「うぇ〜い!元気してたぁ〜?」

 ダークエルフの女性がダーシャに向かって手を振った。
 ダーシャは返事もせず嫌そうな顔をしている。

「で、こいつは誰よ、あんたのカレシぃ?趣味悪〜」

 彼女はウォリーの方を見て、言った。

「ども〜。ウチの名前はベルティーナ。ベルっぴって呼んでね〜」

 彼女はそう名乗ると、自分の頰の横でピースをした。
 ウォリーは苦笑いしながら自分も名前を名乗ると、小声でダーシャに語りかけた。

「ダーシャ、君の友達?」

 ダーシャは大きくため息を吐いた。

「友達なわけあるか…以前に日銭を稼ぐ為に闘技場に闘士として出た事があるんだ。私は決勝まで勝ち進んだのだが、その時の対戦相手があいつ、ベルティーナだ…」

 ダーシャは不機嫌そうな表情のまま、続けた。

「実力は五分五分だったんだがな、僅差で私が勝ったんだ。それ以来ずっとあの女に敵対視されるようになってな…何かにつけ私と張り合おうとしてくる。正直、私はあいつが苦手だ…」

「なに内緒話してんの〜?さっさと座っちゃいなよ!」

 ベルティーナはソファに寄りかかってニヤニヤとダーシャを見ている。
 2人は渋々彼女の正面に腰かけた。

「ま〜今ウチはギルドの監視員やってるワケなんだけど〜。何か急に相談者が来たとか言われて待ってたらダシャっちが来るわけじゃん?マジびびったわ〜」

 監視員という言葉を聞いて2人は緊張した。
 ギルドに登録している冒険者が悪質行為や規約違反などを行なっていないかを監視している人物。それがギルドの冒険者監視員だ。
 もし悪い噂が立った冒険者が居れば、その冒険者の後をこっそりと付け回して、違反行為を行なっていないか調査をする。
 調査対象の冒険者がダンジョンに潜っている時も尾行したりする為、監視員はそれなりの戦闘能力を持っている者ばかりだ。

「で〜。相談って何なワケ?余計な仕事増やさないで欲しいんですケド〜」

 言いながらベルティーナは宙で手をひらひらと舞わせた。彼女の手の甲には、ハート形の紋章が彫られている。

「実は…」

 そう切り出してウォリーは洞窟ダンジョンで出会ったリリや、彼女から聞いたアンゲロスの話をベルティーナに説明した。

「アンゲロスね〜。ちょっと資料とってくるわ」

 彼女は席を立ち、10分程経って何枚かの書類を手に戻ってきた。彼女はソファに座ると、黙って書類を眺め始めた。

「ダシャっちさぁ…」

 書類に視線を向けたまま、ベルティーナは言った。

「タレコミするんならもうちょっとまともな情報よこしてよね〜。こんなんウチらが動く気にもならんわ。以上」

 トントンとテーブルで書類を揃えて彼女がそのまま退室しようとしたので、慌ててダーシャは引き止めた。

「どういう事だ!?ダンジョンに仲間を置き去りなど仲間殺しに等しい行為だろう!」
「まずぅ〜。仲間全員で逃げようとして、1人だけ転んじゃったりして逃げ遅れたりしたって可能性もあるわけじゃん?こういう場合意図的に仲間を置き去りにしたってワケじゃないから不幸な事故って事になんだよねぇ〜」
「そうじゃない!パーティメンバーはリリ1人にモンスターの防御を命じて、本人に知らせずに勝手に逃走したんだ!」
「それはさぁ〜、リリから聞いた話でしょ?ダシャっちが目の前で見た訳でも無いわけじゃん。まぁ、本当にリリがそう言ったのかも怪しいんだけど〜」

 ダーシャは彼女を睨んだ。

「どういう事だ」

 ベルティーナは鼻歌を歌いながら手元の書類をパラパラとめくる。

「そのリリって子、未だにアンゲロスのメンバーとして活動してんのよね〜。つい、3日前もパーティ揃って依頼をこなしてるし〜」
「何だと?」
「あのさ、もし本当に置き去りにされたとしてその後もパーティにずっと居続けるとかあり得ないっしょ?普通そんなとこすぐ抜けっよね〜。ダシャっちの話には信憑性がないんよ」
「いや、でもリリは…」
「しっつこ!そもそも等の本人が何の被害も訴えて無いんだからそういう事っしょ!根拠も無いのにパーティの悪評を流すとダシャっちが罰せられちゃうよ〜」

 ベルティーナが不敵な笑みを浮かべてダーシャに視線をやる。

「よく居るんだよね〜。他パーティの悪い噂をでっち上げて陥れようとする奴がさ〜。そういう悪質行為は監視員として見過ごせないなぁ〜」

 彼女はニヤついたまま視線の前をダーシャの顔から胸部へ落としていく。

「ま、ダシャっちをしょっ引けるならウチとしては好都合だけど〜。ダシャっちみたいな悪い子には〜…お、し、お、き、が…」

 ベルティーナがダーシャの体に手を伸ばして来たのに反応して、慌ててダーシャは自分の胸を腕で覆いながら身体を逸らした。
 ベルティーナはフッと鼻で笑うと、面談室を去って行った。



 面談室に残された2人の周りには重い空気が漂っていた。
 確かに当のリリ本人が何も言わずにアンゲロスと行動を共にしている以上、分が悪いのはウォリー達の方だった。

「ウォリーすまない、また私のせいだ」

 ダーシャはそう言って頭を下げた。

「え?何でダーシャが謝るのさ」
「ベルティーナは軽い態度を取ってはいるが、腹の中じゃ私に敵対心を向けている。相談者が私でなければ、もう少しマシな対応をしていたはずだ」

 彼女は悔しそうに拳を握った。

「いや、ダーシャのせいじゃないさ。彼女の言う事も一理ある。ギルドを動かしたけりゃ、リリの証言を取ってこいって事でしょ」
「だが、当の本人はそれをしない。ウォリー、もうリリに関わるのは止めるか?そもそも私達が介入する義務もない事だ」

 ウォリーは眉をひそめて唸った。

「でも、このまま放っておいたらリリはまたパーティメンバーに酷い目に遭わされるかも…今回だって彼女は死にかけたんだ」

 その言葉を聞いてダーシャの顔が明るくなった。

「そうだな!そうだよな!君はそう言う奴だと思ってたぞ!それでこそウォリーだ!」

 彼女の反応が意外なものだったのでウォリーは驚いた。いつもはお節介焼きだと呆れられるのがお決まりの流れだったからだ。