才能なしと言われたおっさんテイマーは、愛娘と共に無双する!

 ランタンを灯し、辺りを照らして眺めて見つけたのは、大きな蛇の顔だった。

 最初は全く身じろきもしないので、作り物か?とか考えたけど、ちろっと動く舌が動くのが見えてしまった。

 この顔というか、頭だよね。
 その大きさから考えると、その大きさ(長さ?)は人間が10人程はあるだろう。

 下手をするとそれ以上あるのかも知れない。
 それがこんな所で何をしているんだ?

 もしや、俺らのように落ちてきた生き物を食べて生きているんだろうか?

「ククククッ。騒がしいと思ったら人間か。我を眠りから呼び起こしたのはお主達か?」

 蛇が喋った!?
 え?え?えええ!?

「ふむ、混乱しているのか。まぁ、数百年ぶりに目覚めたのだ。腹は減っているがお前たちではどちらにしろ足りぬ。なーに、今すぐに喰いはしない。落ち着いて質問に答えるのだ」

 とっても上から目線で偉そうに言ってくる蛇。
 いや、実際偉いのかも知れない。

 こんな巨大な大蛇は見たことが無い。
 頭一つで人間の体の半分ほどあるのだから。

「ええと、封印とはなんですかね?俺らはこの穴に落ちてしまっただけで…」

「ほう、そこから差す光は本物か。なるほどな。お前たちは、運よくここに辿り着き、我を封印していた物を破壊してくれたようだな」

 そう言う大蛇の目線をたどると、キールが何かを下敷きにしているのが分かった。

 それは、何かの像を象ったものだったようだ。
 その像は上下真っ二つになっていた。

「こんなもので、そんな巨体を封印出来ていたのか?」

 壊れた像を手に取り眺めてみる。
 魔力を感じたり出来ない俺では、どれだけ凄い者なのか分からないけど、こんな事で壊れるだなんて随分と適当な封印だと思う。

「フハハハ、そうよな。しかしだ、この穴自体が封印されていたのだから、その像で充分だったのよ。口惜しい事にな。しかし封印するために、この上に社があったはずだが、長い時で朽ち果てたか?社の管理者の気配も感じられぬが…、お主ではなさそうだしな」

「社?ここ数年ここら辺を見てきたけどそんなものは見た記憶が無いな…」

「そうか。…ほう、お主は面白い魔力を持っているのう」

 唐突に俺を見て、面白そうに眼を細めて俺を眺める大蛇。
 え、まさか美味しそうとか言わないよな!?

「な、なんだ唐突に。魔力なんて俺には殆ど無いぞ?」

「ほう、自分の事が分かっていないのか?お主、動物にやたら好かれたりしないか?」

「!?なんでその事を…」

「やはりな。なるほど、道理でお主を食べたいと思わないわけだ。お主、我と契約する気はないか?」

「契約?」

「そうだ。我と契約すれば、お主は我を使役する事が出来るようになる。もちろん、お主に害を与える事はせぬようにもな」

「それをする事でお前にどんなメリットがあるんだ?」

「我は、いい加減ここから出たい。だが、今のままでは出る事が出来ん。そこで、お前の魔力だ。それが我に供給されれば我はここから出る事が出来る。どうせ、人間の寿命などせいぜい100年。それ以降は、我も自由になるという事だ」

「なるほど…。それで断ったら?」

 自然とごくりと唾を飲み込む。
 本能で、その答えを聞きたくないと思ってしまう。

 そう思わせる雰囲気を大蛇が醸し出す。

「答えるまでも無かろう。出る事は叶わぬが、お主たちを喰って腹の足しにするまでよ」

 うああーっ!やっぱりか。
 逃げようにも、キールはすぐには動けない。
 
 いくら体力が自慢だとか言っても、キールを背負ってここから脱出するのはかなり時間が掛かる。

 きっと、その間に食べられてしまうのだろう。

「だ、だが。お前は動けないんだろう?だったら…」

 シュッっと何かが飛び出てきて、俺に巻き付いた。
 それは滑っとして、それでいて体中を締め付けてくる。

「クックック、これでも逃げれると思うか?我が舌は、この穴の中くらいなら届くほど伸びるのだぞ?」

 最悪だ。
 この巻き付いているのは、大蛇の舌らしい。

 つまり、このまま引き摺られて食べられるか、契約するかの2択しかなくなったわけだ。
 最後の抵抗とばかりにナイフに手を伸ばそうとすると…。

 キイイイッンと甲高い音を立てて、ナイフが弾き飛ばされた。
 大蛇は舌の先を器用に使って、俺のナイフを弾いたのだった。

「往生際の悪い男よな。それに、お前を飲み込もうと思えばいつでも出来るのだぞ?さあ、最後のチャンスだ。契約するか?それとも、我が胃に収まるか?」

 その時、ふとキールに目が行った。
 キールは恐怖のあまり、既に意識が朦朧としているみたいだ。

 俺が断れば、俺ばかりかキールの命もここで終わり。
 それを知った時、クレスはどう思うだろうか?

 ダメだ、こんな所で死んでいる場合ではない。
 後の事は後で何とかするしかない。

「わかった、契約しよう」

「おお、その言葉を待っていた!我は、かつては神獣と呼ばれし翼を持つ蛇、ヘルメスだ。お主の名前を教えるのだ」

「俺は、ウード。しがないハンターさ」

「ふふふ、お前はこれからはハンターとは言われなくなるだろうよ。では、儀式をする。───我が名は、翼をもつ蛇、知を司る神の使い。我を遣いし神の名を受けしその名はヘルメス。我とウードは盟約を結び、ウードを主と認める!」

 すると俺とヘルメスの周りに魔法陣が浮かび上がった。
 同時に光に包まれ、光が収まると大蛇が消えていた。

「え?」

 そして、俺の手にはいつの間に持っていたのか不思議な杖が現れていた。

「ここだ、ウードよ」

 声のする方に目をやると、小ぶりな白蛇が飛んでいる。
 よく見ると、背中には翼があるようだった。

「お前、ヘルメスか?」

「そうだ、主と契約したことにより、その魔力と本体をその杖に封印した。今見えているのは化身なのだ」

「ええと、なんで小さくなったの?」

「あんな大きな体では、外に出たときに不便だろう?それにな、あの状態では魔力を大量に消費してしまうのだ。そこの少年が壊した像で我は魔力を維持していたのだが、壊されてしまったのでな。あのままでは、危うく魔力を失い過ぎて命尽きるところだったわ」

 詳しく話を聞くと、どうやら壊した像は封印であり魔力を供給する魔道具でもあるようだ。
 自然に存在する魔力を集めてヘルメスに供給するのと同時に、ヘルメスの力を封印する事で魔力の放出を防ぐ効果もあったらしい。

 つまり、像が壊れてしまったのであのままでは魔力が足りなくなり、体を維持できなくなり消滅するところだったようだ。

「そんなときに、丁度よく変わった魔力を持つウード、お前が目の前に居たからな。契約してお前から魔力を供給して貰えば、我は消えずに済むというわけだ」

「つまり、本当はそれが目的で契約したのか?」

「お、流石に気が付いたか?だが、最終手段としてお主を食べるという選択肢もあったのは事実だ。ただ、お主は動物や魔物などの生き物を活性化出来る魔力を持っているからな、契約してお主から魔力を供給して貰うのが一番効率がいいのだよ」

「魔力って、殆ど無いって認定だったはずだけど…」

「ふむ、人間の測定がどのようにして行われるかは分からぬが、確かにお主は魔力を持っておるよ。まぁ、魔力を持っていない生物などこの世界にはおらぬがな。ただ、お主は魔法として発現する能力を持っていないのだろうよ。なので、魔力を供給するには近くに寄らないと無理なのだ」

 そして、なぜヘルメスの本体を杖に封じて俺に持たせてたかを説明されるのだった。
 エルメスが自己が消滅するのを防ぐために、契約させられた結果になったウードであるが、そのおかげで自分の体質を知ることになる。

「お主は、魔力が無いのではなく魔力を使って具現化する力が無いのだ。そのせいで、折角魔力があっても魔法を使う事が出来ない。しかし、その代わりに魔力自体が特殊でな、お主の魔力を浴びると肉体が活性化し幸福感を得る事が出来るのだよ」

「そんな話、聞いたことないぞ?もし、そうなら誰かそういう事を知ってそうな人が教えてくれそうじゃないか?」

「特殊だと言っただろう?それは即ち、そんな魔力を持つ者は滅多にいないのだ。だから、その存在を知るのは数百年生きる種族や知恵のある魔獣…即ち我のような存在だけなのだよ。ましてや、そんな情報はこの辺境には伝わるわけも無いのだ」

「うーん、そう言われればそうなのかも知れないな」

「我ら神獣と言われる者達の間では、お前のような存在を"神の贄(サクリファス)"と呼んでいる」

「さ、サクリファス?大層な名称だな。それでそれって俺にとっては何かメリットあるのか?」

「メリットなら受けているだろう?この穴の上で待っている狼なぞは、そのおかげで懐いているのだぞ?」

 軽くない衝撃を受けた。
 そうか、その体質のせいで俺は狼にも懐かれていたのか。

 いや、それだけじゃないんだろうな。
 本来は気性の難しい馬や、その他の家畜達も苦労して捕まえた事はない。
 みな、大体ゆっくり近づくと警戒せずに捕縛用の縄を掛ける事が出来る。

 それもこれも、俺の特殊な魔力のお陰だという事なのか…。
 
「だが、逆に気を付けなければいけないぞ?知性が極端に低いものには、お前は単なる”ご馳走”にしか見えないからな?そう言うのも引き寄せるから、色んな意味で好かれるという事だ」


「それ、嬉しくないなぁ。下手したら、俺が魔物を引き付ける可能性があるのか?」

「それはあるだろうな。お主から放たれる魔力の残滓は、分かりやすく説明すると甘い香りがするのだ。それを辿ってくるものもおるだろうさ」

 こんなおっさんから甘い香りとか、何の冗談かと言いたいがエルメスが言うのだからそうなんだろうな。
 そうだ、この杖の事を聞かないとだな。
 一体なんなのだろう、凄い物だろうという事しか分からない。

「先ほど言った通り、お主は魔力を魔法に換える事が出来ない。だが、我が本体が封じてあるその智慧の杖があれば、それを通して効率良く魔力を我に供給できるというわけだ」

「じゃあ、この杖を捨てるとお前は死ぬのか?」

「恐ろしい事を考える奴だな。だが、それはムリだぞ?契約した本体はそっちだ。お主が死ぬか契約が破棄されない限りは、一生手放すことは出来ないと思え。お主は良き伴侶を得て良かったな」

 そう言うと、まるで意思を持っているかのように杖が浮遊し、俺の周りをクルクルと周り出す。
 手に持たなくても大丈夫というのはいいが、こんなものを町で見せたら色々と問題が起こりそうだ。

「誰が良き伴侶だよ!再婚相手は蛇神様なんだってクレスに言ったら卒倒するわっ!てか、もうキールは気を失ってるし!どうしてくれるんだ!」

「わぁーわぁー喚くな。人間の姿がいいのか?気が向けばなってやっても良いぞ?魔力を大きく消費するから今は出来んが、お主の気に入る姿に成ってやらんこともないぞ?さて、この少年…キールか?怪我をしているのだろう?我が杖を翳すと良い」

 何をするかは分からないが悪意は感じられない。
 言われた通りに智慧の杖を翳してみる。

「"治癒の光”」

 そうエルメス(の分身)が発すると、杖から光が発せられキールを包んでいく。
 しばらくすると、キールが目を覚ました。

「う…う、父さん?はっ、さっきの大蛇は!?」

「うん、もう大丈夫だ。あの大蛇は消えたよ。キール、体の調子はどうだ?」

「え?うん、何ともない…あれ、足も痛くないよ?!」

 おお、本当に治療出来たようだ。
 しかも、足の捻挫も直ったみたいだな。

「凄いもんだな」

「我はこう見えて医学の神の使いでもあるのだ。この程度なら、わけもないのだ」

「うわっ!…小さい蛇…の神様?」

 どうやらキールの中ではそういう結論になったようだ。

 そこでさっきの大蛇がこの蛇になったと説明をする。
 ついでに、もう食べられる心配も無くなったとも。

「そっか…、そうなんだね、よかったぁぁぁっ」

 と言って、涙をポロポロとこぼし始めた。
 どうやら、張り詰めていた緊張の糸が切れたようだ。

 まぁ、目の前に大きな蛇の顔があれば死しか想像出来ないよな。
 俺も諦めかけてたからしょうがない。

「とりあえず、帰ろう。今日はもう山菜どころじゃないわ」

「うん、そうだね。このヘルメス様はそのままついてくるの?」

「当たり前であろう?我はウードが死ぬまで一生ついて行くのだからな」

「そ、そうなんですね」

「ヘルメスはそのまま飛べば大丈夫だよな?キールしっかり捕まってろよ?」

「うん、父さん大丈夫だよ!」

「よし、エース!!引っ張れ~!!」

 ウォオン!!と大きく啼くと、グイっと一気に体がロープに引っ張られて浮かぶ。
 自分からもロープを引っ張り、どんどんと上に上がっていった。

 数分もしないで穴の外に出る事に成功する。
 しかし、外は既に日が落ちようとしている。

「エース、良くやったぞ。いい子だ!」

 頑張って俺らを引き上げてくれたエースを思いっきり撫でて労ってやる。
 しばらく嬉しそうにすると、ヘルメスを見つけてウヴーッ!と威嚇し始めた。

 見た目小さい翼がある蛇にしか見えないが、それでも只ならぬ力を感じたようだった。
 そんなエースに、大丈夫だ、新しい仲間だよ?と諭しつつ再度撫でてやる。

「ほう、勘の鋭い狼だな。エースというのか?我はヘルメスだ、宜しくな」

 エースもやっと警戒を解いてくれた。


 思わぬことで時間を喰ってしまったので、俺らは急いで家に帰る事にした。
 キールのケガは治ったが、歩くのがやっとだったのでエースの背中に乗せて運んで貰う事にした。

 俺は一人で荷物を何とかすべて背負い、足早に森に入った。
 俺の後をキールを背負ったエース、そして俺の横をふよふよ浮かぶヘルメスといった感じだ。

 何気にヘルメスが魔物を感知して知らせてくれるので、帰りは思ったよりもスムーズに戻る事が出来たのだった。


 これが俺の相棒の一匹、神獣ヘルメスとの出会いであった。
 そして、この出会いのお陰で俺はクレスについて行ける事が出来るのだが、その話はまた後の話だ。
 もうすぐクレスは15歳を迎えようとしていた


 ──入学してから3年の歳月が流れた。

 キールがお父さんのとこに来てからは、私も長期休み以外は実家に帰らないようになっていた。

 それくらい学校では、色々やる事があったの。
 勉強しておきたい事が山のようにあったし、魔法の訓練も毎日欠かさずにやっていた。

 2年目からは、訓練用の森に自由に入っていいことになったので、週に一回はみんなと狩りに行ったし、休みにはお父さん達が町にきて行商しにきてたので会いにいったり、マリアとお買い物行ったり、レイラとご飯食べに行ったりと毎日充実していた。

 私はもうすぐで15歳になる。

 この養成学校に在学出来るのは、15歳まで。
 15歳になると卒業試験を出題されて、卒業までに達成しないといけない。

 出題内容はその生徒の実力に合わせて作られるらしく、それはそのままクエスト扱いになるらしいの。
 だから、卒業生の冒険者としての最初のクエストが卒業試験という事になるってこと。

 ちなみに、卒業までに試験が達成できなかった場合は仮卒業扱いらしく、それでもそこから1か月以内に達成しないと卒業取消になるみたい。
 
 それまでに冒険者としての実力を身に付けれなけばいけないの。

 だから、私もこれまで出来る事は全部やってきた。
 途中、マリアから『座学も、実技も、訓練もトップって完璧すぎて怖いよ!?』とか言われてショックを受けたけど、所詮は訓練生の中でのトップ成績ってだけだし、もっと頑張らないとね。

 きっと、冒険者の人たちはもっと凄いと思うの。
 そうじゃないと、なぜ父さんが冒険者になれなかったのか分からないわ。

 もしかして若い時は今と違って何も出来なかった可能性は否定できないけど、今のお父さんを見る限り魔物の一匹や二匹くらいは簡単に倒せそうなのに。

 そうそう、いつの間にか翼が生えた小さな白蛇のケツアカトルという希少種の魔物をテイムしてたし。
 不思議な杖を見つけたら契約出来たとか言ってたけど、それってどういう確率なの!?

 キールに聞いたら、顔を背けて『クレス姉ちゃん、あの時の事は思い出したくないんだ…』とか言うし、一体何があったの!?

 いけない、いけない。
 回想なのに興奮しちゃった。

 あの時からお父さんは色んな魔物も狩り出来るようになっていた。
 キールも、お父さんに連れて行かれて狩りをしているみたいで、会う度に凛々しくなっててちょっと嬉しかった。

 だって、最初はガリガリであんなに貧相な体つきだったのに、今ではがっしりとした男の子らしい体つきになったし、もう身長も越されてしまって、若干悔しいけど…。

 お父さんも『クレスの冒険について行くなら、俺はもっと鍛えないとダメなんだ』って、あの歳なのに中年太りどころか、どこの肉体労働者!?ってくらい体が引き締まってて、嬉しいけど、娘として複雑な気分です。

 そんなわけで、このままじゃ私が連れて行くどころか、私を置いてキールと二人で旅に出てしまうんじゃないかって危機感を感じているんです!!

 だから、この卒業前試験では誰もが納得いく結果を出さないと…。

「やあっ!クレスはまた難しい顔して、どうしたの?」

「レイラ!おはよう。うん、卒業試験の事を考えてて」

「あー、クレスもあと一か月か~」

 レイラとマリアは既に去年の冬に卒業試験に合格していた。
 もちろん、二人とも無事合格。

 レイラは『高速剣』のスキルが発現してすごい話題になったし、マリアは生活魔法以外にも治癒魔法と氷魔法の才能を発揮して教会とギルドで奪い合いが発生して、あのマチスさんが激怒したって町中の話題になった。

 そんな二人だから、卒業試験で受けるクエストなのにかなり早く終わらせたみたい。

 そんな中で私はというと、なんのスキルも発現しなかった。
 魔法も相変わらず風魔法の『加速』だけ。
 学校に各属性の基礎魔法の書があるんだけど、他の属性は全く覚えれなかった。

 武具の扱いはなんでもある程度は上手になったし、勉強もいっぱいしたから座学で他の子には負けなかった。

 でも、それだけだった。

 知識があるから、急所がどこにあるか分かるし、すっごい練習したから剣でも弓でも狙ったところに確実に当てれる自信はあるから、討伐の時も効率良くは出来ると思う。

 でも、自分が知らない相手に出会ったらと思うとゾッとする。
 私は本当はどのくらい強くなったんだろう?

 きっと、それがこの試験でハッキリするんだと思う。
 だから、全力を持ってこれを達成する。
 それしかないんだと思うの。

「うん、もうすぐ試験の内容が発表される。レイラはソロでオーク討伐だったよね?」

「ああ、そうだよ。難易度Eらしいけど、正直拍子抜けだったよ。でも、はぐれのオークだったみたいで一匹だけだったし、運が良かったのかもね」

「そうね。3体とか出てきたら、かなり厄介だって聞くし、一人で達成するには厳しい相手だわ」

 それでも、難易度Eランクの魔物をソロで倒したという事は、Eランク以上確定になる。
 駆け出しでEランクというのは、結構凄い事らしい。

「まぁ、パーティー組んでやるのが本当らしいしな!『高速剣』無かったら、怪我くらいはしてたかもしれない。…早く、クレスとパーティー組んで冒険したいよ」

「あら、私は必要ないのかしら?レイラ」

 そこで、マリアも話に入ってきた。
 マリアも既に試験クリアしていたのだけど、確か護衛を一緒に受けたドリスさん達と試験のクエストに臨んだはず。

「もちろん必要さ。というか、一緒にやらないの?」

「え、やるに決まってるわ!あんなどら息子の嫁になるくらいなら、冒険者として家を飛び出していくわ!」

 マチスさんが聞いたら卒倒しそうな内容だけど、もしかしたらそうして結婚しないでくれた方がマチスさん的にはいいのかもしれない。
 どっちにしろ、ひと悶着あるだろうけど…。

「マリアはドリスさんのパーティーと一緒に討伐したのよね、相手はなんだったの?」

「私は、パーティー討伐用のクエストを選択したのだけど、相手はゴブリン5体以上のパーティー殲滅だったわ」

 このクエストも難易度Eのクエスト。
 ゴブリンは単体では、魔物の中ではとても弱い部類だけど3体以上になると連携した動きをするので厄介だ。
 それが5体ともなると、油断するとパーティーの一人が脱落する事などザラにあるらしい。

 マリアは治癒魔法と氷魔法があるので、後衛に回り治療に専念しつつ、最後の一匹だけ氷魔法で倒したという事だった。

「クレスはどうするの?ソロで受けるの?それともパーティー?」

「そうだねぇ…。やっぱ、ソロかな。私自身でどこまで出来るのか、試したいのよ」

「クレスなら、オークくらいなら余裕だろ?万が一、何かあっても必ず試験官がいるから、そこまで気負わないで大丈夫さ」

「うん、ありがとう!私も二人に負けないように頑張るね」

「応援してるよ!」

 二人から激励を貰い、それからも欠かさず毎日訓練をする。
 時には二人と訓練場の森で討伐したり、ソロで魔獣の狩りをしたりしていた。


 ─そして試験開始当日

「これより、クレスの試験内容を発表する。クレスはソロでの試験を希望したのでクエスト対象はこれになる」

 そう言うと、封緘された羊皮紙を渡される。
 これは改ざん防止と、内容を他者に知らせない為だ。

 すぐにクレスはその封緘を切り、中身を確認した。

『クエスト内容:ソロで活動し、ワーエイプ(難易度D)を1体討伐する事』

「…え!?」

「どうしたクレス。クエストの選抜は局長が直々に選んだものだが…、ん??ワーエイプだと?局長は正気か?訓練生に受けさせる内容じゃない!」

 ワーエイプは山岳地に出没する魔物で、罠張り意識が高い魔物である。

 集団で行動する事を好まず、繁殖期以外は自分の縄張りで他者を排除する性質を持っている。

 知らずにその縄張りに入り込んでしまい、犠牲になった者がどれだけ多いことか…。

「クレス、事務局長に確認する。一緒に付いて来い!」


「──ですから、それで正しいですよ?」

「ですが!同期のレイラはオークだったはず。彼女と同じくらいが妥当なのでは?」

「君は、何を見ていたのかね?レイラと一緒?確かに彼女も優秀だ。…剣技だけならね」

「え?」

 教官が唖然としているのをため息をつきながら、マスカーが説明を始めた。

「オークなんて、この子が初めて護衛した時に既に討伐済みなんですよ?それを今更課題にして、何の意味があるんです?レイラはこの学校に入って能力を開花させた子ですが、クレスは特待生です。どういう意味か分かりますか?」

「それだけの才能があると?」

「そうです。そして、私の見立てではもう少しで開花する。それには、この試験が妥当なのです」

「しかしっ、万が一があってはこの養成学校の意義が!」

「そのために監視官を付けるんでしょう?そんなに心配なら、私が行きましょうか?」

「局長が!?」

「あの、教官。マスカー事務局長って戦えるんですか?」

 見た目は、どう見ても文官にしか見えない。
 若干、目つきがキツイ以外は。

「強いも何も、マスカー局長は元B級冒険者なんだよ。俺よりもランクが上なんだよ」

 ちなみに教官はCランクらしい。
 それでも凄いのだけど…。

「試験は、明日実施しましょう。いいですねクレス?」

「は、はいっ!分かりました」

 ギラっと睨まれて、思わず返事をしてしまう。
 嫌いじゃないけど、この人は苦手かもしれない。

 でも、それだけ期待されているのであれば成し遂げないとダメだよね!
 それなら、頑張るしかない。

 それに、本当は心のどこかでどこまでやれるかチャレンジしたいって気持ちもあったのだから…。


 こうして私は、最初の討伐クエストが難易度Dというかなり無茶ぶりを受ける羽目になるのでした。
 ひょんなことから、マスカー局長と卒業試験に来たクレスです。
 お父さん、元気してるかな?

 今日は、来たことが無い場所に来ています。
 ここは町を出てから馬車で数時間移動して辿り着くタガタ山岳地です。

 ここにはワーエイプを始め、様々な魔物が生息している事で有名です。

 通常ここに来る人達は、冒険者だけなら4人のパーティーが基本で、パーティーランクもD以上推奨と高めになっています。

 そんなところに、まだ冒険者見習いの私は一人で立っています。
 もちろん、遠くにマスカーさんがいるんですけど、戦うのは私一人です。

 えーと、私何かやらかしたかな?
 ここまで必死に努力してきたのに、最後にこの仕打ちはないと思うんです。

 ほら今も、Eランク魔獣がわらわらとやって来ては襲い掛かってきます。
 最初は泣きたくなるくらい、辛かったけど人間って慣れるんだね?

 今ではスムーズに捌けるようになってきたよ。
 それは流れる様に、作業のように。

 おかげでEランク魔獣のグレードリザードやら、ジャイアントサーペントやら、オオコウモリやらの死骸がそこらに転がっています。

 その血の匂いを辿って、今度は山オークがやってきました。
 森オークと違い、肌が焼けてこげ茶色しています。

 手にはこん棒の代わりに、大きな骨を持っているのだけど、木のこん棒より硬そう。
 あんなので殴られたら死んじゃうよぉ。

 取り敢えず、弱音は先に吐いおいてから気持ちを切り替える。
 こうしたほうが、集中出来るんだよね。

 目の前にいるのは強敵。
 油断すれば、自分の命はここまで。

 既にマスカーさんの事は、頭から綺麗さっぱり抜けていた。
 自分の一人で何とかしなければ、死ぬ。

 そう言い聞かせて、剣を構えた。

 一匹目のオークがどすんどすんと足音を鳴らしながらこちらに迫ってきた。
 あとの2匹は、ゲヒゲヒと笑って眺めている。

 良かった、私は格下だと思っている。
 これなら隙がありそうだね。

 ブオオオオオオオオオ!!

 雄叫びと共に、骨こん棒を振り下ろしてくる山オーク。
 まともに受ければ力の差で吹っ飛ぶのはコッチ。
 
 だから…。

 ドオオン!!と轟音を立てて、山オークの骨こん棒が地面に突き刺さった。
 人の頭一個分は埋まっている事からも、人間では敵わない怪力だと分かる。

 だけど。

 ヒュウウウンンッ!!ズアシャアッ!!

 ごろんと、転がる山オークの首。
 残った胴体は、血しぶきを上げつつ仰向けに倒れていった。

 私は間一髪のところで回避に成功し、骨こん棒を振り下ろして無防備になったオークの首を一刀の元、切断に成功したのだ。

 一撃で綺麗に落とすのは結構大変なんだけど、今回は綺麗に決まったね。
 おかげで剣も刃こぼれしていないみたい。

 仲間のオークがやられて、さっきまで笑ってた2匹のオークがその顔を怒りの形相に変える。
 何度か地団太を踏んだ後に、猛スピードで2匹いっぺんに襲い掛かってきた。

 勢いに乗った一匹の攻撃を私の頭目掛けて振り下ろしてくる。
 ゴオオッっと風を切る音を鳴らして、骨こん棒が迫ってきます。

 しかし、勢いは違えどさっきと同じ動き。
 そこに対して差がある様に感じません。

 ただ、それが二匹同時となると話は違う。
 片方を防いでも片方の攻撃が辺り、片方を躱しても片方のが当たるかも知れない。

 それなら、一体倒してから躱せばいい。
 そんな冷静に考えたら無茶な事を考えて、そして()()()()()()

 そう、自分が唯一使える魔法『加速』を使い回避しつつ、そこから攻撃をしようと。

 この時、私は不思議な感覚を覚えた。

 今まで何度修練しても掴めなかった魔力の操作の感覚を。
 それが今、自分のおへそあたりのところから何かが流れてきて、全身を巡ってから足に流れていくのを感じる事が出来た。

 極限状態で集中したことにより、自分の魔力を意識する事が出来たのかな?
 でも出来たなら、後は調整するだけだね!

 私は一度覚えた事は忘れない特技を持っている。
 しかも、すぐ応用する事が出来る天性のセンスを持っていると教官が褒めてくれたっけ。

 魔力を操作して、出力を調整する。
 そうすることで、横並びに攻撃してきたオークを『加速』で半歩分だけ躱す。
 これで一匹からは、直接攻撃出来ない位置に移動出来た。

 近い方のオークが骨こん棒を振り下ろしがら空きにした胴を、クレスはそのまま剣で薙いだ。
 その勢いに乗りつつ、更に『加速』を使い、先に倒されたオークの陰になってしまったオークの首をそのまま刎ねた。

 あ、両方一気に倒せちゃった。

 パチパチパチと後ろから急に拍手が聞こえた。
 はっとして、後ろを振り向くとそこにはマスカーさんがいた。

 あ、そういえば一緒に居たんだったね。

「お見事です。まさか3匹のオークをこんな短時間でソロ撃破とは…想像以上ですね。これで合格にしてあげたいくらいですが、お題はアッチ。あの猿の方ですからね」

 言われて指し示す方を見ると、そこには人間の大人くらい大きい猿がいた。
 間違いない、あれがワーエイプだ。

 脅威度Dランク。
 単体でもかなり強く、肉弾戦でオークを仕留める程の筋力を持つ。

 さらに、仕留め損ねたり縄張りに深く踏み込むと、それが群れで襲ってくる魔物である。

 幸いにも出てきたのは一匹。
 それも若いオスのようだ。
 
 十分に脅威であるが、一体一ならなんとかなる。

 …そう思っていたのに!

「うううっ!ぐうっ!」

 ドガン!バキン!と拳を打ち付けてくるだけで、剣が折れそうになる。
 
 ワーエイプの拳は岩のように固く、剣を殴っているのに傷ついているのは、クレスの剣の方だった。
 しかも、拳だけでなく蹴りや噛み付きなど多彩な攻撃を仕掛けてくる。

 なんとも獰猛で、それでいて計算しているかのような動き。
 こんなの、教官を相手にしているのと変わらないくらい厳しい。

「こーのうっ!!」

 気合でなんとか、組み付いてくるのを弾くが未だにダメージらしきものを与えられていない。

 攻撃スピードも、腕力も向こうが上。
 このままではクレスの負けは確定だ。

 しかし、まだ諦めるわけにもいかない。
 マスカーさんは、まだ助けにくる気配は無い。
 という事は、まだ試験は続行中という事だ。

 ここで自ら放棄するなんて出来ないし、したくない!

 そう言えば、魔法指導官が言っていたっけ。

 『あなたは、魔法を習得出来ていないんではない。必要分の魔力を操れていないだけ』だと。
 それが本当なら、魔力を操作出来るようになった今なら『飛翔』と『電撃』が使える?

 『飛翔』は、今この場で使っても意味が無い。
 逃げる時なら有用だけど、まだそのときじゃない。 

 となると、残るは…
 あの魔法指導官は魔法はイメージとも言ってた。

 だから、イメージイメージ…。

 そうすると、まだへその辺りから体中に魔力が流れていくのが分かる。
 これを手の先、剣から放出して『電撃』を放つイメージを強く!

「はぁあっ!撃ち貫け『電撃』!」

 ピシャアアアアアアアン!!と甲高い轟音を発しつつ、一瞬稲光を放つ。

 次の瞬間、そこには黒焦げになったワーエイプが倒れていた。

「やったあああああああああ!」

 そこで視界がグラリと揺れる。
 うそ、これは魔力切れ?!

 だけど、倒れそうになる私を優しく受け止める人がいた。

「おっと、おめでとうクレス。ついに最後の関門を突破しましたね。貴女なら出来ると信じていましたよ。おめでとう、文句なく合格です───」

 その言葉を最後に、私の意識は途絶えるのだった。


 ──翌日

「ここは…」

「あ、起きたねクレス!おはよう~」

「…マリア?」
 
「昨日、マスカーさんに運ばれてきたときはびっくりしたのよ!まさかクエスト失敗して大けがしたんじゃないかと…。魔力切れだけだから心配ないって聞いていたけど、目を開けてくれて安心したわ」

「そっか、あのあと気を失って…。マスカーさんがここまで運んでくれたんだ」

 急激な魔力消費により気絶した私は、マスカーさんによって寮まで運ばれたらしい。
 目立った外傷は少ないという事で、そのまま自分の部屋で寝かされたみたいだ。

「うん、そうよ。あ!そうだ。マスカーさんが目を覚ましたら、事務室に来てくれと仰ってたわ」

「うん、分かったわ、ありがとう」

 一晩付き添ってくれたらしく、マリアにはもう一度ありがとうと言って抱きしめてから部屋を出た。

 話したい事は一杯あるけど、まずはマスカーさんに結果を教えて貰わないとね。


「調子はどうだね?」

「はい、おかげ様でどこも問題ありません」

 事務室にやってくると、マスカーさんはいつも通りだった。
 でも体調を気にしてくれて、見た目と違って優しいんだなと思った。
 失礼になるから口に出さないけど。

「それは良かったよ。昨日はご苦労だった。さて、さっそくだがいいかな」

「はい」

「話は、昨日の試験結果だ」

「はい」

 一応、倒れる前に合格と言ってくれたのは覚えている。
 覚えているけど、すごいドキドキする。

「結果は、満点合格だ。最後の魔力切れを差し引いても有り余る結果であった。よって、クレスを正式に卒業試験合格とみなす。」

「ありがとうございます!!」

 やったー!夢じゃなかった、合格だった。
 これでお父さんと一緒に気兼ねなく冒険の旅に出れるね。
 あとでお父さんに報告しに行かないと。

「それとだ」

「え、まだ何か?」

「うむ。むしろこっちが本題だ。君は今回倒したのは脅威度Dランクのワーエイプだ。それを見事ソロで討伐に成功した。また脅威度Eランクの山オークを同時に3体をソロで討伐した」

「は、はい。そうですね」

「よって、クレス。君を卒業と共にDランク冒険者と認定する事が決定した」

「えええええっ?!Dランクですか?」

「そうだ、それだけの実力を認められたわけだ。今後とも訓練に励めよ?あと、これは養成学校始まって以来の快挙だ。自分を誇りに思うがいい」

「は、はい!今後とも精進していきます!」

 えーと、私、卒業したらDランク冒険者になるみたいです…。
 お父さん、びっくりするだろうなぁ…。
 無事卒業試験を終えて、ついに卒業式の日がやってきました。

 殆どの人が、ちゃんと試験をクリアしてこの日に卒業する事が決まっている。

 先に試験を合格していた、レイラやマリアも一緒だよ。
 二人とも、もう会えなくなるわけじゃ無いのに『これで卒業だなんて寂しいよー』と泣きじゃくっている。

 普段姐御肌なレイラが涙ぐんでいるのを見ると、ちょっと胸にこみ上げるものがあるかも。

 しかし、これで私もやっと冒険者として活動する事が出来るようになる。
 結構勉強も頑張ったし、試験はとっても大変だったけどなんとか無事にクリアも出来たし、お父さんは大泣きしながら良かったとか、そんな無茶な試験をやらせるなんて訴えてやるとか言ってたけど、概ね問題はない…筈。

 最後の大仕事としては、なぜか主席成績者として卒業生代表として挨拶する事くらいかな?

 ちょっと大勢の人の前で挨拶をするのは恥ずかしいけど、この先何が役立つか分からないし頑張らないとね。

「では、卒業生代表クレス。前に出て挨拶を」

「はい!…皆さん、卒業生代表のクレスです。まずは、皆さんと一緒に卒業出来た事を心より誇りに思います。そして──」

 その後、ここでの培ったことや勉強をした事を活かして共に精進していきましょうという様な内容を話をして、盛大な拍手を貰えた。

 なんとか出来たよお父さん!

「最後に、主席卒業者でもあるクレスに、冒険者ギルドマスターより冒険者ライセンスの授与を行う」

 ざわざわざわ・・・と辺りでどよめきが起こった。
 過去の卒業式に冒険者ギルドマスターがわざわざ卒業生にライセンスを授与するなど無かったからだ。

 その理由は、もう知っている。
 そう、私が特例でDランクライセンスを与えられるからだ。

「えー、私が冒険者ギルドマスターである。今回、クレスの卒業試験が偉業達成にあたると認可され、特別にDランクを授与する事になった。これは、見習い冒険者では初となる快挙だ。みな盛大な拍手を!」

 おおおおおー!とどよめきと歓声の元、私はギルドマスターからDランクと書かれたライセンスプレートを貰った。
 そこにはしっかり、クレスと記載されていた。

 こうして、この日私は正式にDランク冒険者となるのでした。

 ちなみに、お父さんはというと色々頑張ったのかEランクまで昇格していた。
 なんでも私が学校に行っている間に、頑張って依頼をこなしていたらしい。
 
 今まで冒険者として才能がないと言われ続けた人が、あの歳になってからランクアップするのもかなり異例らしい。

 私と一緒に冒険に出るために、かなり無茶したんだろうな…。

 ありがとうね、お父さん。


 卒業した日、お父さんがレストランの一画を借り切って卒業パーティーを開いてくれた。
 もちろんそこには、マリアやレイラも一緒だ。

 マリアのお父さんマチスさんも来ていたので、より豪華な食事になったみたいで皆喜んでいた。

 あのマチスさんが涙を流して、『うちの娘は最高だ!』と卒業を喜んでいたのはびっくりしたけどね。

 でも、そこで『うちの娘こそが最高なんですよ!』と張り合わないでよお父さん。
 かなり恥ずかしいから…。

 そんな大人たちは置いといて、私とマリアとレイラは食事と会話を楽しんでいた。
 普段は食べない高級な料理や、デザートが並び自然と私達の目も輝く。

「ねぇ、これ見て。まるで宝石の様だわ」

「それは赤葡萄のゼリーだそうよ。海の海藻から採れるもので葡萄ジュースを固めたものなんだって」

「ん〜、美味しい!甘くて、舌触りがつるつるしてて心地いい弾力あるのが不思議ね」

「卵で固めたしっとりとした舌ざわりのプリンとは違った食感だね!あっ、こっちも美味しいよ」

 初めて食べる物に興奮しているせいか、食べた感想も饒舌だ。
 今後の事について話が移っていく。

「私は、お父様が私達だけで冒険者になるのは危険だから、3人だけでは駄目だって…」

「そうよね。正式に冒険者になったとはいえ、まだ駆け出し同士だと危険は尽きないわ」

「でもさ、クレスはもうDランクだし、うちらも直ぐに上がるだろうしさ!それに…、ウードさんも一緒なんだろ?」

 馬売のウードとして有名なお父さんが、冒険者になった事はこの町の人なら誰でも知っている。

 年甲斐もなく無謀なことをしてと、最初は蔑む人が多かったが、徐々にランクを上げていくお父さんを見て勇気を貰ったと頑張る人が増えたらしい。

 そして、Eランクに昇格した時はちょっとした町のニュースになったみたい。
 見かける度に、頑張れよ、応援してるぞと声を掛けてくれる人が増えていた。

 そして、Eランクともなれば立派な一人前の冒険者と認められる。
 そんな父が付いてきてくれるのは、とっても有り難い話なのだと。

「大人も一緒なら、マチスさんも許してくれそうじゃない?あ、それに最近ウードさんの面白い話を聞いたんだけど?」

「え、どんな話?」

「なんでも魔法を使う蛇を連れているとか…」

 ギクッ!
 と思わず反応してしまいそうになるが、グッと堪えた。

「しかも、その蛇が治癒の魔法を使えるとか…」

 ギクギクッ!!
 もう、きっと誤魔化しきれていないと思うけど平静を装った。

 私も詳しく教えて貰えっていないけど、なんでもあの山に住む神様みたいな蛇だったらしい。
 いわゆる神獣という事です。

 そんな凄い存在を勝手に祠から出してしまったと分かったら、大事になるかもしれないと、お父さんから教えて貰った時に話しました。

 なので、なるべく目立たないようにしていたつもりみたいだけど…、そもそも治癒が出来る魔物って何?!って話です。

 そんなのいないよ!?
 しかも羽が生えているだけでも珍しいのに、常にふよふよ浮いているし。

 一瞬だけ跳ぶフライスネークっていう、コウモリのような羽が生えた蛇も確かにいるみたいだけど、この子の羽は鶏のようにふさふさの羽根だし、羽ばたいてすらいないし!
 フライスネークの亜種って、いつまでも通じないと思うのよね…。

 お父さんは、どこか抜けたところがあるから平気平気とか言っているけど、それをフォローしないといけない娘の気持ちも考えて欲しいのよね!

 と珍しく、お父さんに憤りを感じていたら当の本人が酔った勢いで口を滑らした。

「ん?この蛇はな、神の使いなんだ!山の神様みたいなもんなんだぞ!すごいだろ~!」

 あたりがシーンとなる。
 そして、暫くしてから…

「あっはっはっは!ウードさんも冗談を言うんだな。あ、そうか。神様の使いと思っているくらい大事にしているんだね。にしても珍しい種類だよね、魔物図鑑でも見たことないわよ?でも、そんな珍しい蛇様もいるし、あの賢そうな狼さんもいるし、説得すればなんとかなるよ!」

 レイラは爆笑しつつ、ヘルメスの噂については本気にしていないようだった。
 どうやら、さっきのも大袈裟な噂が立っているみたいだねくらいの話だったみたい。

 でも、役立つ魔獣を連れているのはテイマーとしては一種のステータスなので、信頼度があがるのだという。
 なので、みんなでマチスさんを説得してマリアを連れだそうという話をしたかったみたい。

 私もマリアがいれば楽しいし、それに実際のところマリアの治癒魔法もかなり上達したので実戦でもかなり活躍するだろうし。

「…マチスさん!お願い、マリアと一緒に冒険させて!」

「私からもお願いします、レイラとマリアと、それにお父さんが一緒なら安全に冒険出来ると思うんです。ダメでしょうか!?」

 すると、さっきまで娘自慢でお父さんと議論を白熱させていたマチスさんが、急に真顔になってこう言った。

「クレスちゃんの気持ちは良く分かるよ。娘もそうしたいと思っているみたいなのも分かっているんです。ウードさんは、私と同じで親バカでいい人ですし、なのにきっと私の娘がピンチになっても身を挺して庇おうとするくらいお人好しなのは分かっています。しかし、本当にこの先4人でやっていけるかは、実戦でないと証明できないでしょう?なので、明日クエストをこの4人で受けて、無事に帰ってこれたら認めましょう。…正直、あの商人のドラ息子に渡すくらいなら、冒険者になって出ていった事にした方が万倍マシですからね!でも、誰かが一人でも大怪我をしたら認めません。それだけは譲れませんからね?」

 マチスさんがそう言って、差し出したクエストの内容はなんとも厳しい内容だったのです。

「本当にこの先4人でやっていけるかは、実戦でないと証明できないでしょう?なので、明日クエストをこの4人で受けて、無事に帰ってこれたら認めましょう。…正直、あの商人のドラ息子に渡すくらいなら、冒険者になって出ていった事にした方が万倍マシですからね!でも、誰かが一人でも大怪我をしたら認めません。それだけは譲れませんからね?」

 マチスさんがそう言って差し出したクエストの内容は、なんとも厳しい内容でした。

 どうやらギルドから発行されているクエスト書を、わざわざ持ってきてたみたいです。

 えーとこれは、討伐クエストね。
 で、その討伐内容はというと…、討伐対象がジャイアントウーズ。
 討伐場所は、地下水道の奥。
 そして、討伐数は1体となっている。

 ちなみにジャイアントウーズは、俗にいうスライムの一緒です。
 スライムより、すこし厚い膜に覆われていて半球状の体を持っているのが特徴的です。

 打撃攻撃は殆ど効かないし、弓矢は刺さってもダメージはほぼ無いの。
 剣や槍で核となる部分を貫くか、炎で燃やして体を溶かしていくかしないといけない。

 そして、一番厄介なのがその巨大な体です。
 普通のウーズが大体子供の頭くらいの大きさしかないのに、ジャイアントウーズになると大人の背丈を超す大きさになるものがいるらしいのです。

 今回の討伐依頼の場所は、カンドの町の地下水道になっている。
 地下水道にいるジャイアントウーズを討伐…ね。
 という事は、どういう状態かと言うと…想像出来てしまう。

 ───
 クレスの卒業パーティーが終わり、マリアを冒険者の仲間に加える条件でマチスさんからクエストを渡された。
 その内容を見た瞬間、少女3人が顔を引き攣らせたので何事かと見せて貰うと、なるほどこりゃ嫌がるよなぁ。

 ウーズは体液が酸で出来ていて、触れると腐食して溶けてしまう。
 地下で死んだ動物などの死骸を溶かして吸収するので、そのあと掃除が楽になる。
 そのため、ある程度の数をわざと放つらしいのだが、餌となる死骸が増えすぎると一気に増殖してしまう。

 そんなウーズは、ある一定数以上に増えると仲間同士融合して大きな個体に進化する。
 それがジャイアントウーズというわけだ。

 倒したら倒したで破裂して酸を飛び散らせるので、装備が痛むだけでなく服や髪の毛を溶かしてしまう。
 しかもとてもベトベトするので、好ましく思う女子はこの世にいるわけが無いだろうな。

 でも、俺と同じく娘を大事にしているマチスさんがこんな依頼を持ってくるだなんてなぁ…。
 もしや、冒険者にさせない為か?
 いやいや、ドラ息子(見知らぬ青年よ、すまない)にあげるくらいなら、冒険者の方がマシって言っていたから何か意図があるんだろうな。

 そう思っているとマチスさんが、一言付け加えた。

「内容は全員見ましたね?今、その魔物が現れたせいで多くの人が困っているんだ。冒険者とは、人を救う職業であるべきだと私は思うんだよ」

 なるほど、そういう事か。
 お金稼ぎのためだけに冒険者になるのではなく、そういう冒険者になって欲しいという意味もあるんだな。

 3人を見ると、先ほどまでの嫌そうな顔つきから真剣な表情に変わった。
 クエスト書に書かれている内容をもう一度真剣に読んでいるようだ。

「マチスさん、私達やります!」

「そうだね、そんな話聞いたら断る理由が無いわね。やってやろうじゃない!」

「お父様、私も行きます。多くの困っている人を助ける事が出来るのであれば、貢献したいですわ」

「そうですか、みんな立派に成長したんですね。良かった、ではこのクエストを無事に達成する事を祈ってますよ」

 こうして、俺達はマチスさんから差し出されたクエストをそのまま受ける事になったのだった。
 一応正式にクエストを受諾するために、冒険者ギルドに受ける事を報告しに行った。

 本来ならば、駆け出しの俺達が受けるような内容ではないらしい。
 ただ、クレス達3人は既にギルド職員で知らない者が居ない程有名らしく、『でも、貴女達なら大丈夫ね。受ける人が居なくて困っていたのよ、とても助かるわ。頑張ってね!』と逆に応援される結果となった。

 初依頼から期待されるって、どんだけすごい成績だったんだ?

 そんな事を考えながら、次の日の朝に皆でマチス商会前で待ち合わせをした。
 みな装備をしっかり整えてきていて、かなり様になっている。

 俺は前にマチスさんから貰った皮装備と上等な弓矢を装備しているので代わり映えはない。

 クレスは成長して背が伸びてより可愛くなった…じゃなくて、装備の大きさが合わなくなっていたのでマチスさんから貰ったものを再調整してある。

 ちなみに養成学校の時は、装備で優劣が付かないように訓練や演習の際は、皆学校から支給されたものを使っている。
 その間は使っていなかったので、かなり時間かけて直してもらっていた。

 15歳にもなるとより女性らしく成長していくため、体に合わせていろんな所が調整が必要になっていく。
 なので、体形にあわせて半分オーダーメイドしているようなものだ。

 大切な娘を守る為の防具であるため、お金をケチらずに作り直して貰った。

「わぁ、クレスの革鎧カッコいいね。それ、結構したんじゃない?」

「ありがとう。元はマチスさんから頂いた防具なんだけど、今の体形に合わせて作り直して貰ったみたい。ただ、どのくらい掛かったかをお父さんに聞いても教えてくれないの」

「さすがウードさんね。クレスへの惜しみない愛情が、そこに現れている気がするわ…」

 レイラが若干引いた目でこちらを見ているが、気にはしない。
 自分としては当然の事だと思っているからだ。

 かく言うレイラも、なかなかいい防具を与えて貰ったようだ。
 彼女の家もそこそこ裕福な商家なので、到底新人冒険者では揃えられない装備に見える。

 マリアに関しては、言わずもがなである。
 あのマチスさんが、俺らに与えたものよりもランクが低い装備を自分の娘に与えるはずがない。
 ただし分厚い革鎧とかではなく、丈夫で質の良いローブのようだが。

 4人と2匹で目的地である地下水道に入った。
 討伐対象のジャイアントウーズが居るのは、ここからかなり奥に入ったところになる。

 カンドの町は辺境の町にしては珍しく、下水と浄水が通っている。
 生活排水がこの地下水道へ流れ込み、放されたウーズ達によってゴミが取り除かれた後に、特殊な貯水池に戻される。

 そして、湧き水と綺麗になったその池の水を混合して、町の水くみ場に送られているのだそうだ。
 (すべて昨日マチスさんに教わった話なんだけどね)

 学の無い自分では、話が半分しか理解出来ないが、この地下水道が重要な施設だと言うのだけは辛うじて理解出来た。

 なのでとても重要な仕事なのだという。

「さて、そろそろジャイアントウーズがいる場所に付くはずだけど…」

 渡された地図を頼りにここまで進んできた。
 丁寧に描かれた地図はかなり正確で、ここまで迷う事も無かった。

 次の角を曲がれば、指定されたポイントなんだけど…。

「うわー・・・・、あれが今回の討伐対象ね…」

 レイラが嫌そうな声で、そう呟いた。

 そこには、通路一杯に詰まって身動きが取れなくなったジャイアントウーズが待ち構えていたのであった。
 ああ、やっぱりね。

 ──

 やっぱり、想像していた通りでした。
 指定されたポイントに辿り着くと、通路を塞ぐようにというか、詰まってしまったウーズがいました。

 あたりには餌となったのであろう、ネズミや野犬などの骨らしきものが散らばっていて、中には、小さな子供くらいの人型の骨もあって、一瞬血の気が引いたけど、よく目を凝らして見ると頭蓋骨に角のようなものがあったので、多分あれはゴブリンね。

 ふう、人じゃなくて良かったぁ。
 さて気を取り直して、戦闘準備をします。

 ウーズ系の魔物と戦うのは初めてだけど、魔物図鑑で討伐の仕方は覚えていました。
 弱点は炎か、槍のように深く刺すことが出来る武器。

 でも、あいにく4人の中に炎の魔法を使える人はいないし、槍を使う人もいない。
 炎に弱いからって、こんな狭い所で火事を起こすわけにもいかないので、今回は違う方法で倒さないといけないよね。

 ちなみにジャイアントウーズの脅威度は、Dランク。
 なんとあのワーエイプと同格です。

 今でも、あの時の事を思い出すと震えが来るけど、怖がっている場合じゃない。
 このクエストが成功するかしないかで、マリアと一緒に冒険が出来るかが決まってくるんだから。
 それに、今回はひとりじゃない。
 頼りになる仲間と、お父さんがいるんだから。

 自分を奮い立たせて、前に出ようとしたその時だった。

「クレス、まずは俺に任せてくれないか?」

 なんと、お父さんが試したいことがあると言ってきた。

 え、お父さん大丈夫?
 いくら最近魔物の狩りが出来るようになったからって、一人で相手するのは無茶だと思うよ!?

 でも、お父さんの顔を見ると無茶をする時の顔はしていなかった。
 長年、娘をやっているから顔を見たら分かるのよね。
 こういう時のお父さんは、自信があるから言っている時だ、とね。

「分かったよ、お父さん。でも、絶対に無茶な事はしないでね?」

「娘にそんな事いわれたら立つ瀬がないけど、まぁ、実際クレスの方が強いもんなぁ。でも、ちょっとまかせてみろ」

 そう言うと、お父さんは一人でジャイアントウーズに近づいていくのでした。
 さーて、娘にいい所を見せないとな!
 って思って一人で前に出たわけじゃ無い。

 自分の実力なんて分かり切っているし、恰好を付けて死ぬような真似をするほど馬鹿じゃないつもりだ。

 じゃあ、なぜ一人でやろうとしているかと言うと…。

『ウードよ、我に任せるのだ。我のチカラを使ってあの魔物を弱体化させてやろう』

 と手に持つ、ヘルメスの本体である智慧の杖から声が聞こえてきたからだ。

 あの日、このヘルメスと契約してから色んな魔物と戦ってきた。
 いや、正確にいうと戦わせられていた。

 なんでも、本来のチカラを取り戻すためには俺から供給される魔力では足りないらしく、魔物が持つ魔力を奪う必要があるのだとか。
 そのため、ヘルメスのチカラで魔物を探しては倒して魔力を吸収するというのを繰り返してきた。

 まぁ、おかげで冒険者ランクが最低のGからEまで上がったわけだから、今では感謝もしている。

 ヘルメスが今の状態で使えるチカラは主に3つだ。
 一つ目は治癒。
 キールのケガも一瞬で直したあのチカラは、魔力を多く使えば使う程治癒力が高まるらしい。
 流石に死者の蘇生は出来ないらしいが、瀕死の人をピンピンに復活させることくらいは可能らしい。

 もちろん、実際にそんな事をしたら俺が瀕死になるくらい魔力が奪われるわけだけど。

 2つ目は、神の眼と言われる能力。
 魔力を持っている者であれば、半径5kmくらいなら感知する事が出来るらしい。
 さらに近づけば、相手の魔力の量や生命力が分かるらしい。
 ちなみに、ある程度であれば辺りの地形も見渡せるらしくかなり便利だ。

 3つ目は、相手の魔力を奪う能力。
 これは杖で直接触れる事で、相手の魔力を強制的に奪う事が出来るらしい。

 人であれ、魔物であれ、魔力が無くなると気を失い、最悪死に至る事もあるのだとか。
 なので、ある程度弱らせてからヘルメスの智慧の杖で触れる事で、すべての魔力を吸い取って魔物を倒す事が可能らしい。

 今回は、既に身動きが出来ない相手なので、弱らせないでも魔力を奪う事が出来るだろうという事だ。

(あの体に突き刺していいのか?酸で溶けたりしないのか?)

『心配するでない。我の体があの程度の酸で溶けるはずがなかろう。いいから気にせずにやるのだ』

(はいはい、分かったよ。じゃあ、いくぞ~!)

 俺とヘルメスは、杖に直接触れている時だけ心で会話する事が出来る。
 なので、声に出さないでも意志の疎通が可能なのだった。

「今から、この杖をあのウーズに投げて突き刺す。そのあと、ウーズが弱くなる筈だからそうなったら皆で攻撃するんだ!」

「ええ!?その杖、そんな効果があるの?ウードさん、すごい物を拾ったんだね…」

「お父様に言ったら、金貨100枚くらいは積んで買取ろうとするかもしれないわ」

 金貨100枚!?
 いやいや、駄目だ。
 これは単なる杖じゃなく、ヘルメスの本体だ。
 売り払ったら、祟られるどころじゃ済まない。
 どのみち、俺から離れることは出来ないみたいだから、無理なんだろうけどな。

『何か良からぬ事を考えておらぬか、お主』

 いえいえ、滅相もございませんよ!?
 そんな、売ったらもう冒険者ではなくても、クレスとあちこち旅行に行けるよな~とか思ってませんよ?

『…』

 考えている事が筒抜けになるので、どうやら本気で呆れられたようだ。
 ええと、少し自重します。

 さて、戦闘中なのを忘れかけてたけど、このでっかいウーズを倒さないとだな。
 倒すのは俺ではないんだけど。

「じゃあ、いくぞ!1・2・3!」

 力一杯に智慧の杖をジャイアントウーズに投げつける。
 杖の尖った部分がズブッと突き刺さる。
 これは膜を突き破ったというより、そのまま中に飲み込まれていったというのが正しいな。

 しばらくすると、杖を飲み込んだジャイアントウーズに変化が訪れる。
 あちこちが波打ち、蠢きだした。
 声をあげているわけではないが、苦しんでいるのが分かる。

 しばらくすると、ジャイアントウーズがへたっとなり、徐々に萎むかのように小さくなっていく。
 それでも通常のウーズより遥かに大きいが、おおよそ半分くらいになった。

「本当に弱ってる!?すごいねウードさん!」

「すごいですわっ!これなら倒せるかも!?」

 見るからに弱ったジャイアントウーズを見て、歓喜の声を上げるレイラとマリア。

「今がチャンスだね!みんな畳みかけよう、お父さんは下がって!」

 クレスが皆に声を掛けて、攻撃体勢に入った。
 精神を集中し、魔法を繰り出す。

「はぁっ!『電撃』!」

 クレスの風魔法の『電撃』を受けてあちこちから焼かれたようにあちこそから煙があがる。
 試験の時に使えるようになったらしいけど、凄い威力だな。

 それに続いて、マリアが氷魔法で追撃した。

「凍てつく氷の飛礫、『氷の矢』!」

 蠢くジャイアントウーズに、マリアが放つ氷魔法が次々と突き刺さる。
 突き刺さった跡は、凍り付いているようだ。
 マリアは治癒魔法もかなりのものだけど、この氷魔法の威力も凄いな。

 そして、トドメとばかりに極限まで集中していたレイラが前に出る。

「くらえええええっ!『高速剣』!!」

 目にも止まらない速さで繰り出される無数の剣。
 レイラの『高速剣』が、弱ったジャイアントウーズの膜を何度も切り刻んでいく。
 俺の目には、何本もの剣が同時に突き出されているようにしか見えない。

 凄いな、あれが剣技の才能がある人物しか発現出来ないという『高速剣』か。
 クレスを天才だと思っていたが、この歳でこんな技を使えるだなんて、レイラも負けないくらいの天才だな。

 怒涛の攻撃により、反撃する力も残っていないジャイアントウーズ。
 最後まで油断は出来ないが、あと少しで倒せそうだ。

 クレスとレイラが一際強い烈気を放ち、渾身の力を込めて同時に剣を突き刺した。
 そしてついに、ジャイアントウーズを守る分厚い膜を、完全に突き破る事に成功する。

「はあああああっ!」

「やあああああああっ!!」

 そのまま二人とも剣を奥まで差し込み、中心に浮かんでいる核を狙った。

 ズブ…ズブズブっと鈍い音を立てつつ、体の中に埋まっていく二人の剣。
 そして、遂にその剣先が核を二人が同時に貫いた。

 そういや、ギルドの職員が言っていたな。
 ウーズ系の魔物を倒すときには、核を狙えと。
 でも、核を破壊すると破裂するので、酸を持っているウーズを倒すときには注意が必要だと。

 え、という事は…。
 あのデカいのから大量の酸が出てくる!?

「いけないっ!二人とも離れろっ!」

「え、お父さんっ!?」
「ちょっ、ウードさん!!」

 言うが早いか、自分の体が勝手に動いていた。
 既に剣を差し込んだ場所から、酸が飛び散っている。
 残された時間はほぼ無いに等しい。

 荷物袋から持ってきていた布を取り出し、二人を庇いつつ抱き寄せる。
 そしてマリアの方へ飛び込み、3人がすっぽりと収まる様に布を被せた。

 次の瞬間。

 ドバァアアアアアアアアンッ!!
 と、ジャイアントウーズの体が弾け飛んだ。
 中から酸の液がウード達目掛けて噴出し、頭上から降り注いでくる。

 布で庇い切れないかもしれないと咄嗟に思った俺は、自らは噴き出す酸を遮る壁になるように背を向けて3人を庇った。

 ジュウウウッっと嫌な音を立てて、焼けるウードの背中。

『馬鹿者!お主、何をしているんだ!』

 慌ててヘルメスが治癒を始めるも、酸で爛れ焼ける方が早いようだ。

「うぐうううっっ!!」

 が、我慢だ俺!

 数秒してすべての酸が流れ出た後に、カランと物が落ちた音がするのが聞こえた。
 どうやら、なんとか耐えきったようだ。

 うん、もう大丈夫だな…。
 
 俺はそこで力が抜けて、その場にずるりと倒れ落ちた。
 
 その音を合図に、自分達に被された布をはぎ取り中から3人が出てくる。

「お父さん、大丈夫!?って酷いことになってるじゃないっ!!」

「うわわっ、ウードさん?!私達を守るためとはいえ、なんて無茶しているんだよ!」

「きゃあ、酷い怪我になっているじゃないですか!いくらなんでも、あれを直接被るだなんて!」

 3人が3人とも、無茶をしたウードを叱りつける。
 その目には、ウードを心配する涙を浮かべているが、本人は痛みで意識を失って見えてはいない。

「マリア、お願い!」

「クレス、もうやっているわ!」

 慌ててマリアが治癒魔法を掛ける。
 既にヘルメスが治療を掛けているので、徐々に傷が塞がっているようだ。

 そこにマリアの治癒魔法がかかる事で、加速的に治っていった。

 ──

「いてててて、ははは。ごめんな、咄嗟に体が動いてしまったよ」

「もう、笑い事じゃないんだから!」

「本当ですよ、ウードさん?!」

「お人好しってレベルの話じゃないよ?」

 クレスに頬っぺたをぎゅーっとされて、叱られるウード。
 もはやどっちが子供か分からない。
 マリアもレイラも怒りつつも呆れ顔だ。

 ヘルメスとマリアのお陰で、酸で焼け爛れた背中には傷跡が殆どない。
 しかし、治療を施しているマリアは納得がいかない顔だ。

「すごい綺麗に治ってる…。私の魔法だけじゃ、ここまで綺麗に治療できないわ。このヘルメスって、本当に魔物なの?」

『ふむ、良い勘をしている娘だな。だが、その話はいずれな…』

 ヘルメスも、治療に集中するため話を後回しにした。
 そして、数分後にはウードのケガは完全に治るのだった。
 ヘルメスとマリアのお陰でわずかな傷跡もなく、全快する事が出来た。

『全く、無茶をしおってからに』

 いやいや、ヘルメスさん。
 もとはと言えば、ヘルメスが任せろって言ったから前に出たのに。
 仕留めれなかったからじゃないか。

『我は、一撃で倒せるとは一言も言ってないぞ?しかし、この娘たちは皆優秀な子達だな。一流の域に到達するのもそう遠くはあるまい』

 勝手に思考を読まれた挙句に微妙に話を逸らされた気がするが、終わった事をいつまでも言っても仕方ないか。

 そうだ!折角苦労して倒したんだし、何か良い物でも落ちてないだろうか。

 クレス達は、周りに他の魔物が居ないかを警戒しつつも、ジャイアントウーズの残骸を調べている。
 なんでも、あのプヨプヨした半透明な膜も何かの素材になるらしく、酸を洗い流して回収している。

 なるほど、なんでも使えるんだな。

 そう言えば、破裂した後に何かが落ちた音がした気がするな。
 何か落ちているかな。

 そう思って地面を照らしながら探すと、きらりと光るものを見つける。

「なんだこれ?」

「お父さん、何か見つけたの?」

 俺が何かの変な顔が付いた像を拾い上げる。
 なんかのお守りか、置物か?

「変な像を見つけたぞ」

「うわー、何それ。ちょっと気直悪いねウードさん」

 レイラが俺の方を見てそう言うので、まるで俺が言われたような気分になる。
 うん割れてしまっているし、こんなガラクタは捨てよう。

『ふむ、それは何かの魔具のようだな。だが、既に魔力が宿っていない所をみると、既に価値はないだろう』

 ヘルメスもこう言っているのだし、もう使えないのであれば捨てといていいだろう。
 そう考えて、ぽいっと捨てた。

「わぁ。これは凄いですね」

 今度はマリアの声だ。
 手にはこぶし大の大きな魔石を持っている。

「核の中にあった魔石のようです。流石、ジャイアントウーズともなれば魔石の大きさも規格外ですわ」

「わぁ~、こんな大きな魔石を初めて見たよ!キラキラして、綺麗だね」

「いいね~、これだけ大きければきっと高値で売れるんじゃない?」

 マリアが拾い上げた魔石を見て、クレスもレイラも目を輝かせていた。
 レイラは流石商家の娘だけあり、既にどのくらいの価値があるのかを頭の中で計算しているようだ。

 ちなみに、レイラは少し大雑把な所があるが、決して頭の悪い子ではない。
 商家の娘に育っただけあり、それなりの教養は備わっている。
 他の二人が出来過ぎて目立たないだけだ。


 暫く辺り調べるも、目立った戦利品は無かった。
 念のため、ジャイアントウーズによる被害を調べてみたが、素人目では目立った被害は無いよう見えた。
 取り込まれていた遺骸も殆どが動物の骨だったし、人間らしきものがなかった。
 人が襲われる前に討伐出来たのは幸いだろうな。

 細かい調査は後でギルドが専門業者を雇って行うって言ってたし、俺らのクエストはこれで終了で問題ないだろう。

「討伐を証明する素材と魔石も回収したし、町へ帰ろう」

「「「はい!」」」

 3人の元気な返事を合図に、俺達は地下水道から町へ戻るのだった。

 ───

 ウード達が地下水道を去った後、1組の男女がそこに現れた。

「やはりか。これは奴らの使う魔具だな。…まだこの町のどこかに潜んでいるかもしれない」

 そこに現れたのは、ウード達が3年前に会った銀髪の青年ヴァレスと、一緒にいたマーレ。
 二人はその魔具を回収して、その場を後にするのであった。

 ───

 地下水道から出ると、エースがお座りして待っていた。
 俺らを発見すると、尻尾をふりふりして嬉しさ全開にしていた。

 最近はクレスが丁寧にブラッシングしているので前よりも毛艶が良くなり、ふわふわもふもふになっている。
 クレスもエースの傍まで駆け寄り、ぎゅうっと抱きしめる。
 うん、なんとも微笑ましい姿だ。

 ひとしきりエースを撫でてから、おやつ代わりに干し肉をあげる。
 涎を垂らしつつおねだりする姿は、狼と言うよりは犬に近いな。

『なんとも嘆かわしい姿よな。狼と言えば、元は神獣の眷属であろうに』

「そう言ってやるなよ。俺はエースのお陰で狩りが出来るようなもんなんだよ。こういう時は甘えさせてあげないとな」

 クレスとエースの様子を眺めがら、ヘルメスと会話をしていると、マリアが不思議そうな顔で話掛けてきた。

「ウードさんって、たまにその蛇の魔獣とまるで話が通じているかのように話し掛けていません?」

「ん?そりゃあ、ヘルメスは言葉を話せるからな」

『…』

 あれ、もしややっちまった?
 でも、これから一緒に冒険するんだしいいよね?

『…はぁ、好きにするが良いわ』

「「えええええええっっ!!?」」

 マリアとレイラが驚きの声を上げた。
 あ、ちなみにクレスはこの事を知っているので、「あーあ」って顔でしょうがないなって顔で見ていた。


 ───

「というわけで、こちら神獣のヘルメスさんです」

「なんで、そんな大事な事を先に言わないんですか!!今まで、結構失礼な事を言っていた気が…」

「ウードさんって、そういう所あるよね…」

「まぁまぁ、お父さんも悪気があっての事じゃないからね。許してあげて、ね?」

 マリアには怒られ、レイラには呆れられる始末。
 クレスがなんとか宥めてくれるが、最初からこんな事をぺらぺらと話すわけにはいかないので、仕方のない事なのだ。

「まぁ、正式にパーティーを結成出来たら話そうとは思ってたんだよ。なんせ、あの山の神様みたいなもんだしさ…。勝手に連れて来たってバレたら大事だろう?」

「それはそうですよ!あの山の神様と言えば、この地を悪い神様から守っていたって有名な話があるくらいですよ?!…そういえば、数年前に社の管理者が亡くなってから、社が老朽化してどうするかって町長が頭を悩ませていたみたいですが…」

 ぎくっ

「まさか。その神様がここに居るって事は…」

 ぎくぎくっ

「社、壊しちゃったんですか!??」

「いやっ、すまない!あれは事故だったんだ。それに壊したんじゃなくて、壊れていたんだよ!」

 珍しくマリアが興奮して詰め寄ってくる。
 勢いに負けて、思わず謝ってしまう。

 しかし、数年放置されてたとはいえ、なぜ社が無くなっていたんだ?

『それは、我が説明してやろう』

 ヘルメスは、分身を通して皆に言葉を伝える事が出来る。
 普段、本体である智慧の杖に触れている俺は言葉を発しなくても会話が出来る。
 まぁ、ついつい癖で動いている分身の方を見て話してしまうのだけど。

『あの社は、我を祀っていたのではなく、我をあそこに封じ込める為にあったものでな…』

 ヘルメスからこの話は俺も初めて聞く。

 遥か昔に、あの山に傷を癒すためにやってきたヘルメスを従えていた神は、その身を休めるためにその地に結界を張り降り立ったのだという。
 やがて、その身が癒されるとヘルメスを置いて天に還ってしまった。

 残されたヘルメスは、まだ完全にその傷が癒えていなかったのでそのままその地で眠り続けていたのだが、ある時にヘルメス達を傷つけた者の手先がその土地の人間を利用して、ヘルメスを封印する建物を建てたのだという。

 それから外に出る事が出来なくなったヘルメスは、長い時をずっとその地の底で眠り続けていた。
 そんなある時、銀の星が2つ落ちた。
 一つは、その社の上に。

 もう一つは、山の向こうに森に。

 そうして、暫くしてから二人の人間が現れ、その地の底から出る事が出来たという事だった。

「それって、俺とキールの事か?」

『そう言う事だ。長い事封印されていたせいで、魔力が枯渇していたからな。本当にあの時は危なかった。改めて礼を言うぞ、ウード』

「わぁ、じゃあ結果的にウードさん達はヘルメス様を助けた事になるんですね」

『娘よ、既に我はウードと契約せし従魔だ。様などいらぬ』

「じゃあ、私もマリアと呼んでくださいね。ヘルメスさんっ」

 すっかりヘルメスを山の神だと信じ、打ち解けてしまうマリア。
 レイラは話が長かったせいか欠伸をしているが、信じていない訳でもないようだ。
 ただ、怖れることも無く「じゃあ、よろしくねヘルメス!」と軽い感じで挨拶していた。

「そんな凄い神様だったんだね、ヘルメスって」

『正確には我は神でなく、神獣と言われるものだ。まぁ、人間からしたら大した差ではないのかもしれないがな』

「ふふっ、そんな凄い神獣がお父さんを守ってくれていたんだね。ありがとうね!」

 相変わらず、いい娘に育ったと思いながらもその銀色に輝く髪を眺め、先ほどの銀の星という言葉を思い出す俺だった。

「銀の星か…」

 もしかしたら、俺は天から落ちてきた星の子を授かったかもしれないなと、柄にも無い事を思うのであった。
 地下水道のクエストを終えて、町へ戻ってきたウード達。

 まだ夕方に差し掛かったばかりなので、ギルドは冒険者達で賑わっている。

「おう、ウードのおっさん。もう帰って来たのか?流石に1日じゃ、見つけるのも大変か?」

「馬鹿おめー、あの養成学校の首席で卒業様がいるんだぞ?もう、倒して戻ってきたのかもしれねーじゃねーかっ、はっはっはっは!」

 今日分の稼きを終えたのか、先輩冒険者である者達が酒を飲みつつウード達をからかう。
 ただウードを馬鹿にしていると言うよりは、先輩冒険者として冒険者稼業はそんな易しいもんじゃねーだろ?という、意味を含めて言ってるみたいである。

 その証拠に、「俺らも新人のころはよー」と昔話に華を咲かせている。
 しかし、当の本人はというと。

「ああ、そうだな」

 と軽い相槌を打つだけだった。
 ウードは、『ええ、終わりましたよ』という意味で返したつもりだったが、反対の意味で捉えられたらしく『そうか、そうか。だが、そんなもんでめげるんじゃねーぞ!』とバンバン背中を叩かれた。

 うん、流石熟練の冒険者達だよ。
 叩かれた背中が結構痛い。
 
 いくら脅威度Dの討伐対象とはいえ町の地下だったし、一日でクエストを終わらせて帰ってくるのが普通だと思っていたが、そう思っていないと思われる周りの反応に少し戸惑いを覚える俺達。

(あれ、1日で終わったのってかなり早かったのか?)

『まぁ、討伐対象が脅威度Dのジャイアントウーズだからな。新人冒険者なら、初見で倒せるなんて思わないんだろう。それよりも、さっさと報告をしたらどうだ?』

(そういうもんなのか。まぁ、俺以外の3人が周りの期待以上の能力を発揮したって事だな)

 ウードが周りにバレないように、ヘルメスとこそこそと話をしていると、クレスが不思議そうに顔を覗き込んできた?

「どうしたの、お父さん?早く報告終わらせて帰ろうよ!早く湯あみして、この汚れを落としたいの」

「あ、クレス!どうせならうちに寄っていくといいわ。お風呂に一緒に入りましょうよ。うちなら一緒に入れるから」

「あ、ずるい!私も混ぜてよ!」

 クレス達は下水も流れるあの地下水道でついた臭いを早く落としたいらしく、さっさと報告してきて欲しいみたいだ。

 そのあと、どうなるかは想像もしていなかったが…。

「お帰りなさい、ウードさん。首尾はいかがですか?初めての本格的な依頼でしたし、大変だったでしょう。今日はどこまで潜れましたか?」

 冒険者ギルドには、クエストの受発注をしてくれる受付嬢が必ずいる。
 強者たちを相手にするだけあり、ちょっとやそっとじゃ表情を崩したりはしない。
 そんな彼女の表情が、次の言葉で一変した。

「はい、いただいていた地図の通りに進んで対象を発見して、無事に討伐出来ましたよ。アドバイスもありがとうございました。いやー、助かりましたよ」

 にこやかな笑顔で、そう報告すると一瞬固まり。

「なるほど、討伐出来たんですね~。って、ええええっ!!??あ、いやいや、冗談ですよねウードさん?もう、…一瞬信じちゃったじゃないですか。そういう冗談はダメですよ!」

 もう、ウードさんはそういう悪ふざけしないと思ってたのに、と可愛く怒る受付嬢に、再度本当の事を告げる。

「え?いやいや、本当に討伐しましたよ。はい、これが素材と魔石です」

 そう言って、あの半透明の膜とこぶし大の大きな魔石が入った荷物袋を渡す。

 受付嬢は受け取るとすぐに中を確認し、それらをカウンターへ並べていった。

「…。あはは…、本当だー。本当にこれジャイアントウーズの素材と魔石ですね…。って、ええええええええええっ!!?脅威度Dですよ?!それをたった一日?しかも、皆さん全然怪我も装備の損傷もないじゃないですか!」

 普段そんな大きな声を出さない受付嬢の声を聞いて、なんだんだと集まってくる冒険者達。
 みな娯楽に飢えているので、こういう時はすぐに集まってくるんだな。
 てか、俺の装備はほぼダメになったんだけどなぁ。
 クレス達のは、綺麗なままだからそう見えるのか?

「ヒュウ~ッ!マジじゃねーか。あのデカ物を本当にやったのかよっ」
「おい、あの魔石の大きさ見ろよ。ジャイアントウーズの中でもかなりの大きさだぞ」
「たった一日で討伐!?マジかよ。マジであの嬢ちゃん達はすげーんだな。噂以上じゃないか?」

 と、冒険者達が驚きの声をあげるのでカウンターがざわざわと騒がしくなってきた。
 そして、皆の視線は受付嬢に集まっていた。

 皆、『で、クエストは達成なのか?』と。

「あっ、はい!ウードさん達のパーティー。『ジャイアントウーズ討伐依頼』を無事達成です!!」

 すると、周りの冒険者達から一斉に『おおおおおおおっ!!!』と歓声があがった。
 そして、周りの冒険者達から賞賛の嵐が巻き起こる。

「ウードさん、あんたんところの娘はすげーじゃねーか!良かったな、これで誰もが認める冒険者だぞ!」
「ウードのおっさん、あんた頑張ったなー。また一つ、あんたの話がこの町に広がるぞ!『冒険者を諦めなかった男ウード』ってな!」
「マジかよ、俺達ですらあんなの倒せないぜ?!まさか、ウードのおっさん達に先をこされるとはなー!」

 と、クレス達を褒める人半分、冒険者として成果を上げた俺を称えてくれた人半分という感じだ。
 冒険者達に囲まれて、もみくちゃにされる(主に俺が)。

 しかし、この町の冒険者はいいやつばっかりだな。
 冒険者になったばかりの頃は、『ウードのおっさん、いい歳して無理するなよ?』と良く忠告されたが、どうやら本当に心配して言ってくれてたようだ。
 言ってた冒険者本人が、いい笑顔で背中を叩いて称えてくれた。

 いや嬉しいけど、それ本当に痛いからねっ!?

 そんな冒険者達に俺は捕まってしまい、奢りだ飲めだの乾杯ラッシュに遭う。
 酔っ払いのおっさん達に付き合って貰うわけにもいかないので、クレス達はマリアの家に言って貰う事にした。

「すまんなマリア。クレス達を頼むな」

「いえいえ、私もクレス達に来て欲しかったので気にしないでください。ウードさんは、私達の分まで皆さんからの洗礼をきっちり受けて来てくださいね!」

 もう家には帰れそうにないので、俺は宿に泊まるとクレスにも伝えて、ギルドにいた冒険者達と酒場へ行く事になった。

「お父さん、…ほどほどにしてきてね?明日も、し・ご・と、あるからね?」

「はは、ははは…、わ、わかったよ」

 若干、目が怖かったが、周りが奢るといって聞かないので仕方ないのだよ。
 そう、これは不可抗力なんだ!
 と、自分を誤魔化しつつ誘ってくれた冒険者達と酒場へと流れていった。

 ───

「ほんと、男の人ってお酒が好きなんだね。まぁ、今日くらいはいいけどね…」

「ふふふ、仕方ないわよ。あのウードさんだもの」

「そうそう、あのウードさんだもんな!」

 マリアとレイラが湯船に浸かりつつ、にやにやしながら含みのある言い方をする。
 髪を洗いながら、二人にそれってどういう意味って聞いた。

「前に言ったことがあるでしょう?ウードさんは冒険者を諦めたけど、努力したおかげでちゃんとした生活を送れているんだって話。それを、みんなが知っているって」

「うん、前に学校で教えてくれたよね」

「そうそう。だから、皆嬉しいんじゃないかな?ウードさんが、本当は冒険者を諦めていなくて、努力し続けてきたから、あの歳でも一人前の冒険者になる事が出来た事をね」

「ウードさんは、秀でた能力を授からなかったですが、不思議な魅力がありますから。実は、みんなウードさんの事を慕っているんですよ?」

 レイラの話もそうだが、マリアの話はもっとびっくりだ。
 お父さんって、みんなに慕われていたんだね。
 確かに、町でお父さんを嫌っている人を見たことはないし、意外とみんなに声かけられるなとは思っていたけど。

「案外、あの蛇の神様もその不思議な魅力に引き寄せられたのかもね」

「あっ!それはありそうね」

「ああー、確かにそうかもね。お父さん動物には異様に好かれるから、案外あるかも」

 女の子三人、お風呂に浸かりながらお父さんの事や自分達の事、そして今度のことから他愛のない事を話を咲かせていく。
 私達は卒業後、久々に3人で夜遅くまで盛り上がるのだった。

 ──

 その頃、ウードは数人からひたすら酒を注がれたせいで酔いつぶれていた。
 普段はあまりお酒を飲まないせいもあり、酔うのが早いようだ。

『全く、明日二日酔いになっても我は治療などせんからな?』

「え~、つれない事いうなよ~。俺とお前の仲だろ~」

「がははははっ!蛇にまで話しかけるのかよ、ウードさん。かなり酔ってんな!」

「おー、その蛇をテイムしてからウードさんのクエストこなす回数増えたよな?なりは小さいけど、そいつはかなり優秀なやつなんだろう?」

「……」

「ありゃ、もう潰れてるぜ。あっはっはっは」

『全く。これでは大事な事が伝えれないではないか…。』

 ヘルメスはジャイアントウーズから大量の魔力を吸収したことで、新しい能力(チカラ)に目覚めていた。
 ヘルメスは元々様々な能力(チカラ)を持っていたが、長い年月を経て魔力を失いその大部分を失っている。
 こうやって、魔力を集めれば再び元の能力(チカラ)を目覚めさせる事が出来るのかも知れないと一人思うのだった。

『まぁ、この話はいずれするとしよう。今回は、能力(チカラ)を取り戻せることが分かっただけでも大きな収穫であったな。しかし、神の贄(サクリファス)に銀の娘か。なんとも、数奇な廻り合わせなことよ』

 ヘルメスはそう呟きながら、酔いつぶれたウードの頭を小さな羽でペシペシと叩くのだった。