あんなに恐ろしい顔をした水谷は初めてだった…。

嫌味を言った私に一瞬だけど、水谷の右手が動いたのは…
もしかすると殴ろうとしていたのかもしれない。

もちろん、結婚してから一度たりとも暴力を受けた事などない。
私は水谷にひどい事をされたと思っているけれど、それは水谷の愛情が私にないのが辛いというだけの事。
それも覚悟してこの結婚を決めたのは誰でもない私のはず…。

だが水谷は今まで何があっても、持ち前のポーカーフェイスを崩したりするような事はなかった。
増してや感情を露わにすることなど…。

私は初めてあそこまで感情的になった水谷に、何か違和感を覚えた。

私の預かり知らぬ所で、何かが蠢いているような、そんな気がした。



証券の一件があってからというもの、お互いのよそよそしさは増す一方だった。
そしていつの間にか気がついた時には、私たち夫婦はほぼ、破たんしてしまっていた。
だからといってすぐ別居や離婚の話が出るかというと、そうではなかった。

元々、仲睦まじい夫婦とは言い難かったからかもしれない。
大恋愛の末結ばれ、毎日をイチャイチャと過ごす新婚時代。
やがて子供ができて少しずつ熱は冷めても、代わりにできあがる信頼関係の中で、家族としての絆を深めて行く。
たまにケンカをする事はあっても、それはお互いが歩み寄ろうとしてすれ違うが故のケンカで。
あくまでも前向きなケンカだ。

そんなよくある結婚生活とはほど遠い私たちの結婚生活だったから、少々気まずくなっても生活そのものに影響を及ぼすほどではない。

それをいい事と取るのか、悪い事と取るのか…。