ウォリーが目覚めた時、彼は何処かのベッドに寝かされていた。
起き上がって窓から外を覗くと村人達がせっせと動いている姿が見えた。
どうやらここは村の民家の1つのようだ。
「ウォリー様、もう起きて大丈夫なんですか?」
彼が外に出ると村人達が集まってきて声をかけてくる。
見た所、彼が気を失ってからそれほど時間は経っていないようだった。
彼自身も体調からして完全に回復したとは言い難い。
「今、荒らされた家をみんなで片付けているんです」
村人の1人がそう言った。ウォリーは手伝おうかと言ってみたが、体調を心配され村人達に止められてしまった。
彼は特にやることもなく適当に村を歩いていると、ダーシャの姿を発見した。
彼女は村人に囲まれて四方八方から声をかけられている。
「魔人族がこんなに強いとは思いませんでした!」
「ダーシャ様のあの空を舞う姿!まるで女神のようでした!」
「サインください!」
今回の戦いで最も多くの盗賊を仕留めたのは彼女だ。彼女が勇ましく戦う姿は村人達の目に英雄のように映ったのかもしれない。
ダーシャはこの様な扱いを受けるのが初めてなのか、恥ずかしそうに慌てている。
そこにひと組の親子が近づいて行った。
その子供の方は、あの時盗賊に人質に取られた少女だった。
「ダーシャ様。あなたのお陰でうちの娘は助かりましたありがとうございました」
少女の親が深々と頭を下げた。
「何を言う。その子を救ったのはウォリーではないか」
「はい。ウォリー様にも感謝しています。しかし、ダーシャ様はこの子を傷付けない為に、自分が矢を受けてまでも盗賊への攻撃をしませんでした。下手すれば死んでいたかもしれないのに…それを思うと感謝をしてもしきれません」
「お姉ちゃんありがとう!」
親子はそう言って何度も彼女に頭を下げた。それを見て村人も口々に声をあげた。
「さすがダーシャ様!強いだけでなく、お優しい!」
「俺たちは魔人族の事を誤解していたのかもしれないな」
再び周りからの賞賛の声を浴びせられ、ダーシャは慌て始める。
その時、荒々しい声が彼女達に発せられた。
「やめんかお前ら!魔人族なんぞに頭下げるなど!!!」
村長のシドだった。
彼も戦いの最中、ウォリーによって救出されていた。
「お前らは人間だ!誇りを持て!魔人族なんぞに感謝する必要はない!!」
そう怒鳴り散らすシドに、村人達は反発を始めた。
「おい!命の恩人にその言い方はないだろ!」
「そうだ!ダーシャ様は女神様だ!」
「彼女はうちの娘の為に毒矢を受けて死にかけたのよ!」
大勢の村人達から反論を浴び、シドは何も言えなくなってしまった。
さらにそこに冒険者達が集まってきた。
「おい、村長さんよ。俺たちを盗賊に売ってくれたそうだな」
「どういうことか説明してもらおうか」
シドは追い詰められ、歯を食いしばって周囲を睨みつけている。
「俺は村を守ろうとしただけだ!なのにあの盗賊に騙されたんだ!あいつらのせいだ!!それにお前もな!」
シドがダーシャを指さす。
「お前が来なきゃこんな事せずに済んだんだ!魔人族の手を借りたとなっては、村の恥になる!」
シドの自分勝手な主張に周囲の人々はただただ呆れているだけだった。
「村長さん、どうしてそこまで魔人族を嫌うんです?」
ウォリーがそう言って話に入ってきた。シドは拳を震わせながら俯き、語り始める。
「俺の親父は若い頃に魔国との戦争で捕虜にされたんだ。その時魔人族に随分と酷い目にあわされたらしい。親父は晩年までずっと魔人族への恨み言を言っていたよ。俺はそれをずっと聞きながら育ったんだ」
シドが顔を上げキッとダーシャを睨みつけた。
「俺はその親父から村長としてこの村を受け継いだんだ!もしもこの村が魔人族に救われるなんて事が起こってもみろ!俺は死んだ親父に合わせる顔がねえ!!!」
シドは身を震わせながらそう喚き散らした。
すると、今までシドの言葉を黙って聞いていたダーシャが、ゆっくりと彼の前に歩み寄った。
彼女は彼の目を少し見つめた後、深々と彼に頭を下げた。
「私の種族があなた方親子に行った行為、非常に心痛く思う。魔国を代表してここに謝罪する。誠に申し訳なかった!」
そう言った後、ダーシャは下げていた頭をゆっくりと持ち上げた。そして再びシドの目を見つめる。
その直後、彼女はシドの顔面に思いっきり鉄拳を打ち込んだ。
「ぐえっ」っと声をあげて2メートルほど吹っ飛ぶシド。倒れた彼は鼻血を出しながらピクピクと痙攣している。
「だが、それとこれとは別の話。私個人に対して怒りをぶつけたいのなら好きなだけやって構わない。しかし今回は…お前の行動で罪のない村人達が、幼い少女までもが危険に晒された。その事だけは…その事だけは絶対に許せん!」
ダーシャは倒れているシドにそう言い放つ。その直後に周りの村人達から盛大な歓声が上がった。
翌日。村人達によって縄で拘束された盗賊達と、その盗賊と取引を行ったシドは政府の兵士達に連行された。
昨日ウォリー達は村に一泊し、朝方に村人達に見送られながら村を出発した。
帰り道、ウォリーはダーシャに誘われて同じ馬車に乗って帰る事になった。
「思えばギルドで会った時から君には世話になりっぱなしだったな…」
馬車に揺られながらダーシャは言った。
「このまま済ませるのは私も納得がいかん。何か礼をさせてくれ」
ウォリーは最初遠慮をしたが、彼女はしつこく食い下がった。
「何でも言ってくれ。出来る事なら何でもしよう!」
その彼女の言葉にウォリーは少し考えた後、言った。
「本当に何でもしてくれるんですか?」
「勿論だ。それ程の事をしてもらったからな」
「本当に本当に何でもですか?」
「本当に本当だ!」
「本当に?本当の本当に?」
「しつこいぞ!私がすると言ったらするんだ!」
何度も確認してくるウォリーに、ダーシャは苛ついた様子で答えた。
「私が毒にやられた時、君が助けてくれなければ私は死んでいた。命の恩人には全力で報いなければならん!」
彼女は力強い視線をウォリーに向ける。
彼は「では…」と言って彼女に手を差し出した。
「僕とパーティを組んでください」
そう言われたダーシャはしばらく固まった。
それから、彼女は目を丸くして両手をぶんぶんと振り回した。
「いや!駄目だ!それだけは駄目だ!別に君と組むのが嫌という訳ではないぞ!だが私はこの国で差別を受けている身だ!私と組んだせいで君にまで迷惑がかかるのは耐えられん!それだけは駄目だ!!」
ダーシャは早口でウォリーの申し出を拒否する。
「でも、何でもしてくれるって言いましたよね?」
彼女は頭を抱えてしばらく唸っていた。
「卑怯だぞ!君は私が断るのを見越してあんなにしつこく確認したのだな!?」
彼女がそう言って睨みつけても、ウォリーは爽やかな笑顔のまま彼女に手を差し出している。
「大体よりによって何で私だ!私と組んだって良いことはないぞ!」
「かっこいいからです」
「はぁ?」
ウォリーは彼女の目を真っ直ぐ見つめる。
「さっきあの村の村長をぶっ飛ばしたのを見て、かっこいいなって思ったんです。今まで周りからどんなに差別を受けても、反抗しなかったあなたが、村の人たちの為に怒ったんです。それを見て僕は、あなたは本当に強い人だと思いました。僕もあの村長に怒りを覚えていましたが、あなたと同じような事は多分できなかったと思います。あなたみたいな強い人が付いていてくれたら、僕はとても助かる」
ダーシャは「うー…」と唸りながら上を見たり下を見たりをしばらく繰り返していた が、やがてウォリーの方へ顔を向けると、強い口調で答えた。
「いいか!私は本当は嫌なんだ!私は嫌だと言ったのに君が無理矢理パーティを組ませたんだ!だから私と組んだせいでお前がどうにかなっても…私は知らん!知らんからな!!」
そう言うと彼女は、ウォリーが差し出した手をがっしりと握った。
Bランクモンスター、ダイヤモンドウルフ。
全身の体毛は日光を受けてキラキラと銀色の光を美しく放つ。
スラッと伸びた4本の脚の先端には透明に透き通った爪が並ぶ。
その神秘的な姿とは裏腹に、怪しく光る両目からは凶暴な殺意が放たれている。
その殺意の向かう先は、2人の冒険者。
4頭のダイヤモンドウルフは冒険者の周囲をぐるぐると囲うように歩きながら、飛びかかる機を窺っている。
冒険者の1人は男性で剣を手に持っており、もう1人は女性で素手だった。
獣達は女性の方が仕留めやすいと見たのか、彼女目掛けて一斉に飛びかかった。
彼女の前方から攻め込んだ2頭の牙が彼女の肉に噛み付く寸前、黒い炎が吹き上がり獣達を飲み込んだ。
炎に焼かれてのたうち回る獣を前に、彼女は片手を掲げた。その手に黒炎が集まっていき、剣のような形になる。
彼女が黒炎の剣を振ろうという時、背後からもう2頭の獣が襲いかかって来た。しかし、男性冒険者が彼女の後ろを守るように立ち塞がり、2頭の攻撃は防がれてしまう。そのまま彼はその2頭に斬りかかって行く。
女性冒険者が黒炎の剣で前方に居た2頭の首を刎ねるのと、後方の2頭を男性冒険者が仕留めたのはほぼ同時だった。
「何度見ても凄いな。その黒炎のスキルは…」
剣についた付いた血を拭きながら、ウォリーは言った。
「盾にもなるし剣にもなる。おまけに空も飛べるし遠距離にも対応してる…万能過ぎるよ」
彼から賞賛を受けた女性…ダーシャは澄ました顔で鞄を開いた。
「いや、そんなに便利なものではない。燃費が悪くてな…特に空を飛ぶのには大量の魔力を消費する。長期戦には向いていないんだ」
彼女は鞄から取り出した小瓶の中身を飲み干した。どうやらマジックポーションのようだ。
盗賊との戦いの後、パーティを組んだ2人はこうして共にダンジョンを歩くようになっていた。
ダーシャはウォリーよりも2つほど年上だが、仲間だから敬語はやめろという彼女の強い希望で、今はお互いため口で話す間柄になっている。
「ウォリーの方こそ恐ろしい能力だな。効果の高い回復や解毒が使えるのに、近接戦闘まで出来てしまうなんて…普通ヒーラーはサポート専念する分、接近戦は苦手なものだぞ」
盗賊討伐の際、ウォリーは毒に侵された大勢の村人を解毒して救った。彼のスキルお助けマンの効果で、村人を1人助ける毎にポイントが加算されていき、結局あの時彼が手に入れたポイントは30万を超えた。
ダーシャに初めて会った時に得た3万というポイントに比べると、村人1人あたりで入手出来たポイントは5千〜1万と少ないものだったが、そもそもあの時の場合、村人の安全の確保も依頼を受けた冒険者の仕事と言える。
お助けマンのスキルを目覚めさせた老人の「助ける筋合いの無い人間を助ける事が人助け」という言葉からすると、仕事の一環として人助けをした場合は得られるポイントが少なくなるのかもしれない…とウォリーは考えた。
彼は溜まったポイントの30万うち10万はもしもの為にと取って置き、残り20万をステータス強化につぎ込んだ。
そのお陰で今まで彼のステータスの中でも低い部類だった攻撃力と防御力は190を超え、Bランクのダイヤモンドウルフを楽々倒せる程に強くなった。
「ウォリー様のパーティの加入希望者ですが…今のところゼロですね」
ウォリー達がギルドに戻り受付に行くと、受付嬢は気まずそうに言った。
「ウォリー様、申し上げにくいのですがやはりダーシャ様は…」
「いや、大丈夫。これでいいんだ」
受付嬢の言葉を遮って彼は言うと、受付を後にした。
彼がパーティの設立を申請し加入希望者をギルドを通して募集したが、最近は希望者は全く現れない。
パーティ設立直後は何人か希望者が居たが、ダーシャとパーティを組んでからはその希望者も次々と辞退していった。
やはり差別を受けている魔人族と同じパーティになるのはいい気がしないという事なのだろう。だが、ウォリーはこれで良いと思っていた。
「すまない。私のせいだな」
ウォリーがギルドから出ると待機していたダーシャが頭を下げた。
「いや、むしろ僕の希望通りで良かったと思ってるよ」
「…どういう事だ?」
「もしこの状況でもパーティ加入を希望する人が現れたなら、きっとその人は魔人族に対してそんなに差別意識を持っていない人って事なんだと思う。もしパーティに新しく加えるなら、そんな人がいいなと思ってる」
「しかし…それは私基準でパーティを組むという事だろう?」
「いいや、むしろ僕基準だよ。多分、今君がパーティに居なくて、別の人と組んでいたとしても、僕は君の事を助けようとしていたと思う。そんな時、パーティメンバーといちいち揉めるのも嫌だしね。前に僕が居たパーティでも、そういう所が合わなくて上手くいかなかったし…」
そう言ってウォリーは空を眺めながら、レビヤタンの仲間達を思い出した。
ババゴラの洞窟ダンジョンを進む1組のパーティ『アンゲロス』。所属メンバーは女性冒険者のみで構成されている。
その中でも一際目立つ女性が居た。彼女の名はリリ。その身長は185cmと圧倒的に高い。パーティと並んでダンジョンを進んでいる今も、彼女1人だけ煙突のように列から身体が飛び出している。
おまけにここは洞窟ダンジョン。通路の狭さによっては、背の高い彼女は屈みながら進まなければならなかったりと、かなり不自由をしていた。
「おらおらとっとと行く!」
パーティのリーダー、サラが先頭を行くリリの尻を蹴った。
「きゃっ」
突然の事に驚いて飛び上がったせいで、リリは天井の岩に頭をぶつけてしまう。その勢いでバランスを崩して大きく尻餅をついた。
「あーもう何やってんのよこのデカ女!」
「ちょっとー!急に止まんないでよ〜」
パーティメンバー達が口々に不満を漏らす。
「ご…ごめんなさ…」
必死で謝りながらリリが起き上がると、自分の顔を液体が伝う感触に気付いた。額を触れてみると、痛みが走った。どうやら先程頭をぶつけた時に出血したようだ。
「あの…私に回復魔法を…」
「あぁ!?何言ってんの!戦闘で怪我したわけでも無いくせに!あんたが勝手にぶつけたんじゃん!」
サラが怒鳴りつける。
「だって…急にお尻蹴るから…」
リリが言った瞬間、サラは彼女の髪をがっしりと掴んでグイグイと引っ張った。
「あ!?何?私のせいだってか!?お前がトロトロしてっからだろ!?私が悪いのか!?あ!?」
「痛い!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
髪を掴まれ頭をブンブンと振り回されて、リリは悲鳴をあげた。
リリとサラは同じ学校の出身だった。身長は大きいが誰よりも気が小さい彼女はいつもサラにいじめられていた。
卒業後、2人が冒険者になるとサラはリリを強制的に自分のパーティに入れた。
リリがやらされる事は荷物持ちや買い出しなど雑用全般。とにかくサラが面倒くさがる事を全部押し付けられ、召使いのような立ち位置になっていた。
そればかりかパーティでダンジョンを行く時はいつもリリが先頭に立たされた。正面から敵が飛び出した時真っ先にリリを盾にする為だった。
ただ、リリのスキルを考えると彼女が先頭を行くという判断は間違いとも言えない。
彼女のスキルは『ガーディアン』。防壁魔法を得意とし、敵の攻撃からパーティ全体を守る事が出来る。
しかしサラは戦闘でリリを前面に立たせて、彼女がピンチになっても助けようとは一切しない。それどころか彼女を囮のように扱う始末だった。
サラにとって、リリは自分の命令通りに動く都合のいい人間でしかなかった。
「おお!ここめっちゃ鉱石あるじゃない!」
リリが額の傷に耐えながら通路を進んだ先、開けた場所のあちこちの岩壁に鉱石を見つけてサラははしゃぎだした。
パーティのメンバー達は各々採掘道具を取り出して鉱石を集め始める。入手した鉱石はリリが持っている袋に入れられる。
鉱石が溜まっていくにつれて袋はずっしりと重たくなっていく。こういう重い荷物持ちも毎度彼女がやらされていた。
その時、洞窟内に巨大な雄叫びが響いた。
サラ達が驚いて顔を上げると、奥の通路から巨大なトカゲ型のモンスターが姿を現した。
「ゴーレムリザード!?」
「Aランクモンスターじゃない!何でこの洞窟に!?このダンジョンの難易度はBランクでしょ!?」
「…侵入モンスターだ!」
侵入モンスター。本来そのダンジョンに居ないはずのモンスターが、何かのきっかけで外部から侵入してくる現象だ。
難易度の低いダンジョンに突然強力なモンスターが現れ、未熟な冒険者が犠牲になったりと事故も多い。
「やばい!あんなの倒せないよ!」
「リリ!防壁魔法であいつの攻撃防いで!ほら、鉱石の袋は持っててあげるから!」
「うん!」
リリは言われるままゴーレムリザードの前に魔法で壁を作った。ゴーレムリザードの爪がガンガンと壁を攻撃する。
「出来るだけ長く防いでてよ!今後ろから魔法攻撃で援護する準備してるから!」
リリの背後でサラが声をかけた。リリは魔力をさらに壁へ注ぎ、壁を強化する。
しかし、Aランクモンスターの強力な攻撃は、その壁を少しずつ破壊していった。
もうすぐ壁が完全に破壊されそうという所まで来て、リリは違和感を感じた。
ほかのメンバーの援護攻撃がいつまで経っても来ない。
リリは嫌な予感を覚えつつ振り返る。
そこにサラ達の姿は無かった。
そこでリリは初めて、自分はサラ達が逃げるための時間稼ぎに利用されたのだと悟った。
彼女は焦ってダンジョンの出口へ向かって走り出した。彼女のすぐ後ろで、防護壁は破壊される音が響いた。
振り返ればゴーレムリザードは彼女のすぐすぐ後ろまで追いついていた。彼女はすぐに防壁壁を作り出し、攻撃から身を守った。
それからは壁を作っては走り、作っては走りを繰り返した。
あれから何分経過しただろうか。
彼女は洞窟の中の小さな穴の中に1人身を隠していた。
ゴーレムリザードの姿はいつの間にか消えていた。
しかしもう魔力を使い果たし、まともに歩く事すら出来ない。
もうこのダンジョンからは抜けられない。いずれ自分はモンスターの餌のなるのだろう…と彼女は諦めたように瞼を閉じた。
「回復マン」
闇の中で最初に聞こえたのはそれだった。
直後、リリの身体が癒されて楽になっていく。ずっとズキズキと痛んでいた額の傷も完全に塞がった。
彼女がゆっくりと目を開けると、そこには2人の冒険者の姿があった。
「よかった!意識が戻ったみたい!」
冒険者の1人がそう言って笑顔を彼女に向ける。
「魔力切れによる疲労かもしれない。これも飲ませよう」
もう1人の冒険者がそう言って鞄からマジックポーションを取り出した。
差し出されたポーションを口にすると、僅かだが魔力が回復したのを感じた。
彼女の思考がだんだんと鮮明になってくる。
自分は、助かったのだ。
「僕はウォリー、彼女はパーティメンバーのダーシャ」
2人の冒険者が自己紹介をする。
「私は…リリ…です。その…ありがとうございました…」
立って歩けるほどに回復したリリは、ぺこりと頭を下げた。
彼女を見上げてダーシャが目を丸くする。
「で、デカいな…」
壁に寄りかかって倒れていた時には分かりにくかったが、立ち上がったリリの迫力に2人は圧倒されてしまった。
「あ…やっぱ変…ですよね…」
2人の反応にリリは恥ずかしそうに身をすくめた。
「あ、いや。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」
しばらく、その場に気まずい空気が流れる。
「ダンジョン探索をしていたら偶然倒れている君を見つけたんだ。しかしどうしてこんな所に1人で?」
ダーシャがそう問いかけると、リリの表情は一気に暗くなった。
ダンジョンに強力な侵入モンスターが出た事、そのモンスターを前に自分を置き去りにして仲間達が逃げていった事、リリは順を追ってウォリー達に説明した。
「なんという連中だ!許せん!」
リリが話し終わるやいなや、ダーシャが怒りの声をあげた。
「これはギルドに報告をした方がいいかも…パーティ内で悪質な行為が確認されれば、ギルドがその冒険者に処罰を与えると思う」
「は…はい…帰ったらそうします」
「とりあえずここから出よう。彼女1人だと危険だ」
ウォリー達はリリと共にダンジョンの出口を目指すことにした。
「すいません…そちらのダンジョン探索を邪魔してしまって…」
リリは申し訳無さそうに言った。
「いや、大丈夫だよ。それに侵入モンスターが居るとわかれば次からは慎重に進める。君のお陰で重要な情報を手に入れたよ」
そう返すウォリーの横で、ダーシャは呆れた顔をしていた。
「こいつのお人好しは今に始まった事ではない」
言われたウォリーは苦笑いをした。
「ところで、アンゲロス…だったか?そのパーティはさっさと抜けた方がいいな。何だってそんな奴らの言いなりになっているんだ?」
「はい…パーティリーダーのサラは同じ学校の同級生で…ずっといじめられてて…彼女に逆らうと凄く酷い事をされるんです…それがずっと怖くて…」
「そんな事言ったって君は殺されかけたんだぞ?命まで失ったら終わりだろう」
「は、はい…すいません」
リリは俯いた。ダーシャの語気が少し強かったせいか、怯えているようだった。
「あ、すまない!別に私は君に怒っている訳では…」
ダーシャもそれに気づいて慌て始める。
「ま、まあ、今回の件をギルドに報告すれば君をいじめてた連中は処分されるだろう。仲間を意図的に死の危険に晒したのだから重罪だ。ほぼ確実にギルド追放だろう。そうなれば君は自由の身だ!」
リリはダーシャの態度を見て警戒心が和らいだのか、その表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「それにしても、ウォリーさん達のパーティは2人だけですか?随分と少ないような…」
「いやぁ、最近パーティを設立したばかりでね。募集はしてるんだけどなかなか集まらなくて…」
ウォリーがそう言うと、リリはその大きな身体を屈めて2人に目線を合わせてきた。
「だったら、私がウォリーさん達のパーティに加入するのは可能でしょうか?…アンゲロスのメンバーがギルドを追放されたら…どの道私1人になっちゃいますし…」
彼女の提案にウォリーとダーシャは顔を見合わせた。2人の視線は互いに(どうしようか?)と語っていた。
「私…お2人には命を救われました。ご迷惑でなければお2人の側でお役に立ちたいと思っています…」
そう熱心に語るリリに、ダーシャは気まずそうな表情を見せた。
「だが、いいのか?私と同じパーティで…」
「え?」
「見ての通り私は魔人族だ。人間からは差別を受けている。こんな私と行動を共にするのは私としてはお勧めしないが…」
それを聞いてリリはニコッと笑顔を見せた。ウォリー達が洞窟で彼女と会ってから初めて見せた笑顔だった。
「何言ってるんですか?嫌われ者なら、私と一緒ですよ。私だって散々酷い目に会ってきたし、この見た目のせいでずっとデカ女って馬鹿にされてたんですから」
そう笑いかけるリリを見て、ダーシャは恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
その様子にウォリーはクスッと笑うと、言った。
「うん。ダーシャと仲良くしてくれるなら、僕は大歓迎だよ」
「ウォリー様のパーティ加入希望者は…ゼロですね…」
ギルドの受付嬢の口から出たのはいつも通りの台詞だった。
ウォリーは首をかしげる。
リリをギルドに送り届けて2週間が経過した。アンゲロスを正式に抜けたら直ぐにでもギルドにウォリーのパーティへの加入希望を出すとリリは言っていたが、未だにその加入希望が来ない。
「妙だと思わないか?」
ダーシャはギルドの新聞を見ながら言った。
「ここ2週間、あのアンゲロスというパーティの記事は一切載っていなかった。仲間を囮に使うなんて悪質行為が発覚すれば、絶対記事になるはずだ」
不審に思った2人が受付で尋ねてみると、アンゲロスというパーティは特に処罰を受ける事もなく普通に活動していると返答が帰ってきた。
「どういう事だ!仲間を見捨てておいてお咎めなしとは!」
ダーシャがテーブルを叩いた。
「ダーシャ様、そもそもアンゲロスがその様な行為を行ったという報告自体がされていないのです」
ダーシャの勢いに少しおびえながら受付嬢がこたえた。
「リリは報告しなかったのか…?」
「もしかして言いづらかったのかもしれない。僕らの方からギルドに相談してみよう」
ウォリーは受付嬢にアンゲロスの行為について相談したいと伝えると、2人は奥の面談室へ通された。
2人が部屋に入ると、そこには1人の女性がソファーに足を組んで座っていた。
彼女を見た瞬間、ダーシャが「げっ」と声を上げて顔を引きつらせた。
そこに座っていたのは褐色の肌に長い耳のダークエルフ。爪に派手な装飾のされた指で金髪の髪をいじっている。
「あ、ダシャっちじゃん。おっひさ〜」
「うぇ〜い!元気してたぁ〜?」
ダークエルフの女性がダーシャに向かって手を振った。
ダーシャは返事もせず嫌そうな顔をしている。
「で、こいつは誰よ、あんたのカレシぃ?趣味悪〜」
彼女はウォリーの方を見て、言った。
「ども〜。ウチの名前はベルティーナ。ベルっぴって呼んでね〜」
彼女はそう名乗ると、自分の頰の横でピースをした。
ウォリーは苦笑いしながら自分も名前を名乗ると、小声でダーシャに語りかけた。
「ダーシャ、君の友達?」
ダーシャは大きくため息を吐いた。
「友達なわけあるか…以前に日銭を稼ぐ為に闘技場に闘士として出た事があるんだ。私は決勝まで勝ち進んだのだが、その時の対戦相手があいつ、ベルティーナだ…」
ダーシャは不機嫌そうな表情のまま、続けた。
「実力は五分五分だったんだがな、僅差で私が勝ったんだ。それ以来ずっとあの女に敵対視されるようになってな…何かにつけ私と張り合おうとしてくる。正直、私はあいつが苦手だ…」
「なに内緒話してんの〜?さっさと座っちゃいなよ!」
ベルティーナはソファに寄りかかってニヤニヤとダーシャを見ている。
2人は渋々彼女の正面に腰かけた。
「ま〜今ウチはギルドの監視員やってるワケなんだけど〜。何か急に相談者が来たとか言われて待ってたらダシャっちが来るわけじゃん?マジびびったわ〜」
監視員という言葉を聞いて2人は緊張した。
ギルドに登録している冒険者が悪質行為や規約違反などを行なっていないかを監視している人物。それがギルドの冒険者監視員だ。
もし悪い噂が立った冒険者が居れば、その冒険者の後をこっそりと付け回して、違反行為を行なっていないか調査をする。
調査対象の冒険者がダンジョンに潜っている時も尾行したりする為、監視員はそれなりの戦闘能力を持っている者ばかりだ。
「で〜。相談って何なワケ?余計な仕事増やさないで欲しいんですケド〜」
言いながらベルティーナは宙で手をひらひらと舞わせた。彼女の手の甲には、ハート形の紋章が彫られている。
「実は…」
そう切り出してウォリーは洞窟ダンジョンで出会ったリリや、彼女から聞いたアンゲロスの話をベルティーナに説明した。
「アンゲロスね〜。ちょっと資料とってくるわ」
彼女は席を立ち、10分程経って何枚かの書類を手に戻ってきた。彼女はソファに座ると、黙って書類を眺め始めた。
「ダシャっちさぁ…」
書類に視線を向けたまま、ベルティーナは言った。
「タレコミするんならもうちょっとまともな情報よこしてよね〜。こんなんウチらが動く気にもならんわ。以上」
トントンとテーブルで書類を揃えて彼女がそのまま退室しようとしたので、慌ててダーシャは引き止めた。
「どういう事だ!?ダンジョンに仲間を置き去りなど仲間殺しに等しい行為だろう!」
「まずぅ〜。仲間全員で逃げようとして、1人だけ転んじゃったりして逃げ遅れたりしたって可能性もあるわけじゃん?こういう場合意図的に仲間を置き去りにしたってワケじゃないから不幸な事故って事になんだよねぇ〜」
「そうじゃない!パーティメンバーはリリ1人にモンスターの防御を命じて、本人に知らせずに勝手に逃走したんだ!」
「それはさぁ〜、リリから聞いた話でしょ?ダシャっちが目の前で見た訳でも無いわけじゃん。まぁ、本当にリリがそう言ったのかも怪しいんだけど〜」
ダーシャは彼女を睨んだ。
「どういう事だ」
ベルティーナは鼻歌を歌いながら手元の書類をパラパラとめくる。
「そのリリって子、未だにアンゲロスのメンバーとして活動してんのよね〜。つい、3日前もパーティ揃って依頼をこなしてるし〜」
「何だと?」
「あのさ、もし本当に置き去りにされたとしてその後もパーティにずっと居続けるとかあり得ないっしょ?普通そんなとこすぐ抜けっよね〜。ダシャっちの話には信憑性がないんよ」
「いや、でもリリは…」
「しっつこ!そもそも等の本人が何の被害も訴えて無いんだからそういう事っしょ!根拠も無いのにパーティの悪評を流すとダシャっちが罰せられちゃうよ〜」
ベルティーナが不敵な笑みを浮かべてダーシャに視線をやる。
「よく居るんだよね〜。他パーティの悪い噂をでっち上げて陥れようとする奴がさ〜。そういう悪質行為は監視員として見過ごせないなぁ〜」
彼女はニヤついたまま視線の前をダーシャの顔から胸部へ落としていく。
「ま、ダシャっちをしょっ引けるならウチとしては好都合だけど〜。ダシャっちみたいな悪い子には〜…お、し、お、き、が…」
ベルティーナがダーシャの体に手を伸ばして来たのに反応して、慌ててダーシャは自分の胸を腕で覆いながら身体を逸らした。
ベルティーナはフッと鼻で笑うと、面談室を去って行った。
面談室に残された2人の周りには重い空気が漂っていた。
確かに当のリリ本人が何も言わずにアンゲロスと行動を共にしている以上、分が悪いのはウォリー達の方だった。
「ウォリーすまない、また私のせいだ」
ダーシャはそう言って頭を下げた。
「え?何でダーシャが謝るのさ」
「ベルティーナは軽い態度を取ってはいるが、腹の中じゃ私に敵対心を向けている。相談者が私でなければ、もう少しマシな対応をしていたはずだ」
彼女は悔しそうに拳を握った。
「いや、ダーシャのせいじゃないさ。彼女の言う事も一理ある。ギルドを動かしたけりゃ、リリの証言を取ってこいって事でしょ」
「だが、当の本人はそれをしない。ウォリー、もうリリに関わるのは止めるか?そもそも私達が介入する義務もない事だ」
ウォリーは眉をひそめて唸った。
「でも、このまま放っておいたらリリはまたパーティメンバーに酷い目に遭わされるかも…今回だって彼女は死にかけたんだ」
その言葉を聞いてダーシャの顔が明るくなった。
「そうだな!そうだよな!君はそう言う奴だと思ってたぞ!それでこそウォリーだ!」
彼女の反応が意外なものだったのでウォリーは驚いた。いつもはお節介焼きだと呆れられるのがお決まりの流れだったからだ。
角の生えた巨大な獣型モンスターの死体の周りにアンゲロスのメンバーが集まっていた。
メンバーはそれぞれナイフを手に、角やら毛皮やらの素材を剥ぎ取っている。
その中にはリリも混じっていた。
「いやー、大量大量!この素材は高く売れるわ!」
サラは角に指を這わせながら笑みを零す。
「リリ!こっち来て!」
言われてリリがサラの元へ駆け寄ると、サラは彼女の足元に袋詰めされた素材を置いた。
「これもギルドまで運んでね。よろしく〜」
「あ、あの、もう今の荷物でも結構重いんだけど」
リリがそう言うとサラの目が鋭くなった。
「ああぁ!?何だってぇ!?」
「ご、ごめん!持つ、持つよ!」
リリが慌てて袋を担ぐと、サラは表情をガラリと変えて満面の笑顔になった。
「いや〜。聞き分けのいい子で助かるわ〜、あんたは」
サラはニコニコとしながらリリの肩を叩いた。
「あんたが洞窟から生きて帰って来た時はびっくりしたよ。あんた、ギルドに余計な事言ってないでしょうね?」
「い、言ってない…よ」
「そう?でも今私達がこうして声を掛けてなかったらギルドに何か報告するつもりだったんじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ…」
サラはリリの耳元に顔を寄せて囁いた。
「変な気起こすんじゃないわよ?妙な真似したらタダじゃ済まないから」
泣きそうな顔でその場に立ち尽くすリリをサラは楽しそうに眺めながら、再び死体にナイフを突き立てた。
ギルドの面談室でウォリーは1人でソファに腰掛けていた。ベルティーナとここで初めて会ってから数日後、彼は再びこの面談室へ呼び出された。
ギルドからは1人だけで来るようにとの指示だったのでダーシャはこの場には来ていない。
ウォリーが入室してから5分程経って、ベルティーナが姿を現した。
「どぉ〜も〜。悪いね〜急に呼び出しちゃって」
そう言ってベルティーナはソファに腰掛ける。ただし座った場所はウォリーの正面では無く、真横だった。ウォリーの鼻にキツい香水の香りが漂って来る。
「そ、それでご用件は?」
「ちょっとさぁ、この間の事とは別件なんだけどぉ、聞きたい事があってぇ〜」
彼女はウォリーの肩に体重をかけて寄りかかった。
「ダシャっちの事なんだけどぉ、妙な噂を聞いたんだよねぇ」
「ダーシャが…何か?」
「ギルドに匿名で手紙が送られて来たんだけどさぁ…」
彼女が封筒を取り出してテーブルに置いた。
「なんでも手紙によれば、ダシャっちはパーティ内で君に酷いいじめをしてるそうじゃん?しかも報酬の分け前もダシャっちが9割持っていってるとかぁ?」
「い、いや、そんな事は…」
ウォリーが答えると、彼女は封筒の中の手紙を広げて見せた。
「ぶっちゃけ、この手紙書いたの君っしょ?君がギルドに提出した書類の文字と瓜二つなんだけどぉ?」
彼女は目を歪めながらウォリーの顔を覗き込んだ。ウォリーは思わず視線をそらす。
「し、知りませんっ」
するとベルティーナは今度はウォリーの頭を優しく撫で始めた。
「大丈夫だってぇ、安心して。ここにダシャっちは居ない。どうせダシャっちからのいじめに耐えかねてこうやって匿名で手紙を送ったんっしょ?あの子は男勝りなトコあっから、君みたいな子は簡単に尻に敷かれちゃうのかもねぇ」
彼女の顔がどんどんウォリーの横顔に近づいて来る。
「ウチに正直に話しちゃいなよ。ウチが守ってあげっからぁ〜」
「し、失礼しますっ!」
彼女の吐息がウォリーの耳にかかった所で、ウォリーはさっと立ち上がって逃げるように面談室を出て行った。
ギルドに戻り、メンバーと別れたリリは宿屋に向かって1人歩いていた。重い荷物をずっと運んでいたせいで歩を進めるたびに身体が痛む。
もう少しで宿に着くといった所で、目の前を1人の女性が塞いだ。
「リリ、探したぞ」
ダーシャだった。
「あ…ダーシャさん…」
「リリ、まだアンゲロスに居るみたいだな、どういう事だ?」
そう言われてリリは視線を下に向けた。
「ごめんなさい…やっぱりダーシャさんのパーティには入れません。ごめんなさい…」
「別にうちに来なくたっていい!だがアンゲロスにいつまでも居てはダメだ!君を殺そうとした連中だぞ!」
リリは下を向いたまま顔を上げようとしない。
「君はこのままでいいのか?ずっと奴らの言いなりで居続けてどうする」
「…ごめんなさい」
リリの目から涙がポロポロと落ち始めた。
「私…学生の時からずっとサラちゃんに酷いことされて来て…それが、ずっと私に染み付いてるんです…こもままじゃダメだダメだって思っても…いざサラちゃんの顔見ると…怖くなって何も言えなくなっちゃう…」
ダーシャはリリに歩み寄ろうとしたが、リリは退がって彼女から距離をとった。
「もう…いいんです。こんな私…放っておいてください…」
顔を下に向けたままリリはその場を去って行く。
「リリ!」
ダーシャが彼女の背に向かって叫んだ。
「魔人族の私なんかと同じパーティでいいのかと君に聞いた時、君は笑顔で私の事を受け入れてくれて…本当に嬉しかった。あの時君と、友達になれたと思っている。それは今もだ」
リリは一瞬立ち止まったが、振り返る事なくすぐに走り去って行く。
ダーシャはその場に立ったままずっと彼女を見つめていた。
「もうはやく行けってば!」
サラに突き飛ばされリリは転倒した。その直後獰猛な鳴き声が聞こえ、3体のゴブリンが倒れた彼女めがけて襲いかかる。
ゴブリンの棍棒がリリの頭に振り下ろされたが、ギリギリの所で彼女は防壁を作り出してガードした。
棍棒が弾かれてゴブリンがよろめいた所を、サラ達が魔法で狙い撃ちにし、あっという間に3体のゴブリンは倒された。
「イエーイ!楽勝〜」
そう言ってハイタッチをするサラ達の足元で、リリは震えながら地面に這いつくばっていた。
防壁を作るタイミングがもう少し遅ければ棍棒で頭を潰されていた。そう考えると彼女の額からどっと冷や汗が吹き出した。
ここは遺跡のような造形のダンジョン。内部はあちこちに分かれ道があり複雑に入り組んでいる。
道の曲がり角ではモンスターと鉢合わせする事も珍しくないので、慎重に進まなければならない。
しかし、先の見えない曲がり角でリリが警戒している所を、サラに突き飛ばされたせいで思いっきりモンスターの目の前に倒れこむ形になってしまった。
「あんたいつまで寝てんのよ!」
サラが足元のリリを蹴る。先程モンスターに攻撃されたのにリリを心配する様子はかけらもなかった。
それでも彼女は文句も言わずに黙って立ち上がった。
彼女達が通路を進んでいくと、少し大きめの部屋に出た。中には何も無くがらんとした部屋だった。
部屋の中央まで進んだ時リリは頭上に気配を感じ、顔を上げた。
天井にモンスターが張りついている。
それは、3メートル近くある巨大な蜘蛛だった。
リリはサラ達に合図を送ると、自身達を包み込むようにドーム状の防壁を張った。
僅かに遅れて巨大蜘蛛が糸を噴射してくるが、糸は防壁に阻まれ、彼女達には届かなかった。
防壁を解除してパーティ、アンゲロスは臨戦態勢に入る。
いつも通りリリが先頭。敵が飛ばす攻撃を彼女が防壁で防ぎ、後方からサラ達が魔法を飛ばして応戦する。
蜘蛛は壁や天井を縦横無尽に移動しながら糸を飛ばすが、リリが素早く防壁を移動させ全て止めて行く。
防壁の隙間を縫うようにしてサラ達の魔法が蜘蛛に次々と命中した。
蜘蛛は緑色の血を吹き出しながらバタバタともがいている。
サラが次の魔法攻撃を準備しようとすると、蜘蛛は彼女達に向かって尻を向けた。
次の瞬間、尻の先端から太い針が飛び出す。
リリはそれを防壁で防いだが、針を受けた防壁には少しヒビが入った。
「サラ!やばい!あの攻撃は何発も防御できない!」
リリが叫んだ。
「あぁ!?ちゃんと防ぎなよ!針がこっちまで飛んできたらあんたタダじゃおなかいから!」
リリの背後からサラの怒声が飛ぶ。
そうしている間にも蜘蛛は針を連続で飛ばして来た。
2発、3発…4発目の針を受けた時防壁が音を立てて砕け散った。
針は彼女達に命中はしなかったものの、サラのすぐ横を通り過ぎていった。
「うわっ!あぶね!」
リリは再び新しい防壁を作り直す。
(3発まではあいつの針を防げる。4発目が来る前に新しい防壁に変えて行けば何とか…)
そう考えるリリの後頭部に、突然衝撃が響いた。
「ふざけんな!ちゃんと防御しろよ!!」
針に当たりかけて怒ったサラが彼女に石を投げつけた様だった。
頭に石を受けたせいで、リリは蜘蛛から視線を外してしまった。蜘蛛は壁を移動し彼女達の横に回り込むと、リリに向かって針を飛ばす。
リリは慌てて防壁を作って自身を守ろうとするが、間に合わなかった。
針は彼女の脚に深々と突き刺さった。
「あああ!」
痛みに悲鳴をあげたリリだが、すぐに声が出なくなった。それどころか身体全体が痺れて動かせなくなっている。どうやらあの針には痺れ毒が含まれていたようだ。
指一本動かせなくなった彼女に糸が飛んでいき、彼女をぐるぐる巻きにして拘束してしまう。
そして、蜘蛛は糸を手繰り寄せながら彼女を捕食しようとする。
「やば!蜘蛛があいつを喰ってるうちに逃げよ!」
そう言ってサラ達は部屋の出口へ走り出した。
その時、黒い炎がサラ達の横を通り過ぎて行った。
炎はそのまま糸を焼き切り、蜘蛛とリリを分断させた。
それからすぐに2人の人影が姿を現し、蜘蛛に向かって行く。
蜘蛛は糸を飛ばすが黒炎がそれを全て焼き消してしまった。
そしてもう1人が剣を振るい、蜘蛛の顔面に剣を突き刺した。
蜘蛛は8本の足をバタバタと振り回して暴れたが、すぐに動かなくなる。
サラ達はその様子をあっけにとられて眺めていた。
「解毒マン!回復マン!」
ウォリーがリリに手を置いて唱えると、彼女は目を見開いて大きく呼吸した。
「リリ!大丈夫か!」
ダーシャが糸を少しずつ焼きながら慎重にリリから剥がして行く。
「ウォリーさん…ダーシャさん…ごめんなさい…また、助けられちゃいました…」
彼女の無事を確認して笑顔になったダーシャだが、すぐに鋭い目つきに変わった。
ダーシャはサラ達の方を向いて怒りに身を震わせる。
「貴様ら!仲間を見捨てて逃げようとするとは何事だ!」
「ああ?何よ急に?」
ダーシャに怒鳴られたサラはイラついた様子で睨み返す。
「先程から観察していたが、お前達のリリに対する行動は見るに耐えん!仲間の命を何だと思っている!」
「そんなん部外者のあんたが口出しする事じゃないでしょ?私らには私らのやり方があんの」
サラは面倒臭そうに自分の髪をいじった。
「大体あんたら何なの?リリとどういう関係よ」
「ババゴラの洞窟で倒れてた彼女を僕達で救出したんだ」
「お前達、リリを置き去りにして逃げたらしいな!」
ウォリーとダーシャが言うと、サラは鼻で笑った。
「それはそれは、余計な事してくれたわね。あそこでリリが死んでれば、いちいち口封じせずに済んだのに」
ダーシャが思わずサラに掴みかかろうとしたが、ウォリーはそれを制止しながら言った。
「この事はギルドに報告する。君達のパーティはすぐに処分を受けると思う」
そう言われてもサラはニヤつきながら手招きをしてみせる。
「リリ〜。こっちおいで」
「あ…」
「来い!」
サラにキツく言われ、リリは震えながらサラの元へ歩いて行った。
「リリはね〜、私らの仲間なの。部外者のあんたらが何を言ったところでギルドは信じないわよ」
そう言うと、サラはリリの顔を覗き込む。
「ほら、あいつらに言ってやんなさいよ。私達があなたをダンジョンに置き去りにしたって?ねえリリ、本当?」
リリが俯いてもじもじとしていると、サラが彼女の脇腹を小突いた。
「ほら!さっさと言えよ!」
リリはうっと小さく唸ると、口を開いた。
「サ、サラちゃんは…そんな事…してない…です。私が勝手に…に、逃げ遅れた…だけ…です」
「よく言えました〜。ね?彼女は何もされてないってよ。言い掛かりやめてくれる〜?」
ケラケラと笑うサラの横で、リリは固く瞼を閉じた。
「リリ…」
ダーシャが一歩前に出て、リリに手を差し出す。
「今からでも遅くない。自分が本当に思っている事を言って。そこから抜け出すんだ」
リリはダーシャの目を見て、それからサラの方を見た。
サラはギロリとリリを睨みつけている。
「怖がる事は無い!嫌な事は嫌だと、正直に言うだけだ。言った後の事なら心配するな。私が君を守る!もう君を、傷つけさせたりはしない」
リリは小さく呻きながら、おどおどとダーシャとサラを交互に見る。
「リリ、あいつなんかに構っちゃダメよ。私達は仲良しだもん。ねーリリ、弱虫のあんたを、誰が今まで面倒みてあげてきたと思ってるの?」
サラはリリの二の腕を掴むと、ギュッと力を込めた。
「リリ、私を信じてくれ」
ダーシャはリリを真っ直ぐ見たまま手を差し出し続けている。
「リリ、私の言う事をききなさい」
サラがリリの腕を握る力を更に強める。指が食い込み、痛みで彼女の目が潤み始めた。
リリがもう一度ダーシャの顔を見ると、同じくダーシャの目も潤んでいる。
「リリ!」
「リリ!」
ダーシャとサラが同時に叫んだ。
「あああああああ!!!!」
リリはサラの手を振りほどくと彼女を突き飛ばした。
「違う違う違う!あんたなんか!仲間じゃない!!!」
そう叫んだ彼女はダーシャの元に駆け寄った。
ダーシャの差し出した手が、しっかりと握られる。
ダーシャはすぐにその手を引いて彼女を抱きしめた。
「よく言った!頑張ったな!もう大丈夫だ」
リリはダーシャの腕の中で声を上げ泣き始めた。
「てめぇ!リリ!私に逆らってどうなるか分かってんでしょうね!?シメあげてやる!」
そう怒鳴ってリリに近づこうとするサラの前に、ウォリーが立ちはだかった。
「何だお前!邪魔だ!」
「リリとダーシャは僕の仲間だ。二人には指一本触れさせない」
サラはウォリーを睨みながら視線をあちこちに動かしている。力ずくで切り抜けるか退がるか迷っているようだ。
「リリ、本当の事を言ってやれ、あいつらが君にした仕打ちを」
ダーシャがそう言うとリリはすぐに顔を上げた。もう彼女の目に迷いの色は無かった。
「私は、サラ達にダンジョンに置き去りにされた!魔法で援護するって言ったまま、帰ってこなかった!」
彼女が叫ぶと、サラは顔を真っ赤にして喚きだした。
「リリ!お前それギルドで言うなよ!言ったらタダじゃおかないから!お前の跡つけまわして、徹底的にシメてやるからな!夜も安心して眠れると思うな!」
「いや、もう手遅れだよ、サラ」
ウォリーは言って、周囲を見回した。
「そうですよね?ベルティーナさん」
彼が言うやいなや、通路の陰からダークエルフの女性が姿を現わす。
「パーティの仲間に殴る蹴るなどの暴行、戦闘中に石を投げつける妨害行為、『リリが死んでいれば口封じせずに済んだ』という発言、そしてリリ本人の口からの証言…きっちり確認しちゃいました〜」
ベルティーナは手帳を手に淡々と語る。
「誰だお前!?」
サラが睨むと、彼女はピースサインで返した。
「ギルドの監視員のベルティーナで〜す。ベルっぴって呼んでね〜ん」
「か、監視員!?」
サラの顔が一気に青ざめた。
「仲間置き去りとかやばくな〜い?ギルドに報告しちゃうから4649ね〜」
そう言ってベルティーナはアンゲロスの一人一人に視線を送る。
「ま、待って!置き去りなんてしてないわ!リリが勝手に言ってるだけよ!何の証拠も無い!」
「え〜。この期に及んで見苦しすぎ〜」
「私がいつ置き去りにしたって!?何時何分何秒!?地球が何回まわった時よ!?証明して見せなさいよ!!」
喚き散らすサラに、ベルティーナは自分の手の甲を見せつけた。
手に彫られたハート型の紋章にサラが目をやる。
「この刻印はぁ…魔術ってゆーか、呪いみたいなもんね〜。ギルドの監視員はみんなこの呪いを受けるの。この刻印が付いてる人はギルドに対して嘘をつけなくなる。虚偽の報告する奴が居たらやばいじゃん?だから〜、それだけウチの発言ってのはギルドにとって信憑性があるワケなのぉ〜」
彼女が語るにつれて、サラの威勢がどんどん弱くなっていく。
「つまり〜、ウチに見られた。聴かれた。その時点でそいつは終わりなワケ。お、わ、か、りぃ〜?」
サラは何も言い返す事なく歯を食いしばって俯いた。
「じゃ〜、君達はウチと一緒にギルドまで来てちょ〜」
ベルティーナが言うと、サラはリリの方を睨んだ。
「お前、このままじゃ済まさないからね…どこまでも追っかけて行って、ボコボコにしてやる…」
言った直後、サラの胸にベルティーナの両手が伸びた。そして彼女は胸の先端をつまむと、親指に力を込めてねじり上げた。
「ぎゃあああああああ!!いたあああああああ!!!」
サラの絶叫が周囲に響き渡る。
「監視員のウチの前で再犯予告とか、ナメてんの?ウチの事。ねぇ、ナメてんっしょ?あぁあん!?」
さっきまでヘラヘラしていたベルティーナの顔がみるみる鬼のように変わっていく。
「痛い痛い痛いいいいい!!!ああああああ!!!」
サラは痛みから逃れようとベルティーナに殴る蹴るを繰り返したが、彼女は全く動じる事なく指に更に力を込めた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
「もう一回ウチの前で言ってみなよ?リリを追っかけてって何するってええ!?」
「いたいいいいい!!!取れる!!取れちゃうからああああああ!!!!!」
「ああああああ!?なんだってえええ!?」
「許してええええ!!!もうしません!!!もうしませんからああああ!!!!」
そこでようやく彼女は指を離す。サラはその場にうずくまって泣きべそをかきはじめた。
「それじゃ〜、ギルドへ行こっか〜」
ベルティーナはアンゲロスの他のメンバーに笑いかける。彼女達は顔を青くして震え上がった。
「…っ。だからあいつは苦手だ…」
ダーシャが小さく呟いた。
「あ〜そうそう、ダシャっちさぁ…ウチを利用するなんてなかなかナメた真似すんじゃん?やっぱあんたってチョームカツク」
「利用?何のことだ?」
ベルティーナは冷めた表情でダーシャを見つめているが、その瞳の奥には明らかな怒りの色が見えた。
「とぼけないでよ。あの手紙…ウチをおびき出す為にやったんっしょ?」
「手紙…?さぁ…知らんな」
「チィ!!!」
ベルティーナは足元の蜘蛛の死体を蹴飛ばした。
「おぼえてろ」
そう吐き捨て、未だに泣きじゃくっているサラ達を連れて彼女はダンジョンを去って行った。
「何とかうまく行ったね」
ウォリーはホッとした様子で言った。
「しかし、嘘でも気分の良いものではないな、私がウォリーをいじめて報酬の9割も持っていくなど…」
ダーシャが眉をひそめる。
あの手紙を出したのはウォリーの案だった。ベルティーナがここに居た理由。それは彼女がダーシャを監視していたからだ。監視員がアンゲロスを調べないのなら、ベルティーナに自分達を監視させた状態でアンゲロスを尾行すれば良い。ダーシャに敵対心を持っている彼女なら、ダーシャの不正疑惑が出ればすぐに飛びついてくるとウォリーは思った。
「ウォリーさん…ダーシャさん…ありがとうございました。腹をくくってしまえば、案外簡単なものなのですね…」
リリが2人に頭を下げる。
「私…また1から頑張ってみようと思います」
「ああ、これから3人で頑張ろう」
そう返すダーシャを見て、リリは「えっ」と声をあげた。
「そうだね、これからはリリも入れて3人パーティだ」
ウォリーもそう言って笑みを浮かべる。
「あの…良いんですか?私なんかが入って…」
「なんだ、やっぱり私と一緒じゃ嫌なのか?」
ダーシャ大げさにムッとした表情をして見せた。
「い、いえ…ただ、私は1度は皆さんのパーティに入るのを断った身ですから…」
「何言ってるんだ!言っただろう、私がお前を守るとな。言ったからには責任を持つぞ!」
ダーシャはそう言って笑うと、再びリリの前に手を差し出した。
「よろしく。リリ」
リリの顔に少しずつ明るさが戻っていく。
「はい。よろしくお願いします。でも、私は『ガーディアン』。守るのは、私の役目です」
リリは言い、2人は握手を交わした。
ウォリーは剣を抜き戦闘態勢に入る。
ダーシャも黒炎を纏い、目の前の巨大な敵を見据えていた。
ツインタートル。頭部が2つあり全身が強固な甲羅で守られた双頭の亀だ。
「あいつの身体は硬い。まともに攻撃しても通らないだろう。狙うなら、首の下だよ」
それぞれの頭がウォリー達に向かって口を開ける。そして口内が発光し、そこから魔法弾が発射された。
一方の弾は火炎。もう一方は電撃の塊。
2つの頭がそれぞれ別属性の攻撃をしてくるようだ。
ウォリーとダーシャに弾が1発ずつ迫って行く。
その時、2人の背後で構えていたリリが防壁を出現させた。
弾は防壁とぶつかり、大きな土煙が巻き起こった。
2つの頭部は再び口を開け次の攻撃を準備する。
すると、その頭の目の前にダーシャが姿を現した。
ツインタートルが首を伸ばせばその高さは7メートル近くになる。ダーシャは黒炎を翼に変え、その高所にある頭部の前で浮遊し留まっていた。
2つの口は眼前のダーシャに狙いを定め魔法弾を飛ばす。ダーシャはそれを空中で躱すが、次の弾、次の弾と、休む間も無く攻撃が飛んでくる。ダーシャの飛行速度はそれほど速くない。最初は上手く躱していたダーシャだったが、段々とついていけなくなる。
そしてついに、弾の1発がダーシャに直撃した。
だが、ダーシャは無傷のままそこに浮いている。
「凄いものだ、リリのスキルは」
『着る防壁』
その名の通り、常に防壁が自分の身体を覆うように張られる魔法。ガーディアンのスキルを持つリリの能力の1つだ。
この防壁がつけられてから最初に受ける1撃のみは無効化される。ただし連続で使用する事は出来ず、30分程のインターバルが必要である。
2つの頭は仕留めたはずの相手が平然としているのに驚いたのか、一瞬動きが止まった。
その瞬間、ウォリーがツインタートルの首の下部分を2つ同時に切り裂いた。
ダーシャが頭2つ分の視線を引きつけている間に、ウォリーは盗賊マンで気配を消し敵の首下に接近していた。
首から血が吹き出しもがき苦しむ巨大亀の前で、ダーシャは頰を膨らませる。
彼女はウォリーが切りつけた傷口を狙い、口から黒炎を吹き出して追い討ちを食らわせた。
傷口から侵入した炎が喉を通って出て来たのか、亀の口からブワッと火の粉が舞うのが見えた。
そして大きな地響きを鳴らし、2つの頭が地面に落ちる。
そのまま、ツインタートルが再び動き出す事は無かった。
「やったー!すごいすごい!」
今まさにモンスターを仕留めた2人を見ながら、リリが飛び跳ねる。
「2人ともカッコよかったです!」
「いや、リリの防壁のおかげだ。あれを身につけていたから私も遠慮せず奴の目の前まで接近できた」
興奮しながら歩み寄ってくるリリに、ダーシャはそう声をかけた。
「僕なんか剣で斬っただけだからね」
ウォリーが頭を掻きながら笑う。
「しかし、これで私達も…」
「うん。Bランクに昇格だ!」
3人は顔を見合わせながら拍手を贈り合った。
ウォリー自体はAランク出身だが、新しくパーティを作ったという事でパーティのランクはDからスタートした。ランクを上げるには一定の難易度の依頼を成功させなければならない。
彼らのパーティはリリの加入後、Cランク、そして今ツインタートルを討伐した事でBランクへの昇格条件をクリアした。
「ウォリーは前のパーティではAランクだったんだろう?このまま行けば、返り咲けるかもしれんな」
ダーシャがウォリーの肩を叩いた。
「うん。でも、それにはギルドに認められる必要があるから、まだまだ先は長いなあ」
Bランクまではどのパーティも自由に挑戦ができる。だが、Aランク以上になるとまずギルドがそのパーティの能力と過去の実績を調べ、審査した結果挑戦資格ありと判断されたパーティのみAランクへの挑戦権を得られる。
Aランクの依頼はそれなりに危険度が高く、誰でも挑戦できる形にすると無謀なパーティが次々と犠牲になっていくため今のような形になった。
「そう言えばどうしてウォリーさんは前のパーティを抜けたんです?Aランクなんて滅多になれないのに」
「私も前に同じ事を聞いたが、方向性の違いと言われたぞ」
「ええ!?そんな事でAランク抜けちゃうなんてもったいない!」
驚くリリに、ウォリーは気まずくなった。
「僕も出来れば残りたかったよ…でも、パーティメンバーの希望でね」
それを聞いて今度はダーシャがギョッとする。
「なに!?それじゃあ何か!?そいつらはウォリーに出てけと言ったって事か!?」
「まあ…そうだね」
ウォリーは俯いた。
「見る目の無い連中だな、ウォリー程の男を自ら手放すとは!」
ダーシャが鼻息を荒くしながら言い放った。
「そうそう、パーティ名をまだ決めてなかったよね…」
ウォリーは恥ずかしくなり話題を逸らす。
「ああ、Bランクに上がったんだし名前くらい決めた方がいいな」
「何かいい候補ある?」
「ウォリーズはどうだ?」
ダーシャがそう即答したのでウォリーは苦笑する。
「いや…パーティ名に自分の名前を入れるのはちょっと…」
「なぜだ!ウォリーのパーティなんだからいいだろ!」
熱心に語るダーシャに他2人は困り果てる。結局、パーティ名は決まらないまま先送りになった。
「おめでとうございます。ツイントータスの依頼達成により、ウォリー様のパーティはBランクへ昇格いたしました」
ギルドの受付嬢がにこりと笑う。
「やった!」
受付前でウォリー達3人はお互いにハイタッチを交わした。
「あら〜?これはこれは、ご機嫌ですねぇ〜」
突然、女性の声がウォリー達にかけられた。それはウォリーにとってはここ暫く聞いていなかった、それでいて昔から馴染みのある声だった。
「ミリア…」
かつてウォリーを追い出したパーティ、『レビヤタン』がそこに居た。