「回復マン」

 闇の中で最初に聞こえたのはそれだった。
 直後、リリの身体が癒されて楽になっていく。ずっとズキズキと痛んでいた額の傷も完全に塞がった。
 彼女がゆっくりと目を開けると、そこには2人の冒険者の姿があった。

「よかった!意識が戻ったみたい!」

 冒険者の1人がそう言って笑顔を彼女に向ける。

「魔力切れによる疲労かもしれない。これも飲ませよう」

 もう1人の冒険者がそう言って鞄からマジックポーションを取り出した。
 差し出されたポーションを口にすると、僅かだが魔力が回復したのを感じた。
 彼女の思考がだんだんと鮮明になってくる。
 自分は、助かったのだ。

「僕はウォリー、彼女はパーティメンバーのダーシャ」

 2人の冒険者が自己紹介をする。

「私は…リリ…です。その…ありがとうございました…」

 立って歩けるほどに回復したリリは、ぺこりと頭を下げた。
 彼女を見上げてダーシャが目を丸くする。

「で、デカいな…」

 壁に寄りかかって倒れていた時には分かりにくかったが、立ち上がったリリの迫力に2人は圧倒されてしまった。

「あ…やっぱ変…ですよね…」

 2人の反応にリリは恥ずかしそうに身をすくめた。

「あ、いや。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」

 しばらく、その場に気まずい空気が流れる。

「ダンジョン探索をしていたら偶然倒れている君を見つけたんだ。しかしどうしてこんな所に1人で?」

 ダーシャがそう問いかけると、リリの表情は一気に暗くなった。
 ダンジョンに強力な侵入モンスターが出た事、そのモンスターを前に自分を置き去りにして仲間達が逃げていった事、リリは順を追ってウォリー達に説明した。

「なんという連中だ!許せん!」

 リリが話し終わるやいなや、ダーシャが怒りの声をあげた。

「これはギルドに報告をした方がいいかも…パーティ内で悪質な行為が確認されれば、ギルドがその冒険者に処罰を与えると思う」
「は…はい…帰ったらそうします」
「とりあえずここから出よう。彼女1人だと危険だ」

 ウォリー達はリリと共にダンジョンの出口を目指すことにした。




「すいません…そちらのダンジョン探索を邪魔してしまって…」

 リリは申し訳無さそうに言った。

「いや、大丈夫だよ。それに侵入モンスターが居るとわかれば次からは慎重に進める。君のお陰で重要な情報を手に入れたよ」

 そう返すウォリーの横で、ダーシャは呆れた顔をしていた。

「こいつのお人好しは今に始まった事ではない」

 言われたウォリーは苦笑いをした。

「ところで、アンゲロス…だったか?そのパーティはさっさと抜けた方がいいな。何だってそんな奴らの言いなりになっているんだ?」
「はい…パーティリーダーのサラは同じ学校の同級生で…ずっといじめられてて…彼女に逆らうと凄く酷い事をされるんです…それがずっと怖くて…」
「そんな事言ったって君は殺されかけたんだぞ?命まで失ったら終わりだろう」
「は、はい…すいません」

 リリは俯いた。ダーシャの語気が少し強かったせいか、怯えているようだった。

「あ、すまない!別に私は君に怒っている訳では…」

 ダーシャもそれに気づいて慌て始める。

「ま、まあ、今回の件をギルドに報告すれば君をいじめてた連中は処分されるだろう。仲間を意図的に死の危険に晒したのだから重罪だ。ほぼ確実にギルド追放だろう。そうなれば君は自由の身だ!」

 リリはダーシャの態度を見て警戒心が和らいだのか、その表情は少しずつ柔らかくなっていった。

「それにしても、ウォリーさん達のパーティは2人だけですか?随分と少ないような…」
「いやぁ、最近パーティを設立したばかりでね。募集はしてるんだけどなかなか集まらなくて…」

 ウォリーがそう言うと、リリはその大きな身体を屈めて2人に目線を合わせてきた。

「だったら、私がウォリーさん達のパーティに加入するのは可能でしょうか?…アンゲロスのメンバーがギルドを追放されたら…どの道私1人になっちゃいますし…」

 彼女の提案にウォリーとダーシャは顔を見合わせた。2人の視線は互いに(どうしようか?)と語っていた。

「私…お2人には命を救われました。ご迷惑でなければお2人の側でお役に立ちたいと思っています…」

 そう熱心に語るリリに、ダーシャは気まずそうな表情を見せた。

「だが、いいのか?私と同じパーティで…」
「え?」
「見ての通り私は魔人族だ。人間からは差別を受けている。こんな私と行動を共にするのは私としてはお勧めしないが…」

 それを聞いてリリはニコッと笑顔を見せた。ウォリー達が洞窟で彼女と会ってから初めて見せた笑顔だった。

「何言ってるんですか?嫌われ者なら、私と一緒ですよ。私だって散々酷い目に会ってきたし、この見た目のせいでずっとデカ女って馬鹿にされてたんですから」

 そう笑いかけるリリを見て、ダーシャは恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
 その様子にウォリーはクスッと笑うと、言った。

「うん。ダーシャと仲良くしてくれるなら、僕は大歓迎だよ」







「ウォリー様のパーティ加入希望者は…ゼロですね…」

 ギルドの受付嬢の口から出たのはいつも通りの台詞だった。
 ウォリーは首をかしげる。
 リリをギルドに送り届けて2週間が経過した。アンゲロスを正式に抜けたら直ぐにでもギルドにウォリーのパーティへの加入希望を出すとリリは言っていたが、未だにその加入希望が来ない。

「妙だと思わないか?」

 ダーシャはギルドの新聞を見ながら言った。

「ここ2週間、あのアンゲロスというパーティの記事は一切載っていなかった。仲間を囮に使うなんて悪質行為が発覚すれば、絶対記事になるはずだ」

 不審に思った2人が受付で尋ねてみると、アンゲロスというパーティは特に処罰を受ける事もなく普通に活動していると返答が帰ってきた。

「どういう事だ!仲間を見捨てておいてお咎めなしとは!」

 ダーシャがテーブルを叩いた。

「ダーシャ様、そもそもアンゲロスがその様な行為を行ったという報告自体がされていないのです」

 ダーシャの勢いに少しおびえながら受付嬢がこたえた。

「リリは報告しなかったのか…?」
「もしかして言いづらかったのかもしれない。僕らの方からギルドに相談してみよう」

 ウォリーは受付嬢にアンゲロスの行為について相談したいと伝えると、2人は奥の面談室へ通された。

 2人が部屋に入ると、そこには1人の女性がソファーに足を組んで座っていた。
 彼女を見た瞬間、ダーシャが「げっ」と声を上げて顔を引きつらせた。

 そこに座っていたのは褐色の肌に長い耳のダークエルフ。爪に派手な装飾のされた指で金髪の髪をいじっている。

「あ、ダシャっちじゃん。おっひさ〜」