第25話 ブログの破壊力
例のアイナの提案、案の定メグル君はあっさりOK出してくれた。寧ろノリノリでブログに参加する気みたい。
そして問題のカオルさんだが、なんとビックリなことに条件付きで即OK出してくれた。なんだかアイナにほだされつつあるようで、見てて可笑しい。
条件は三つ、一つ目は『家の所在が分からないように配慮すること』。まあ、ストーカーが来たら嫌だしね。
二つ目は、『新しい記事をアップする前に必ず下書きでカオルさんに見せ、あたしが自分でアップしないこと』。カオルさんがOKだと判断したときに、カオルさん本人の手でアップする、これで全責任はカオルさん持ちということになる。
三つめは、『ちゃんと自分の漫画を描くこと』。そりゃそうだよね、カオルさんのマネージャーであると同時に、アシスタントでもあり、弟子でもあるんだから。
そう言うわけで、タイトルは『風間兄弟』、記事主はあたしのペンネーム『小鳥遊キラ』で、ブログはスタートした。
アイナの読み通り、ブログは大反響。全然大したこと書いてないのに、信じられない数のフォロワーがついた。
多摩川の土手でボーっととするカオルさんの背中や、とれたボタンを自分で繕うメグル君の手元、そんなちょこっとした写真を撮っては、「多摩川なう」とか「ボタン取れた」とかそのまんまなタイトルでほぼ毎日更新した。
メグル君は相変わらず学業とモデル業の合間を縫うように、テレビやラジオのトーク番組に出演しては面白おかしく風間家の日常を語り、兄弟を人々の身近な存在にしていった。
アイナの提案で、カオルさんは一切何も語らず人前にも出ないミステリアスなキャラで行くことになった。実際そうだし。宣伝活動はメグル君のお喋りとあたしのブログとアイナの書く『よんよんまる』公式アカウントによるツイッターにお任せだ。
そしてあたしたちは知る由もなかったんだけど、お母さんが十津川村中に宣伝して、村を挙げての風間兄弟応援団を作ってしまったらしい。しかも『風間兄弟応援団』のアカウントを作って、『よんよんまる』公式のツイートを拡散してる。恐るべし、おばちゃんパワー。風間兄弟のブログも宣伝して、みんなで見てるって。もー、お母さんてば何やってんだか。
そんな折、ちょうどメグル君の方のB-MEN編集部の中嶋さんから凄い話が舞い込んだ。メグル君の写真集を出さないかという話だ。できればカオルさんと二人で兄弟の写真集にという事だったけど、流石にカオルさんがそれを拒否するのは目に見えているわけで。
それでも中嶋さん、「メインが巡さんで、薫さんはサブ的な位置づけでもダメですか? 背景に薫さんがいるような感じとか、誰かとじゃれ合ってるその相手が薫さんとか、そういうのでもダメですか?」ってしつこく食い下がって。
そこでカオルさんがあたしに助けを求めて来たんだけど、あたしは容赦なく「一緒に背景として入りましょう、『風間兄弟』を売りにした方がいいです」と一刀両断。結局カオルさんが折れて、「じゃあ、背景程度の出演で」という事で了承した。
そこであたしはいいことを思いついたんだ。本当はあたしにはそんな権限は無いんだけど、ハッタリかまして出版社に条件を突き付けたんだ。
「風間薫・風間巡兄弟のマネージャーとして条件があります。スタイリストさんとメイクさんはそちらで用意していただくとして、カメラマンとロケ地はこちらで準備します。それでいいですか?」
翌日、あたしはメグル君と一緒に、名刺に書かれた住所を頼りにスタジオ城真を訪れた。例のバスツアーの時のおばちゃんだ。
流石に同じスーパーの利用客だけあって徒歩圏内のご近所さんだったが、今まで風間兄弟もそのスタジオの存在を知らなかったらしい。小ぢんまりとした間口だが、奥行きはそこそこあり、証明写真から記念ポートレイトまで撮ってくれる写真屋さんだった。
今どきは記念ポートレイトなんて大きなスタジオのチェーン店で貸衣装とセットになってるところの方が多いから、普段はお客さんが持ち込んだ写真データを現像するのがほとんどで、偶に証明写真のお客さんが来る程度らしい。
お茶を運んで来ながら、待ちきれない様子でおばちゃんは喋り始めた。
「よく来てくれたわねぇ。あれからあなた凄い人気じゃないの、私のインスタにも問い合わせが殺到して凄い反響だったのよ~」
それはそれは嬉しそうにあたしたちの前にお茶を置くと、城真さんは言葉を継いだ。
「うちの娘が巡君の大ファンでね、お母さんばっかりずるいーとか言って」
「え、そうなんですか。娘さん今いるなら呼んでくださいよ」
流石メグル君、ファンサービスは抜かりない。しばらくして城真さんのお嬢さんが現れた。
あたしたちと同い年くらいの背の小さい女の子。長めのボブを幅広のターバンでバシッとおでこ全開にした、Tシャツとジーンズがよく似合うボーイッシュな感じの子だ。
「初めまして、友華です。今、美大で写真と映像芸術を勉強してます」
緊張した面持ちの友華さんに、メグル君はいつもの人懐っこい笑顔で答える。
「風間巡です。よろしく。こっちはマネージャーの高梨綺羅ちゃん」
「ブログ全部見てます。素朴で飾り気のない写真と文章が凄く素敵で、綺羅さんの大ファンでもあるんですよ」
友華さんが目を輝かせて言ってくれるもんだから、あたしはもう有頂天だ。
「あたしはただのマネージャーですし、漫画家の見習いですから」
なんて言いながらも全く悪い気はしない。しかもメグル君がナチュラルにあたしをマネージャーとして紹介してくれたのがなんだか可笑しい。知らぬ間にあたしは『風間兄弟』のマネージャーに昇格してるぞ。
そこから軽く美大の話やら写真の話やらという雑談が入って、だいぶ打ち解けたところであたしは本題を切り出した。
「実は今度メグル君が写真集を出すことになったんです。それで現在スタッフを調整中なんですけど、バスツアーの日のインスタの写真の雰囲気が凄く良くて。とても好評だったものですから、城真さんにカメラマンをお願いできないかと思いまして」
「ええっ! お母さん凄いじゃん! あの風間巡の写真集のカメラマンだよ、いきなり有名になっちゃうよ!」
「私が? こんなおばちゃんが?」
城真親子のパニクりようが凄い。母は目を白黒させ、娘はキャーキャーと腰が浮いている。
「基本、僕の写真集なんで僕を撮って貰うんですけど、僕の兄を背景に入れたいって編集さんが言ってるんです。ピンボケで入れたり、体の一部だけ参加したり、後ろ姿だったり、そんな感じでいけますか?」
「それはできるけど……私でいいの? ほんとに」
未だ半信半疑の城真さんに、あたしは身を乗り出すようにして説明した。
「あたしが出版社の担当さんに『カメラマンは私が準備します』って言っちゃったんです。もう、その企画を聞いた瞬間から頭の中には城真さんの写真しかなかったから。他のカメラマン付けられたくなくて、すぐに条件出しちゃったんです。ロケもいつもメグル君はセットの中とか街中のオシャレなカフェとかで撮影してるから、写真集は大自然の中でって」
「それ、僕初めて聞いたんだけど」
「うん、今初めて言ったから」
そう、これはあたしが勝手に考えていた構想なんだ。よく考えたら、本人に相談もなしで酷い話だ。しかも具体的な場所、なんにも考えてない。
「で、ロケ地はどこですか?」
「う……どこにしましょう?」
あたしが笑顔を引きつらせたその時、まさかの友華さんが割り込んだのだ。
「あの、私が良いところ知ってます。私に任せてください」
例のアイナの提案、案の定メグル君はあっさりOK出してくれた。寧ろノリノリでブログに参加する気みたい。
そして問題のカオルさんだが、なんとビックリなことに条件付きで即OK出してくれた。なんだかアイナにほだされつつあるようで、見てて可笑しい。
条件は三つ、一つ目は『家の所在が分からないように配慮すること』。まあ、ストーカーが来たら嫌だしね。
二つ目は、『新しい記事をアップする前に必ず下書きでカオルさんに見せ、あたしが自分でアップしないこと』。カオルさんがOKだと判断したときに、カオルさん本人の手でアップする、これで全責任はカオルさん持ちということになる。
三つめは、『ちゃんと自分の漫画を描くこと』。そりゃそうだよね、カオルさんのマネージャーであると同時に、アシスタントでもあり、弟子でもあるんだから。
そう言うわけで、タイトルは『風間兄弟』、記事主はあたしのペンネーム『小鳥遊キラ』で、ブログはスタートした。
アイナの読み通り、ブログは大反響。全然大したこと書いてないのに、信じられない数のフォロワーがついた。
多摩川の土手でボーっととするカオルさんの背中や、とれたボタンを自分で繕うメグル君の手元、そんなちょこっとした写真を撮っては、「多摩川なう」とか「ボタン取れた」とかそのまんまなタイトルでほぼ毎日更新した。
メグル君は相変わらず学業とモデル業の合間を縫うように、テレビやラジオのトーク番組に出演しては面白おかしく風間家の日常を語り、兄弟を人々の身近な存在にしていった。
アイナの提案で、カオルさんは一切何も語らず人前にも出ないミステリアスなキャラで行くことになった。実際そうだし。宣伝活動はメグル君のお喋りとあたしのブログとアイナの書く『よんよんまる』公式アカウントによるツイッターにお任せだ。
そしてあたしたちは知る由もなかったんだけど、お母さんが十津川村中に宣伝して、村を挙げての風間兄弟応援団を作ってしまったらしい。しかも『風間兄弟応援団』のアカウントを作って、『よんよんまる』公式のツイートを拡散してる。恐るべし、おばちゃんパワー。風間兄弟のブログも宣伝して、みんなで見てるって。もー、お母さんてば何やってんだか。
そんな折、ちょうどメグル君の方のB-MEN編集部の中嶋さんから凄い話が舞い込んだ。メグル君の写真集を出さないかという話だ。できればカオルさんと二人で兄弟の写真集にという事だったけど、流石にカオルさんがそれを拒否するのは目に見えているわけで。
それでも中嶋さん、「メインが巡さんで、薫さんはサブ的な位置づけでもダメですか? 背景に薫さんがいるような感じとか、誰かとじゃれ合ってるその相手が薫さんとか、そういうのでもダメですか?」ってしつこく食い下がって。
そこでカオルさんがあたしに助けを求めて来たんだけど、あたしは容赦なく「一緒に背景として入りましょう、『風間兄弟』を売りにした方がいいです」と一刀両断。結局カオルさんが折れて、「じゃあ、背景程度の出演で」という事で了承した。
そこであたしはいいことを思いついたんだ。本当はあたしにはそんな権限は無いんだけど、ハッタリかまして出版社に条件を突き付けたんだ。
「風間薫・風間巡兄弟のマネージャーとして条件があります。スタイリストさんとメイクさんはそちらで用意していただくとして、カメラマンとロケ地はこちらで準備します。それでいいですか?」
翌日、あたしはメグル君と一緒に、名刺に書かれた住所を頼りにスタジオ城真を訪れた。例のバスツアーの時のおばちゃんだ。
流石に同じスーパーの利用客だけあって徒歩圏内のご近所さんだったが、今まで風間兄弟もそのスタジオの存在を知らなかったらしい。小ぢんまりとした間口だが、奥行きはそこそこあり、証明写真から記念ポートレイトまで撮ってくれる写真屋さんだった。
今どきは記念ポートレイトなんて大きなスタジオのチェーン店で貸衣装とセットになってるところの方が多いから、普段はお客さんが持ち込んだ写真データを現像するのがほとんどで、偶に証明写真のお客さんが来る程度らしい。
お茶を運んで来ながら、待ちきれない様子でおばちゃんは喋り始めた。
「よく来てくれたわねぇ。あれからあなた凄い人気じゃないの、私のインスタにも問い合わせが殺到して凄い反響だったのよ~」
それはそれは嬉しそうにあたしたちの前にお茶を置くと、城真さんは言葉を継いだ。
「うちの娘が巡君の大ファンでね、お母さんばっかりずるいーとか言って」
「え、そうなんですか。娘さん今いるなら呼んでくださいよ」
流石メグル君、ファンサービスは抜かりない。しばらくして城真さんのお嬢さんが現れた。
あたしたちと同い年くらいの背の小さい女の子。長めのボブを幅広のターバンでバシッとおでこ全開にした、Tシャツとジーンズがよく似合うボーイッシュな感じの子だ。
「初めまして、友華です。今、美大で写真と映像芸術を勉強してます」
緊張した面持ちの友華さんに、メグル君はいつもの人懐っこい笑顔で答える。
「風間巡です。よろしく。こっちはマネージャーの高梨綺羅ちゃん」
「ブログ全部見てます。素朴で飾り気のない写真と文章が凄く素敵で、綺羅さんの大ファンでもあるんですよ」
友華さんが目を輝かせて言ってくれるもんだから、あたしはもう有頂天だ。
「あたしはただのマネージャーですし、漫画家の見習いですから」
なんて言いながらも全く悪い気はしない。しかもメグル君がナチュラルにあたしをマネージャーとして紹介してくれたのがなんだか可笑しい。知らぬ間にあたしは『風間兄弟』のマネージャーに昇格してるぞ。
そこから軽く美大の話やら写真の話やらという雑談が入って、だいぶ打ち解けたところであたしは本題を切り出した。
「実は今度メグル君が写真集を出すことになったんです。それで現在スタッフを調整中なんですけど、バスツアーの日のインスタの写真の雰囲気が凄く良くて。とても好評だったものですから、城真さんにカメラマンをお願いできないかと思いまして」
「ええっ! お母さん凄いじゃん! あの風間巡の写真集のカメラマンだよ、いきなり有名になっちゃうよ!」
「私が? こんなおばちゃんが?」
城真親子のパニクりようが凄い。母は目を白黒させ、娘はキャーキャーと腰が浮いている。
「基本、僕の写真集なんで僕を撮って貰うんですけど、僕の兄を背景に入れたいって編集さんが言ってるんです。ピンボケで入れたり、体の一部だけ参加したり、後ろ姿だったり、そんな感じでいけますか?」
「それはできるけど……私でいいの? ほんとに」
未だ半信半疑の城真さんに、あたしは身を乗り出すようにして説明した。
「あたしが出版社の担当さんに『カメラマンは私が準備します』って言っちゃったんです。もう、その企画を聞いた瞬間から頭の中には城真さんの写真しかなかったから。他のカメラマン付けられたくなくて、すぐに条件出しちゃったんです。ロケもいつもメグル君はセットの中とか街中のオシャレなカフェとかで撮影してるから、写真集は大自然の中でって」
「それ、僕初めて聞いたんだけど」
「うん、今初めて言ったから」
そう、これはあたしが勝手に考えていた構想なんだ。よく考えたら、本人に相談もなしで酷い話だ。しかも具体的な場所、なんにも考えてない。
「で、ロケ地はどこですか?」
「う……どこにしましょう?」
あたしが笑顔を引きつらせたその時、まさかの友華さんが割り込んだのだ。
「あの、私が良いところ知ってます。私に任せてください」