玄関のドアを開けると水谷が迎えに出てきた。
結婚してから一度だって出迎えてくれた事などないのに。
なぜ今夜に限ってそんな事をするのだろうか。

「お帰り…」

最近ほとんど会話らしい会話をしていないから、こんな簡単な挨拶ですら返事に戸惑ってしまう。

「た、ただいま」

ぶっきらぼうにそれだけを言うと、水谷の横をすりぬけて自室へ向かった。

「智子。ちょっと話があるんだが…」

擦れ違いざまに水谷がそう言った。

私はいよいよ離婚の話かもしれないと思い、息をのむ。

「何?とりあえず着替えてきたいんだけど」

そう言って自室に入った。

部屋着に着替えながら水谷の言葉の意味を解読しようとしたが、やはりわからない。
あまり時間をかけすぎるとかえって怪しまれると思い、すぐに部屋を出る。

リビングに明かりがついているところを見ると、水谷はリビングにいるらしかった。
廊下を静かに歩いてリビングへ通じるドアを開けると、やはり水谷がリビングのソファに座っていた。

私は彼の向かいに座り話を始めた。

「それで、何?話って」

水谷は一度大きく深呼吸してから、おもむろに口を開いた。

その内容は、過去に水谷が仕事をとるために、自分の若い肉体を差し出していた…というものだった。
水谷が欲求不満の奥様連中の言いなりになって、そのかわりに彼女たちの人脈をフルに使って仕事をもらうという事をしていたらしい。
そういう事にうぶだった私は、信じられない思いで水谷の話を聞いていた。

だが、なぜ水谷はそんな話を今頃私にして聞かせるのだろう。