だがいくら部長夫妻が不思議に思おうとも、私がためらう本当の理由は明かせない。

きっと本当の理由を明かした所で、私の取り越し苦労だと一蹴されるに決まっているから…。

とにかくすぐには結婚できない、その一点張りで通すしかなかった。

「智子さん…。あなたって見かけによらず、意外と頑固でいらっしゃるのね」

私は奥様の心証を悪くしてしまったのかと、少し焦った。
しかしすぐに笑顔になり、奥様は私に言った。

「でもね、結婚したらそれぐらいがちょうどよろしいわ。男は外で自由に色々できますでしょ。女は家庭という箱庭の中で、生きて行くしかないの。それは一見楽そうに思えて、実は違います。すべて男の言いなりになっていてはいけないわ」

自分で決めた事とはいえ、いばらの道を歩むことを選択した私にとって、奥様のこの言葉は本当にありがたかった。

でも私は奥様とは違う。

狭い箱庭で一生を終えるなんてことは、絶対にしたくない。
私自身、広い世界へ羽ばたいて行きたい。
そして水谷の頑なな心も、私がこの手で変えてみせる…。

そう…二人で…
明るい未来へ向かって生きて行くのだ。

この時の私はそんな事が本当にできると、バカみたいに信じて疑わなかった。