ウォリーが目覚めた時、彼は何処かのベッドに寝かされていた。
 起き上がって窓から外を覗くと村人達がせっせと動いている姿が見えた。
 どうやらここは村の民家の1つのようだ。

「ウォリー様、もう起きて大丈夫なんですか?」

 彼が外に出ると村人達が集まってきて声をかけてくる。
 見た所、彼が気を失ってからそれほど時間は経っていないようだった。
 彼自身も体調からして完全に回復したとは言い難い。

「今、荒らされた家をみんなで片付けているんです」

 村人の1人がそう言った。ウォリーは手伝おうかと言ってみたが、体調を心配され村人達に止められてしまった。
 彼は特にやることもなく適当に村を歩いていると、ダーシャの姿を発見した。
 彼女は村人に囲まれて四方八方から声をかけられている。

「魔人族がこんなに強いとは思いませんでした!」
「ダーシャ様のあの空を舞う姿!まるで女神のようでした!」
「サインください!」

 今回の戦いで最も多くの盗賊を仕留めたのは彼女だ。彼女が勇ましく戦う姿は村人達の目に英雄のように映ったのかもしれない。
 ダーシャはこの様な扱いを受けるのが初めてなのか、恥ずかしそうに慌てている。
 
 そこにひと組の親子が近づいて行った。
 その子供の方は、あの時盗賊に人質に取られた少女だった。

「ダーシャ様。あなたのお陰でうちの娘は助かりましたありがとうございました」

 少女の親が深々と頭を下げた。

「何を言う。その子を救ったのはウォリーではないか」
「はい。ウォリー様にも感謝しています。しかし、ダーシャ様はこの子を傷付けない為に、自分が矢を受けてまでも盗賊への攻撃をしませんでした。下手すれば死んでいたかもしれないのに…それを思うと感謝をしてもしきれません」
「お姉ちゃんありがとう!」

 親子はそう言って何度も彼女に頭を下げた。それを見て村人も口々に声をあげた。

「さすがダーシャ様!強いだけでなく、お優しい!」
「俺たちは魔人族の事を誤解していたのかもしれないな」

 再び周りからの賞賛の声を浴びせられ、ダーシャは慌て始める。
 その時、荒々しい声が彼女達に発せられた。

「やめんかお前ら!魔人族なんぞに頭下げるなど!!!」

 村長のシドだった。
 彼も戦いの最中、ウォリーによって救出されていた。

「お前らは人間だ!誇りを持て!魔人族なんぞに感謝する必要はない!!」

 そう怒鳴り散らすシドに、村人達は反発を始めた。

「おい!命の恩人にその言い方はないだろ!」
「そうだ!ダーシャ様は女神様だ!」
「彼女はうちの娘の為に毒矢を受けて死にかけたのよ!」

 大勢の村人達から反論を浴び、シドは何も言えなくなってしまった。
 さらにそこに冒険者達が集まってきた。

「おい、村長さんよ。俺たちを盗賊に売ってくれたそうだな」
「どういうことか説明してもらおうか」

 シドは追い詰められ、歯を食いしばって周囲を睨みつけている。

「俺は村を守ろうとしただけだ!なのにあの盗賊に騙されたんだ!あいつらのせいだ!!それにお前もな!」

 シドがダーシャを指さす。

「お前が来なきゃこんな事せずに済んだんだ!魔人族の手を借りたとなっては、村の恥になる!」

 シドの自分勝手な主張に周囲の人々はただただ呆れているだけだった。

「村長さん、どうしてそこまで魔人族を嫌うんです?」

 ウォリーがそう言って話に入ってきた。シドは拳を震わせながら俯き、語り始める。

「俺の親父は若い頃に魔国との戦争で捕虜にされたんだ。その時魔人族に随分と酷い目にあわされたらしい。親父は晩年までずっと魔人族への恨み言を言っていたよ。俺はそれをずっと聞きながら育ったんだ」

 シドが顔を上げキッとダーシャを睨みつけた。

「俺はその親父から村長としてこの村を受け継いだんだ!もしもこの村が魔人族に救われるなんて事が起こってもみろ!俺は死んだ親父に合わせる顔がねえ!!!」

 シドは身を震わせながらそう喚き散らした。
 すると、今までシドの言葉を黙って聞いていたダーシャが、ゆっくりと彼の前に歩み寄った。
 彼女は彼の目を少し見つめた後、深々と彼に頭を下げた。

「私の種族があなた方親子に行った行為、非常に心痛く思う。魔国を代表してここに謝罪する。誠に申し訳なかった!」

 そう言った後、ダーシャは下げていた頭をゆっくりと持ち上げた。そして再びシドの目を見つめる。

 その直後、彼女はシドの顔面に思いっきり鉄拳を打ち込んだ。

 「ぐえっ」っと声をあげて2メートルほど吹っ飛ぶシド。倒れた彼は鼻血を出しながらピクピクと痙攣している。

「だが、それとこれとは別の話。私個人に対して怒りをぶつけたいのなら好きなだけやって構わない。しかし今回は…お前の行動で罪のない村人達が、幼い少女までもが危険に晒された。その事だけは…その事だけは絶対に許せん!」

 ダーシャは倒れているシドにそう言い放つ。その直後に周りの村人達から盛大な歓声が上がった。






 翌日。村人達によって縄で拘束された盗賊達と、その盗賊と取引を行ったシドは政府の兵士達に連行された。
 昨日ウォリー達は村に一泊し、朝方に村人達に見送られながら村を出発した。
 帰り道、ウォリーはダーシャに誘われて同じ馬車に乗って帰る事になった。


「思えばギルドで会った時から君には世話になりっぱなしだったな…」

 馬車に揺られながらダーシャは言った。

「このまま済ませるのは私も納得がいかん。何か礼をさせてくれ」

 ウォリーは最初遠慮をしたが、彼女はしつこく食い下がった。

「何でも言ってくれ。出来る事なら何でもしよう!」

 その彼女の言葉にウォリーは少し考えた後、言った。

「本当に何でもしてくれるんですか?」
「勿論だ。それ程の事をしてもらったからな」
「本当に本当に何でもですか?」
「本当に本当だ!」
「本当に?本当の本当に?」
「しつこいぞ!私がすると言ったらするんだ!」

 何度も確認してくるウォリーに、ダーシャは苛ついた様子で答えた。

「私が毒にやられた時、君が助けてくれなければ私は死んでいた。命の恩人には全力で報いなければならん!」

 彼女は力強い視線をウォリーに向ける。
 彼は「では…」と言って彼女に手を差し出した。

「僕とパーティを組んでください」

 そう言われたダーシャはしばらく固まった。
 それから、彼女は目を丸くして両手をぶんぶんと振り回した。

「いや!駄目だ!それだけは駄目だ!別に君と組むのが嫌という訳ではないぞ!だが私はこの国で差別を受けている身だ!私と組んだせいで君にまで迷惑がかかるのは耐えられん!それだけは駄目だ!!」

 ダーシャは早口でウォリーの申し出を拒否する。

「でも、何でもしてくれるって言いましたよね?」

 彼女は頭を抱えてしばらく唸っていた。

「卑怯だぞ!君は私が断るのを見越してあんなにしつこく確認したのだな!?」

 彼女がそう言って睨みつけても、ウォリーは爽やかな笑顔のまま彼女に手を差し出している。

「大体よりによって何で私だ!私と組んだって良いことはないぞ!」
「かっこいいからです」
「はぁ?」

 ウォリーは彼女の目を真っ直ぐ見つめる。

「さっきあの村の村長をぶっ飛ばしたのを見て、かっこいいなって思ったんです。今まで周りからどんなに差別を受けても、反抗しなかったあなたが、村の人たちの為に怒ったんです。それを見て僕は、あなたは本当に強い人だと思いました。僕もあの村長に怒りを覚えていましたが、あなたと同じような事は多分できなかったと思います。あなたみたいな強い人が付いていてくれたら、僕はとても助かる」

 ダーシャは「うー…」と唸りながら上を見たり下を見たりをしばらく繰り返していた が、やがてウォリーの方へ顔を向けると、強い口調で答えた。

「いいか!私は本当は嫌なんだ!私は嫌だと言ったのに君が無理矢理パーティを組ませたんだ!だから私と組んだせいでお前がどうにかなっても…私は知らん!知らんからな!!」

 そう言うと彼女は、ウォリーが差し出した手をがっしりと握った。