょ?あぁあん!?」

 さっきまでヘラヘラしていたベルティーナの顔がみるみる鬼のように変わっていく。

「痛い痛い痛いいいいい!!!ああああああ!!!」

 サラは痛みから逃れようとベルティーナに殴る蹴るを繰り返したが、彼女は全く動じる事なく指に更に力を込めた。

「ぎゃあああああああああ!!!!!」
「もう一回ウチの前で言ってみなよ?リリを追っかけてって何するってええ!?」
「いたいいいいい!!!取れる!!取れちゃうからああああああ!!!!!」
「ああああああ!?なんだってえええ!?」
「許してええええ!!!もうしません!!!もうしませんからああああ!!!!」

 そこでようやく彼女は指を離す。サラはその場にうずくまって泣きべそをかきはじめた。

「それじゃ〜、ギルドへ行こっか〜」

 ベルティーナはアンゲロスの他のメンバーに笑いかける。彼女達は顔を青くして震え上がった。

「…っ。だからあいつは苦手だ…」

 ダーシャが小さく呟いた。

「あ〜そうそう、ダシャっちさぁ…ウチを利用するなんてなかなかナメた真似すんじゃん?やっぱあんたってチョームカツク」
「利用?何のことだ?」

 ベルティーナは冷めた表情でダーシャを見つめているが、その瞳の奥には明らかな怒りの色が見えた。

「とぼけないでよ。あの手紙…ウチをおびき出す為にやったんっしょ?」
「手紙…?さぁ…知らんな」

「チィ!!!」

 ベルティーナは足元の蜘蛛の死体を蹴飛ばした。

「おぼえてろ」

 そう吐き捨て、未だに泣きじゃくっているサラ達を連れて彼女はダンジョンを去って行った。






「何とかうまく行ったね」

 ウォリーはホッとした様子で言った。

「しかし、嘘でも気分の良いものではないな、私がウォリーをいじめて報酬の9割も持っていくなど…」

 ダーシャが眉をひそめる。
 あの手紙を出したのはウォリーの案だった。ベルティーナがここに居た理由。それは彼女がダーシャを監視していたからだ。監視員がアンゲロスを調べないのなら、ベルティーナに自分達を監視させた状態でアンゲロスを尾行すれば良い。ダーシャに敵対心を持っている彼女なら、ダーシャの不正疑惑が出ればすぐに飛びついてくるとウォリーは思った。

「ウォリーさん…ダーシャさん…ありがとうございました。腹をくくってしまえば、案外簡単なものなのですね…」

 リリが2人に頭を下げる。

「私…また1から頑張ってみようと思います」
「ああ、これから3人で頑張ろう」

 そう返すダーシャを見て、リリは「えっ」と声をあげた。

「そうだね、これからはリリも入れて3人パーティだ」

 ウォリーもそう言って笑みを浮かべる。

「あの…良いんですか?私なんかが入って…」
「なんだ、やっぱり私と一緒じゃ嫌なのか?」

 ダーシャ大げさにムッとした表情をして見せた。

「い、いえ…ただ、私は1度は皆さんのパーティに入るのを断った身ですから…」
「何言ってるんだ!言っただろう、私がお前を守るとな。言ったからには責任を持つぞ!」

 ダーシャはそう言って笑うと、再びリリの前に手を差し出した。

「よろしく。リリ」

 リリの顔に少しずつ明るさが戻っていく。

「はい。よろしくお願いします。でも、私は『ガーディアン』。守るのは、私の役目です」

 リリは言い、2人は握手を交わした。